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2009年12月31日 (木)

和泉式部・小野小町の恋歌

和泉式部は、平安朝中期の女性歌人である。

私が一番好きな歌は、

「つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ人 天降り来む ものならなくに」(ぼんやりとと空を見上げてしまふ。私がお慕ひする人が天から降って来るわけでもないのに、といふ意)である。

この歌は、私の文藝上の師・中河與一先生の代表作『天の夕顔』といふ恋愛小説の冒頭に記された歌である。ロマンチックな歌というのはかういふ歌を言ふのであらう。そしてそれは、日本人の天上の世界への憧れの心をよく表してゐる。

和泉式部の歌では、

「黒髪の みだれも知らず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき」(もの思ひのため心も乱れ、黒髪が乱れてゐるのにも気づかずに伏してゐると、何もい言わずにまづ私の髪の毛を掻き撫ぜ、整えて下さったあの方のことが恋しく思はれます。)といふ歌も名歌とされる。

これは亡くなってしまった恋人のことを慕ひ、思ひ出して歌った歌である。男性の女性に対する行為を具体的に歌ってゐることが、感動を呼ぶ。

小野小町は、平安朝前期の女性歌人。絶世の美人であったとされるが、真偽不明。代表作は、

「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」(美しい桜の花の色はあせてしまった。春の長雨が降っている間に。それと同じく、私自身もこの世で長く暮らしている間に、女性としての盛りを過ぎてしまった、といふ意)である。

これはあまりにも人口に膾炙した歌である。女性の悲しさといふものを巧みに表現してゐる。

私は、小町の歌では次の歌が好きである。

「思ひつつ 寝(ぬ)ればや 人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを」(恋しい方を思ひながら寝ますと、その方が夢に出てきたのでせうか。夢だとわかってゐたなら、目を覚まさないでゐましたものを、といふ意)

これもなんとも悲しい恋の歌である。私も、男のくせに、何回かこのやうな体験があるだけに、共感する歌である。

以上、和泉式部と小野小町の歌二曲がつけられて、歌はれたらいいと思ってゐる。

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千駄木庵日乗十二月三十日

午前は、母のお世話。

午後は、ある声楽家の方と懇談。この方は「萬葉集」などの和歌に曲をつけて歌っておられる。来年早々、和泉式部と清少納言の歌を歌いたいとのことで、色々相談にあずかる。

この後、病院に赴き、父に付き添う。眠ったままなので、話すことが出来ない。苦しんでいないことが救いである。

帰宅後は、資料の整理。

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2009年12月30日 (水)

千駄木庵日乗十二月二十九日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。今の病状そして今後のことについて医師と懇談。また肺炎を起こしたとのことで、来月中旬までは入院加療の必要があるという。父の苦しむ姿を見ると、家族としては、色々疑問や意見もあるが、医師の目も充血し、大変激務であることが察せられる。何とも難しい。

午後五時より、平河町の『月刊日本』編集部にて忘年会開催。多くの同志・執筆者が集う。小沢・亀井両氏に対する批判や糾弾の声が多く聞かれた。新年は、この問題で戦いを進めねばならない。それにしても、政治家の質の低下はまことにひどいものがある。

中村武彦先生の作詩された「日本魂の歌」の一節に、

「鬼畜の輩世に倣り 正しき者は声を呑む
混濁の世に生き抜いて やがては執らん破邪の剣」

とある。力無き私の場合は、恥ずかしながら、「筆剣」である。

帰宅後は、書状執筆。

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天皇と政治について

亀井氏の発言は、「天皇陛下に全く政治に関わっていただかなくする」という意味に解せる。しかし、天皇が統治者として、君主として、祭祀を行わせられていることが、現実政治の安定の基礎である。

現在の皇居は、すでに明治・大正・昭和の御歴代の天皇、そして今上陛下が、祭祀を行わせられ、政務をおとりになり、さらにお住いになられたところである。すでに、亀井氏の言う『権力の象徴』などというものではなくなっている。神聖なる「おおみやどころ」になっている。神聖なる天皇がおわしますところは即ち、神聖なる空間となっているのである。このことは、何回も皇居に参賀に訪れた国民なら、誰でも実感するはずである。

天皇が日本の伝統的な権威の体現者として君臨されるということは、現実政治に全く関わりを持たれないということではない。むしろ無私にして清らかな天皇の御存在が国家の中心にいまし、常に国家の平安と国民の幸福を神に祈る祭祀を続けられているということが、政治のみならず日本国のあらゆる物事の安定と調和と統一の核となり、道義性の維持の基となって来た。

わが國の國體は、天皇を中心とした信仰共同体である。祭祀主としての天皇の神聖なる権威が日本國家の安定と統一の基礎である。その信仰共同体としての國を基礎としてその上部に政治機構としての國家が成立した。政治組織・権力機構としての國家の基礎に天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体のとしての國がある。政治機構としての國家は法律と権力によって運営される。しかし、その根底に傳統信仰を基礎とした國がある。その中心者が天皇であらせられる。混迷の極にある現代日本を救うには、統治者としての天皇の御本姿を回復することが大切であると考える。復古即革新=維新とはそういうことを言うのである。

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2009年12月29日 (火)

千駄木庵日乗十二月二十八日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、病院に赴き、父に付き添う。不安と痛みを訴える。手を握り、体をさすって慰めるしかない。

帰宅後は、書状執筆など。

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亀井静香氏の暴論について

亀井静香国民新党代表の「権力の象徴だった江戸城に今もお住まいになるのは、お立場上ふさわしくないのではないか。京都か、(亀井氏の地元の)広島にお住まいになればいい」「明治期に幕府の権力の象徴の跡に入られたことが、その後の歴史で、政治利用みたいな形になってしまった」という発言は、まったく誤っているし、天皇に対し奉り非礼きわまる発言である。

(亀井氏の地元の)広島にお住いになればいい」とは何事であろうか。これこそまさに悪質なる常軌を逸した「政治利用」である。このような発言を行った亀井氏は、世が世があれば、切腹ものであり、天誅の対象になる発言である。亀井氏は軽い気持ちで言ったのであろうか、陛下に対し奉り、軽い気持ちでものを申し上げることがそもそも間違っている。

亀井氏は、「天皇が政治に全く関わられず、江戸幕府時代のように、事実上京都御所に軟禁し奉るべきだ」と考えていると理解しても誤りではない。

しかし、江戸以前と近代以後の國體を分けて考えること間違いである。有史以来、天皇の御本質は、現御神であらせられ、祭祀主であらせられ、國家國民を信仰的文化的政治的に統合する君主であらせられる。その本質の上にそれに則って帝國憲法の「天皇条項」が規定されたのである。そして、天皇は、東京にお遷りになり、日本国の統治者としてのお役目を果たされてきたのである。

御歴代の天皇が政治権力の實際の行使者であられた時期は少なく、政治権力の権威の源泉として君臨されてきた時期が長い。しかしそれは、天皇が政治に全く関わりを持たれなかったという事ではない。中古・中世においては摂政関白を任命されたのは天皇であり、近世において征夷大将軍を任命されたのは天皇であり、近代において内閣総理大臣を任命されたのは天皇である。天皇は日本國の統治者として政治的権威を保持されてきた。それがわが國の傳統である。

徳川幕藩體制下では、行政権・司法権ともに幕府が掌握していたが、祭祀を根本にした日本國の君主すなわち最高の統治者としての権威は天皇にあった。徳川幕府成立自體が天皇・朝廷の神聖権威に依存したのである。

伊勢の皇大神宮は、日本の君主であられる天皇の祖先神をおまつりしているがゆえに、江戸時代においても全國民に尊崇された。江戸時代においても、天皇は日本國の統治者・君主として國家と國民を統合せられていた。

 

これは現代においても同じである。今日の日本の政治制度も、國會において多数を制した勢力の長が与党として内閣を組織するが、彼らは天皇の「親任」を得ることによってはじめて「内閣総理大臣」以下大臣としての地位につき國務を執行することができるのである。

しかしながら、江戸時代は、京都に天皇がおわしまし、江戸に征夷大将軍がいたことにより、「天に二日なし」「一君万民」「天皇帰一」の國體が隠蔽されてしまった。天皇陛下に京都にお遷り願うということは、江戸時代のように、天皇帰一・一君万民の國體を隠蔽することとなる。

天皇陛下を権力者の政治利用からお護りするためには、天皇陛下に京都にお遷り願うというのではなく、小沢一郎や亀井静香のような、尊皇精神希薄にして、天皇を政治利用しようとする政治家を、日本国から駆逐することが必要なのである。

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2009年12月28日 (月)

小沢・亀井両氏は議員を辞職せよ

 国民新党代表の亀井静香金融・郵政担当相は今日の『サンデープロジェクト』で、天皇陛下に謁を賜った際、陛下に「権力の象徴だった江戸城に今もお住まいになるのは、お立場上ふさわしくないのではないか。京都か、(亀井氏の地元の)広島に(お住まいになれば)」と申し上げたと述べた。さらに、亀井氏はテレビ出演後、記者団に対し、陛下が直接の返答を避け、「京都が好きです」と答えられたことも明らかにしたという。

さらに、亀井氏は、記者団に対し、皇居移転に言及した自らの発言について「明治期に幕府の権力の象徴の跡に入られたことが、その後の歴史で、政治利用みたいな形になってしまった」と説明したという。

一閣僚の分際で、天皇陛下に京都のお遷り願うなどという重大な事柄を、軽々しく申し上げるなどということは、まことに以て不謹慎である。まして、自分の選挙区の広島にお遷りになったらいいなどと申し上げるなどということは、不敬である。旧江戸城を皇居としたことを否定する論議は、明治維新以後の、立憲君主体制をすべて否定することにつながる暴論である。このことは極めて重大であるので、小沢一郎の憲法論、騎馬民族説と共にあらためて反論しするつもりである。

亀井静香も小沢一郎と同様、尊皇精神が極めて希薄であると断言せざるを得ない。亀井氏に、皇室に対する慎みの心があれば、天皇陛下のこのようなことを申し上げることはあり得ない。また、そのことをテレビでしゃべるなどというとこもあり得ない。また、天皇陛下への『内奏』の内容は、外に漏らさないことが原則になっている。

日本國内に巣喰う反日勢力の「國體破壊」「反皇室」策謀が愈々益々活発になり、それが國家の現在及び将来に重大な影響を及ぼす時代になっている今日、保守とされる政治家がこのような発言をするというのは、言語道断である。実際に権力を握っている者の発言である。こうした事は、反天皇・國體破壊勢力の「天皇制打倒運動」よりもたちが悪い。皇室をお護りする役目を果たすべき政府の閣僚に、尊皇精神が欠如しているのだ。ことはまことに重大である。小沢氏と亀井氏は、議員を辞任すべきである。

尊皇精神が希薄になればなるほど、日本國民の道義心・倫理感が希薄になる。なぜなら、天皇は、日本國民の道義感・倫理感の鏡であるからである。皇室への尊崇の念の希薄化と今日の日本國民の道義心の低下とは相関関係にあると考える。

日本民族が尊皇精神を喪失した時、天皇を君主と仰ぐ日本國は崩壊の危機に瀕する。亡國政治家による天皇及び皇室の尊厳性の冒瀆を根絶しなければならない。

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千駄木庵日乗十二月二十七日

未明、「大吼」掲載原稿脱稿、送付。今回の、民主党政権による不敬事件について書いた。

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き父に付き添う。

帰宅後は、年賀状作成など。

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2009年12月27日 (日)

皇室に関する論議について

皇室に関する論議は、出来得る限り慎み深く、冷静であらねばならないと思う。逆賊に対する批判や糾弾はこの限りではない。しかしその場合でも、ただ感情的に相手を罵るのではなく、相手を納得させるような気持で、理を尽くし、心をこめて、語るべきだと思う。『言向けやわす』というのが皇国の伝統である。

