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2009年8月31日 (月)

千駄木庵日乗八月三十日

午前は父母のお世話。訪問看護師のかと共なり。

午後は資料の整理など。

夕刻、投票所に赴く。

夜は、水曜日に行われる「萬葉古代史研究會」の講義準備。

         ○

予想以上の民主党の圧勝。しかし国民は民主党を信頼し、民主党を全面的に支持したのではない。自公連立政権に愛想を尽かしたのでで、民主に入れるしか選択肢がなかったのである。党内野党の立場の加藤紘一氏は民主党を破ったのを見てもそれは明らかである。民主党が国民の期待を裏切れは、来年夏の参院選、次の総選挙で厳しい審判を受けるであろう。

平沼赳夫・城内実・稲田朋美の各氏が勝利したのはまことに嬉しいことである。真正保守の火は守られた。今後の活躍を期待する。しかし、西村眞悟・渡部篤両氏の落選は残念千万である。

民主党は「国民生活第一」だと言うがその基盤である国防・安保・外交・歴史問題で、反日的な動きを見せる危険がある。厳しく監視しなければならない。また昨日も書いたが、検察・警察権力に忠誠を誓わせて、国策捜査や維新・真正保守運動抑圧を実行して来たら、徹底的に戦わねばならない。

創価学会公明党も大敗。党首と前幹事長が落選した。学会公明党がこれほど負けたのは初めてのことである。「平和」だ「文化」だ「福祉」だと言っても、怨念体質を払拭しない限り、真の国民政党とはなり得ない。池田氏に背いた人々に対する迫害はひどすぎる。

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2009年8月30日 (日)

千駄木庵日乗八月二十九日

午前父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

父の容態に変化があり、病院に赴く。医師の診察と治療を受け、小康を取り戻す。帰宅。

午後からは在宅して資料の整理など。

         ○

この前の総選挙は、「郵政民営化」という言葉が躍り、小泉氏への支持が圧倒時に高まり、自民党が圧勝した。今回は「政権交代」という言葉が躍り、民主党が圧勝するという。結果は明日分かるが、どちらにしても国民全体が冷静に理性的に国の現状と将来を考えて投票した結果とはならない。

今や小泉人気なんかどこかへ吹っ飛んでしまった。今回は、鳩山・小沢・菅・岡田という民主党幹部に国民の人気が集まっているということではない。しかし、民主党には四人の党首かいると言っても良いような状況であった。自民党は町村・森といった人々も自分自身が危ないから、他の候補の応援なんかやっていられなかった。

民主党政権の、憲法・国防・教育・外交・歴史問題など「国家基本問題」対する姿勢がどうなるのか、それが最も大事なのである。鳩山・小沢・菅・岡田の四氏など民主党幹部の国家基本問題に関するこれまでの発言は、まことに危険であるし、おかしな発言が多かった。また、民主党には、社会主義勢力、反日勢力が浸透している。だから国旗に対する冒瀆行為が平然と行われるのだ。

国家基本問題において亡国的な政策を実行すると思われる民主党政権に対しては厳しく対峙して行かねばならない。

民主党はかねてより、官僚支配を打破するとか言って、中央官庁幹部に議員を送り込むとか、民主党に忠誠を誓わない幹部はクビにするとか言っている。防衛省・法務省・検察庁・警察庁も当然その対象となるであろう。防衛省防衛局長、法務省刑事局長、警察庁刑事局長・警備局長などに民主党議員が就任することとなるのか。そうはならなくとも、それらの役職の人々に民主党に忠誠を誓わせることとなる。そして軍事組織・検察警察組織を使って、国策捜査、反対派弾圧、取り締まりを行う危険がある。

鳩山・岡田両氏は、四年間解散は行わないと明言した。民主党一党独裁の恐怖国家になる危険がある。これは小生の杞憂・思い過しであろうか。

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2009年8月29日 (土)

千駄木庵日乗八月二十八日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して資料の整理。来宅した同志と懇談。今後、言論活動をどう展開するかなどを話し合った。

夜も、資料の整理など。

          ○

日本会議からのメールによれは、民主党は、「永住外国人(つまり在日韓国人)地方参政権付与・選択的夫婦別姓・国会図書館への恒久平和局の設置(国の予算で日本の加害の事実を発掘する部局を設置する)・従軍慰安婦に対する謝罪と補償法案・靖国神社に代わる国立戦争犠牲者追悼施設の建設」という彼等の唱えていた政策を「マニフェスト」に載せなかったという。保守の票が逃げるのを防ぐためであろう。ずる賢い事をするものである。正真正銘の民主党員で、地元活動を熱心している友人が、「民主党が政権を取るのは危険である。極左勢力が党内に根を張っている」と言っていた。

しかし民主党だけを批判していればいいというものでもない。地方参政権・夫婦別姓・靖国神社に代わる国立追悼施設にしても、政府・自民党もこれまで提案してきた。自民党内部特に権力の中枢にいる政治家に国家基本問題でおかしな姿勢をとる人が多い。

亡国政策が実現しないで済んだのは、真正保守勢力・維新勢力・民族派が活発な反対運動・糾弾運動が行われたからである。それと共に議会内の真正保守の立場の政治家たちが反対したからである。

 日本会議のメールは、「その意味で、我々とともに反日亡国法案と戦ってきてくれた、勇気のある保守政治家には何としても当選していただきたいと思います。自らの選挙区、または近くの選挙区で絶対に落としてはならない議員のためできることを最後までしていきましょう」と訴えている。その通りである。

平沼赳夫・城内実・渡部篤・西村真悟・稲田朋美などの各氏には何としても当選してもらいたい。そして在野の我々は、亡国政策を推進する政治権力者・メディア権力に対して、戦いを挑まねばならない。

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2009年8月28日 (金)

千駄木庵日乗八月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、萬葉集の講義原稿執筆など。

午後六時より、赤坂の日本財団ビルで「現代アメリカ研究プロジェクト公開研究会」開催。

登壇者の発言は次の通り。

渡辺将人ジョージワシントン大学客員研究員「オバマは支持率が下がってもしぶとい政権運営を行っている。オバマへの民主党内各派の信任の系譜は、二〇〇二年の『イラク反戦演説』と二〇〇六年の『宗教サジャナーズ演説』にあった。オバマは『私が反対しているのは愚かな戦争であり、国民を守る戦争には反対しない』と述べた。世俗政党から脱皮を主張しカトリックと福音派内リベラルの支持を取り付けた。日米関係は、ダニエルイノウエがキーパーソン。アメリカの文化的分裂には色々定義がある。エスパニックが増え、アメリカのバルカン化が起こる懸念がある。失業率が下がっていない。」

久保文明東京大学教授「アメリカは全国大会での演説一本で大統領になってしまう。イラク戦争は反対が多かったが、アフガン戦争は圧倒的支持があった。今はオバマ支持の人々がアフガン戦争に反対している。軍のトップはアフガン増派を求めている。ほっておくとタリバンが基地をつくりアメリカを攻撃する。駐ヨーロッパ各国アメリカ大使は大統領選て献金が多かった人がなる。駐日大使は大物政治家が余生を送るポスト。個人消費が盛り返していない。」

千駄木に戻り、焼鳥屋で知人と懇談。

帰宅後は、萬葉集講義原稿脱稿。送付。

       ○

民主党政権になったら、米国が支那と北朝鮮に妥協し、日本は軽視されるのではないかと心配していたが、そうはならなかったので安心した。自主防衛体制が確立していない以上、日米の軍事協力がなければ国の安全は保てない。日米関係が破綻したら、それこそ、日本は軍事的危機にさらされる。そして事実上支那の属国になるしかない。今の日本はアメリカの属国だという意見もある。私はそれを否定しない。しかし、支那の属国になるのとアメリカの属国であり続けるのとどちらがいいかという選択の問題である。アメリカの属国は現状のままだが、支那の属国になったらこんな生易しいものではないと思う。

我が国は、一日も早く、戦勝国支配体制・戦後体制を打倒し自主防衛体制を確立しなければならない。

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2009年8月27日 (木)

千駄木庵日乗八月二十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、阿佐ヶ谷の神明宮にて、「鏡月の会」開催。声楽家のキリロラさんの歌唱、菊池静流仏眼宗管長の講話などが行われた。

