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2009年11月17日 (火)

千駄木庵日乗十一月十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後三時、上野公園の東京文化会館にて、知人と懇談。この方は、十月四日、小生が南千住回向院の橋本左内先生の墓所に参拝した折に、偶然知り合った福井ご出身の方である。橋本左内墓所の横に建立されている『景岳橋本君碑』の全文を毛筆で書き写され、今日わざわざ上京されて、それを小生に贈呈して下さった。まことに有難きである。長文の碑文を毛筆で書写することはなかなか大変なことである。心より感謝申し上げる。この方は、郷土の大先輩・橋本佐内先生を心の底から尊敬しておられる。「景岳」とは橋本左内先生の「号」である。

『景岳橋本君碑』は、明治十七年十一月に建立された。太政大臣兼修史館総裁従一位大勲位三條實美篆額・編脩副長官兼大学教授従五位勲六等重野安繹撰・修史館監事従五位勲五等巖谷修書である。橋本左内先生のご一生とその業績がつづられている。

碑文を書いた重野安繹は薩摩出身の漢学者・歴史学者である。島津久光に仕え、西郷隆盛・大久保利通らと親交があった。西郷隆盛が橋本左内を尊敬していたが故に、薩摩の重野安繹が碑文を書いたのであろう。しかし、碑文には西郷隆盛のことは書かれていない。石碑建立の年が、西南戦争終結後七年しか経過していなかったからであろう。

帰宅後は、書状執筆・諸雑務。

         ○

今日お会いした方は、「漢文を書く人も少なくなったし、読める人すら少なくなった」と嘆いておられた。小生も恥ずかしながら二松学舎出身ではあるが、国文科だったので漢文をすらすらと読むことはできない。まして書くことはほとんどできない。今日いただいた碑文もこれから一生懸命読ませていただくつもりである。

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