まして、自分の意見や考え方と違ったことを述べている人に対してでも、その人が、皇室否定・國體破壊の思想を抱いているのではない場合は、相手を罵倒したり、誹謗することがあってはならないと思う。最近の皇室論議を見ていると、相当な学者の方でも、この事を忘れている人がいるのに驚いている。

以上は、私自身の反省を込めて書いた。しかし、今回の小沢一郎の言動だけは、何とも許し難い。皇室に対する慎みの心は微塵もない。しかも、言っていることは支離滅裂である。自分の憲法理解の誤りを棚に上げて、他人を批判するなどというのは、噴飯ものだ。それより何より、韓国に行って、「天皇のご祖先は韓国から来た」などいう意味のこと言ったのは、小沢の歴史理解がいかにお粗末かを証明した。しかも、こういう人物が、今日の日本の最高権力者だというのだから、事は深刻なのである。また、皇室をお護りするために、精一杯の発言を行った宮内庁長官に対する罵詈雑言を見ても、小沢一郎には、品格というものが無い。これが小沢氏の最大の欠点である。

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千駄木庵日乗十二月二十六日

午前は、母のお世話。介護の方が来宅して父母の家の掃除をしてくれる。

午後は、年賀状作成など。

そして、病院に赴き、父に付き添う。今日は何時もより意識がはっきりしている。暫くすると、私に気をつかって、「もう帰っていいよ」と言ってくれる。しかし、実際に帰る時は、本当にさみしそうな顔をして握手してくれる。何とも切ない。

帰宅後も、年賀状執筆など年末ゆえにしなければならない仕事をする。ここ数日、色々お誘いをいただいている会合などがあるのだが、なかなか出席がままならない。申し訳ない。

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2009年12月26日 (土)

小鳩内閣を瓦解せしめよ

鳩山由紀夫氏は、昨日の記者会見で、鳩山氏が野党時代、加藤紘一氏に対して、「秘書の責任は国会議員の責任だ。辞任せよ」と迫ったにもかかわらず、今回の偽装献金事件で秘書が起訴されても、鳩山氏が総理および議員を辞職しないことについて、「私は私腹を肥やしたわけではないし不正な利得を得たわけでもない」と弁明した。しかし、これはおかしい。加藤氏を弁護するわけではないが、加藤氏とて私腹を肥やしたわけではないし、加藤氏自身が不正な利得を得たわけではなかろう。しかも加藤氏は議員を辞職した。

母親から十二億六千万円もの巨額なお金を贈与されるような大金持ちのお坊ちゃんたる鳩山由紀夫氏は、すでに私腹が肥えているのだから、今更私腹を肥やす必要なんかないのだ。こんな弁解は通らない。加藤紘一氏とて、鳩山氏ほどではないが、二代目の政治家として、資産家のお坊ちゃんと言って良い。「私腹を肥やす」ために、金を集めたのではなかろう。鳩山氏はやはり潔く、総理そして議員を辞するべきであろう。

小沢一郎は、共産支那の受けを良くするために、天皇陛下を政治利用し奉った。羽毛田宮内庁長官が苦言を呈すると、「国民に主権があるのだから、国民から選ばれた政治家たる自分が、天皇陛下を利用して何が悪い」と開き直り、羽毛田長官を口汚く罵った。これは、足利義満が、対明外交で、「日本国王」を名乗り、上御一人日本天皇の尊厳性を傷つけたのと相似である。

小鳩内閣は、一日も早く、瓦解せしめねばならない。

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千駄木庵日乗十二月二十五日

午前は、母のお世話。

午後は、来年二月に創刊される雑誌『傳統と革新』について、編集実務担当者の方との打ち合わせ。

その後、病院に赴き、父に付き添う。つらそうなので、私もつらい。

帰宅後は、雑誌編集作業、年賀状作製。

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2009年12月25日 (金)

『村上正邦先生を激励する会』

『村上正邦先生を激励する会』は、南丘喜八郎氏が司会を担当。

中曽根康弘元総理が祝辞を述べ、「仮釈放の日に村上氏は『仮釈の日燦然としてもみぢかな』と詠まれた。二年間の獄中生活で、洗い流すべきものは全て洗い流した。清明の心になられた。日本はあなたを必要としている。思想信念を持った政治家として今後も活躍してもらいたい」と語った。


伊吹文明氏は「司法の判決は絶対的ではない。私は村上氏が囚人だったとは思わない。」と述べた。

この後、綿貫民輔元衆院議長の音頭で乾杯を行った。

続いて、古賀誠・野中広務・佐藤優・石井一・田久保忠衛・岩見隆夫・鈴木宗男・城内実・平野貞夫の各氏らが祝辞を述べた。残念ながら、立食パーティーであったため、全ての人の祝辞のメモをとることが出来なかった。

ただし、最後の方で立たれた次の方々の祝辞はメモをとることが出来た。

鈴木宗男氏「取調の可視化は、被疑者だけでなく、証人・被害者の取り調べも可視化しなければならない。私は、捕まる前は『検察は正義の味方だ』と思っていたが、捕まった後は悪代官だということが分かった。裁判官と検事の人事交流があるのはおかしい。私や佐藤優氏には発言の場があるので、検察権力によって潰された人々のためにも戦う。」

針木康雄氏「暴対法では、組員が逮捕されれば、組長も逮捕される。秘書が起訴されたら、政治家本人も起訴されるべきだ。鳩山・小沢はなぜ起訴されないのか。検察は真の犯罪者を見極めて、実行した秘書だけでなく命令した政治家の責任も問わなければ不公平」。

最後に、村上正邦氏が、次のような謝辞を述べた。

「二千人の受刑者の中にいて、優等生なったので、仮釈放された。獄中では毎日、生長の家の聖経『甘露の法雨』を讀誦した。七十七歳になった。これからはやりたいことをやる。司法のあるべき姿、受刑者の社会復帰、犯罪防止について取り組みたい。一人の冤罪者の出さないようにしたい。政界浄化の十字架を背負って捨て石になりたい。喜連川に一切の罪穢れを流し去って来た。永田町の泥沼の中に、ハスの花を咲かせたい」と語った。

民主党の石井一参院議員が来ていたので、名刺交換をさせていただいた。その時、小生は、「先生の創価学会批判は評価します。しかし、小沢一郎の皇室に対する姿勢は許せません」と申し述べた。石井氏は、「いやいや」とは言ったが明確な意思表示は無かった。

また、公明党の松あきら参院議員が出席していたのには驚いた。というのは、創価学会機関紙『聖教新聞』は、村上氏が逮捕されたことに対して、「村上氏が、池田先生の証人喚問を要求するなど、学会攻撃をしたから、罰があたったのだ」さんざん誹謗していたからである。

今日は、各界から実に色々な人々が出席していた。久しぶりに会った人も多かった。生長の家創始者であられる谷口雅春先生の孫である谷口貴康氏も出席していた。村上氏は大変喜んでおられた。

村上氏とは、小生が高校生の頃からの知り合いである。生長の家高校生連盟に所属して活動していた頃、村上氏は、生長の家の推薦で参院選を戦っていた玉置和郎氏の秘書をしていた。村上氏が、今後の真正保守運動・維新運動で大きな役目を果たされることを期待する。

村上氏の今後のご活躍と、ご健康を祈るものである。

写真は、左が村上正邦氏、右が中曽根康弘元総理。

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千駄木庵日乗十二月二十四日

午前は、母のお世話。医師の往診があり、付き添う。今後のことについて医師と相談。色々適切な処置をしていただき、有難い。

午後十二時より、元赤坂の明治記念館にて開催された『村上正邦先生を激励する会』に出席。(別記事参照)

帰途、元生長の家理事・仙頭泰先生と先輩の古賀信孝氏と懇談。

この後、病院に赴き、父に付き添う。病院職員と今後のことについて話し合う。今年中に退院してほしいという意向なのだが、断固として拒否する。理由は、①病院で悪性の黴菌に感染して食事が喉を通らなくなったことに対しする何の謝罪もなく、説明もないこと。②齢九十歳の母しかいない家に、体が衰弱し食事が摂れなくなった父が帰ることはできない。この二つである。病院がなおも無理な要求をしてきた場合、断固として戦う所存である。

帰宅後は、年賀状作成など。

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2009年12月24日 (木)

小沢悪逆政権の暴虐から、皇室を護り奉ろう

今日送られてきた西村眞悟氏からのメールに、次のようなことが記されていた。

「昭和二十一年に紙に書かれた『国民の総意』という文言は、天皇の権威を示すものとして理解しなければならない。何故なら、日本国民は天皇を昭和二十一年より遡ること二千六百五年以上前から戴いてきたからである。つまり、昭和二十一年に生きていた国民の意思によって天皇が生まれたのではないからである。

それ故、我が国の政治家こそ、特に天皇の斯くの如き権威に深く服して、権力の行使である国政の任務を全うする必要がある。

それをこの度、以上の如き我が国の基本的なあり方を全く理解しない与党幹事長と総理大臣が、天皇の下に中国共産党の№6にすぎない習近平、シュウキンピラかキンヘイか、をルールを無視して近づけるという不遜な事態を引き起こした。

彼らは、権力によって天皇の行動を自由に左右できて、其の権威を利用できると考える者であり、それをすれば、天皇の権威自体に傷がつくことを理解しない輩である。そして、彼らは中国共産党に促されて、まさにそれをした。

従って彼らには、もはや中国共産党の習キンピラより序列が上の№5、4、3などからの天皇との会見申し込み(政治利用)を断る術はなくなっている。彼らは、自分が世界の中心だとする傲慢な中華思想の何たるかを理解せず、我が国天皇の権威を中共内の序列争いに利用させたのである。これは即ち、日本国そのものを中共の下位に置く売国的行為である。

 

現与党幹事長と総理は、果たして日本人なのか、天皇の権威の何たるかを理解せずに天皇を政治利用した。共産主義者よりなおたちが悪いというべきである。『無道の者』である。掃蕩しなければならない。

政府与党の無道の者が、中国共産党内の序列争いに我が国天皇を利用させるという事態をもたらしたことを深く怒り、日本人として命をかけて、天皇と我が国国体を護ることを誓う日となりました。」

まことに正論である。宮内庁は、明治期には宮内省として他省庁と一線を画した天皇直属機関だったが、戦後、内閣府の下の行政組織として、皇室をお護りする宮内庁になった。宮内省から庁への降格で格と権限が弱まった。宮内庁の官邸・外務省・政権与党に対する力関係が弱まっている。その上、小沢一郎の今回の言動を見ても明らかなように、政治家・官僚の質の低下、尊皇心・皇室尊重の心の低下も憂えるべき状況にある。さらに言えば国民全体の皇室への尊敬心の希薄化が最大の問題である。

日本を弱体化する目的で押し付けられた現行占領憲法には「天皇は、日本国および日本国民統合の象徴であり、その地位は主権に存する日本国民の総意に基づく」と規定されている。小沢一郎は、「天皇もそして皇族も、『主権の存する国民』に選ばれた政治家や言いなりになって当然」という意識がある。利用するだけ利用しようという意識ある。「袞竜(こんりょう・赤地に竜の模様の刺繍がある天子の祭服)の袖に隠れる」(天子の権力や権威を利用して臣下が勝手なことをすること)といふ言葉があるが、小沢一郎の姿勢はそんな生易しいものではない。天皇・皇室を自分の政治権力の下に置き奉り、いいように操り奉ろうとしているのだ。徳川家康・足利義満以上の悪逆ぶりである。

小沢・鳩山悪逆政権から、天皇・皇室を護り奉らねばならない。

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千駄木庵日乗一月二十三日

午前は、母のお世話。

午後一時より、父母と小生の住む建物の関係の会合があり、出席。エレベーターが老朽化したとのことで、全面付け替えをしなければならず、そのための住民と業者との打ち合わせ。約二週間以上、エレべーターが動かなくなるという。その間の色々なことについて討議。病身であり高齢である両親を抱える者として、まことに困ったことになった。

