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2009年7月31日 (金)

千駄木庵日乗七月三十日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。その後、病院に赴き父を見舞う。暫く話す。医師の話を聞く。次第に良くなっているように見える。

午後七時より、本郷の展転社にて、日本再生同志の会の関西における遊説活動について討議。

帰宅後は資料の整理。

           ○

最近いただいたメールを紹介する。

藤田裕行氏からのメール

(大川隆法の靈言なるものは)正直なところ、『バカバカしい』と、そう皆さん思われることでしょう。 エセ教祖の『霊言』ごとき、と、まあそう思いたい。これが、100名の団体、或いは、1000名の団体であれば、『無視しておれば良い』というのもひとつの考え方かもしれない。

ところが、この団体の支援者は、二千名でも、五万名でもなく、文藝春秋は、最低百万から最高三百万、とそう信者数を推定しているから、看過できない。

私の場合は、例え100名の団体の教祖でも、この『霊言』は、看過できない。まして、文藝春秋が、最低百万というのであれば、それに対抗するだけの『数』が必要となる。

主張は、『数』で、その影響力が行使されるのが、政治の世界であり、『多数決』の世界である。」

土屋たかゆき都議会議員からのメール

「自衛隊反対といい続ける古典的政党がある。海外派兵反対と言って、自衛隊の人殺しと叫ぶ古代遺物的人間がある。家族の気持ちなど考えてもいない。更に歴史伝統の連綿の証たる天皇を否定し、何と国旗・国歌は侵略のシンボルと唱える議員さえいる。アメリカ、イギリス、フランスでは有り得ない。『侵略をした』と言うが、『侵略』をしていない西欧列強諸国はあるか聞きたい。ないではないか。統治地に帝国大学を作り、人材の養成をはかり、インフラの整備に莫大な投資をした旧宗主国はあるか。ない。
わが国だけが、旧統治地域に莫大な投資をした。
搾取などしていない。そんな『侵略』があるか。
仮に、これが『侵略』なら、イギリス、アメリカ、ポルトガル、スペインなどの国旗、国歌は使用出来ない。

祖国を侮辱するのも大概にしてもらいたい。そうした人間が、菊のご紋章の議員バッチを付けている矛盾に私は我慢が出来ない。」

日本会議からのメール

「民主党が原因で臨時祝日法は廃案に

去る21日、解散となり、国会は閉幕しました。そのため議員立法で提出されていた『天皇陛下御即位二十年を記念して本年1112日を臨時祝日とする臨時祝日法案』も廃案となってしまいました。

 昨年十月に、小沢前代表や鳩山代表も役員に就任した奉祝議連として臨時祝日法制定を決定しました。しかし、鳩山代表が『民主党内の意見集約に時間が欲しい』と主張したため、議連としても皇室のことでもめるのは良くないと考え、八ヶ月以上も民主党の意見集約を待ってきました。

 しかし鳩山代表は、日教組出身の輿石参議院会長が牛耳る民主党参議院を説得できず、廃案になってしまった、と言われています。関係者によれば、『鳩山さんは先の代表選で、輿石民主党参議院会長らの支持によって代表に当選した経緯があり、輿石議員らに頭が上がらない』とのことです。

 もしこの指摘が事実であるとすれば、皇室という我が国の根幹にかかわる問題について、日教組に配慮して意見をとりまとめることができないということになり、誠に残念でなりません。

 廃案となったことを受けて先週末、天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟は臨時役員会を開催し、民間の奉祝委員会などから強い要望があることを踏まえ、改めて選挙後の特別国会成立に向けて民主党と協議をする方針を決定したと、聞いています。」

「『民主党の鳩山由紀夫幹事長は19日、東京での講演で、中国は脅威ではないとし、前原代表が「中国脅威論」を唱えていることを批判、この問題における民主党指導部の鋭い対立を示した。

 鳩山氏は、中国の現在の軍事力は基本的に防衛のためのもので、この点を考えて、中国が脅威であるというべきではないと述べた。そして中国との敵対関係を強めるという発想をもち、中国の軍事的脅威を誇大化するのは外交的失敗であると強調した。

