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2009年11月12日 (木)

千駄木庵日乗十一月十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は『政治文化情報』発送準備など。

午後六時より、『九段下沙龍』開催。多くの同志と当面する諸問題について討議。

帰宅後も発送準備。

           ○

今日の会合である同志から、「田中角栄は越後から上京してきて、故郷の貧困を何とか救いたいという情熱があった。野中広務には、いわれなき差別をなくしたいそして差別解消の運動を正常化したいという情熱があった。鳩山由紀夫総理など今の政治家には、そうした切実さ・情熱・強い意志・使命感・戦う姿勢というものが感じられない」という意見が出されました。成程と思いました。

鳩山総理は、今日の記者会見で自ら語っていたように「恵まれた環境に育った」人物です。細川護熙・小泉純一郎・福田康夫など最近の歴代総理はみなそうです。小沢一郎・加藤紘一もそうです。この人たちは「家業」としての政治家を継いだだけのことです。だからちょっとした試練にも耐えきれず、嫌になったら後は野となれ山となれで、辞めてしまうのです。

岸・池田・佐藤という人々は、官僚政治家と言われましたが、今の政治家にはない覇気というか、強さというか、図々しさというものがあったようです。

苦労した人が立派で、恵まれた環境にいる人は駄目だなどと短絡的な決めつけはできないと思いますが、近年の政治家がまことにだらしなく、強さ・豪胆さが無いことは確かです。その中で、小泉・小沢両氏は、剛直というか強い面を持つ人だと思います。小沢一郎は、私は全く好きではありませんが、ともかく近十数年の日本の政治を動かしてきたことは事実です。小沢以上に力のある政治家、別の言葉で言えば「悪党」はいないと思います。「悪党」とは、既存の体制をぶち壊す者という意味もあります。

ところで昨日小沢氏は「一神教は排他的だが、仏教はあらゆるものを受け入れ、みんな仏になれるという度量の大きい宗教だ」と言いました。しかし、日本仏教では、日蓮はかなり排他的で、念仏の坊さんの首を由比ヶ浜で刎ねよと主張し、法華経以外は皆邪教だとして排撃しました。創価学会などは日蓮の排他性を継承しています。では念仏宗が排他的・戦闘的ではないかというとそうではありません。一向一揆を見れば明白です。集団で武装して戦いました。

つまり、どの宗教が排他的・戦闘的で、どの宗教が平和的・融和的だという明確な区別があるわけではないのです。宗教というものは、ある時には平和的になり、ある時には戦闘的になるということです。ですから、宗教は人間を安穏の世界に導くこともあるが、逆に闘争の世界に導くこともあるのです。宗教の歴史は、宗教戦争の歴史でもあるのであります。そこが宗教の怖さでもあるのであります。

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