この後、病院に赴き、父に付き添う。まだまだとても退院というような状態ではない。

夕刻、法律家の方と懇談。父と病院との関係について相談。

帰宅後は、諸雑務。

           ○

本日は、本来なら、朝には皇居参賀。そしてその後、靖国会館で行われる「天長節を祝ふ會」に出席しなければならなかったのであるが、上記の次第で、誠に残念であり申し訳なき次第ながら、欠礼せざるを得なかった。

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2009年12月23日 (水)

小沢一郎は国賊であり逆徒である

小沢一郎は二十一日、テレビ東京の番組収録で、天皇陛下習近平中国国家副主席の「特例会見」に懸念を表明した羽毛田信吾宮内庁長官に対し、「羽毛田なにがしという宮内庁長官が、政府がこういう判断だと言っているのに、一部局の役人が、会見まで開いて悪態をつく。とんでもない話だ。頭にきた、僕は」と発言した。

とんでもない発言である。羽毛田氏は、天皇陛下をお護りする立場から、止むに止まれずああいう発言をしたのである。決して「悪態をついた」のではない。悪態をついているのは、小沢自身である。

羽毛田氏の記者会見における発言は、政権与党による皇室軽視というよりも、悪質なる政治利用・悪逆不逞行為に対する精一杯の抵抗であったのだ。

宮内庁は、単に政府機関の一部局ではない。天皇・皇族をお護りするというまことに重要なる役目を負っている。それは政治権力の横暴・皇室利用から皇室をお護りするということももちろん含まれる。小沢一郎のような悪逆不逞の国賊政治家から、天皇・皇室の尊厳性を守ることは、宮内庁及び宮内庁長官の重大なる使命であり責任である。

検察や警察という司法当局が、政府機関の一部局ではあっても、官邸や与党政治家の恣意によって動いてはならないのと同じように、皇室をお護りするという神聖なる使命と責任を負う宮内庁も、官邸や与党政治家など政治権力者の恣意ままに動いてはならない。

この問題の根本には、戦後、戦勝国の日本破壊策謀によって、戦前は政府からは独立していた宮内省が、宮内庁に格下げになり、内閣の外局になってしまったことにある。宮内省は、皇室にかかわる機関として、権力機構たる政府からは独立した存在に復するべきである。

さらに小沢一郎は、天皇陛下の外国からの賓客ご引見について、「憲法で規定している国事行為にはそのものはありません。しかし、その憲法の理念と考え方は天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって、行われる、おこなわれなきゃならないという基本的考え方は、天皇陛下にはまったくのプライベートちゅうのはないに等しいわけですから、日本国の象徴、日本国民統合の象徴というお立場にあるわけだから、その意味では、ご自身で自由にあっちいったり、こっちいったりちゅうことはできないわけで、その、天皇陛下の行動の責任を負うのは内閣なん(だ)。国民の代表、国民が選んだ政府内閣が責任を負うということなんですから、内閣が判断したことについて天皇陛下がその意を受けて行動なさるということは私は当然のことだと思いますし、天皇陛下にお伺いすれば、喜んで、私はやってくださるものと、そのように思っております」

と語った。

これを読むと、怒りの念を抑えることはできない。小沢は、要するに「天皇には自由は無い。政府の言いなりになれ」と言っているのだ。これ程の不敬発言はない。しかも、実際に今日唯今の日本政府与党の最高実力者たる人間の発言である。日本天皇の神聖性が、政府中枢に巣食う国賊によって、侵害されているのだ。これ程の事態は明治以来いまだかつてなかったと言って良い。小沢一郎という男は文字通り国賊である。逆徒である。

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千駄木庵日乗十二月二十二日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。やや落ち着いた状態になっている。しかし、入院以前より相当弱っている。これが私には不思議でならない。

帰宅後は、資料の整理など。今回の小沢・鳩山政権の悪逆非道に関する記事などを整理した。

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2009年12月22日 (火)

尊皇精神と人倫、そして小沢一郎

和辻哲郎氏は、「『清き心』の傳統は、尊皇の道の一つの顕著な特徴として、倫理思想の潮流の中に力強く生きている。…清さの価値は『私』を去ること、特に利害の放擲に求められる。…それは生命に根ざす価値ではなくて、生命を超えた価値である。…日本武尊は典型的な英雄として描かれているが、領土とか富とかはおよそこの尊とは関係のないものである。」(『尊皇思想とその傳統』)と論じている。

この捨身無我の清き心を漢語によって表現した言葉が「忠誠」である。従って、絶対的忠誠心は権力関係から生ずる精神ではない。間違いを犯す可能性のある権力者に対して絶対的忠誠心を持ってはならない。

信仰共同体・祭祀国家日本の祭祀主たる天皇に対し奉り、絶対的忠誠を捧げるのは国民としての「道」であり最高の「道義」である。

新渡戸稲造氏は、「我々にとりて天皇は、法律国家の警察の長ではなく、文化国家の保護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもうのである」(『武士道』・矢内原忠雄訳)と論じている。

倫理(人のふみ行うべき道。人間関係や秩序を保持する道徳)は共同体国家において確立される。共同体の中で生きているからこそ、人間に倫理が必要となる。言い換えれば人間が獣ではなく、まさに「人」として多くの人々共に生活するには、倫理が必要なのである。倫理を人倫と言うのも、人にとって倫理が不可欠だからであろう。わが国が素晴らしい特質は、倫理・信仰・文化が天皇皇室を中心として継承されてきたところにある。わが國の国柄・國體が万邦無比といわれる所以である。

日本民族が太古以来、畏敬と仰慕の思いを持って来た神聖にして無私なるご存在である日本天皇に、政治家・官僚そして国民全体が絶対的忠誠心を捧げ奉ることが、政治家・官僚だけではなく広く国民全体の道義の頽廃を最小限防止する道である。

小沢一郎氏などの今日の政治家の尊皇精神が極めて希薄になっていることは、まさに国家の危機なのである。陛下をお護りして正義の発言を行った宮内庁長官に対して、「辞めてから言え」などと暴言を吐いた小沢という男は、何とも許し難い。尊皇精神薄き者は、道義精神も希薄であるということは、小沢一郎を見ているとつくづく真実である思う。

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千駄木庵日乗十二月二十一日

午前は、母のお世話。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。何時もは仕事の都合で、どうしても夕方にしか病院に行くことが出来ないので、父は眠ってしまっていた。しかし、今日は、昼過ぎに行くことができ、看護師さんが丁度ベッドの調整をしていたところだったので、父が起きていて、話すことが出来た。私が来たことを非常に喜んでくれた。だいぶ痩せていた。意識は比較的はっきりしている。つくづく生命力が強く丈夫な父だと思う。神佛に感謝する。父が自宅にいる時に、毎日来てくれていた訪問看護師の方が、お見舞いに来てくれた。父も喜んでいた。有難い。

午後四時より、西荻の出版社にて、来年二月に創刊される雑誌の編集会議。原稿はすべてそろったので、これから一月早々にかけて校正の段取りとなる。『傳統と革新』という名前の雑誌で、私が編集責任者となり、多くの方々から原稿執筆にご協力をいただいた。

終了後、懇親会。

帰宅後は、原稿執筆。

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2009年12月21日 (月)

小沢一郎と私

小沢一郎とは、一回だけ相見えたことがある。当時、西村眞悟氏が入っていた自由党のパーティーに行った時である。各テーブルを回って挨拶をしていたが、西村氏のテーブルに私がいるのを見たら、スーッと次のテーブルに移ってしまった。案外気の小さな人だなあと思った。

電話で話した事もある。小沢氏が創価学会・公明党と協力関係にあったことについて、抗議というか反対の意見を述べるために自宅に電話をした。秘書か家族の男の人と、三十分くらい話していたら、電話に出て来て、「あまり長く話しても仕方がない。もういいてしょう」というようなことを言った。

小沢氏のことは、彼が自民党幹事長の頃から、嫌いだった。創価学会と一緒になって鈴木俊一降ろしを行ったことが、原因の一つだ。『コンチクショー』と言われ政財官癒着・金権政治の張本人として権勢を誇っていた小沢氏が、自分が自民党及び旧田中派内の権力闘争に敗れると、自民党を脱党し、「改革」を叫んで自民党攻撃を開始した事に、嫌悪感を抱いた。また、創価学会が自民党と連立を組むと、平野貞夫や石井一を使って学会批判をを行ったことにも、嫌悪感を抱いた。

以後一貫して小沢一郎批判を行ってきた。真正保守・民族派の中に、小沢氏に期待する人、支持する人も案外多かった。しかし私は絶対に小沢を信用できなかった。

今回、小沢の本性が、「売国」であり、「皇室軽視」であることが明白になった。こんなことを言うと、批判を受けるかもしれないが、私は、先見の明をひそかに誇っているのである。

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千駄木庵日乗十二月二十日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。眠っている。薄目を開けて私を見るが、何も話さない。体に手を置きつつ、快癒を祈る。

帰宅後は、雑誌編集の仕事。資料の整理。

          ○

「黒田節」という歌がある。赤坂小梅という歌手の方が歌った歌である。その二番の歌詞は、

「すめらみくにのもののふは いかなることをかつとむべき ただ身に持てるまごころを 君と親とに尽くすまで」

この歌詞は、まさに日本国民のあるべき姿勢を端的にうたいあげている。私は、まことに未熟であり至らない者であるが、こういう心境になるのを理想として生きていきたい。

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2009年12月20日 (日)

小沢一郎の亡国的憲法論

西村眞悟氏は今日の講演で「小沢一郎は国民主権の意味を分かっていない」と言われたが、その通りである。

 小沢は、記者会見で、「国事行為は内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認 で行われるんだ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ。ね」などと不敬発言を行った。

これは「国民主権」の「国民」とは今日唯今日本に生きている国民のことだと思っているから出てくる議論である。

重大なことは、天皇の御地位が「主權の存する日本國民の総意に基づく」とするのは、「総意」を今の國民のみならず過去・未来の國民の総意も含まれると解釈しない限り、天皇中心の國體の歴史性・時間的連続性を無視していることとなる。

 

三潴信吾氏は、「國民の総意」を「普遍意志」と解すべきであるとされ、「天皇の地位は、わが日本國及び日本國民の生命の大本、根源であって、……永年にわたる日本國史の中に、遠い祖先から各世代相傳へて保持し、培ってきた『日本人の普遍意志』によるものであることを明示してゐる」(『日本憲法要論』)と論じておられる。

天皇中心の國體破壊をもくろむ人々は、小沢のような誤れる「國民主權論」を、わが國の國家傳統の破壊、共和制革命への突破口としようと躍起になっている。

 

「現行憲法」は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものであると考える西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となっている。

 天皇中心の信仰共同體國家・祭祀國家たる日本には全くなじまない「主權」が「君主にあるのか、國民にあるのか」という対立概念に基づく「國民主權」を、成文憲法に書くことは、わが國の國柄とは相容れない。西洋概念で日本國體を規定することはあってはならない。西洋法思想・國家論である「國民主權」なる「概念」を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定することは國體破壊につながる。 

 神話時代からの悠久の歴史を有する日本の天皇中心の國柄を、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋の憲法概念に基づいて成文憲法に規定することは重大な誤りである。

「主權」が、「天皇」にあるか「國民」にあるかを論議すること自體、日本の傳統的な考え方・國體觀とはなじまない。この一点を以てしても、「現行占領憲法」はまさしく日本の傳統を破壊する憲法である。          

               

祭祀主たる天皇と國民の関係は、支配・被支配の関係ではない。天皇は信仰的権威による國家國民の統率者であり、わが國は、信仰的・祭祀的統一によって形成された國家である。そしてその祭祀主が天皇であらせられるのである。祭祀國家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本國の本質であり、日本國體の尊厳性なのである。

日本國は、國家の意思を最終的に決定する權力としての主權を持つ國民の意思によって形成された國家、すなわち契約國家・集合國家・權力國家・統治システムとしての國家ではない。         