 鳩山氏は、早急に民主党の対中政策を打ち出し、党内の意見の食い違いを除くよう努力することを希望すると述べた。』(東京2005年12月20日発新華社)(引用終わり)

では、自民党は中国の軍事的脅威を見据えているのかといえば、必ずしもそうでないところが残念です。

 今回の選挙では、『国民の生活が第一』という民主党の土俵が争点となってしまっていますが、国防こそが国民にとって最大の福祉であるはずです。」

         ○

民主党の「国民生活第一」は、欺瞞的なスローガンである。そんなことは政治の目的として当たり前のことである。それをあえて声高に叫ぶということは、国防安保・歴史観・教育・憲法という国家基本問題での党内の不一致を覆い隠すためなのである。そしてこの「国家基本問題」こそが、国民生活を守るための基本なのである。ともかく、左翼勢力が力を持つ民主党政権は極めて危険であり、厳しく批判しなければならない。

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2009年7月30日 (木)

千駄木庵日乗七月二十九日

午前は母のお世話。ケアマネージャーが来宅。今後の介護について相談。

午後二時より、永田町の「日本の司法を考える会」事務所にて、『日本の司法を考える会』開催。青木理氏が司会。

元公安調査庁長官の緒方重威氏が講演し、「朝鮮総連会館は在日朝鮮人にとって大使館機能を果たしている。在日の人が祖国と祖国にいる家族との接点をつなぐのは総連会館しかない。これを潰すのは在日朝鮮人の権益を侵し、彼等を棄民にしてしまう。私自身満州から引き揚げて来たので祖国の有り難さを実感した。国としては北朝鮮に厳しくすべきだが、民間企業まで使って痛めつけていいのだろうか。人道上の問題もある。また総連会館がなくなると、北朝鮮へのウォッチングも不便になる。

官邸が激怒した。官邸の怒りを忖度して捜査が入った。総連からは被害届は出なかった。告訴もない。特捜の調べに屈して自認してしまった。自分の弱さである。調べられる側に立つと心理的に動揺する。娘のメールを見せられた。取調検事に毎晩怒鳴られた。『保釈は許さない。あと五年拘置して暴力団と同じ房に入れてやる』と脅された。

朝鮮総連は合法的組織だが、違法行為の拠点になっていた。だから公安調査庁も調査対象にしていた。しかし、在日朝鮮人のよりどころは確保してあげねばならないと思った。

政治の指揮権で法務・検察が動くことはない。今回もなかった。ただし政府与党がどう考えているかと全く関係なく検察が動くということもない。法務省の省益・検察庁の庁益を守るためには、緒方を切るしかないと考えたのだろう。事件処理の段階でマスコミの論調を無視するということもない。」と語った。

もっと色々な事を語っていたが、事件の細かいことなので省略する。私にはあまり説得力のない講演であった。第一、総連のビルが大使館の役目を果たしているから守らねばならないなどというのは詭弁である。問題は、緒方氏が現職の時から朝鮮総連や北朝鮮と接触があったかどうかである。

検察の調べは相当きつかったようである。先輩に対して、呼びつけにしたり、お前呼ばわりしたという。公安調査庁長官という要職を務めた人物が、朝鮮総連とビジネスの関係を持ち、違法行為を行ったことに対する怒りだったのかもしれない。率直に言って、私は今日の話を聞いても、緒方氏の今の立場を気の毒とは思うが、彼を擁護することはできない。破壊活動防止法の対象団体と公安調査庁長官経験者がビジネスを行うというのは許されない。

この後、病院に赴き、父を見舞う。熱は下がったようだが、まだまだ回復したとは言えない状況である。私が帰るのを嫌がるのが大変つらい。

帰宅後は、同志より贈られた「台湾歌壇」を取り上げたNHKのドキュメント番組のDVDを見る。

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2009年7月29日 (水)

千駄木庵日乗七月二十八日

朝、父の様子がおかしい。手が震えているし、熱もある。介護の方と一緒にタクシーで病院へ連れて行く。医師の診察の結果、体温が三十九度以上あり、すぐ入院ということになる。入院手続きを済ませ、いったん帰宅。

