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2009年10月 6日 (火)

千駄木庵日乗十月五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「マスコミ総合研究所定例研究会」開催。乾正人産経新聞政治部長が講演し、「中川昭一氏の死去は、新保守主義の衰退を意味する。新保守主義とは、伝統文化を大事にする、日米協調路線、タカ派、新自由主義に近いということ。自民党を再生する人材の一人を失った。平沼グループ糾合が頓挫した。歴史の厳しさを感じる。

麻生氏は解散の好機を悉く逃した。麻生氏は総理就任直前がピークで、後は下降の一途だった。小沢の秘書逮捕の時が最後のチャンスだったが、麻生はカソリックなので相手のスキャンダルに乗じることはできないと思った。安倍晋三が解散を勧めても、正々堂々とやると言って聞き入れなかった。そして正々堂々と負けた。

民主党に対するネガティブキャンペーンがかえって自民党の票を減らした。麻生のテレビCMもインパクト無し。自民とマニフェストは民主の亜流。自民党は負けるべくして負けた。靖国神社に参拝しなかったことマイナス材料。

小泉は靖国を利用した。小泉は総理になる前は、靖国神社に参拝した事は滅多になかった。総裁選で靖国神社のことを言ったのは、対抗馬の橋本龍太郎を日本遺族会から切り離す戦略。治乱の特攻基地に行って遺書を読み、感涙に咽んだのがその伏線。そして毎年参拝し、ナショナリズムを昂揚させる道具に使った。中国との関係はギクシャクしたが、日本の保守層をくすぐったので、高い支持率を維持した。

小沢に気に入られればいいポストに就ける。仙谷は選挙直前から小沢を誉め出した。枝野は大臣になる力量はあるが、なれなかった。小沢と鳩山は腹を割って話したことなし。連立三党の幹事長会談をやっていない。重野が小沢に電話しても、秘書が出て会談はできないという。小沢はメディアに説明しないので、虚像の部分も含めて力を得ている。誰も小沢に注意も意見もできない。イギリス訪問で同行記者をシャットアウト。病気治療とカジノ遊びをしたという噂がある。

通常国会で自民党はどこまでやれるか。民主党がこれほど勝と政界再編の動きなし。参院選で民主党が敗れた時に再編の動きが起こる可能性はある。『夫婦別姓』で民主党内に軋轢が起こる。しかし政権与党の一員の地位を蹴ってでもその動きが強まるとは思えない。

菅と小沢の仲は悪くない。小沢の健康状態も悪くない。東アジア共同体は、共通通貨と安保をどうするかが問題。実現は困難。靖国神社に代わる追悼施設は、社民への飴玉として有識者懇談会は作るだろう。そして参院選の結果を見た後に結論を出す。」と語った。

帰途、湯島で知人と懇談。

帰宅後は、『月刊日本』に連載中の「萬葉集講義」の原稿執筆・脱稿・送付。

         ○

中川昭一氏の急逝は本当に気の毒であった。心よりご冥福をお祈り申し上げます。鳩山由紀夫総理と鈴木宗男氏が弔問に訪れていたのを見て心がやすまった。安倍内閣が成立した時、これで愈々戦後体制解体が断行できると喜んだが、その後、全く逆の流れになってしまった。乾氏が言う通り、歴史は厳しい。しかし、何回も言うようだが、決して絶望してはならない。陰極は必ず陽転する。朝の来ない夜はない。民主党政権の反日姿勢・亡国姿勢を徹頭徹尾批判し糾弾しなければならない。

直近の課題として、「天皇陛下御在位二十年を記念する日を休日とする法律」(略して『臨時祝日法』)にどう対処するかが、皇室に対し奉り民主党鳩山政権が如何なる姿勢を持っているかを示す試金石となる。萬一、消極的であったり、法案成立に反対するようであれば、鳩山民主党政権には皇室尊崇の念がないということになる。厳しく注視したい。

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