「現行占領憲法」は、万邦無比の日本國體を隠蔽しているどころか、國體破壊の元凶なのである。一日も早くこのような亡國憲法は破棄されなければならない。國家の基本法典たる憲法は必ず、その國民の、立國以来の歴史の中に培われてきた國民共同体(これが憲法上の「國民」の真の意味である)に立脚しなければならない。

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千駄木庵日乗十二月十九日

午前は、母のお世話。靖国会館に赴く。

正午、靖国神社境内の靖国会館に赴き、午後一時より開催される「日本再生同志の会全国総会」の同志たちと準備。

午後一時開会。小田村四郎氏が会長挨拶を行い、「民主党政権は、日本国家を水没させるようなことばかり行っている。彼らは国家観念が無い。伝統文化を破壊し、国防意識が無い。天皇陛下にご無理を申しあげて、中国副主席拝謁を強要し、皇室を政治利用した。このままでは日本は滅亡してしまう。」と語った。

西村眞悟氏が講演し、「先の総選挙で、国を思う人の塊が増えていると実感した。敗北感は無い。『君は憲法を読んでいるのか』という言葉は小沢自身に対して言わねばならない。小沢は『国民の総意とは何か』を知らない。人民民主主義的に憲法を解釈している。弓削道鏡でさえ『詔勅』には従った。憲法に書かれた『国民』とはヨコの集合体としての国民ではない。二千年来天皇を戴いて来た心が『国民の総意』。天皇陛下の御為に命を捧げるというのが『防人の精神』。これが『国民の総意』。『天皇は神聖にして侵すべからず』である。鳩山はボンボンで決断力なし。旧ソ連の工作員・レフチェンコは『日本の政官財マスコミが協力してくれた。日本はスパイ天国だった』と言った。鳩山は意識的に中国に協力した。中国の工作員になった。鳩山・小沢は、日米離反を策し、中国の手中に日本を送り込もうとしている。こんな内閣は初めて。『殺さないかん』と選挙中に行った。本当に殺意を抱いた。今の政権与党がやっていることは、日本を解体し中華の中に組み入れること。『官から民へ』『地方分権』『民営化』という言葉は国家解体のスローガン。日本が真の日本に戻ればアジアは安定する。」と語った。

村山實氏が閉会の挨拶を行った。

この後、懇親会が開かれ、ペマギャルボ氏が挨拶した。

小生は、風邪気味のため途中退席し、自宅に戻る。

『政治文化情報』発送作業。終了。送付。購読者の皆様には、月曜日にはお届けできると思います。

この後、医療施設の専門家と懇談。父のことで色々相談する。

今日は風邪気味なので、父の病院に行くのを遠慮した。入院以来、初めてのことである。病院の方針として、風邪をひいている人の病室訪問を原則禁止している。

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2009年12月19日 (土)

小沢一郎の売国的歴史観

メールで、「小沢一郎氏の韓国に於ける講演の極秘動画を入手」という動画が送られてきた。韓国の大学のおける小沢一郎氏の講演である。歴史問題について要旨次のように語っていた。

江上波夫東大教授の騎馬民族征服王朝説によると、朝鮮から渡ってきた騎馬民族が九州を拠点にしていたが、海岸伝いに東に進み、紀伊半島に上陸、奈良盆地に政権を築いた。これが神武天皇の東征である。大阪にある仁徳天皇と応神天皇の御陵を発掘すれば証明される。しかし宮内庁が許さないので、歴史の謎が解明できない。これ以上言うと私が国に帰れなくなる。私は、これは歴史的事実であろうと思っている。大和朝廷と、百済との交流で通訳を使ったという記録は無い。大和朝廷と百済・新羅とはお互いに人事交流が頻繁に行われていた。私は歴史が好きだが、学術書は難しいから読まない。ノンフィクションが面白いから読んだ。」

「騎馬民族説」は学術の世界では否定され、通説にはなっていない。こういう説を持ち出して、韓国に対してリップサービスを行った小沢氏の姿勢は売国的と言われても仕方がない。まして、天皇御陵の発掘を宮内庁が許さないから謎が解明できないなどというのは、皇室の尊厳性を侵害する発言である。歴史というものを正しく理解するには、やはり学術書を読まねばならない。

皇室を冒瀆し、わが国の歴史をねじ曲げてまで、韓国にすり寄る小沢一郎氏の国籍を疑いたくなるのは私一人ではあるまい。小沢一郎は、社民・共産以上の反天皇思想・反日思想の持ち主である。こういう政治家が実質的に最大の権力を握っているということは、断じて許せない。

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千駄木庵日乗十二月十八日

午前は、母お世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。手術は成功したとのこと。父は眠っている。これからが大変である。父が帰宅しても家で面倒を見切れるかどうか。母も八十九歳である。私が一日中家にいて介護をすることはできない。やはり施設に入ってもらわねばならないのか。

入院する前には全くなかった症状によって苦しんでいるのが何ともやりきれない。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

         ○

最近贈呈していただいた書籍を紹介します。

「古事記夜話」 中村武彦氏著 たちばな出版 出版社より

「深見東州画集」など 深見東州氏著 たちばな出版 出版社より

「大三輪長兵衛の生涯」 葦津泰國氏著 葦津事務所 著者より

「戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー」 松田武氏著 岩波書店 荒井清壽氏より

「保守の劣化はなぜ起きたのか」 産経新聞出版 花岡信昭氏著 頭山興助氏より

「右翼は言論の敵か」 鈴木邦男氏著 筑摩書房 著者より

贈呈して下さった方々に感謝します。

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2009年12月18日 (金)

逆賊膺懲論

今日購入した『週刊文春』で、福田和也氏は、「総理でも閣僚でもない一党の幹事長というだけの人間が、皇室の営為に口を出し、ルールをねじ曲げたということは許されない。戦前だったら不敬、国賊と言われ、切腹して償わなければならないでしょう」と論じておられた。

さらに、『週刊新潮』では、八木秀次氏が、「民主党政権はあまりに天皇をないがしろにしすぎている。世が世なら刺され、血を見るような話になっていてもおかしくない」と論じていた。

昨日は、昨日の本欄で記したように、憲法学者の小林節慶応大学教授から、「皇室は俗事に関わらないことが大切。小沢一郎が、天皇陛下を政治利用して、習近平を引見していただいたのは誤り。民族派の価値が問われる瞬間です。お励み下さい」と言われた。

今回の不敬行為、逆賊行為を行った小沢一郎たちは、直接行動によって天誅を加えられても仕方がない。否、加えるべきだという主張だと受け止める。天皇の尊厳性を侵害し、國體を危うくするということほど、大きな罪は無いし、国家民族への反逆は無いし、最悪・最大の違法行為である。これに膺懲を加えることは、最高の正義である。

決意も実行力もない小生がこんなことを言う資格は無い。だったら言わなければいいのだが、どうにも我慢が出来ない。

土屋たかゆき都議会議員から送られてきたメールに次のようなことが書かれていた。

「三島由紀夫は、警察は政体を、軍は国体を守ると言った。しかし、私はその峻別はないと思う。…今、この国は売国奴、国賊が支配をしている。小沢一郎は、ソウルに行って、『外国人参政権は来年の通常国会で通す』と明言している。更に、数百人の議員、支援者などを連れての朝貢外交。

『国益を損なう』者を国賊、売国奴と呼称する。そこで、警察官諸氏!諸氏の銃口はどこを向いているのか。単に「治安を守るため」と言うのなら、諸氏はロボットと同じだ。違うだろう。諸氏にも愛国心はある。

国賊行為を阻止する行動は『正義の行動』『正当防衛』と位置づけられる。そしてまた、諸氏の銃口はそうした正義の国民にではなく、国賊に向けて発射されなければならない。諸氏は、警察学校で「正義とは何か」を学んだはずだ。

敢て言うが、諸氏に『武士の一分』があるのなら、自分の出世しか考えない前線の警察官の苦労も知らない、高級官僚の命令に従ってはいけないのだ。繰り返して言うが、諸氏は権力を行使する機械ではない。意志があり、思考力があり、それに『日本人』であるはずだ。

共に決起して、2600年続いた国を守ろうではないか! 」

このメールは、今回の小沢一郎らの逆賊行為が発覚する以前に送られてきたものであるが、まさに今回の事態を予見したかのごときメールである。土屋氏の先見の明と正義の主張に満腔の敬意を表する。「平成の津田三蔵」出現の時が近いことを念ずるのは、私一人ではあるまい。少なくとも警察は小沢一郎など逆賊政治家を警護してはならない。というよりも彼らを守ることは、逆賊に味方することになる。

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千駄木庵日乗十二月十七日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、『萬葉會』開催。小生が、大伴家持の歌を講義。質疑応答。

帰途、出席された法律家と方と懇談。父が入院している病院問題について相談。色々貴重なアドバイスをいただく。

この後、病院に赴き、父に付き添う。手術は無事に終わる。手術を担当した医師と看護師から丁寧な説明を受ける。父は顔色も良く、安心する。ただ麻酔がまだ効いているためか、眠ったままである。また、今後のことについても相談。昨日は、父の苦しむ姿を見て、これまでの病院への不信感もあり、感情的になってしまった。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

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2009年12月17日 (木)

小沢一郎の悪逆不逞と『禁中並びに公家諸法度』

今日お会いした憲法学者の小林節慶応大学教授は、「皇室は俗事に関わらないことが大切。小沢一郎が、天皇陛下を政治利用して、習近平を引見していただいたのは誤り。民族派の価値が問われる瞬間です。お励み下さい」と言われた。身も縮む思いであった。

オバマ米大統領が、天皇陛下に深々と頭を垂れ、共産支那の習近平も天皇陛下に対し奉り一応謹んだ態度をとったのは、日本天皇の神聖なる権威と御稜威をかしこんだからである。日本天皇の「権力・武力」を恐れたからではない。日本國體の素晴らしさは、実にここにある。しかるに、日本政府と政権与党が、天皇陛下を政治利用して、天皇の神聖性を冒瀆するという暴挙を行ったのである。内側から日本國體を破壊せんとする行為であり、何とも許し難い。

今回の事態を見ていて、江戸時代初期、臣下である徳川家康と秀忠が、天皇及び朝廷に対し奉り、法的規制を行った『禁中並公家諸法度』制定を想起した。この「法度」なるものは、天皇・朝廷さえも、幕府の監督・命令・規制を受けなければならないとするまさに悪逆不逞の『法度』である。現行占領憲法の『天皇条項』と相似である。

その第一条には「一 天子諸芸能ノ事、第一御学問也。」とある。即ち、「天皇さまは、学問と和歌などの励んでおられれば良い、国家統治にはかかわってはらない」という規制をかけた条文である。

小沢一郎の「天皇陛下は内閣と助言と承認(で行うと)、憲法にちゃんと書いてあるでしょうが。それを政治利用だとかいったら天皇陛下、何もできないじゃない。内閣に何も助言も承認も求めないで、んじゃ、天皇陛下が個人で勝手にやんの? そうじゃないでしょ」という「偽憲法」を盾にとった、天皇陛下を貶める悪逆不逞の主張は、徳川家康・秀忠の『禁中並公家諸法度』による、天皇・朝廷への圧迫と軌を一にする。まことに許し難い。

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千駄木庵日乗十二月十六日

午前は、母のお世話。

午後一時半より開かれたある会合にてスピーチ。小沢民主党政府の暴挙を糾弾した。続いて懇親会。

この後、病院に赴き父に付き添う。ベッドに拘束され苦しがっている父が、「はずしてくれ」とうめくので、看護師を呼ぶ。しかし、十数分経ってからやって来て、ようやく拘束を解いた。あまりのことなので、厳しく抗議する。そして医師を呼んでもらう。私が色々抗議すると、「では別の病院に行ってくれ」と暴言を吐く。断じて許し難い。医師としての責任感も倫理感覚も持ち合わせていないかのごとき暴言である。この病院に対しては長い間不信感を持っていたが、もう我慢がならない。徹底的に戦う覚悟を決める。本来なら、ここに病院名と医師の名前を公表したいのだが、今後の戦いのこともあるので、法律の専門家や関係する役所などと相談してからにする。明日手術が行われる予定なので、本来なら揉め事は起こしたくないのであるが、あまりに理不尽なので、堪忍袋の緒が切れた。父の苦しみを見ていると、家族としてとても我慢できることではない。

