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2009年7月22日 (水)

千駄木庵日乗七月二十一日

朝、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

この後、父が診療を受けている病院に赴き、医師に色々お話を伺う。誠意ある詳細な説明を受け、疑問は氷解した。

午後は、諸雑務。

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、「國體政治研究會」開催。小生が司会。田尾憲男氏(神道政治連盟主席政策委員)が「祭祀の精神と国家の統治-葦津珍彦先生生誕百年にちなんでー」と題して講演し、

「葦津先生は平成四年に逝去された。神道家として且つ戦闘的ジャーナリストとして大きな足跡を残された。私は人生の半分を先生と共に行動した。葦津先生は箱崎宮の社家に生まれた。戦後は神社本庁の設立、『神社新報』の発刊に努力された。神道の社会的防衛者と自ら任じておられた。

宮沢憲法学の解釈で、戦後の『天皇制』は主権者たる国民が新たに創設したという革命説が横行した。こうした考えを打破し、天皇は歴史的ご存在であることを確認するために、『建国記念日制定』に努力された。

葦津先生は『自分が先生と言えるのは頭山満先生一人のみ』と言っていた。また『変説は良いが、変節は良くない』と言っておられた。学説は変わらなければ学問の進歩はない。節操・節義・人間の踏み行うべき道は変えてはならないということ。

日本神道は日本国民の宗教であり、その祭主が天皇である。天皇の精神的権威は祭祀なくしてあり得ず、天皇の祭祀とは国家統治者としての祭祀である。『國平かにして民安かれ』というのが、天皇のお祈り。経世済民が政治の目的。祭祀の目的と一致している。政治はきれい事では済まない。また人間は生きている限り欲望がある。一方、人間にはアカキキヨキ心、マコトの心への憧れがある。人間はこの二つの間を揺れ動く存在。そこで穢れを祓い清める禊と祭りを行う。

『憲法』第四条の『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない』という規定と、第六条の『 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する 』という規定は矛盾する。第四条の規定をなくすべし。天皇に国家統治の権能があるから、総理大臣・最高裁長官任命する権能がある。天皇が統治権の総攬者であるというのが日本國體。現行憲法は可能な限り『大日本帝国憲法』に則って解釈すべし。

天皇・皇族は政治的に中立でなければならない。国民の間で賛成・不賛成の対立がある問題に、関与なさらないのが大事。東京五輪開催を、皇室に頼るのは石原氏に力がないことを表明している。」と語った。

この後、講師の田尾先生を囲んで懇談。

帰宅後は、明日の「萬葉古代史研究會」における講義の準備。

         ○

葦津珍彦先生には、小生も大変お世話になり、且つ、色々ご指導をいただいた。先生の「近代民主主義の終末」「大アジア主義の頭山満」「永遠の維新者―西郷隆盛」などの御著作は、本当に勉強になった。大変おこがましい言い方だが、國體論、アジア維新論、明治第二維新論に関する私の様々の論文は、葦津先生のこの三冊で学んだことが骨子になっていると言っても過言ではない。

初代警視総監川路利良が大恩のある西郷隆盛を死地に追いやったということは、「永遠の維新者」と司馬遼太郎氏の「翔ぶが如く」で学んだ。川路利良像を警察学校から撤去するようにという要望書を警視総監に提出した時、御手紙でお褒めのお言葉をいただくと共に、出処進退に注意するようにの御忠告もいただいた。有り難くも懐かしい思い出である。

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