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2009年8月 6日 (木)

千駄木庵日乗八月五日

午前は母のお世話。

午後は、父を迎えに病院に赴く。退院の手続きを取り、帰宅。病院で仰臥の生活を続けていますと、どうしても足腰が弱るのですが、父の足腰が弱っていなかったので安心しました。車椅子の生活になることは避けられました。病院で治療を受けることも大事ですし、必要不可欠なことですが、やはり、家庭での生活が一番です。

その後は、「月刊日本」連載の萬葉集講義原稿執筆・完成・送付。

         ○

次号の「政治文化情報」の原稿の準備をしなければなりません。また、月刊「大吼」の連載原稿の準備もしなければなりません。月刊「大吼」の編集を担当しているのは蜷川正大兄から、次号は野村秋介氏のことを特集するとのことで、野村氏のことを少しく書かせていただく事となりました。

野村氏との思い出は色々あります。野村氏は、文字通り、波乱万丈の生涯を送られました。二十歳を過ぎてから亡くなるまでは、獄中生活が約半分くらいではなかったかと思います。本当に苦労をされましたが、根本的に明るくさわやかにお人柄でした。私も親しくさせていただきました。面倒を見ていただきました。野村氏はよく「人間所詮、好きか嫌いかだ」と言われました。私は野村氏のお人柄が好きでした。これは理屈ではありません。野村氏は人の悲しみ・痛みを良く分かってくれる方でした。

そして学識も深く、著書によってはもちろん、色々お話を伺う機会も多く、多くのことを学ばせていただきました。野村氏は自ら「俺はギャングだ」とも言われましたが、決してそうではありません。獄中における読書量は相当なものであったと推察します。野村氏は思想家であり、行動者であったと思います。

野村氏との思い出を書くか、維新運動における野村氏の思想面・行動面の意義を書くか迷っております。

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