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2009年7月 9日 (木)

千駄木庵日乗七月八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時、地下鉄蔵前駅集合。すぐ近くの榧寺(かやでら)という珍しい名前にお寺を赴く。榧寺は浄土宗で、本尊は阿弥陀如来坐像。天正年間(一五七五年頃)から草庵が現在の地にあったが、芝増上寺中興の祖という観智国師源誉存応〈かんちこくしげんよぞんのう〉が慶長四年(一五九九)に浄土宗として開山し寺院。

このお寺の墓地に高校時代からの同志・田原康邦氏が眠っている。今年は三回忌ということで、当時からの同志原嘉陽・久保田裕己両氏と墓参に行ったのである。こういう古いお寺に墓所があるということは、田原家は江戸時代から江戸に住む家ということである。墓石に「飯倉三河屋」という屋号が刻まれていた。読経し、供花と線香を手向けた。

この後、近くで二氏と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

田原康邦氏は、生長の家高校生連盟と生長の家学生会で共に活動した。私より二年ほど後輩だった。真面目な性格で、家にもよく遊びに行った。六十歳になる前に亡くなってしまった。大学卒業後、ある新聞社に勤務していたが、生長の家の出版部である日本教文社に移り、機関誌の編集長などをしていた。人格者だったので、葬儀の時は大変多くの人々が参列した。本来なら、生長の家関係の同志相集い、三回忌を行い、田原氏を偲びたいのであるが、現在、生長の家に少しもめ事というか、異変があり、相対立する立場になってしまった人々が一堂に会するのは難しいということで、行われないようである。もっとも、田原家で行ったであろう三回忌に参列した同志がいたのかもしれない。

先日も書いたが宗教教団は日頃立派な事を言っているだけに、揉め事・内紛は実に醜いものとなる。多くの教団は、何ら一般人と変わらない人物を生き神のように崇め奉るという虚偽というか虚構の上に成り立っているのだ。馬鹿馬鹿しい限りである。宗教はもちろん人を救う働きもするが、反面、闘争・戦争・國體破壊の元凶になることもある。注意しなければならない。

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