« 千駄木庵日乗十一月二十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月三十日 »

2009年11月30日 (月)

千駄木庵日乗十一月二十九日

午前は、母のお世話。

昼は、編集を担当することとなった雑誌に関する仕事。

午後は、病院に赴き父に付き添う。昨日は全く眠ったままであったが、今日は目をあけて、私が来たことを喜んでくれた。体温も平熱に戻った。

帰宅後は、水曜日に行う「萬葉集」講義の準備など。

        ○

一昨日病院の担当医と話し合った。その時医師は、「延命とは延苦を意味することがある。」と言った。家族としては一日でも長く生きてほしいと思う。それが当然の心情である。しかし、命長らえることが、苦しみの持続であったどうするのか。本当に悩ましい。「生きていることが苦しみだけなら延命しないでください」などと簡単に言えるわけがない。

病院には、数多くのお年寄りがベッドに横たわっている。ほとんど意識のない人も多い。ただ栄養剤の点滴を受けて生きている。何の楽しみもない。家族もほとんど来ない人もいるという。まことに悲惨である。しかし、家族にも来たくても来ることができない人もいるのであろう。私も、勤め人ではないので、比較的時間が取れるから、毎日病院に行くことができるのである。

「人間は、何のために生きるのか、そして死とは何か」が哲学・宗教の根本問題であるのだろうが、実際に家族、生みの親のこととなると本当に深刻な問題である。恢復して元気になり、家に帰ることができるのが一番なのだが、それが不可能となったらどうするのか。ただ病院にいるだけでも可哀そうなのに、痛み苦しみを伴うとなれば、家族も本当に切ない。

|

« 千駄木庵日乗十一月二十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月三十日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/46895555

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗十一月二十九日:

« 千駄木庵日乗十一月二十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月三十日 »