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2009年10月20日 (火)

千駄木庵日乗十月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

午後七時より、午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「天人相関が古代中国の基本的世界観。これは漢代にできた世界観。董仲舒(前漢の儒学者。河北省広川の人。『春秋公羊伝』を学び、武帝のとき文教政策を建言、儒学を正統な官学とさせ、その隆盛をもたらした)は、儒教を国教化した。自然・社会・個人を一つにつなげる考え方。そしてそれを倫理道徳にした。董仲舒は『国家將に失道の敗有れば、天乃ち先ず災害を出し以てこれに譴告す』と論じ、政治が悪いと自然災害が起こるとした。人間の行いが天地の運行に機械的に影響を及ぼし得るという理論を構築した。人格神が罰を与えるということを見立てると同時に、もっと機械的に考えた。人々の暮らしが平和でなくなると、自然も平和でなくなるという考え。

『徳』と『刑』とはセットになっている。人間の喜怒哀楽は、自然界の春夏秋冬と同じ。四季が移り変わるように、人間も移り変わることが必要。ただ自然の法則に従うだけでなく、人間側から積極的に働き掛けていくのが風水の基本的態度。『気』の良く集まる最高の自然環境を求める。そのために人工的に川の流れを変え、人間の手で自然を操作しようとした。

中国や日本では人間が快適に暮らせるように、自然と調和する努力をしてきた。そういう思想が『論語』の背景にある。しかし風水の思想には跡付けが多い。目の前の状況が基本。風水の思想で都を造営したが、都合に合わせる。古代は、今日よりも自然の力が強かったから、風水信仰が起こった。儒教思想は自然環境が同じ所で成立する。イスラム圏では成り立たない。」と語った。

「風水思想」とは、支那の伝統的な自然観の一つで、都市や住宅・墳墓などを造る際に、地勢や方位、地脈や陰陽の気などを考え、そこに生きる者とそこで死んだ者すべてによい自然環境を求めようとするものだという。

「風水」について、私は全く不勉強であるが、大学時代の同期生で、現在、ある大学教授になっている在日韓国人の友人が、「日本は日韓併合の後、ソウル(当時の京城)の『風水』構造の破壊した」と真面目に語っていたのを思い出した。景福宮内の朝鮮総督府建設・南山の朝鮮神宮造営・京城駅の建設など皆そうだという。

しか、当時の日本政府も日本総督府も。意識して風水破壊をしたとはとても思われない。京城には日本人も多く住むのである。風水破壊による害を日本人も受けるのだから、そんなことをするはずはない。韓国・朝鮮の人は、悪いことはすべて日本のせいにする。もっと言えば、日本は朝鮮統治時代悪いことしかしなかった、と考えている人が多い。困ったことだ。

朝鮮総督府の建物は、大変な価値のある建築物であったが、金泳三大統領時代に取り壊してしまった。一方、台湾総督府の建物は、今日「中華民国総統府」として使われている。台湾人はまことにおおらかである。とは言っても小生は韓国人・朝鮮人を馬鹿にするわけではない。その愛国心には敬意を表する。ただ、もう少し大らかであってほしい。

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