帰宅後は、資料の整理及び『政治文化情報』発送準備など。

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2009年12月16日 (水)

小沢一郎・鳥越俊太郎の不敬言動を糾弾する

小沢一郎は、十四日の記者会見で、天皇陛下の習近平引見問題にいて、「天皇陛下国事行為、行動は、国民の代表である内閣、政府の助言と承認で行うこと。それを政治利用だとかいったら天皇陛下は、何もできない。内閣に何も助言も承認も求めないで、天皇陛下が個人で勝手にやんの? そうじゃないでしょ。内閣の一部局である宮内庁の役人が内閣の方針、決定したことについてどうだこうだというのは、日本国憲法の精神、理念、民主主義を理解していない。もしどうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ。天皇陛下の体調がすぐれないというならば、それよりも優位性の低い行事はお休みになればいい。」と言った。

これを書いているだけで無性に腹が立ってくる。小沢という男には、尊皇精神が全くないことが明白である。まず第一に、外国からの賓客の接見は、憲法に規定された『国事行為』ではない。従って、「内閣の助言と承認」を受ける必要は全くない。小沢は記者に対して偉そうに、「君は日本国憲法を読んでるかね? ふん?」などと言ったが、小沢自身が憲法をよく読んでいないのだ。

そもそも、天皇陛下に対し奉り臣下が、「助言と承認」なるものを行うという規定そのものが、不敬極まりないものである。天皇・皇室の尊厳性を侵害する憲法の規定は守る必要はない。

小沢一郎の記者会見における眼つきは異常であった。小沢は尋常ではない精神構造を持っているとしか思えない。尊皇精神の希薄な人物ほど道義精神も希薄である。小沢はその典型だ。

習近平は、共産独裁国家の「副主席」にすぎない、なんでこんな人物を、神聖君主日本天皇が接見しなければならないのか。全くその必要はない。

今日の午前に放送された「スーパーモーニング」(テレビ朝日)で、鳥越俊太郎氏は「天皇・皇室は税金の上に成り立っている。国事行為であるから、天皇が習近平の会うのは当然だ」と言った。これは小沢以上に許し難い発言である。私は早速「テレ朝」に電話し、鳥越俊太郎に直接、「あなたの発言に憤りを覚える。『天皇は税金で養われているのだから、国事行為は文句を言わずに行え』という意味に聞こえた。あなたには尊皇精神が無い。しかも外国賓客の接見は憲法に規定された『国事行為』ではない」と強く抗議した。

これに対し鳥越氏は、「あなたと同じ考えではない。」と答えた。つまり、鳥越氏は、天皇・皇室を敬う気持ちは無いことを認めたのである。

はっきり言って、天皇・皇室に関することは、理論理屈ではない。天皇・皇室への敬いの心、かしこみの心の無い者は、国家民族の敵である。こういう者共は、絶対に許すことはできない。

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千駄木庵日乗十二月十五日

午前は、母のお世話。母と共に「スーパーモーニング」(テレビ朝日)を見ていると、鳥越俊太郎氏がとんでもないことを言った。部屋に帰り、テレビ朝日に電話して鳥越氏に抗議。(別記事参照)

午後は、諸雑務。明日のスピーチの準備など。

その後、病院の赴き、父に付き添う。眠ったままで私が来ていること気がつかない。本当に悲しい。医師が、木曜日の手術も実際な行うことが出来るかどうか、分からないと言う。

この後、地元に戻り、小学校の先輩と懇談。この方の母上も、九十歳を過ぎておられ、毎日お世話をしておられる。色々お話をうかがう。

帰宅後は、資料の整理など。

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2009年12月15日 (火)

逆賊・小沢一郎を日本から追放せよ!

小沢一郎には、天皇陛下に対する尊崇の念がカケラもない

天皇陛下の「外国要人引見」は、陛下のご体調へのご負担と相手国への公平性の観点から、一カ月前までに文書で申請する取り決めがある。これについて小沢一郎は、「法律で決まっているわけでもなんでもないでしょ、そんなもの。」「憲法に。国事行為は、内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ。だから、何とかという宮内庁の役人がどうだこうだ言ったそうだけれども、全く日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。…内閣の一部局じゃないですか、政府の。一部局の一役人が内閣の方針、内閣の決定したことについて会見して、方針をどうだこうだと言うのは、日本国憲法の精神、理念を理解していない。」「天皇陛下のお体がすぐれないと、体調がすぐれないというのならば、それよりも優位性の低い行事を、お休みになればいいことじゃないですか。」という暴言を吐いた。

小沢一郎には、天皇陛下に対する尊崇の念、ご体調をご案じ申し上げるという心がカケラもないことが分かった。そもそも『現行占領憲法』は、日本弱体化を意図した戦勝国によって無理やり押し付けられたものであり、天皇を神聖なる君主と仰ぐ日本國體を隠蔽している偽憲法である。このような憲法を盾に取って、自己の政治的思惑による「天皇の政治利用」を正当化することは断じて許さない。小沢一郎は国賊中の国賊である。

小沢一郎は現代の蘇我入鹿であり足利高氏である

小沢一郎は、「天皇陛下の国事行為、行動は、国民の代表である内閣、政府の助言と承認で行うことなんですよ。それじゃ、国事行為は全部、政治利用になっちゃうじゃない」と言った。

つまり、小沢は、「天皇陛下は、小沢一郎が絶対権力者である政府の言いなりになれ」と言っているのだ。天皇は、「国民統合の象徴であり、その地位は主権に存する日本国民の総意に基づく」のだから、天皇もそして皇族も、国民に選ばれた政治家の言いなりになって当然であり、利用するだけ利用しようという悪逆不逞の考え方である。これまでも、天皇・皇室に対し奉り、尊崇の念・かしこみの心が希薄な政治家がいたが、小沢ほどひどい人はいなかった。小沢一郎は、現代の蘇我入鹿であり、足利高氏であり、徳川家康である。天皇陛下の側近たる宮内庁長官が政治権力者の思惑や恣意によって動かされるようでは、皇室を政治権力からお護りする事は出来ない。逆賊政治家は一刻も早く日本国から追放しなければならない。

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千駄木庵日乗十二月十四日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務・その後、病院に赴き父に付き添う。眠ったままである。時々薄目を開けて私を見る。何とも切ない。

午後七時より、高田馬場のホテルサンルートにて、『一水会フォーラム』開催。鈴木邦男一水会顧問が講演し、「三島・森田事件以後、学生運動出身の人々が右翼運動に参加して、それまでの運動のやり方と違ってきた。そして猪野健治氏が『新右翼』という名前を付けた。私自身は『新右翼』とは思っていなかった。戦前から運動を続けてきた先生方の影響を受けた。三島由紀夫氏は『右翼』に対して潔癖だった。ある同志に誘われて、児玉誉士夫氏側近といわれた白井為雄氏にお会いした。普通の質素な家だった。『ボーボワールの第二の性という本を読んだか』と聞かれた。大学の教授のような人だった。この方に会わなければ右翼の道に入らなかっただろう。一九七二年に『一水会』を創立した。『やまと新聞』に連載原稿を書いた。そして『腹腹時計と狼』という本を三一書房から出した。左右接近と言われた。言論の場を作ることを必死に考えた。国際性を持つ木村三浩君を国政の場に出すようなことも考えたい。戦前の右翼はインターナショナルな面があった。今は狭くなっている。」と語った。

この後、懇親会。今日十二月十四日は赤穂義士吉良邸討ち入りの日なので、小生が『元禄名槍譜・俵星玄蕃』を歌う。これは一水会創立以前から、小生が同志の前で歌っている歌である。

帰宅後は、『政界往来』の連載原稿執筆・脱稿・送付。

         ○

鈴木さんの講演はもっと詳しく書きたいのだが、時間が無い。あらためて『右翼は言論の敵か』という鈴木さんの新著の書評と共に感想を書きたいと思う。

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2009年12月14日 (月)

千駄木庵日乗十二月十三日

午前は、母のお世話。

午後は、資料の整理・諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。近日中の手術を行うこととなった。九十歳という年齢でもあり、体が弱っているので心配である。しかし手術をしなければ、栄養を補給できないというのでは致し方ない。どうして、悪質な黴菌が院内感染してしまったのか。どうして肺の中に食べ物が入ってしまったのか。病院に対する不信感は消えることはない。

帰宅後は、資料の整理。

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小沢鳩山平野民主党政権は逆賊政権である

民主党政権が、天皇陛下に対し奉り、共産支那の習近平国家副主席との謁見を強要し奉った。何とも許し難い行為である。何故、日本国の君主であらせられ、国家元首であらせられる日本天皇に対し奉り、これまでの慣例を破ってまで「国家副主席」を引見していただかねばならないのか。天皇陛下が引見されるのは、国家元首が原則であるべきである。しかも習近平は、ウルムチにおけるウイグル人虐殺の責任者である。

今回の不祥事は、民主党の小沢一郎幹事長が鳩山総理に謁見の実現を働きかけ、鳩山総理が平野博文官房長官にを実現させるよう指示し、平野が宮内庁に強要したと伝えられる。報道によれば、民主党の小沢幹事長が、「天皇陛下の習近平謁見」を、少なくとも二つ以上のルートで政府側に実現を働きかけていたという。

 天皇陛下の外国要人謁見は、陛下のご体調へのご負担と相手国への公平性の観点から、一カ月前までに文書で申請する取り決めがある。ところが、共産支那政府は、習近平が十二月十四日に来日するに当たり、申請期限である一か月前を切った十一月下旬に、「天皇陛下との御会見」を要請してきたという。

わが國外務省は、天皇陛下の謁見を断ったが、支那側がしつこく「御会見」を求めてきた。強引に天皇陛下の「御会見」を要求する支那政府の態度は、傲慢不遜以外の何物でもない。習近平は、胡錦濤の後継者とされているが、まだその地位が完全に固まったわけではない。そこで、外交の表舞台で箔をつけるために、「天皇陛下との会見」を利用しようとしているのだ。一党独裁国家・共産支那の支配者の権力確立のために、天皇陛下を利用しようなどというのは不埒千万である。このような支那の理不尽な要求を受け入れ、これを実現させようとしている小鳩民主党政権はまさに売国政権である。

 宮内庁の羽毛田信吾長官は、十二月十一日の記者会見で「残念なことをせざるを得なくなった。単なる事務ルールのことではない。陛下の役割は国の外交とは違う。国と国の間に政治的懸案があれば陛下を打開策に、となれば憲法上の陛下のなさりようが大きく狂うことになる」「(天皇の政治利用につながる懸念について質問に対して)大きく言えばそうでしょう。その意見に対して『何を言てるんだ』とは言いにくいし、つらい。苦渋の思いだ。陛下の国際親善は政治的な重要性や判断を超えたところにある。天皇陛下の役割について非常に懸念することになるのではないか。政治的判断としてお願いするのはどうなのか」「再度、官房長官から、総理の指示を受けての要請という前提でお話がありました。そうなると、宮内庁も内閣の一翼をしめる政府機関である以上、総理の補佐役である官房長官の指示には従うべき立場。大変異例なことではありますが陛下にお願いした。が、こういったことは二度とあってほしくないというのが私の切なる願いです。」と語った。

羽毛田長官は、天皇・皇族をお護りする立場で、このような発言を行ったのである。高く評価すべきである。

この問題の根本には、戦後の占領軍による日本弱体化政策によって、宮内庁の権威と権限が低下せしめられたところにある。

天皇陛下の側近たる宮内庁長官が政治権力者の思惑や恣意によって動かされるようでは、皇室を政治権力からお護りする事は出来ない。

戦前は、総理経験者などの「元老」「重臣」が輔弼の臣として天皇をお助けし、宮内大臣、内大臣もいた。これらの人々は総理と同格あるいはそれ以上の人々で、政治家に顎で使われるなどということはなかった。だからこそ、皇室の藩屏の役目を果たすことができたのである。