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、「國體政治研究会」開催。小生が司会。高池勝彦弁護士が挨拶。

国学史家の中澤伸弘氏(都立小岩高校教諭)が「天皇意識・祭祀意識の近世における復興」と題して講演し、「応仁の乱以来途絶した宮中の諸儀が徳川時代に復活した。神道を儒教の形で表現した学問である『垂加神道』を学んだ竹内式部が、朝廷で、『天皇が國の中心である』という学問を講義し、弾圧された。『宝暦事件』という。桃園天皇は悲憤のうちに若くして崩御された。天明の飢饉の時、御所千度詣りが殷賑し、京都・滋賀・大阪などの民衆が多数で御所の囲いをぐるぐる回って建礼門の御前で柏手を打った。庶民の皇室への敬慕の念が高まった。光格天皇十七歳の御時である。」などと語られた。

もっと多くのことが語られたのであるが、天皇祭祀、山稜復興、諡号の復活など、朝廷・宮中の重要なる事柄であり、小生のメモや記憶に間違いがあると困るので、ここに記すのは控えさせていただく。

終了後、講師を囲んで懇親会。和気藹藹のうちに談論風発。

帰宅後は、「萬葉集」講義の原稿執筆。

          ○

民主党が行おうとしている「靖国神社に代わる国立追悼施設建設」を阻止しなければならない。そのためにはどうするかということが今日も話題になった。また民主党の専従職員や地方の活動家には、旧社会党や連合の左翼活動家が多くなっている。極左も入り込んでいるということも話題となった。ともかく、民主党政権の実現によって大きな混乱と危機が発生するというのが多くの人々の一致した見解であった。

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2009年8月26日 (水)

千駄木庵日乗八月二十五日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政界往来」連載原稿脱稿。送付。

その後、「大吼」連載中の「萬葉集講義」執筆。これは自分の講話のテープ起こしです。書くよりも時間がかかります。

         ○

民主党政権が樹立し、本当に亡国政策を行うようになったら、覚悟を決めて厳しく対峙しなければならない。治安当局は合法的に成立した民主党政権を、法と権力によって守るであろう。そのために、反政府運動を行う民族運動・真正保守運動に対する弾圧を行うことは確実である。

また、小沢一郎・鳩山由紀夫など民主党幹部のこれまでの言動を見ると、彼等は政権を掌握したら、国政調査権や国会での証人喚問権そして検察警察権力を使って反対勢力弾圧に乗り出す危険がある。まずは池田・矢野両氏の国会喚問である。創価学会はそれを恐れ民主党の軍門に下る可能性がある。

民主党は、小沢秘書逮捕を国策捜査だとか言って狂気のごとく批判した。そういう批判をするということは、前原誠司氏が言っていたように「民主党が権力を握ったら、国策捜査をやる」と言っているのと同じである。少なくとも、自分たちが国策捜査とやらをやりたいから、自民党権力もしていると思うのである。

土屋敬之氏が、正当なる言論を吐露している。民主党所属の政治家としては命懸けの行動である。高く評価する。

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2009年8月25日 (火)

千駄木庵日乗八月二十四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政界往来」の連載原稿執筆など。

午後六時半より、新宿の花園神社にて、『神道時事問題研究会』開催。

中條高徳氏(アサヒビール名誉顧問)が講演し、「戦争は力の強弱で勝敗が決まる。どちらが正義かは関係ない。勝者の手によって歴史は書かれる。負けた方が悪いと書かれる。日本は三千年の歴史を持つ国。アメリカは一七七六年に出来た國。ソ連崩壊後、アメリカは世界のワンマン社長になったようなもの。平和で豊かな時代に軸足を置いて昭和十六年を語るのではなく、その時代に身も心も置く謙虚さが必要。日本は歴史の学び方すら教えない。日本は立ち上がりが遅かったのに、近代国家をつくった。西洋に学んだ。富国強兵策をとった。外交の強弱は軍事に比例する。もう一つは、教育の充実。陸軍士官学校・海軍兵学校そして旧制高校・帝国大学をつくった。日本人には寛容さが求められる。日本はこれだけ長い歴史を経て来たのに、占領政策によって未だに日本が悪いと思っている。近隣諸国のリーダーは悉く日本で学んだ。大航海時代は、アフリカの人々は人間扱いされず、奴隷にされた。白色人種の国が有色人種の國を悉く植民地にした。アメリカは西へ西へと来た。メキシコの領土だったカルフォルニアを併合し、太平洋を越えてハワイを併合した。その延長線上に日本がある。『憲法』第九条第二項は改正しないと、日本は世界中から馬鹿にされる。『平和条約』何て屁の突っ張りにもならない。『日ソ不可侵条約』を見れば分かる。二十世紀において共産主義の暴虐による犠牲者は戦争による犠牲者よりも多い。軍が国を牛耳る中国のことが心配。」などと語った。

帰途、知人と懇談。

帰宅後も原稿執筆。

          ○

「外交は華麗に礼装した軍事である」という言葉がある。今日においてもそれは厳然たる事実である。北朝鮮も支那も軍事力にものを言わせて、好き勝手なことをしている。

日本は誤れる「平和主義」を国是としているので、支那と北朝鮮の無法行為・軍事的圧迫に適切に対抗できない。つまり、日本は「華麗に礼装した軍事としての外交」が出来ず、「ひ弱な外交」「土下座外交」「謝罪外交」「金と技術のバラマキ外交」「支那に対する朝貢外交」しかできないのである。

「自主憲法制定」と「核武装」は国家緊急の課題と考える。民主党・社民党連立政権ができれば、それは益々実現しなくなる。

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2009年8月24日 (月)

千駄木庵日乗八月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」発送。購読者の皆様には明日お届け出来ると思います。

その後は資料の整理。

         ○

わが家の近くの神社は、八月と九月に祭礼が行われます。

八月下旬には、日暮里谷中総鎮守の諏方神社(諏訪とは書きません)の祭礼です。御祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)。元久二年(1205)の創建。子供の頃は、「お諏方様のお祭りが始まるともう夏休みが終わりだなあ」というさみしい思いがしたものです。諏方台と名付けられた高台にある神社で、その境内からは荒川区が見渡せます。太田道灌が狩りに来たとか、道灌の物見櫓があったというので、道灌山ともいわれます。

九月中旬には、本駒込の天祖神社の祭礼が行われます。御祭神は天照大御神。文治五年(1189年)源頼朝が奥州藤原泰衡追討の途中、この地に神明宮を建立したのが、神社の起源といわれます。江戸時代では神明宮とよばれていたので、私の小さい頃までは、このあたりの地名を神明町と言いました。この神社も高台にあり、「駒込」という地名は日本武尊がこの地から眺めると馬が沢山いたので、「さても駒込めたり」と言ったからだという地名起源が伝えられています。私はこの神社のすぐ近くの文京九中に通いました。境内を毎朝通りました。懐かしい思い出です。忠孝塾の創始者の故木村秀二先生は、お若い頃このあたりにおられたので「神明の木村」といわれました。木村先生には、私は大変お世話になりました。

九月下旬には、根津神社の祭礼が行われます。根津権現とも申し上げます。御祭神は、須佐之男命・大山咋命・誉田別命。東都北鎭(東の都すなわち東京の北を鎮める神)と言われ、東京十社のひとつです。今から一九〇〇年余り前に日本武尊が千駄木の地に創祀されたと伝えられる古社で、五代将軍・徳川綱吉の世嗣が兄・綱重の子・家宣に決まった際、兄・綱重の屋敷を献納し、社殿等を造営、千駄木の旧社地から御遷座しました。六代将軍・徳川家宣によって根津神社の祭礼が定められ、正徳四年(1714)江戸全町から山車を出して「天下祭」と呼ばれる祭礼を執行。現存する大神輿三基は、この祭りの際に家宣が奉納したものです。この祭りは、山王祭、神田祭と並び、江戸の三大祭と呼ばれています。我が家はこの根津神社の氏子です。子供の頃から大変親しい神社で、よく境内に遊びに行きました。

私の地元である日暮里・谷中・本駒込・千駄木・根津は、九月は祭りの季節であります。そして盛大に町中が賑わいます。

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2009年8月23日 (日)

