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2009年9月21日 (月)

千駄木庵日乗九月二十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後はあまりに良いお天気であり、今日は何の予定もなかったし、忙しい日々が続いたので気晴らしのために、日暮里谷中を散策。西日暮里より西日暮里駅から日暮里駅にかけての高台・諏方台にのぼる。安藤広重の名所江戸百景にも描かれている江戸時代そして明治時代にかけての景勝地である。公園がある。若者がベンチで読書をしたり、親子がブランコで遊んでいる。眺めの良いところで、西方に千駄木、東方に荒川一帯が見渡せる。

日暮里谷中鎮守・諏方神社に参拝。真言宗養福寺に参拝。 本堂のそばには弘法大師像に拝礼。

諏方台通りを歩き、宝珠山延命院(歌舞伎に登場する寺である)、長久山本行寺(太田道灌の孫太田資高の開基。境内に山頭火の「ほっと月がある東京に来ている」の句碑、そして一茶の「陽炎や道灌殿の物見塚」の句碑がある。この地は太田道灌の斥候台があったという)、経王寺(日蓮上人ご真作という大黒天がある。上野戦争で彰義隊兵士がこの寺に籠ったので、政府軍の弾痕が山門に残っている)を巡拝。これらの寺はすべて日蓮宗である。

谷中墓地に入る。宮城浩蔵(明治大学創立者)、鷲津毅堂(漢学者・大審院判事・永井荷風の母方の祖父)、鳩山一郎、横山大観、日下義雄(会津藩士・五稜郭まで戦う。維新後井上馨に重用され、福島県知事、第一銀行取締役、衆議院議員などを歴任)、鶴田皓(つるたあきら。佐賀の人。明治期の法律家。大審院検事長、元老院議官などを歴任。司法大臣山田顕議義篆額、大審院検事三島毅撰の碑が建てられている。三島毅は小生の母校二松学舎の創立者)などをめぐる。

谷中霊園を散策すると、本当の歴史の勉強になる。何回来ても、新しい発見がある。明治維新は、激しい戦いではあったが、その後、多くの賊軍と言われた人たちが新政府に仕えている。鳩山一郎氏のお墓は、ついこの間、鳩山由紀夫新総理がお参りに来ていた。

谷中天王寺町のとある店で知人と懇談。おいしい和食屋さんで、私の同年の人がご主人である。この方は、谷中小学校・上野中学の出身。幼い頃谷中の五重塔が炎上するのを近くで見たという。この店の近くには、朝倉文夫、平櫛田中、幸田露伴旧居がある。美しく静かな町である。

帰宅後は、原稿執筆。

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