戦後は、占領軍に日本弱体化政策によって、元老、重臣、宮内大臣、内大臣、宮中顧問官などは廃止され、六千人以上の職員がいた宮内省も宮内庁に格下げとなり、職員も千人程度に減じられた。

戦後体制からの脱却は、憲法・教育・国防のみならず、皇室制度においてこそ実現されなければならない。宮内庁の省への昇格と、機能と権限の強化が望まれる。

 

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2009年12月13日 (日)

千駄木庵日乗十二月十二日

午前は、母のお世話。

午後二時より、道玄坂のフォーラムエイトにて、『日台関係研究会』開催。米田建三元衆院議員が講演し、「鳩山総理は国防問題を理解しない人なので困っている。中国は一党独裁・人治優先の国家であり、軍事的覇権主義の国である。自由民主を基本的価値とする日本などにとって潜在的脅威である。

鳩山新政権は外交安保で全く素人。自由民主を基本的価値とする国々が連帯するという麻生前総理の言ったことは正しかった。それは中国民衆の幸福にもつながる。フィリッピンから米軍が撤退した後、南沙諸島を中国が侵略した。中国は正義よりも力を以て自己の権益を構築することで一貫している。

日米同盟の希薄化がアジアの平和につながるという鳩山の考えは大変な間違い。アメリカに、「アジアの民主的国家をアメリカが防衛し、中国と対峙し、中国の民主化を促す」という意欲を失わしめる。

国際政治が正義とモラルで決定されたことは一度もない。国益が最終的に大事。アメリカは自国を犠牲にしてまでアジアを守ることは無い。日米同盟を強化が大事。その上での日中友好。

自国国民を誘拐されて奪回できないのは国家の恥辱である。北朝鮮の核開発は日本を対象としている。六カ国協議は、話し合いによって北の核問題を解決できるという幻想を与えた。アメリカは断固とした態度で北の核開発をやめさせようとしたことは一度もない。中国の顔色をうかがっている。

中国は外洋制圧型の軍事力を持つことを目的としてきた。いついかなる時でも、アメリカは日本防衛のための立ちあがるというのは幻想。相手の攻撃を防ぐには、相手も同じ被害を受けるというシステムが確立していること。これを私は主体的を抑止力と言う。人類は有史以来一万五千回以上戦争をしている。専守防衛とは日本自殺宣言。」と語った。

米田氏とはまことに長い付き合いである。今日久しぶりにお会いし、お元気そうなので安心した。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。高乗正臣平成国際大学教授が座長。

民主党政権が、天皇陛下に対し奉り、共産支那の習近平国家副主席との謁見を強要し奉ったことについて討論。「政府は皇室を見下している。」「天皇・皇室をお護りする体制が整えられていない」「宮内庁は内閣の下位機関なので内閣から強く言われれば拒否できない」「人事院・会計検査院・公正取引委員会と同じく、宮内庁も内閣が直接の指示命令はできないようにすべきである。」などいう意見が出された。

高乗氏の父上は皇宮警察の警備部長を務めておられた。昭和二十七年五月の皇居前メーデー事件では、暴力集団が二重橋を突破して来たら、皇宮警察護衛官は決死の覚悟で皇居をお護りする姿勢であったという。

帰宅後は、『政治文化情報』原稿執筆。完成。送付。

           ○

神聖君主・日本天皇に対し奉り、これまでの慣例を破ってまでも何故「国家副主席」を引見していただかねばならないのか。しかも習近平は、ウルムチにおけるウイグル人虐殺の責任者である。鳩山由紀夫・小沢一郎・平野博文は、逆臣であり、朝敵である。鳩山亡国逆賊内閣は何としても打倒せねばならない。

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2009年12月12日 (土)

千駄木庵日乗十二月十一日

午前は、母のお世話。

午後二時半、平河町の頭山興助事務所訪問。頭山興助氏と懇談。一昨日の「呉竹会」が大盛会だったことを喜んでおられた。真正保守・維新を目指す戦いを強く進めて行くということを語っておられた。

その後、病院に赴き父に付き添う。そして医師と今後のことについて相談。詳しくは書かないが、手術をして流動食を体内に入れるようにするとのこと。医師の目が充血していた。相当な激務なのだろうと推測する。父の病状が深刻で苦しむ姿を見ると、家族としてはどうしても病院と医師に対する不信感を抱いてしまう。それは私の誤解なのか、あるいはそうでないのか、判断がつかない。実に困ったことである。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。多数の同志諸氏と今後の活動について討議・懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

         ○

宮中において執行せられた『新嘗祭夕の儀』には、内閣総理大臣・衆参両院の正副議長・最高裁長官・検事総長・会計検査院長・東京検察庁検事長・次長検事などが参列した。しかし、各閣僚の参列は無かったという。新嘗祭は、新穀を神に供え、収穫を感謝する大切なお祭りなのである。食糧を担当する赤松広隆農水大臣は、何を差し置いても参列すべきだったのではないか。検察庁の最高幹部が三人参列した事は大変結構なことであった。

谷垣禎一自民党総裁の母方の祖父は、影佐禎昭陸軍中将であるという。影佐氏は板垣征四郎陸軍大将のブレーンで、和平救国路線をとった汪兆銘に協力し汪政権樹立を計画、成功させた人物で、戦後いわゆる『戦犯』となり、獄死した方である。また、加藤紘一元官房長官は石原莞爾の従弟の子である。

テレビニュースを見ていたら、鳩山邦夫氏が政治資金問題で兄の由紀夫氏を批判し、「男らしくない。ナヨナヨしている」と言っていた。この兄弟の関係は「友愛精神」とはほど遠いものがある。兄弟でさえ実行できない「友愛精神」を外交基軸にするのはまことに危険である。鳩山総理は、対支那外交などで「友愛」を叫ぶ前に、まず弟との「友愛関係」をきちんと確立すべきである。

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2009年12月11日 (金)

千駄木庵日乗十二月十日

午前は、母のお世話。医師の往診があった。

午後は、中村信一郎國體政治研究会代表幹事・魚谷哲央維新政党新風代表・斉藤吉久氏(宗教ジャーナリスト)・稲貴夫神社本庁広報部長と共に、鎌倉市佐助の葦津珍彦先生の墓所に詣でる。その後、長谷の葦津泰國氏(葦津珍彦先生の御子息)宅訪問。葦津氏と懇談。葦津珍彦先生の思想の継承などが語り合われ、有意義なひと時を過ごした。中村氏のお世話に感謝する。

葦津珍彦先生の墓参は初めてであった。生前、二三回葦津先生のお宅をお訪ねし、色々ご指導をいただいた。「天之御中主神と天照大神」について質問させていただいたのを鮮明に覚えている。今日、葦津家の神棚を拝礼させていただいた。中央に『天之御中主神』その左右に『天照大御神』『八幡大神』さらにその左右に『天神地祇』『祓戸大神』が祀られていた。

鎌倉には久しぶりに来た。江ノ電に乗ったのも本当に久しぶりである。長谷の町を駅に向かって歩いていると、四条山収玄寺という日蓮宗のお寺があった。門が開かれていて、大きな石碑が見えた。「四條金吾邸跡 東郷平八郎書」と刻まれていた。四條金吾は、鎌倉時代の武士で日蓮の在家の高弟である。東郷平八郎は日蓮宗の信者であったのであろうか。

東京に帰り、父の病院に赴き付き添う。

帰宅後は、原稿執筆。

             ○

小沢一郎が訪中し、胡錦濤と会談したが、ガス田の問題や食の安全など日中間の懸案については、まったく触れなかった。

普天間問題でアメリカの日本に対する不信感が高まる中で、多数の配下の陣笠代議士・小沢チルドレンを引き連れて朝貢外交を行った。小沢民主党が、反米親支那の姿勢を鮮明にすることが、今後の日本のみならずアジア全体の平和と安全を脅かすことになるのは火を見るよりも明らかである。

小沢は胡錦濤との会談で「人民解放軍でいえば、野戦軍の司令官として参院選勝利に向けて頑張っているところだと」と言ったという。共産支那の軍隊は決して「人民解放軍」ではなく「人民虐殺軍」であることは、天安門事件で明らかになっている。また共産支那の「第四野戦軍」の指揮者は、最高実力者として君臨した鄧小平であった。小沢一郎はまさに民主党政権の最高実力者として政治を牛耳って、日本を混乱と危機に追いやっているのだ。そのことを自覚しているからこんなことを言ったのであろう。

葦津珍彦先生墓所          四條金吾邸跡石碑

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2009年12月10日 (木)

千駄木庵日乗十二月九日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。

午後六時より、永田町の憲政記念館にて「呉竹会アジアフォーラム」開催。頭山興助会長が挨拶し、「日本を立て直さなければ、中国はアメリカに馬鹿にされる。憲法第九条の改正なくして、基地問題の解決はない。帝国陸海軍以上の軍事力を持つことが前提。東郷平八郎元帥の『皇国の荒廃此の一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』、草地貞吾元関東軍作戦参謀の『靖国の宮居の奥の大鏡映すや友の若き面影』という言葉を心に刻んてい行きたい」と語った。

続いて平沼赳夫衆院議員が講演し、「郵政民営化に反対した理由は、①強権的手法・手続無視が許せなかった。②アメリカに郵便貯金の金が売り渡されることが懸念されたこと、の二点である。

私は今、保守再生のために頑張っている。総選挙後の自民党総裁選に立候補した三人に、自民党立党の政綱に掲げられた『自主憲法制定』を主張した人はいなかった。集団的安全保障を含めて日本の安全と平和をどうするかも言わなかった。

保守政治家として絶対に守らねばならないのは、百三十五代・万世一系の天皇様をお護りすることである。日本天皇は国家危急の際に大きな力を発揮する。民主党政治を阻止しなければ日本はおしまいになるという危機感を持つ。

事業仕分けを見て、フランス革命を想起した。事業仕分けは人民裁判。シナリオは財務官僚がつくった。鳩山は友愛を言っている。ジャコパン党は博愛を言った。『俺俺詐欺』というのがあるが、民主党は『やるやる詐欺』である。民主党のマニフェストの前に出した『インデックス二〇〇九』は左翼的政策の羅列。

これからの保守は、①この国の伝統文化を守っていく。②この国の安全と平和は自らの力で担保していく。政府間の合意よりも選挙対策を優先させるのは国家ではない。アメリカは軸足を中国に移した。日米安保は大事。まともなことを言う政治家は右翼と言われる。

中川昭一氏は、帝国石油に東シナ海の石油採掘に許可を与えた。『非核三原則』についても『核を持ちこませない』というのは国防上いかがなものか、という正論を言った。中国は毎年二十発づつ中距離ミサイルを増やしている。中国は宇宙衛星を撃ち落とす力をつけた。

保守再生のタイムリミットは、来年の参院選まで。自民党の中に中川昭一氏がつくった『真保守政策研究会』がある。中川氏逝去後、安倍晋太郎氏が会長になり、私は最高顧問になった。これを核の一つにしていく。明日は民主党の真保守の議員と会食する。自民党の復党するのではなく、自民党を巻き込んで一つの新しい流れを作る。

母親から千円貰っても覚えている。五十を過ぎた大の大人が母親から十一億円貰う人が総理になっているのは間違い。鳩山内閣は小沢の傀儡。鳩山は長続きはしない。菅・岡田・前原と続く。ワイマール憲法下で、民主主義的手続きを経て、ナチス政権が誕生し、全体主義政治が行われたように、来年の参院選で民主党が勝って、民主主義は多数決だとして、小沢一郎の独裁政治家が行われるようになる。

小沢の『国連中心主義』は間違え。国連は戦勝国がつくった。日本は敵国になっている。日本はアメリカに次いで分担金を払っているのに、常任理事国になれない。『天皇陛下御在位二十年』を奉祝して、議員立法で国民の祝日にしようとしたが、小沢の反対で実現できなかった。小沢は危険である。」と語った。