千駄木庵日乗八月二十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、ある神道家の方と懇談。神道・宗教全般・藝術・民族運動など多岐にわたることについて長時間懇談。有意義なひと時を過ごした。かなり以前、ある会合で小生が歌った長編歌謡浪曲「俵星玄蕃」をお聞きになったのが大変印象に残っていたとのことであった。古くからの同志の御縁で今回再会の機会を得た。有難いことである。

午後六時より、神田学士会館にて、「憲法懇話会」開催。高乗正臣平成国際大学教授が座長。三潴修学院の島本昌彦氏が「神ながらの道と皇国憲法~三潴信吾先生の國體論に学ぶ~」と題して報告。全員で討論。

「絵画には『時間』はないが、音楽には『時間』がある」「天皇は『道』と『徳』の中心におられる」「神道は日本の立国法」「国旗をちぎって党旗をつくるような政党が権力を握るということは國體の危機」「近代憲法は権力抑制のための法。『マグナカルタ』は国王と貴族との契約。日本にはそういう考えはない。『大日本帝国憲法』は神に対するお誓い」「天皇は真善美を体現しておられる。」「村山富市元総理は認証式の時、陛下に対し深々と拝礼した。細川護熙はそうではなかった。近衛文麿は、先帝陛下の御前で足を組んだという話がある。」「自民党は立党の精神を忘れている。民主党はそれ以下。ヌエみたいなもの。『生活第一』は政治にとって当たり前のこと。目先の利益ばかり言って、国家経綸・理念を語らない。」「小沢・岡田には尊皇心無し」などという意見が出された。

民主党政権の樹立は國體の危機であるという意見は正しい。国歌・国旗を蔑ろにするということは、天皇中心の日本國體を蔑ろにするということである。
靖国神社に代わる国立追悼施設をつくるということは、神社神道に対する宗教弾圧であり、近代日本の歴史は侵略の歴史であったであったという誤れる歴史観を国家として認めるということである。

民主党に対しては、極左勢力まで応援している。

公安当局はこうした民主党政権下にあって、民族運動・真正保守運動を弾圧してくる危険がある。少なくともサヨク政権のための情報収集を行うことは確実である。権力機構とはそういうものである。戦前左翼を弾圧した警察が、戦後は「戦犯」逮捕を行ったのだ。

民主党政権が樹立したら、本当に厳しく対峙しなければならない。

帰宅後、戦いの真っ最中の前衆院議員と電話で懇談。激励。

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2009年8月22日 (土)

千駄木庵日乗八月二十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して『大吼』誌の原稿執筆。脱稿。送付。                 

           ○

連日、女性タレント夫婦の覚醒剤事件が繰り返し報道されている。これはそれほど大事件・大問題なのだろうか。メディアは何か事件を大きく報道して視聴率や購読者を増やしたいということなのではないか。メディアも営利企業である以上、仕方のないことなのかもしれない。しかし、世の中にはもっと大事な問題が山ほどある。同じ事件を全てのテレビ局が同じように取り上げるというのは全く理解に苦しむ。

しかも、覚せい剤などの薬物犯罪を根絶するにはどうしたらいいかなどという根本的な事はあまり報道しない。やれ逃走経路がどうだったの、髪の毛を採取して薬物反応を調べるのはどうやるのか、などということを微に入り細に入り報道している。

今のメディアは、本当に国民が知りたい事、国民に知らせるべき事が何であるかを正しく認識していないのではあるまいか。不景気でスポンサーもあまり金を出さなくなっているから、安上がりのバラエティ番組やワイドショーが増えている。何処のチャンネルも同じようなことをやっている。

国民世論というのは、メディアの誘導によって形成される。「社会の木鐸」という言葉があるが、今のメディアはこの役目を果たしているとはとても思えない。逆に社会に害毒を流しているように思える。

ある評論家の方が、「テレビの放送を一二年間止めれば日本はすごく良い国になる」と言っていたが、あながち否定できない意見である。少なくともテレビ局の削減、放送時間の短縮は行われてもいいのではないか。ともかく、くだらない放送、偏向した放送は流すなということである。

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2009年8月21日 (金)

千駄木庵日乗八月二十日

朝、医師の往診があり、父母に付き添う。その後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館において、「萬葉會」開催。小生が、「萬葉集」巻十六を講義。

帰宅後は、「政治文化情報」の発送準備。原稿執筆など。

           ○

 先日、靖国神社の拝殿に突入するなどという許し難い破壊活動を行った高金素梅・台湾立法委員(台湾原住民を利用する支那人反日活動家)は八月一九日、共産支那に赴き、胡錦濤国家主席と面会した。その時、胡錦濤は、高金素梅の靖国神社に対する破壊活動について「台湾少数民族同胞は中華民族の大家族の重要な一員であり、長きに渡って外来からの侵略に抵抗し、民族の尊厳を守るため、不屈の闘争を続けてきた」と褒め称え、高金素梅と固く握手したという。

外国の国家元首が、我が国の戦没者の御霊をお祭りする神聖なるみやしろに対して破壊活動・破壊活動・暴力行為を行った者たちを英雄のように称賛するとは何事であろうか。共産支那は徹底した反日国家であり、胡錦濤は徹底した反日主義者である。共産支那の海南島には、東条英機元総理を縛り上げた銅像があり、民衆がその像に唾を吐きかけているという。

わが国政府は共産支那によるわが國に対するこれらの敵対行為に対して厳重なる抗議を行うべきである。

また、やがて政権を担当すると言われている民主党が、「国旗・日の丸」に対する不敬行為を働いたことも、通り一遍の謝罪で済まされるべきではない。

まさにわが祖国日本は、内憂外患に危機に直面しているのである。

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2009年8月20日 (木)

千駄木庵日乗八月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は原稿執筆。

午後六時より、平河町の高池法律事務所にて、「國體政治研究会幹事会」開催。今後の活動について討議。

帰宅後も原稿執筆。

          ○

「國體政治研究会幹事会」で、「祭政一致」の意義について語り合った。「祭政一致とは具体的に一体どういうことを言うのか」が話題になった。

古代においては、実際に君主たる祭主が神を祭り、ご神託を受け、政治を取り行われたと思われる。明治になって、神社神道は宗教ではないとされ、国民道徳上の儀礼ということになった。したがって、「神を祭り神の御託宣を受けて政治を行う」ということは全くなくなった。

また、神道は宗教ではなく儀礼なのだから、神社神道は村上重良氏などが言うような「各宗教の上に君臨する国教」とはなり得なかった。「神社神道」だけが国家権力から特権を与えられ、仏教など他の宗教が圧迫され、布教の自由・信教の自由を脅かされたなどということはなかった。むしろ逆に、神社神道がその宗教性を隠蔽されられてしまったと言って良い。

ただし「祭政一致とは、天皇が國の祭主として、神を祭り、神に祈りをささげられるという神聖なる行事が、国の政治のみならずあらゆることの基盤であり続ける」というように広く解釈すれば、明治以後も、そして今日も、君主であらせられる天皇が祭祀を行われ、五穀の豊穣・国家国民の平和と繁栄を祈られているのであるから、「祭政一致」の國柄は継承され続けたと言えると思う。

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2009年8月19日 (水)

千駄木庵日乗八月十八日

午前は父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

午後は「大吼」掲載の原稿執筆。野村秋介氏の「天皇観」「國體観」について書いている。

午後六時より、赤坂の日本財団ビルにて、「東京財団フォーラム」開催。加藤秀樹東京財団会長が挨拶。久保文明東京大学法学部教授がモデレーターとして講師を紹介。

ニュート・キングリッチ元米議会下院議長が「グローバル化時代とアメリカとアジア」と題して講演し、「一九一三年にもグローバル化が最高潮に達した。国際交流が進んだ。電信の時代となり、ロンドンからインドまで電報が打てるようになった。第一次大戦でグルーバル化が止まった。ソ連の崩壊で、グローバル化が大変な勢いで始まった。

これからは中国とインドをどうするかが問題。三十年経つとインドの人口が中国の人口を超える。インド人・中国人にも自由・独立・幸福を追求する権利がある。日米はこれを知っておく必要がある。

