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2009年8月24日 (月)

千駄木庵日乗八月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」発送。購読者の皆様には明日お届け出来ると思います。

その後は資料の整理。

         ○

わが家の近くの神社は、八月と九月に祭礼が行われます。

八月下旬には、日暮里谷中総鎮守の諏方神社(諏訪とは書きません)の祭礼です。御祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)。元久二年(1205)の創建。子供の頃は、「お諏方様のお祭りが始まるともう夏休みが終わりだなあ」というさみしい思いがしたものです。諏方台と名付けられた高台にある神社で、その境内からは荒川区が見渡せます。太田道灌が狩りに来たとか、道灌の物見櫓があったというので、道灌山ともいわれます。

九月中旬には、本駒込の天祖神社の祭礼が行われます。御祭神は天照大御神。文治五年(1189年)源頼朝が奥州藤原泰衡追討の途中、この地に神明宮を建立したのが、神社の起源といわれます。江戸時代では神明宮とよばれていたので、私の小さい頃までは、このあたりの地名を神明町と言いました。この神社も高台にあり、「駒込」という地名は日本武尊がこの地から眺めると馬が沢山いたので、「さても駒込めたり」と言ったからだという地名起源が伝えられています。私はこの神社のすぐ近くの文京九中に通いました。境内を毎朝通りました。懐かしい思い出です。忠孝塾の創始者の故木村秀二先生は、お若い頃このあたりにおられたので「神明の木村」といわれました。木村先生には、私は大変お世話になりました。

九月下旬には、根津神社の祭礼が行われます。根津権現とも申し上げます。御祭神は、須佐之男命・大山咋命・誉田別命。東都北鎭(東の都すなわち東京の北を鎮める神)と言われ、東京十社のひとつです。今から一九〇〇年余り前に日本武尊が千駄木の地に創祀されたと伝えられる古社で、五代将軍・徳川綱吉の世嗣が兄・綱重の子・家宣に決まった際、兄・綱重の屋敷を献納し、社殿等を造営、千駄木の旧社地から御遷座しました。六代将軍・徳川家宣によって根津神社の祭礼が定められ、正徳四年(1714)江戸全町から山車を出して「天下祭」と呼ばれる祭礼を執行。現存する大神輿三基は、この祭りの際に家宣が奉納したものです。この祭りは、山王祭、神田祭と並び、江戸の三大祭と呼ばれています。我が家はこの根津神社の氏子です。子供の頃から大変親しい神社で、よく境内に遊びに行きました。

私の地元である日暮里・谷中・本駒込・千駄木・根津は、九月は祭りの季節であります。そして盛大に町中が賑わいます。

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