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2009年8月 7日 (金)

千駄木庵日乗八月六日

午前九時過ぎ、医師の往診があり、父母に付き添う。医師と今後のことを相談。父が思ったより元気なのでほっとする。しかし安心はできない。その後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

正午より、駒形橋近くの隅田川河畔にある飲食店にて、「萬葉會」の暑気払い。会員の方々と懇談。楽しきひと時を過ごす。

その後、萬葉會の会員に方々と台東区竜泉の「一葉記念館」参観。

「一葉記念館」は、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」という名作をのこした明治時代の女性作家・樋口一葉(本名奈津)の記念館。一葉女史が、生活苦を打開するために、明治二六年七月から翌年五月、本郷(現・文京区)丸山福山町に転居するまで、荒物・雑貨と駄菓子を売る店を営んでいた場所のすぐ近くに建てられている。ここでの生活を題材として書かれた作品が「たけくらべ」である。

処女作「闇桜」原稿・「たけくらべ」草稿、小説の師・半井桃水宛など数多くの書簡・龍泉寺町で商売を営んだときの「仕入れ帳」・一葉が着ていた黄八丈の着物などの遺品・一葉の書作品・短歌草稿・龍泉寺町の家並み風景等の模型等が展示されていた。

一葉女史の仮名文字が実に美しく見事なのに驚いた。私は「たけくらべ」しか読んでいないが、その文体も引き締まった感じでまことに流麗である。中島歌子に和歌を学んでいたためと思われる。

一葉は、文京区にもゆかりの深い作家である。本郷小学校に通い、和歌を学んだ萩の舎は春日町にあった。そして竜泉に移る前まで本郷菊坂に住んだ。また竜泉の店をたたんだ後、

本郷区丸山福山町(現在の西片一丁目)に移り、ここで数々の名作を執筆し、明治二九年に亡くなった。

参観後、蒸し暑き中、一葉記念館周辺を散策。一葉旧居跡の碑を見る。また、近くに旧吉原があるが、今はソープ街になっている。会員にご婦人が多いため、街の中に入るのは遠慮した。

浅草に戻り、ここで解散。雷門を仰ぐ。戦後、松下幸之助氏が資金を提供して再建したということを初めて知った。その後、参加された法律家の方と懇談。

帰宅後は、前衆院議員と電話で懇談。そして夜遅くまで原稿執筆の準備。資料検索。
         ○

浅草は、距離的にはそう遠くはないが、足の便が悪いのであまり行くことがない。今日は本当に久しぶりに訪れた。蒸し暑い日なのに多くの人々で賑わっていた。また竜泉という町は始めて訪れた。川路利良大警視の邸宅があった所で、そこは現在下谷警察署になっている。石碑があると聞いているのであらためて見学したいと思う。

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