これから破滅型の兵器が増える。サイバー攻撃が増えている。航空管制も破壊される。サイバー攻撃は大量破壊兵器と同じくらいの破壊力を持つ。文明を破壊させる。

教育改革はわがアメリカの生死をかける問題。日本は明治維新、一九五〇年から八〇年までの高度成長期に次ぐ、第三番目の変革を迎えている。日本の原子力・環境・エネルギー問題への取り組みは、アメリカにとって良きモデル。学ばなければならない。日本の医療制度は良い。だから日本人は平均寿命が高い。日本の生活様式がアメリカ的になるとそれがおかしくなるのではないか。百歳以上の人が多い沖縄の人々がファーストフードを食べるようになるとどうなのか心配。

アメリカは、日本国民が選んだ政府と一緒にやって行く。二〇〇六年と二〇〇八年に共和党は負けたが、パフォーマンスの失敗。共和党は改革の党であることに意味がある。

招待されれば、アメリカ大統領は、長崎と広島を行くのが適切。それはアメリカ大統領が完全破壊されたドレスデン及びハンブルグに行くのと、そして日本首相が南京に行くのと同じ。完全破壊とはひどいものである。東京大空襲はひどかった。

元大統領が独裁者に会うのは危険なこと。独裁者の自己正当化に貢献してしまう。アメリカの二人のジャーナリストが解放されたが、日本の拉致被害者は解放されない。北朝鮮は文明への脅しの姿勢を変えない。中国は北を財政的に支援している。ミサイルを放棄させる努力が必要。次はどこの國を脅そうかと金正日は考えている。」と語った。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

ニュート・キングリッチ元米議会下院議長は、次期大統領選における共和党候補の一人だという。リップサービスはあったとしても、日本の教育制度、環境対策・原子力政策、医療制度を高く評価し、アメリカはこれを手本にすべきだと言ったのには驚いた。日本国民は、日本の良さというか、他の國よりも優れている点についてあまりよく知らないというか、知らされていないのではないか。自分の國を、低く評価し過ぎているのではないかと思った。原爆投下や、東京大空襲、そしてドイツの都市に対する爆撃による完全破壊について反省の意思を表明したことも評価できる。どうもアメリカという国は爆撃さえすれば相手の國が屈服すると思っていると感じて来たが、そうではない人もいることが分かった。

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2009年8月18日 (火)

千駄木庵日乗八月十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

今日は父の容態が落ち着いているので安心する。

昼は知人と懇談。民主党政権の危険性について語り合った。

帰宅後は、木曜日に行われる「萬葉古代史研究會」の講義の準備など。

          ○

日本会議事務総局の江崎道朗さんから何時も送って頂いているメールに次のようなことが書かれていた。  

「昨日の党首討論会で驚くべき事実が発覚しました。8月6日に民主党が鹿児島県霧島市(天孫降臨の地)で開いた、小沢代表代行の演説集会で、なんと国旗「日の丸」を切り刻み、民主党の旗に仕立てて掲げたのです。

 国旗を掲げないどころか、国旗を切り刻む、そんなことを民主党は堂々とやっていた。しかも、その集会の写真を民主党はホームページに堂々と掲載していたのです(現在は削除)。」

「党首討論会で麻生総理からこの事実を指摘された鳩山代表は事実を認め謝りました。

 今回、はっきりしたことは、国旗を切り刻んで自分の党の旗に仕立てることが平気でできる人々が、民主党の支援者・事務局だということです。実に恐ろしいことです。外国ならば、犯罪行為で、実行犯は刑事罰を受けなければならないほどの反国家行為です。

 ところが、この事実を、すべてのマスコミの前で、麻生総理が指摘したにもかかわらず、産経以外は全く報じていません。マスコミの恣意的な世論操作に対抗すべく、是非とも、この事実を広めてください。御願いします。」

というものです。民主党は、靖国神社に代わる国立追悼施設建設」推進を公約し、今度は神聖なる国旗を冒瀆した。民主党がまさに国賊政党・反日政党であり、民族の敵であることがますます明らかになった。私は、随分以前から、民主党という政党に対して厳しく批判して来た。また小沢一郎に対しても厳しい批判をして来た。小沢一郎は、国旗を切り刻んで仕立て上げた党旗の前で平然と演説したのである。民主党は党大会で「国旗・日の丸」を掲げない。このことだけでも、民主党が如何におかしな政党であるかは明白である。大変おこがましいが、私の「先見の明」を敢えて誇らせていただきたいと思う。

民主党政権の樹立は、日本破壊政権、反日政権の樹立である。戦後最大の危険な事態であると言っていい。民主党は國體破壊勢力が主導権を握っているのだ。まさに日本はサヨク革命が起ころうとしているのである。「一回民主党にやらせてみたらどうか」という意見は絶対に間違っている。

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2009年8月17日 (月)

千駄木庵日乗八月十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後、父の容態に変化があり、病院に赴き診察と治療を受ける。朝から午前にかけては、いつもと変わらない状態であったのだか、午後になって変化が出た。医師の診察で何とか良くなり、入院という事態にはならなかった。このところこういうことが度々あるので心配である。

西村眞悟氏の応援に堺に行かなければならないのであるが、とてもそういう状況ではない。応援演説では厳しい民主党批判をしたいと思っているのだが、残念である。

父と一緒に帰宅した後は、資料の整理・書状執筆など。父がわが家のベッドに戻り、笑顔を見せてくれるのが一番うれしい。

         ○

政府権力が「靖国神社に代わる国立追悼施設建設」とは、靖国神社に祀られている二百四十六万六千余柱の英霊を冒瀆する行為である。

それだけではない。国家権力による未曽有の宗教弾圧である。「現行占領憲法」第二十条には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」と書かれている。靖国神社は、宗教法人である。その宗教法人に代わる施設とやらを国家権力が建設するということは、国家権力が靖国神社を取り潰すということである。戦後最大最悪の宗教弾圧が行われようとしているのである。ご創建以来、一四〇年の長きにわたって崇敬されてきた神社を国家権力がとり潰そうとしているのである。そういう未曽有の宗教弾圧を民主党は行おうとしているのである。許されざることである。

「代替施設をつくる」とか「A級戦犯を分祀しろ」とか言って、靖国神社に国家権力が介入することが、「信教の自由」「政教分離の原則」に反するということを、まったく報道しない偏向メディアの姿勢も全くおかしい。

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2009年8月16日 (日)

千駄木庵日乗八月十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」原稿執筆。夜遅く脱稿。印刷所に送付。

          ○

土屋たかゆき都議の『ブログ』に、「今日、靖国に参拝して来た。もちろん「公式参拝」議員に公人も私人のある訳はない。行って驚いたが、毎年献花されている民主党からのものがない。政局が影響しているのだろうが、そのこと自体、靖国を政治に扱っている証拠になる。」と書かれていた。

民主党は、愈々亡国政党・反日政党になり果てた。圧倒的多数の戦没者は、「靖国神社に祭られる」と信じて散って行かれたのだ。事実、二百四十六万四柱の英霊が、御祭神として靖国神社祀られているのである。その尊き神社への供花を中止したということは、靖国神社を否定したということである。

靖国神社は、明治二年六月、明治天皇が「東京招魂社」として建立あそばされたのが起源である。そしてご歴代の天皇が崇敬されてきた。その靖国神社に対する供花を中止したということは、天皇を歴代天皇の大御心を否定したこととなる。

「靖国神社に代わる国立追悼施設建設推進」を表明したことと合わせて、断じて許せざる所業である。昨日も書いたが、「靖国神社に代わる国立追悼施設建設」とは、靖国神社を解体するということである。

土屋都議をはじめとした民主党内の真正保守の議員たちの今後一層の御奮闘を祈ると共に、我々は、断固として、亡国政党鳩山民主党を糾弾しなければならない。とりわけ、鳩山代表と岡田克也幹事長の罪は深い。

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2009年8月15日 (土)

千駄木庵日乗八月十四日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して原稿執筆。深夜まで。

      ○

民主党は十三日、政権を獲得した場合、靖国神社に代わる新たな国立戦没者追悼施設の建設を目指す方針を固めた。岡田克也幹事長は同日、党本部で記者会見し、追悼施設建設推進の考えを強調した。追悼施設のあり方に関しては「有識者に議論していただき、それを尊重する形にする」と述べた。

