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2009年8月 3日 (月)

千駄木庵日乗八月二日

午前は母のお世話。

午後は資料の整理など。その後、父が入院している病院に赴く。

帰宅後は、書状執筆など。

         ○

「政治文化情報」に掲載した「『やまとうた』と台湾人─『臺灣歌壇創立四十周年紀年歌集』及び『臺灣歌壇第十集』を読む」と題する拙論に対して、何人かの読者の方々から、メール・電話・書状をいただいた。有難いことである。その中のお一人への小生の返信の一部を掲載する。

「拝復 時下ますますご清祥の段、大慶至極に存じます。

何時も小誌を熱心にご覧いただき感謝に堪えません。

蔡焜燦氏も、李登輝氏も、魂的には日本人であると思います。そういう言い方が失礼にあれば、今、多くの日本人が喪失している『やまと魂』を今もなお保持しておられる方だと存じます。

お説の通り、台湾に住む圧倒的多数の人々は、共産支那との統一など絶対に支持しておりません。共産支那の無謀なる武力侵攻が行われない限り、台湾は実質的に独立の方向に向かっていくと存じます。しかし、そのためには、わが日本と米国の力強い台湾支持が必要であります。

小誌にも書きましたが、台湾独立建国を目指す運動に皆で歌う歌がないのがさみしいことであります。古来、民族独立運動・政治変革運動には、力強い歌がありました。わが國の昭和維新運動には『昭和維新青年日本の歌』がありました。左翼運動には『インターナショナル』がありました。台湾独立運動にもそうした歌が必要であると前から『二二八記念集会』に出席する度に思っておりました。以下略。」

「心に太陽を持て、唇には歌を持て」という言葉がある。歌を歌うということは、非常に大切なことである。「歌う」とは「訴える」と同じ意味である。歌とは、「魂の訴え」である。歌を歌うことによって、自分の魂を奮い立たせる。民族運動においても、色々な会合などで、魂を奮い立たせる歌が歌われて来た。それが三上卓氏作の「昭和維新青年日本の歌」である。ところが、最近はあまり歌われなくなってしまった。さみしいことである。昭和の御代から平成の御代になったからであろうか。しかし、「永遠の維新」を祈念し、目指すという意味で、「昭和維新青年日本の歌」は、永遠に歌いづがれて行くべきだと思う。

「天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ


見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐


ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや


功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう


やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな 」

この歌は、今日の日本においてこそ高らかにうたわれるべき歌である。

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