« 千駄木庵日乗七月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十五日 »

2009年7月15日 (水)

千駄木庵日乗七月十四日

午前は父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

午後は上野公園の東京国立博物館平成館で今日から開催された「伊勢神宮と神々の美術」展参観。「遷宮を記念し、伊勢神宮の神宝をはじめ、『古事記』『日本書紀』などの古文書や、考古遺物、絵画、彫刻、工芸品から伊勢神宮の歴史と信仰、式年遷宮の様子、さらに遷宮による工芸の伝統技術の継承などをたどります。また、歴史と伝統に育まれた神道美術に光を当て、近年注目されている神像彫刻や神宮以外の神社の古神宝など、日本古来の宗教美術の精華を紹介します。」(案内書)という趣旨で開催された。

『古事記』・『日本書紀』・『斎宮(さいくう)の出土品』・『伊勢参詣曼荼羅』・『遷宮記』・『神宝図』・神宮の宮域内より出土した『古神宝』・式年遷宮ごとに調進される『御装束神宝』・『神像』などを拝観。

伊勢の神宮の神宝は、式年遷宮ごとに造られ、旧神殿の神宝は神殿と共によそに移される慣わしになっていた。普通の感覚では何とも勿体ないことなのだが、永遠に新しい命の再生という御遷宮の意義に基づく伝統である。従って、神宝は寺院などの宝物と比較すると数が少ない。明治以後技術継承のために保存されるようになった。この展覧会では、昭和期の三度の遷宮で調進された神宝が展示されていた。まことに見事な装飾の太刀・御衣であった。

昭和四年に調進された「赤紫綾御蓋」(新しき神殿にお遷りになるご神体にさす蓋)はまことに美しいものであった。

柿本人麿の

ひさかたの 天ゆく月を 網に刺し わが大君は 蓋(きぬがさ)せり

という歌を想起した。「遠い天空にかかる月を網にとらえ、わが大君は笠にした」という意。天皇の神聖なる権威は天の輝く満月を網でとらえて笠にしてという雄大なる歌である。

およそ二千年前と伝わる神宮の創建や歴史を勉強する事が出来た。仏教寺院・将軍家・大名家は数多くの宝を蓄えたが、日本の神社の中心である伊勢の皇大神宮は、まことに簡素であることを実感した。何体かの神像も展示されていたが、神社神道は元来神の像を拝まないので、仏像の数とは比較にならない。

教団宗教は大きさを競うかのように堂塔伽藍の建立するが

日本傳統信仰たる神社神道は、簡素にして清らかである。天地自然と共に神はいますのであり、神を祀る「やしろ」は建てられても、きらびやかにして壮大な堂塔伽藍は本来必要ないのである。

帰宅後は、資料の整理など。

            ○

今の日本は、醜い政争・権力闘争に明け暮れている時ではない。

|

« 千駄木庵日乗七月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十五日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/45637591

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗七月十四日:

« 千駄木庵日乗七月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十五日 »