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2009年10月19日 (月)

千駄木庵日乗十月十八日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、『政治文化情報』の発送も終わり、良いお天気だったので、気晴らしを兼ねて、上野公園の東京藝術大學美術館で開催中の「異界の風景-東京藝大油画科の現在と美術資料」展参観。

東京藝術大学絵画科油画の企画する『異界の風景』展は、油画現職教員14名の作品約70点と東京藝術大学大学美術館収蔵の作品約100点によって構成される展覧会です。『異界』を創造行為が発生する場をさす概念と定義し、表現が生まれる媒介となる『風景』を提起する試みです。東京藝術大学大学美術館の収蔵作品に対して、油画現教員作家が油画において推し進める創作、研究、教育からの新たな視点によるアプローチを提示し、相互作用に基づく制作・展示を行います。…明治期から現代に至る絵画作品を西洋の技法、思想を消化しながらも、いかに眼前の風景-日本の風土-と対峙し、模索して『風景』を組み立てていったのかという表現の方法論を検証します。」(案内書)との趣旨で開催された。

佐藤一郎の『那智滝』、東山魁夷の『溪音』、浅井忠の『収穫』、藤島武二の『池畔納涼』、納谷幸二の『蒼天富嶽龍宝図』、中根寛の『島[瀬戸内]』、和田英作の『渡頭の夕暮』、小山穂太郎の『逃げ水』などが印象に残った。というよりも感動した。絵画・美術の世界とりわけ風景画は、鑑賞する者の立っている所とは別の世界即ち異界なのである。そう思って、美しい風景画を鑑賞するといつもとは別の感慨が湧いてきた。何となく不思議な世界をのぞいているような気がしたのである。

現代作品も多く展示されていたが、小生には理解不可能な作品も多くみられた。ともかく何を訴えたいのか分からない。見ても感動を覚えない。美しくもない。ただのガラクタとしか思えないのもあった。私の鑑識眼が不足しているのであろうか。

帰途、上野桜木町・谷中の街を散策。休日のためリュックサックを背負った人々が数多く散策していた。団子坂下のある飲食店に立ち寄る。わが町は、自慢ではないが、うまくて安い店が多い。有難きことである。

偶然、小生の通っていた高校の隣の高校出身の方が隣の席におられた。同年代なので、思い出話に花が咲く。私の出身校とその方の出身校とは友好関係ではなく、パスの停留所などでよくケンカがあった。それもまた楽しい思い出である。ただし小生は、「僕は真面目な高校生、胸に五つの金ボタン」という歌の文句の通りの高校生だったので、揉め事には一切参加しなかった。疾風の如くその場を去ることを常としていた。その方はイタリア料理店を経営しておられるとのことなので、今度お邪魔することにした。小生はカルボナーラとぺペロンチーノが大好きなのである。

帰宅後は、資料の整理。

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