帰宅後は、原稿執筆。

            ○

平沼赳夫氏は、お元気で誠実にそして情熱を込めて、所信を語られた。郵政問題のゴタゴタがなければ、平沼氏はとっくに総理になられていたはずである。まことに残念である。しかし今からでも遅くはない。真正保守結集り要として頑張っていただきたい。今日も会場一杯の人々が集まって、盛んに拍手を送った。

小泉純一郎氏は、本人が言った通り自民党をぶっ壊したが。小沢一郎氏は、日本をふっ壊そうとしているとしか思えない。何故、天皇陛下ご在位二十年を奉祝して祝日を設けることに反対したのか。何故、五百人も引き連れて、今この時期に支那を訪問しなければならないのか。何故、鳩山政権の内紛に一切かかわろうとしないのか、何故、日米間の重大問題だる普天間基地問題に口を出さないのか。何か深謀遠慮があるとしか思えない。

頭山氏の「憲法第九条の改正なくして、基地問題の解決はない。」という主張は全くその通りである。日本が自主防衛体制を確立した暁に、米軍に日本から出て行ってもらえばいいのである。

頭山興助氏          平沼赳夫氏

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2009年12月 9日 (水)

千駄木庵日乗十二月八日

朝、母のお世話。

午前十時より、九段の靖国神社にて、『大詔奉戴六十八年祭』(森田忠明実行委員長)執行。昇殿し、国歌斉唱・祝詞奏上・大詔奉読・玉串奉奠などが行われた。

この後、能楽堂で『奉納演武』(奈良彰久東京文武館館長ほか)が行われた。そして午後一時半より、高澤一基板橋区議会議員が「民族の精華としての大東亜戦争」と題して講演した。この後直会が行われた。

終了後、病院に赴き、父に付き添う。意識ははっきりしてきたが、それだけに苦痛を訴えるのが気の毒である。「これからどうなるの」などと私に聞くのがつらい。

帰宅後は、原稿執筆など。

          ○

まことに申し訳ない次第ながら、連日四時間半ほどの睡眠しか取れていなかったため、本日の貴重な講演は睡魔に打ち勝つことができずほとんど聞くことができなかった。やはり、父のことなどで精神的にもやや疲れているのであろう。高澤氏は、民主党所属議員として、板橋区で頑張ってゐる。私の甥とそう年齢が違わない。国学院出身で神職の資格もあり、まっとうな神道精神を根柢に置いた愛国者である。これから日本の再生のために大いに活躍していただきたい。

靖国神社境内の憲兵の碑

Ts3n0040_3 Ts3n00390001 靖国神社の庭園

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2009年12月 8日 (火)

千駄木庵日乗十二月七日

午前は母のお世話。

お昼は知人と懇談。その方の幼いお嬢さんが肺炎になった時の体験をうかがった。肉親の病気というのは本当に辛いものである。

午後は雑誌編集の仕事。

その後、病院に赴き、父に付き添う。辛さ苦しさを訴えるので本当にやりきれない思いがする。子供であってもどうすることもできない。入院してから余病を併発しひどい状況になったので医師や病院への不信感が湧いてくる。こういう時、どこに相談すればいいのか。所轄の警察なのか、弁護士なのか、保健所なのか、あるいは厚生労働省に行かねばならないのか。医療行為にミスがあったかどうかの判定を依頼するにはどうしたらいいのか。ミスがあったかどうかは患者自身や家族には断定できない。しかも現実に父はその病院で治療を受けているのである。本当に難しい。

夕刻、新宿に赴き、国学者であり武道家の方から、雑誌に掲載する原稿をいただく。そして懇談。皇室の関する論議は、節度を持って冷静に慎み深く行うべきであるということで意見が一致した。相手が國體破壊や皇室否定の考えを持っている人でなければ、たとえ意見が異っても、敵対者に対するような姿勢が論難することは慎むべきである。中川某氏の「皇室典範」「皇位継承」に関する論議は、そういう点で異様であり慎みを欠いていた。

帰宅後は、原稿執筆。

            ○

かつて田中内閣の時、「決断と実行」という言葉があった。鳩山由紀夫氏に欠けているのはまさにこれであろう。しかし、日米同盟よりも社民党が大事などという間違った決断と実行をされてはたまらない。鳩山さんに本当に総理としての器量があるのだろうか。真の「友愛精神」と「軟弱」「八方美人」とは全く異なる。それにしても小沢一郎氏がなんの動きも示さないのはどうしたわけか。

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2009年12月 7日 (月)

千駄木庵日乗十二月六日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

その後、病院に赴き、父に付き添う。意識がはっきりしてきている。それだけに、食べ物が食べられず空腹であること、ベッドに半ば縛り付けられている状態であることの苦痛を訴える。慰めようもない。父の生命力と精神力の強さに驚嘆する。それにしても、何故入院した後に病状が悪化したのか。抗生物質が効かなくなった黄色ぶどう球菌などというものが父に感染したのか、また、何故食べ物が父の肺の中に入ってしまったのか、家族としては病院に大きな責任があるように思える。

午後六時より、神田学士会館にて、「平成国際大学社会情報科学研究所主催講演会」開催。慶野義雄同大学教授が司会。高乗正臣同大学教授が主催者挨拶。八木秀次高崎経済大学教授が講演し、「私は憲法学者。『日本国憲法とは何か』という著書は国会議員に読まれた。衆議院の憲法調査会の報告書はその本から多数引用された。共産党がそのことに抗議した。

栃木県で女性教員が生徒にナイフで刺殺された事件の後、生徒の持ち物検査をすべしという議論が起こったら、人権派がこれを拒んだ。戦後教育を覆っているものが見えてきた。

安倍晋三氏と知り合い、お会いする度に、私の話すことに影響されたのか、民間で『日本教育再生機構』を作った。そして安倍内閣で『教育再生会議』がつくられた。ゆとり教育見直しに消極的であったので、山谷えりこ氏などと共に見直しに舵を切ってもらった。

ある学者が『民主主義とは、悪い政権を罰すること。しかし良い政府を作ることではない』と言ったが、民主党政権誕生でその通りとなった。むしろより悪い政府が出来たのではないかと思う。テレビが世論を作る。歴史に瞬間に人間の行動パターンが現れる。民主党はテレビと連携しつつそれをうまく使って大衆の心をつかんだ。

川端文部大臣の影が薄い。全国学力テストの予算が大幅に削減された。日教組・全教が活発なところほど学力が低い。そのことが分かってしまうので、全員にテストを受けさせるのをやめさせようとしている。民主党政権によって日本は三流国になる。今の政権は組合の意向で動いている。

祖先が築き継承してきたものを次の世代に正確に引き継いでもらうには強制が必要。伝統芸能の世界はまさしくそれ。基礎・基本の上に良き個性が花開く。今のままでは江戸時代・明治時代の国民教育の良き遺産が無くなってしまう。

民主党の政策は旧社会党と同じ。教育政策は日教組の運動方針とほぼ同じ。学力テスト見直し、教員数の増加、労働基本権を認め労使交渉によって給与を決めるなどという政策を立案しているのは民主党内の左翼。社会主義協会の人たちがそのまま民主党の事務局にいる。彼らはマルクスレーニン主義者。『平和革命』を言っているが、国会で議席を取って社会主義に持っていこうとしている。民法改正はエンゲルスの思想。

共産党は『民主連合政府』を言い出した。共産党候補を立てなかったところは民主党に共産党票が行った。民主党と共産党は個々の政策で協力態勢に入る。民主連合政府が出来たら検察・警察に共産党がかかわる。」と語った。

帰宅後は原稿執筆。

            ○

久しぶりに八木氏の講演を聞いたが、民主党政権への危惧は大体同感である。ここ数日中に小生のところに送られた来た民主党批判のメールを紹介する。

「国民を欺いている人たちが、正論を言う土屋たかゆき先生を民主党除名処分にしようとしています。極左議員が幅を利かし、衆議院議員選挙用マニュフェストに無い外国人参政権付与・人権擁護法案・夫婦別姓・婚外子の実子・国籍法案等を法律案としで国会で闘争としています。国民との約束のマニュフェスト違反です。これらを推進する人が、民主党から除名されるべきです!」

「総理大臣である鳩山氏の頭に、国家がない。これ自体が、実は我が国の最大の危機である。我々日本人は、今、危機のまっただ中にいる。『国民というより市民と言いたい』、『日本は日本人だけのものではない』、『唯一の被爆国としての道義的責任がある』、『25%二酸化炭素排出を削減する』、『東シナ海を友愛の海にしたい』 これは、鳩山氏の発言で今思いつくものを上げただけだが、やはり、国家、国益、そして祖国日本への切実な思いがない。これは、国籍のない者の発言である。

 馬鹿、日本は日本人のものだ!また、被爆国としての道義的責任があるとは何事か!核爆弾を無辜の上に落としたアメリカよりも、落とされた日本が悪いのか。一体、総理大臣として何をぬかしたのか。意味が分かっているのか。核を落とされ、無辜を殺害され、無念ではないのか。犠牲者に申し訳ないとは思わんのか。冷血野郎め。

 そこで指摘しておく。このような『育ちのいい』と自分で言っている人物が総理になれば、本人はどうなるか。それは、目を見れば分かる。

 彼は、以前は『子鹿のバンビ』のようなかわいい目をしていた(馬鹿な目というか)。しかし、今は、あの大阪から千葉に護送された市橋君のような目をしている。髪型も似ている。

 それにしても許せず憎たらしいのは、このような国家の命運に関わる内閣の惨状には我関せずという顔をして、旅行会社と結託した長城計画とやらのために、国会を閉会にしたうえで大勢の馬鹿議員を率いて北京詣でをする売国の輩たちだ。これを亡国、属国の中国訪問という。仕分け人よ、この議員たちに支払う、ボーナスと歳費と政党助成金ほどの税金の無駄使いがあろうか。

 とは言え、彼らは北京で、さぞかし、中国共産党幹部にちやほや熱烈歓迎されることだろう。感激して涙を流しよると思う。何しろ、やっと裏で、中国共産党が大喜びをしている内閣を支配することができるようになったのだ。その喜んでくれる本家に詣でたのだ。

 そう言えば、彼の身近な親分に、かつて北朝鮮の金日成と会談して感激し涙を流した自民党のボスがいた。

 以上、まことに憂々しき年末が訪れた。」

「鳩山内閣と与党は、選挙中は隠していた『外国人参政権付与実現』を推進している。これが、リターンとノーリターンを分けるポイントである。外国人に参政権を渡せば、大量の中国人が昨年の4月26日の北京聖火リレーがあった長野市のように組織的に行動して我が国の政治的決定を左右し、我が国を中国の属国に転落せしめるであろう。つまり、我が国も中国というブラックホールに転落するのである。

 次に、中国共産党は、我が国の多数の与党国会議員が北京に伺候すべき日を指定してくるようだ。すると、与党は国会日程をその中国の指定日にそって短縮し、国会を閉会にしてしまう。

 そして、この12月に、多数の国会議員が小沢一郎幹事長に率いられて北京に伺候するという。

 中国から見れば、この日本の国会議員の行動は、明らかに属国の民の行動である。何しろ、国会議員が、その本来の仕事である国会を中国に参るために閉会にするのであるから。

中国共産党の高笑いが聞こえる。

 民主党の幹事長を初め、数だけは膨れあがった多くの議員諸侯には、もはや日本人の誇りがあるのかと問うこと自体馬鹿らしくなる。

 台湾人ではない者を台湾総統に選んだのが台湾国民であるように、「日本は日本人だけのものではない」というようなとてつもない妄想に駆られた人物を総理に選んだのが、日本国民である。」

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2009年12月 6日 (日)

千駄木庵日乗十二月五日

午前は母のお世話。

午後は原稿執筆。

その後、病院に赴き、父に付き添う。昨日は眠ったままであったが、今日は目覚めてくれて、少し会話をした。昨日よりはいくらか良くなっているようも思える。ただし、点滴だけなので、食べ物を欲しがるのが可哀想である。何とか空腹感を取り除いてあげたいと思う。ともかく日夜回復の祈りを捧げている。