連立を組む予定の社民党も同日、建設計画をまとめる方針を決定した。

また鳩山代表は十二日、「特定の宗教によらない、どなたもわだかまりがなく戦没者の追悼ができるような国立追悼施設の取り組みを進めたい」「天皇陛下も靖国神社には参拝されない。大変つらい思いでおられるんじゃないか。陛下が心安らかにお参りに行かれるような施設が好ましいと思うのも理由の一つだ」と述べた。

さらに鳩山代表は十一日、首相に就任した場合の靖国神社参拝の対応について、「私自身参るつもりはないし、閣僚にも自粛を頂きたい」と述べ、参拝しない考えを表明した。

愈々以て民主党が民族の敵であることが明らかになった。鳩山が、上御一人日本天皇の御事まで言及したことは許せない。政府による「靖国神社に代わる国立追悼施設建設」とは、政府権力・政治権力による靖国神社解体である。断じて許せない。

靖国神社は、明治天皇の大御心で建設され、御歴代の天皇が崇敬されてきたわが国唯一の戦没者追悼慰霊のための「みやしろ」である。しかるに、天皇の御事に言及して、靖国神社解体を主張するなどということは断じて許す事は出来ない。

民主党は、民族の敵であり反日政党であることが明白となった。こんな政党に政権を取らしてはならない。また万一政権を取ったら、即刻打倒運動を展開しなければならない。あまり使いたくない言葉だが、鳩山・岡田は不忠者であり、国賊であり、民族の敵である。断罪あるのみである。

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2009年8月14日 (金)

千駄木庵日乗一月十四日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して原稿執筆。

夕刻、近所の方と懇談。眼医者さんです。私はまだ眼医者さんには一回も御厄介になっていません。従って私にとって眼医者さんは産婦人科の医者や獣医と同じくらい縁遠い存在なのですが、この眼医者さんはカラオケが大好きな方で、私の同級生がママをしているスナックでご一緒になにることが多かったのです。私は最近、カラオケに飽きてあまり行かなくなりました。家でパソコンの画面を見ながら歌うようになりました。タダで人に迷惑をかけずに心おきなく歌うことができます。

帰宅後も原稿執筆。深夜まで。

           ○

岡田克也氏が「政権を取れば4年間、解散せずにしっかりやっていく。」と言った。そしてすぐ後に、「解散権は首相(の専権事項)。私も失言してしまった」と釈明した。

まことに軽率な発言である。民主党優勢が伝えられ、政権交代が既成事実のように報道されているので、もう政権を取ったつもりになり、奢りたかぶりの心が、こういう発言をしたのである。

自民党に「早く解散しろ」と言っておいて、自分たちが政権を取ったら「四年間解散しない」などと言うのは、まさに権力を握る前から権力亡者になってしまったことを宣言したようなものである。軽率では済まされない。

さらに重大なのは、現行占領憲法には、「衆議院の解散は総理大臣の専権事項」などとは一行も書かれていない。第七条に「天皇の国事行為」として「衆議院を解散すること」と定められている。総理大臣には、天皇陛下に「衆議院の解散」を奏上し、天皇陛下のご裁可を仰ぐ権限はあっても、解散を行う権限はない。「衆議院解散は総理の専権事項」というのは明らかに誤りである。

幹事長の岡田克也にしてこの程度なのだから、民主党が政権を握ったら、日本はますますおかしくなるのは目に見えている。

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2009年8月13日 (木)

千駄木庵日乗八月十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後三時より、永田町の参議院議員会館にて、「日本再生同志の会拡大役員会・選対委員会合同会議」開催。中村信一郎・相澤宏明両氏が進行。小田村四郎会長が挨拶。松下新平参院議員がスピーチし、「今回の総選挙を亡国か、日本再興かの闘いと位置付けている」と述べた。西村眞悟氏の当選を期して、全員で選挙戦の具体的方策について討議。

松下新平氏とは初めてお会いしたが、なかなかさわやかな青年議員であった。今後の御活躍を祈る。

夕刻、丸の内で知人と懇談。丸の内で呑むなどというのは久しぶりというか、ほとんど初めてのこと。新丸ビルの中のおでん屋だったが、なかなかおいしかった。何んと新丸ビルの中には立ち飲みのももつ焼き屋もあった。時代は変わりつつあるのである。

帰宅後は、原稿執筆。

           ○

選挙戦に突入しているため、参議院議員会館も閑散としていた。新しい議員会館がその「雄姿」を現わしている。なかなか豪華な建物である。果してこの議員会館にどういう人々が新しく入って来るのであろうか。下馬評通り民主党が圧勝するのであろうか。日教組の組織的支援を受け、靖国神社参拝を否定し、外国人参政権付与を推進しようとする民主党、北朝鮮労働党と友党関係にあった社民党と連立を組むという民主党が圧倒的多数を占め、政権を取る事は、亡国への道である。

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2009年8月12日 (水)

千駄木庵日乗八月十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師方と共なり。

午後は、原稿執筆。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。同志多数と当面する諸課題について討議。その後懇親会となり、宮崎の地鶏などを食しつつ懇談。総選挙後の政治状況においてどういう戦いを進めるべきかなどについて論じられた。

帰宅後も、原稿執筆。

              ○

歴史の検証は、大切である。しかし同じ事実でも、その人の見方や立場によって全く違った解釈が生まれる。大東亜戦争についても、日本を侵略国家として裁きたい人々は、日本軍が行ったとされる「残虐行為」なるものを取り上げて糾弾する。戦争というのはまさに「戦い争う行為」であるから,残虐行為がなかったなどということはない。そもそも戦争そのものが残虐行為であると言っても間違いではないと思う。日本軍が進撃した各地において、東亜解放のために戦ったという事実も正しく検証され、伝えられるべきである。また、敵軍による残虐行為もまた正しく検証されるべきである。

國體破壊を目指す者共は、何とかして、先帝昭和天皇の「戦争責任」なるものを追及しようとしている。そのために、歴史的事実を曲解したり、揣摩臆測に基づく「昭和天皇批判」を行っている。何とも許し難いことである。

「戦争犯罪」と「戦争責任」とは明確に区別して論じられるべきである。犯罪は法に反する行為のである。これは行った者が罰せられるのは当然である。責任とは「やるべきことをやり遂げる」ことである。その結果がどうであろうと、犯罪ではない。戦争犯罪人という言葉と戦争責任者という言葉が混同して使われているのはおかしいと思う。

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2009年8月11日 (火)

千駄木庵日乗八月十日

未明、父が精神的に落ち着かないので、しばらく付き添う。午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して「政治文化情報」次号の原稿執筆。

         ○

今、岩波現代新書の豊下楢彦著「昭和天皇・マッカーサー会見」という本に対する批判論文を書いている。岩波書店と朝日新聞とNHKは、一応日本を代表する出版社であり新聞社であり放送局である。しかし、日本國體を破壊する意図を持つ出版活動、報道を行っていることは間違いない。特に、先帝昭和天皇様に対する誹謗はひどい。その論議の殆どが揣摩臆測に基づくものである。なんとか、昭和天皇の御聖徳を傷つけようと躍起になっているとしか思えない。

また歴史問題に関しても,祖国を極悪非道の侵略国家であったとして非難攻撃し続けている。こうしたことに対して、微力ではあるが、反撃していく決意をしている。蟷螂の斧にならないよう、努力したいと思っている。

朝日や岩波の場合は、我々には「買わない」「購読しない」という選択肢がある。ところがNHKは、我々から視聴料というのを取っている。より公正な姿勢で番組を作らねばならないのに、とりわけ歴史問題では反日姿勢を貫いている。これは許せない。

我が国には、天皇を君主と仰ぐ國體を破壊したいと熱望する者共がまだまだ多く存在し、そういう輩がメディアを牛耳っているのである。破邪顕正の戦いはこれからである。

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2009年8月10日 (月)

千駄木庵日乗八月九日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。父が精神的に安定しないので心配である。暑さのせいであろうか。

午後からは、在宅して、原稿執筆。豊下楢彦の書いた國體破壊を意図した憶測と邪推に基づく、昭和天皇批判を叩きのめす原稿を書いている。

       ○

麻生太郎首相が、「日本はアメリカの核の傘が必要だ」と主張したことに対して、長崎の被爆者団体などが「アメリカでオバマ大統領が誕生し、核兵器廃絶への機運と期待が高まっている時に、被爆国の総理大臣が流れに逆行する発言をしたことは理解できず、強く抗議したい。」などと批判した。