夜は、根津で、地元の先輩と懇談。

帰宅後は、今度私が企画・編集を担当することとなった雑誌の原稿執筆、脱稿。

           ○

タクシーに乗っても、飲食店に行っても、不景気の話ばかりである。たしかに繁華街も活気が感じられない。飲食店もヒマな店が多い。今日行った店も、安くてうまい店なのだが、それほどこんではいなかった。困ったことだ。混んでいるのは病院ばかりという感じがある。

民主党政権が出来たのも、こうした不景気を何とかしてほしいという庶民の願いによる。しかし、ご覧の通りの混迷ぶり。こういう時こそ、剛腕と言われる小沢一郎氏が前面に出てきて政治と外交を動かしたらいいとも思うのであるが、引っ込んだまま。大したことができないからであろうか。

小鳩政権ができた当初は、何か新鮮な感じがして、期待していた人も多かったようだが、どうも、実行力のあるふてぶてしい政治家というのが小沢氏と亀井氏しかいない。亀井氏は色々言っているようだが、内閣の方針に反することばかり、連立政権崩壊の火種になりそうである。

鳩山氏は、友愛精神を唱えるだけでは政治も外交もうまくいかない事を自覚すべきだ。鳩山一郎氏の友愛精神は、谷口雅春先生の『大調和』『人間神の子』『天皇国日本實相顕現』の精神に基づくのである。

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2009年12月 5日 (土)

千駄木庵日乗十二月四日

午前は、母のお世話。

午後は、原稿執筆の準備など。

午後四時より、赤坂の日本財団ビルにて、東京財団政策懇談会・「新しい政治の夜明け-オバマ政権下のアメリカ政治を考える」開催。久保文明(東京財団上席研究員、東京大学教授)がモデレーター(チャットや掲示板の「調整役」、簡単に言えば司会のことだそうである)を務めた。サイモン・ローゼンバーグ(NDN代表・1992年大統領選でクリントン候補の選対本部スタッフを務めた後、民主党全国委員会や同指導者会議のメンバーとして活躍している人だとのこと)がスピーカー(講演者という意味であろう)として講演し、「日本にはじめて来た。二つの人種の親を持つ人が五十三%の票を獲得して大統領になった。上下両院を民主党が支配。ワシントンDCの家庭にはラジオは既にない。インターネットと携帯電話が普及。テレビのチャンネルは八〇〇ある。アメリカ近代政治はテレビによって変化した。議会が共和党支配から民主党支配に移ったのはインターネットのお陰。オバマがクリントンに勝ったのもインターネットのお陰。二〇五〇年には白人がマイノリティになる。情報があるということと知識があるということとは異なる。シンプルな時代は長い時間をかけてものを考えることができた。今は情報を得るのは簡単。自分の興味のあることにアクセスするのは簡単。自分の価値観を持って対応していくしかない。」などと語った。

「情報と知識とは異なる」というのは全く同感である。情報過多になって、自分でしっかりと考えなくなり、しっかりとした知識も思想も持てなくなる危険がある。

この後、病院に赴き、父に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆。

           ○

自民党の谷垣総裁は、先頃、靖国神社に参拝した。今日は、自主憲法制定に意欲を示した。自民党は野党になってややまともになったという感がある。しかし、民主党との違いを出すためだけのためで、政権を取ったら、また元に戻るというのでは困る。もともと谷垣氏は宮沢喜一・加藤紘一などと同じ宏池会だから、いわゆるリベラル派に属すると思っていたが、そうではなかったのであろうか。そうなら大いに結構である。

自民党結党以来、鳩山一郎初代総裁・岸信介三代総裁は、自主憲法制定を目指していたが、池田勇人・佐藤栄作両氏が、『憲法は定着した』などと言って、自主憲法制定を顧みなくなった。これが今日の混迷の原因の一つである。

それにしても、民主党政権の混迷ぶりにはあいた口がふさがらない。亀井・福島両氏に引っかき回されっぱなしである。亀井氏などは『俺が内閣だ』などと言っていた。普天間基地問題での鳩山氏のブレ方もひどい。

三党連立はあとどのくらい持つのであろうか。政界の混迷だけならまだいいが、国家民族の行く手が危うくなることを憂える。

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2009年12月 4日 (金)

千駄木庵日乗十二月三日

午前は、母のお世話。

午後は、新宿にて友人同志と懇談。父のことについて色々相談に乗っていただく。医者や病院への対応について、体験に基づくきわめて参考になる意見を聞かせていただいた。感謝する。

この後、病院に赴き、父に付き添う。眠っている。体に手を当てて祈りを捧げる。医師と看護師の話を聞く。何とも厳しくも苦しい決断を迫られている。人間の生命は生き通しであり永遠であることは信じてはいる。しかし、「親」の有難さというか、肉親とは離れたくないこと、この地上にもっと生きていてほしいという願望を、本当に深刻に考えなければならないのである。

帰宅後は、書状の執筆など。

           ○

社民党と国民新党が少数政党であるにもかかわらず、民主党政権を引っぱりまわしている。日本国内に外国軍隊の基地などあっていいはずがない。しかし、現実には米軍基地は存在する。そしてそれが、わが国とアジア全域の安全に役立っているとすれば、三党連立政権は具体的にして実現可能な打開策を一刻も早く提示すべきである。

社民党はもともと自衛隊もなくせ、日米安保も廃棄せよ、という主張なのだから論外だが、民主党と国民新党は、日米安保・日米同盟を否定するのなら別だが、そうではないのなら、問題解決を先送りするだけでは駄目だ。

時間がたつにつれて、この連立政権の危険性が現実化してきた。社民党という反日政党・北朝鮮の手先の政党は切り捨てるべきだ。

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2009年12月 3日 (木)

千駄木庵日乗十二月二日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。「奇人変人」とはどういう人のことを言うのかということが話題になった。私などは全国放送のテレビ討論番組である有名評論家から、「性格破綻」と決めつけられたので、「奇人変人」の資格があるのかと自ら反省するのである。しかし、その評論家の人も、テレビで相当な性格破綻・奇人変人ぶりを発揮することがよくある。人相は完全にその評論家よりも私の方が良い。私はむしろ、奇人ならぬ貴人なのではないかと自惚れる時もあるのである。

横浜在住の同志友人が『全国奇人変人列伝』を上梓したいと言っていたが、いまだに実現していないのは甚だ残念である。

午後は、病院に赴き、父に付き添う。昨日は病院と医師に対する批判を書いたが、今日は看護師などが父に対して気遣って下さっているのを見てやや安心する。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、『萬葉集』巻二十に収められた防人の歌を講義。質疑応答。この勉強会は既に二十年以上続けられている。それでも、月一回の開催なので、全二十巻の『萬葉集』を二回繰り返しただけである。千早地域文化創造館での『萬葉會』は、七、八年続いている。

帰宅後は、近々発行されることとなった季刊誌の編集の仕事。

            ○

連日、父の病状ことを書き、暗い『日乗』になっていますので、今日は少しリラックスした気分で書かせていただきました。

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2009年12月 2日 (水)

千駄木庵日乗十二月一日

午前は、母のお世話。

午後一時半、父が入院している病院に赴き、医師の説明を聞く。その後、父に付き添う。

帰宅後は、雑誌編集の仕事。「月刊日本」連載原稿執筆・完成・送付。

         ○

病院で医師の説明を聞いたのだが、なかなか納得できるものではなかった。どう考えても、病院側の不注意というかミスがあったとしか思えない。

父は確かに老衰で体が弱っていた。尿に黴菌が入って苦しみ出し、救急車で病院に行き、診察を受けたら、すぐ入院ということになった。泌尿器の方は小康を得た。

ところが、十一月二十七日、急に病院から連絡があり、医師が会いたいと言ってきた。「肺に食べ物が入り、熱が出た。どういう結果になるか分からない」と言う。そして、食事をいったん中止するという。咽頭反射の老化による低下が原因だという。しかし、家にいるときは、全くそういう兆候は見られなかった。十一月二十六日、私が病院に行って父に会った時、父は『病院の人に無理に食べ物を食べさせられた。』と言っていた。このことで、食べ物が肺に入り、肺炎か何かを起こしたのではないか。

そして、今日またまた病院に呼ばれ、医師の説明を受けた。今度は、何と「MRSA(耐性ブドウ球菌)」というのが父の喉に付着したという。

「耐性ブドウ球菌」とは辞書によると「耐性を獲得し、最も有効なメチシリンという抗生物質が効かなくなった黄色ぶどう球菌(食中毒などの原因となる菌)。学名、スタフィロコッカスアウレウス。皮膚や鼻腔などに存在。院内感染の原因ともなり、抵抗力の弱い手術後の患者や高齢者・未熟児などが感染しやすく、一旦発症するとほとんどの抗生物質が効かないため治療は困難。多剤耐性黄色ぶどう球菌。MRSAMethicillin-resistant Staphylococcus aureus)」という恐ろしい黴菌である。これが私の父の喉に付着したという。つまり治療が困難な黴菌に院内感染してしまったのである。


そして医師は、「回復の見込みはない。延命とは延苦である」とか言って、延命治療については私に任せると言うのだ。病院側の不注意、医療体制の不備によって治療困難な状況に私の父を追い込んでおいて、延命治療は私の判断に任せるなどというのはあまりにも無責任であり、無反省である。

私が会いに行くと、目を覚ましていれば、色々話しかけてくる。そして食べ物を欲しがる。つまりまだまだ意識もあり、生きる意欲もある父について、息子の私が『もう延命させなくて良い』つまり『殺してくれ』などと病院に言えるはずがないではないか。

しかも嚥下能力の低下も、「耐性ブドウ球菌」の付着も、病院側のミスによると判断せざるを得ない。そういうことへの反省も責任の自覚も無く、「回復の見込みはない。延命とは延苦である」などと言って、事実上、私に「父親を殺してくれ」と言わせようとしているのだ。これは全く許し難いことである。

この病院については、これまでも色々腹の立つこと、許せない事があった。ことは父の命にかかわることである。断固として戦いたい。

心が落ち着かないので、乱文になってしまったが、穏やかに生きてきた父が最晩年になって、このような苦痛を味わうとは夢にも考えなかったし、可哀そうでならない。しかも医師の態度たるや傲岸不遜と言うか全く誠意が感じられないものであった。

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2009年12月 1日 (火)

千駄木庵日乗十一月三十日

午前は、母のお世話。

午後は、雑誌編集の仕事。

その後、病院に赴き父に付き添う。熱は下がり、いくらか元気になったようで、少し会話をした。しかしまだ物は食べられない。ベッドの横で、ひたすら神に祈る。

夕刻、上野にて知人と懇談。

帰宅後は、水曜日の『萬葉集』講義の準備。雑誌編集の仕事など。

           ○

神癒という言葉がある。神様が人の病を癒すという意味である。今の私はただひたすら神癒を祈っている。イエスキリストは多くの病人を癒した。宗教というものは、その教義が人間の悩み苦しみに安らぎを与えるということが最も大切な要素であろう。しかし、肉体の病を癒すということも実に重大なる要素になっている。今日、世界宗教として高邁な教義を説いているキリスト教も、イエスキリストの行った奇跡・神癒が信者を増やす大きな要素になったと思う。

今日の日本の新宗教、新々宗教といわれる教団は、その教団に入り、信仰をすれば、病が治るということを説かない宗教は無いと言って良い。不遜な物言いかもしれないが、私は、神仏への信仰は深い方だと思っている。それゆえかお陰さまで大病というものをしたことがない。昭和五十一年以来、歯医者以外に行ったのは、包丁を使っていて指をけがしたときだけである。毎朝毎晩の神仏への祈り・神想観・祝詞奏上・般若心経讀誦のお陰だと思っている。

小生は今、父の苦しみが和らぎ、病が一日も早く癒えることを願い、天地の神々そして仏様に祈っている。

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