愚かなことである。被爆体験をしたからと言って、その人たちの核問題に関する意見が正しいとは言えない。北朝鮮や支那が核武装して日本を狙っているという現実があるのに、日本がアメリカの核の傘に入らないで、どうやって日本の安全を守るのか。馬鹿な事を言う被爆者団体の人々こそ、日本が三度核攻撃を受けることを望んでいるとしか思えない。「ああ許すまじ原爆を、三度許すまじ原爆を」などと歌っている連中こそ、北朝鮮・支那による核攻撃を許そうとしているのである。まさに平和の敵は彼らである。麻生総理はこんな連中と話し合う必要はない。日本は、核武装をするか、アメリカの核の傘に入ることによって、核攻撃の惨禍を防ぐことができるのである。こんな簡単なことが分からない人間を馬鹿という。

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2009年8月 9日 (日)

千駄木庵日乗八月八日

朝、父の容態に変化があり、病院に赴く。医師の治療を受け、小康を取り戻し、帰宅。この正月にも、退院した次の日に救急車で病院に行った。今回も同じようなことが繰り返された。まことに困ったことである。幸い再入院という事態にはならなかった。

午後二時半より、「武士道研究會第十八回例会」が行われた。小生は、初めての参加である。靖国神社境内の遊就館前に集合。昇殿参拝。祝詞奏上・玉串奉奠が行われた。

この後、「武士道研究會」の同人であり、靖国神社遊就館部史料課長であられる大山晋吾氏のご案内で、遊就館を見学。戊辰戦争当時の「錦の御旗」、近衛文麿総理から東條英機総理に贈られた日本刀、昭和十九年戦死された日本軍軍属によってマニラ湾から流され三一年の年月を経て日本に流れ着き妻の胸に抱かれた椰子の実、泰緬鉄道で活躍した蒸気機関車、零式戦闘機、妻をめとることなく戦死された英霊の花嫁としてご遺族より奉納された花嫁人形、人間魚雷「回天」、阿南惟幾陸相の血染めの遺書、東条英機総理の遺詠、特攻隊員の遺書・遺詠などを拝観。遊就館は拝観する度に、筆にすることができないほどの感動を覚える。

靖国神社に参らせていただく度に、護国の英霊は、今日も、天上界からわが国をお護り下さっていることをひしひしと実感させていただく。靖国神社の祀られている英霊は、まさに日本の國をお護りいただく神々であらせられる。英霊の鎮まりまします靖国神社が、政治問題・外交問題として争われていることはまことに以て不当であり、あってはならないことである。日本国民として、英霊に感謝の誠を捧げ、慰霊し顕彰することは、聖なるつとめである。

帰途、湯島で知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆の準備。豊下楢彦という人の「昭和天皇・マッカーサー会見」という本を読む。推測というよりも、邪推に基づく、昭和天皇の御聖徳を貶める内容の本である。次号の「政治文化情報」で、批判をしたいと考えている。岩波書店は、奥平某の所謂「天皇制打倒」すなわち「國體破壊」を目的とした「天皇論」を出したが、豊下のこの本も基本的に「國體破壊」を狙っている本である。

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2009年8月 8日 (土)

千駄木庵日乗八月七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。父がやや精神的に安定しないので、額に手をあてたりして慰める。

午後は、上野公園の東京藝術大学美術館で開催中の「天皇陛下御在位二十年記念 日本藝術院所蔵作品展」参観。「日本藝術院では、毎年天皇皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ授賞式を挙行しています。この度、今上天皇陛下御在位二〇年を記念して、恩賜賞並びに日本藝術院賞を受賞した所蔵作品展を開催し、祝意を表するものです。」(案内書)との趣旨で開催された。

日本画、洋画、彫塑、工芸、書にわたる恩賜賞受賞作品二六点、及び日本藝術院受賞作品を含む計六〇点が展示されていた。絵画では杉山寧の「暦」、奥田元宋の「塊」、彫刻では平櫛田中の「靈亀随」、工芸では吉賀大眉の「連作曉雲」に感動した。

日本国の文化は、宮廷・皇室を中心に継承され、発展してきた。和歌文学はその典型であるが、美術も然りである。さらに、外来思想・宗教も、宮廷・皇室が中心となって受け入れられ継承されてきた。その根幹に、上御一人日本天皇の祭祀主としての信仰的権威があったのである。この日本國體の素晴らしさはここにある。

続いて同じ会場で開かれている「コレクションの誕生、成長、変容藝大美術館所蔵品選」参観。「東京藝術大学の前身東京美術学校の歩みと共に連綿と収集されてきたコレクションは、名品として世に知られる芸術品から、知られざる資料に至るまで、 まさに多岐に渡るものです。 なかでも東京美術学校の歴史に大きな役割を果たした指導者岡倉天心、正木直彦、黒田清輝、平櫛田中が、それぞれの見識をもって学校への収蔵に尽力した作品は、現在の藝大コレクションの核となっています。本展覧会では、これらのコレクションのなかから約一四〇件を、通常公開する機会のないものも織り交ぜ、厳選して紹介いたします。」(案内書)との趣旨で開催された。

狩野芳崖の「悲母観音」、上村松園の「序の舞」、鏑木清方の「一葉」、原田直次郎の「靴屋の親父」、高橋由一の「鮭」「根津権現」、和田英作の「渡頭の夕暮」、藤田嗣治の「自画像」「婦人像」などを見る。どれも歴史にのこる名作といわれるものばかりであった。「一葉」の肖像画は、昨日、一葉記念館を参観したばかりなので余計印象に残った。

夕刻、千駄木に戻り知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆の準備など。次号の「政治文化情報」では、昭和天皇が発せられた「大東亜戦争開戦の詔書」の意義についてについても少し書かせていただく所存である。

          ○

上野の山は、今は文化の森といわれる公園になっているが、かつては、戊辰戦争の戦場になった。徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であった東叡山寛永寺の豪壮な堂塔伽藍があったのだが、彰義隊が立てこもり。新政府軍との戦いを行ったため、その殆どが戦火を浴びて、焼失してしまった。彰義隊は徳川将軍家のためと思い戦ったにもかかわらず、かえって徳川家の霊廟を焼失させてしまったのである。歴史の悲劇というべきである。

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2009年8月 7日 (金)

千駄木庵日乗八月六日

午前九時過ぎ、医師の往診があり、父母に付き添う。医師と今後のことを相談。父が思ったより元気なのでほっとする。しかし安心はできない。その後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

正午より、駒形橋近くの隅田川河畔にある飲食店にて、「萬葉會」の暑気払い。会員の方々と懇談。楽しきひと時を過ごす。

その後、萬葉會の会員に方々と台東区竜泉の「一葉記念館」参観。

「一葉記念館」は、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」という名作をのこした明治時代の女性作家・樋口一葉(本名奈津)の記念館。一葉女史が、生活苦を打開するために、明治二六年七月から翌年五月、本郷(現・文京区)丸山福山町に転居するまで、荒物・雑貨と駄菓子を売る店を営んでいた場所のすぐ近くに建てられている。ここでの生活を題材として書かれた作品が「たけくらべ」である。

処女作「闇桜」原稿・「たけくらべ」草稿、小説の師・半井桃水宛など数多くの書簡・龍泉寺町で商売を営んだときの「仕入れ帳」・一葉が着ていた黄八丈の着物などの遺品・一葉の書作品・短歌草稿・龍泉寺町の家並み風景等の模型等が展示されていた。

一葉女史の仮名文字が実に美しく見事なのに驚いた。私は「たけくらべ」しか読んでいないが、その文体も引き締まった感じでまことに流麗である。中島歌子に和歌を学んでいたためと思われる。

一葉は、文京区にもゆかりの深い作家である。本郷小学校に通い、和歌を学んだ萩の舎は春日町にあった。そして竜泉に移る前まで本郷菊坂に住んだ。また竜泉の店をたたんだ後、

本郷区丸山福山町(現在の西片一丁目)に移り、ここで数々の名作を執筆し、明治二九年に亡くなった。

参観後、蒸し暑き中、一葉記念館周辺を散策。一葉旧居跡の碑を見る。また、近くに旧吉原があるが、今はソープ街になっている。会員にご婦人が多いため、街の中に入るのは遠慮した。

浅草に戻り、ここで解散。雷門を仰ぐ。戦後、松下幸之助氏が資金を提供して再建したということを初めて知った。その後、参加された法律家の方と懇談。

帰宅後は、前衆院議員と電話で懇談。そして夜遅くまで原稿執筆の準備。資料検索。
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浅草は、距離的にはそう遠くはないが、足の便が悪いのであまり行くことがない。今日は本当に久しぶりに訪れた。蒸し暑い日なのに多くの人々で賑わっていた。また竜泉という町は始めて訪れた。川路利良大警視の邸宅があった所で、そこは現在下谷警察署になっている。石碑があると聞いているのであらためて見学したいと思う。

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2009年8月 6日 (木)

千駄木庵日乗八月五日

午前は母のお世話。

午後は、父を迎えに病院に赴く。退院の手続きを取り、帰宅。病院で仰臥の生活を続けていますと、どうしても足腰が弱るのですが、父の足腰が弱っていなかったので安心しました。車椅子の生活になることは避けられました。病院で治療を受けることも大事ですし、必要不可欠なことですが、やはり、家庭での生活が一番です。

その後は、「月刊日本」連載の萬葉集講義原稿執筆・完成・送付。

         ○

次号の「政治文化情報」の原稿の準備をしなければなりません。また、月刊「大吼」の連載原稿の準備もしなければなりません。月刊「大吼」の編集を担当しているのは蜷川正大兄から、次号は野村秋介氏のことを特集するとのことで、野村氏のことを少しく書かせていただく事となりました。

野村氏との思い出は色々あります。野村氏は、文字通り、波乱万丈の生涯を送られました。二十歳を過ぎてから亡くなるまでは、獄中生活が約半分くらいではなかったかと思います。本当に苦労をされましたが、根本的に明るくさわやかにお人柄でした。私も親しくさせていただきました。面倒を見ていただきました。野村氏はよく「人間所詮、好きか嫌いかだ」と言われました。私は野村氏のお人柄が好きでした。これは理屈ではありません。野村氏は人の悲しみ・痛みを良く分かってくれる方でした。

そして学識も深く、著書によってはもちろん、色々お話を伺う機会も多く、多くのことを学ばせていただきました。野村氏は自ら「俺はギャングだ」とも言われましたが、決してそうではありません。獄中における読書量は相当なものであったと推察します。野村氏は思想家であり、行動者であったと思います。

野村氏との思い出を書くか、維新運動における野村氏の思想面・行動面の意義を書くか迷っております。

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2009年8月 5日 (水)

千駄木庵日乗八月四日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

この後、父の病院に赴く。医師の方と面談。医師の方が色々心配してくれて有り難い。明日退院と決まる。病院の廊下で父の歩行訓練。ベッドに仰臥する生活が続いたので、足が弱くなっているかと思ったが、そうでもなかったので安心する。

午後七時より、千駄木の文京区立動坂福祉会館にて、「社会経済フォーラム」開催。荻原知康氏が挨拶。拓殖大学海外事情研究所教授の荒木和博氏が講演し、「政府指定の拉致被害者以外の拉致被害者救出を目指す民間団体・特定失踪者問題調査会の代表をしている。昭和五一年生まれ。あと五日で五三歳。中学三年の時、左翼教師と喧嘩して民社党のファンとなり、機関誌を購読した。大学の卒論は朴正煕がテーマ。韓国語を勉強し、朝鮮問題を勉強して来た。民社党本部に勤務し、新進党結成に際し、新党準備委員会に出向した。政権を取るために理念と政策を無視する姿勢に我慢が出来なくなり、民社党に戻る。民社党解党後、二年半浪人生活をしていた。現代コリア研究所で編集の手伝いをした。拓殖大学に勤務した。

拉致された人々を何とか救出しなければならないと思い、西村眞悟議員の所に話しを持って行った。平成九年二月三日衆院予算委員会で、西村眞悟議員がはじめて拉致問題を取り上げた。橋本総理が『拉致の可能性も含めて調査する』と答えた。そして問題が大きくなった、同年三月に家族会を結成。新潟・大阪へと運動が広がっていった。二〇〇〇年に全国協議会をつくり、事務局長になった。

平成一四年の小泉訪朝で、拉致被害者はもっと多数いる可能性が高くなり、妻に書類整理をしていただき、データベースを作った。絶対に偶然ではないケースが多いことが判明した。失踪した日が集中し、看護師など同じ職業の人が多かったりしていることが分かった。そして二〇〇三に、『特定失踪者問題調査会』を設立した。

総連系の人で北朝鮮の工作を手伝っている人の多くは、好きでやっているわけではない。すでに帰国している親族の安全を保証しないと脅されている。昭和三十年代から、北朝鮮による拉致が行われていることは、警察は知っていた。その事実を上にあげてもつぶされた。横田めぐみさんが北に拉致されたことも、その直後から警察は分かっていた。今も警察が隠していることは山ほどある。

拉致問題は国家主権の侵害であるから、軍事力を使う場合もある。海上自衛隊が北に行って拉致被害者を救出しなければならない場合もある。日本政府が自分の手で取り戻すことが必要。最終的には北の金正日体制を打倒するしかない。

今日、クリントンが北朝鮮に行ったが、どういう約束をして来るか分からない。アメリカは朝鮮半島で武力を使う気は全くない。米の国力は低下している。時代の変わり目に来ている。日本が先頭に立ってアメリカのような乱暴なやり方ではなく日本らしいやり方で地域を安定させるべし。勿論いざという時は日本刀を抜く覚悟とが勇気が必要。

今度の選挙もその次の選挙も政権選択の選挙になる。日本が独り立ちできるかどうか。世界で最も金正日を嫌っているのは中国指導部。北朝鮮は『崩壊カード』を中国に突きつけている。中国にとって一番怖いのは北朝鮮の崩壊。難民が流出し旧満州が不安定になる。また中朝国境までアメリカの同盟国になる。領土問題が起こる。しかし中国がキレルと軍を北に投入して傀儡政権をつくる可能性はある。日本はそういう中国の弱点をうまくつくことができる。

民主党の『対話と友愛』の外交政策は心配。日本に永住権を持っている二世・三世には、日本国籍を取らせればいい。参政権はいったん与えると取り上げることは困難。」と語った。

最後に、長瀬達也板橋区議が挨拶した。

帰宅後は書状執筆など。

          ○

荒木和博氏とは荒木氏が民社党専従員の頃からお付き合い頂いている。人格識見ともに信頼の置ける人物である。陸上自衛隊予備自衛官(予備一等陸曹)の資格を持つ愛国者である。

アメリカは、朝鮮半島で武力を行使しないとのことであるが、台湾海峡や尖閣諸島での有事の際はどうであろうか。アメリカは、日本・台湾・韓国を守るために共産支那・北朝鮮・ロシアと武力で対応する覚悟はあるだろうか。つまり、日米軍事同盟は本当に信頼できるであろうか。そういう不安がある以上、わが日本はやはり、自分の國は自分で守るという当り前の態勢をしっかりと構築すべきである。

支那人や朝鮮人に、「日本人は我々を差別する」と言うひとが多いが、支那人や朝鮮人こそ差別意識が強い民族である。東南アジア諸国で現地の人々に威張り散らすのは彼らである。だから何処の国でも嫌われている。実際、私が東南アジアを訪問した時、そういう話を多く聞いた。支那人は朝鮮人を差別するし、韓国人の台湾人への差別意識も強い。ロサンゼルスの暴動でも、黒人に狙われたのは韓国人が経営するスーパーなどであった。

ところで、今日の会合は、この前の区議選で民主党から立候補した人が主催したのであるが、民主党所属の人も含めて出席者から、民主党の国家基本問題(教育・外交・安全保障・夫婦別姓問題・外国人参政権問題)に対する批判が相次いだ。それほどに、民主党の国家基本問題に対する姿勢が間違っているということである。また、民主党の中にも、真正保守の立場に立つ人はいるのである。やはり、国家基本問題を軸にして政界再編が一日も早く行われる必要がある。そういう政権選択の選挙が行われるべきである。

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2009年8月 4日 (火)

千駄木庵日乗八月三日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と懇談。総選挙のことが話題となった。その知人は、「民主党政権になったら取り返しのつかないことになる」と語っておられた。

午後は、書状執筆。その後、父が入院している病院に赴く。

午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「中国の古典は、原典がそのまま伝わっているわけではない。一番古いものでも約一千年前の宋の時代の本しか残っていない。唐の時代と宋の時代との間に、物凄い変革があった。老子は本当にいたかどうか分からない。司馬遷の時代にすでに伝説上の人になっていた。しかし、『論語』も『老子』も千年以上読み継がれてきたことは確か。老子は中国の民族宗教である道教の神になった。また『老子胡化説』と言って、老子が中国を見捨ててインドに行き、インドでの最初の弟子が釈迦だという説である。

儒教は『有言・有為』、老子は『不言・無為』。一番良い生き方は水のように生きること。『我が、我が』とは言わない。中国における理想的な統治者は『不言・無為』。広大な国土を統治するとき、苦しくなったらこの考え方が用いられる。老子の思想は仙人になるための思想。養生思想の根本的思想になった。世の中のために心を煩わせないことが大事という考え。長生きして健康に生きるには受け身が一番いいという考え。」と語った。

この後、出席者と懇談。

         

支那の古典の思想は、時の場合によって色々使い分けができる思想である。孔子の『有言・有為』と老子の『不言・無為』も、時と場合によって都合よく使い分けができる。『春秋公羊伝』には「君子危うきに近寄らず」とあり、『論語』には「義を見てせざるは勇無きなり」とある。全く逆のことを説いている。また、支那の権力者は、権力維持のためなら、孔子や老子の思想などは全く顧みることなく、民衆を弾圧し、殺戮することは歴史を見れば明らかである。

            ○

民主党・社民党連立政権誕生が現実のものとなりつつある今日、危機感を訴えるメールが小生のところにも数多く寄せられるようになっている。今日来たメールの一部を紹介する。

「民主党が政権を奪取したら、これは革命ですから、批判をすべて封じ込めるため、まず『偽装人権擁護法』を強行してきます。そのあとは、ゆっくり外国人参政権、重国籍を通し、1,000万人移民を推進して日本解体が完了します。これは逆差別社会の到来です。これを杞憂と思いたいのですが、すでに外国勢力にコントロールされているマスコミ報道を見ていると、決して思い過ごしでもないようです。現在の国会は、国家観の根幹に関わる重要法案が、都議選で一議席も取れなかった社民党の政策が推進されているのです。小生は、総選挙後の最悪のことも想定して準備しますので、その時は、皆様方の御協力をお願いします。これから、投票までの1ヶ月間、民主党に対しては、安全保障問題のブレを中心に攻撃するのが一番有効かと存じます。」

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2009年8月 3日 (月)

千駄木庵日乗八月二日

午前は母のお世話。

午後は資料の整理など。その後、父が入院している病院に赴く。

帰宅後は、書状執筆など。

         ○

「政治文化情報」に掲載した「『やまとうた』と台湾人─『臺灣歌壇創立四十周年紀年歌集』及び『臺灣歌壇第十集』を読む」と題する拙論に対して、何人かの読者の方々から、メール・電話・書状をいただいた。有難いことである。その中のお一人への小生の返信の一部を掲載する。

「拝復 時下ますますご清祥の段、大慶至極に存じます。

何時も小誌を熱心にご覧いただき感謝に堪えません。

蔡焜燦氏も、李登輝氏も、魂的には日本人であると思います。そういう言い方が失礼にあれば、今、多くの日本人が喪失している『やまと魂』を今もなお保持しておられる方だと存じます。

お説の通り、台湾に住む圧倒的多数の人々は、共産支那との統一など絶対に支持しておりません。共産支那の無謀なる武力侵攻が行われない限り、台湾は実質的に独立の方向に向かっていくと存じます。しかし、そのためには、わが日本と米国の力強い台湾支持が必要であります。

小誌にも書きましたが、台湾独立建国を目指す運動に皆で歌う歌がないのがさみしいことであります。古来、民族独立運動・政治変革運動には、力強い歌がありました。わが國の昭和維新運動には『昭和維新青年日本の歌』がありました。左翼運動には『インターナショナル』がありました。台湾独立運動にもそうした歌が必要であると前から『二二八記念集会』に出席する度に思っておりました。以下略。」

「心に太陽を持て、唇には歌を持て」という言葉がある。歌を歌うということは、非常に大切なことである。「歌う」とは「訴える」と同じ意味である。歌とは、「魂の訴え」である。歌を歌うことによって、自分の魂を奮い立たせる。民族運動においても、色々な会合などで、魂を奮い立たせる歌が歌われて来た。それが三上卓氏作の「昭和維新青年日本の歌」である。ところが、最近はあまり歌われなくなってしまった。さみしいことである。昭和の御代から平成の御代になったからであろうか。しかし、「永遠の維新」を祈念し、目指すという意味で、「昭和維新青年日本の歌」は、永遠に歌いづがれて行くべきだと思う。

「天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ


見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐


ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや


功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう


やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな 」

この歌は、今日の日本においてこそ高らかにうたわれるべき歌である。

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2009年8月 2日 (日)

千駄木庵日乗八月一日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。そして、病院に父を見舞う。

帰宅後は、書状執筆など。

         ○

同志として敬愛している前衆議院議員と電話で話しました。大病を患ったのですが、何とか回復し、この暑い中、懸命に闘っているのです。何の手伝いもできませんが、激励しました。「また東京永田町の議員会館で会いましょう」と約束しました。この約束が実現することを祈るのみです。相手は、旧田中派七奉行の一人で、民主党長老です。最も旧態依然たる政治家が、「反自民・政権交代」「水戸黄門」だのと言っているのはまさに茶番であります。

また、本当は今日から二・三日、苦戦している同志議員の応援のために、関西方面に赴き、街宣活動をしなければならなかったのですが、父が入院しているので無理になりました。来週も東京で行事や会合が多く無理なようです。「堺の町の政治家の親の名を継ぐ君なれば、君落ちたもうことなかれ」と祈っております。

真正保守・維新の立場に立つ同志議員に、苦しい戦いをしている人がいるのが心配です。城内実・渡部篤・西村眞悟・稲田朋美の各氏にはどうしても当選していただきたいと念願しております。

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2009年8月 1日 (土)

千駄木庵日乗七月三十一日

午前は、母のお世話。

午後は、月末でゆえにしなければならない雑務を処理した後、父が入院している病院に赴く。色々と話す。父は家にいる母のことを心配している。早く家に帰って来て貰いたいと思うが、暑い日が続いているので、慎重にしなければならない。今年の新年早々、退院した次の日に救急車で病院に戻るという体験をした。

夕刻、友人と懇談。「土用の丑の日」なので鰻を食す。なぜこの日に鰻を食さねばならないのかよく分からないが、面白い風習である。また、久し振りに「くさや」を食した。「くさや」は私の好物である。私は以前、伊豆七島の海には「くさや」という魚が泳いでいるのだと思っていた。友人が行きつけの上野の駅の近くのお店で、なかなか安くてうまい。「くさや」と鰻という取り合わせもなかなかおつなものであった。

帰宅後は、資料の整理。

       ○

最近「マニフェスト」という言葉が大流行りである。「公約」とか「政策」という言葉が前からあったのに、なぜかこの言葉が使われ出した。横文字にしたらかっこいいとでも思っているのだろうか。馬鹿馬鹿しい話である。何でもケチをつけると思われても嫌だが、私には納得が出来ない。失業者をフリーター、高利貸しをノンバンク、浮浪者をホームレス、無法者をアウトロウ、二号さんをセカンドワイフ、お巡りさんをポリ公(これは少し違うかもしれない)と言い換えるのと同じである。

また民主党批判かと思われると困るが、「タダにする」「安くする」「消費税は四年間上げない」などという大盤振る舞い・バラ色の「政権公約」を掲げているが、果たして政権を取ったら本当に実行できるのか。鳩山由紀夫氏は、「実現できなければ政治家を辞める」と公言した。その舌の根も乾かぬうちに、「昨日言ったことはマニフェストではない」と言った。何とも頼りない政治家である。「馬っ鹿じゃなかろか」と言いたい。

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