入院生活に必要なものを取りそろえ、再び、病院に赴く。医師から詳しい病状を聞く。丁寧に説明して下さり、一週間以上は入院が必要とのことであった。そしてしばらく父に付き添う。九十歳の父には、入院生活は大変な苦痛であり、本当に心配だが、私が代ってあげる事も出来ない。父の手を握りしめつつ、回復を祈る。

夕刻、帰宅。

帰宅後は、資料の整理など。

          ○

本日、きわめて親しく、そして信頼している同志に次のようなメールを出しました。

「メール有り難く拝読しました。

大川隆法の『明治天皇、昭和天皇の霊言』という近著はまだ読んでおりません。

異常者のたわ言と断じて良いと思います。

大分前に『谷口雅春の霊言』というのを読みましたが、谷口先生の語調、言葉の調べとは全く違っていました。もちろん、その内容たるやも谷口先生の思想とは全く深みが違うお粗末なものでした。

こんな男を生き仏と信じている人がいるというのが不思議でなりません。

まともに相手にすべきではないと思います。

しかし、今の日本国民には愚か者が多いので、たわ言に騙さされる人も出ると思います。

さてどうしたものか、思案中であります。」

         

素晴らしい精神伝統を継承して来ているわが日本に、全く低劣にして狂気じみた宗教がはやるということが、私には理解できない。それだけ現代人が大きな不安を抱えているということであろう。愈々以て精神復興の運動を強く進めねばならない。

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2009年7月28日 (火)

千駄木庵日乗七月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

お昼は知人と懇談。西南戦争特に警視庁抜刀隊・川路大警視のことなどが話題となる。川路大警視は本当に西郷隆盛暗殺命令を下したのかどうか、今でも真相は分からない。「視察せよ」を「刺殺せよ」と聞き違えたなどと言われているが、あり得ない話である。警視庁密偵は全員、鹿児島県警の拷問に耐えかねて、「暗殺を目的として鹿児島に来た」と自白したと伝えられる。川路大警視はその手記に「西郷先生が兵を従えて上京して来たら、鉾をさかしまにしてこれを迎えるべきに、かえってこれを討ち取ることが西郷先生の恩に報いる道である」と書いているという。鹿児島県士族として同じく警視庁に勤務し、同じ久松警察署で同僚であった者同士が、田原坂で相見え、戦わねばならなかったということもあったという。ともかく、歴史の悲劇であった。

午後は諸雑務。

午後五時半より、九段会館にて、「倉林和男さんを偲ぶ会」開催。

倉林和男先生は、昭和五七年に空将補として自衛隊を退官した後、「英霊にこたえる会」事務局長・運営委員長として靖国の英霊慰霊顕彰活動を行うと共に、「東京裁判史観」「南京事件問題」「百人斬り事件」の是正・市ヶ谷記念館設立運動などに挺身して来られたが、本年六月十九日、八十二歳で逝去された。

「偲ぶ会」は、冨田定幸氏の司会で進められた。黙祷の後、堀江正夫「英霊にこたえる会」名誉会長(元参院議員)が発起人を代表して挨拶した。森田次夫副会長(元参院議員)の音頭で献杯が行われた。佐藤博志・中村信一郎・郷田豊・大原康男・水島総・外薗健一朗の各氏が追悼の言葉を述べた。全員で「同期の桜」を合唱し、次女の倉林晶子さんが遺族を代表して謝辞を述べた。

倉林和男先生は、私も参加している「時局戦略懇話会」の中心メンバーのお一人であられた。思い出は数々あるが、今でも忘れられない思い出がある。靖国神社のことで、倉林先生のお供で当時の新進党本部に要請文を提出に行った時、応対に出た国会議員が、倉林先生が起立して両手で要請文を渡したのに、その議員は座ったまま片手で受け取った。倉林先生はじっと我慢をされた。しかし小生はこの無礼を断じて許せなかったので、大音声を張り上げで「無礼者。何だ、その態度は。立って両手で受け取れ」と一喝した。その議員は一応の陳謝に及んだ。

倉林先生は、自衛隊高官として、指揮をとっておられたので、運動の進め方が緻密にして整然としていた。晩年、癌と闘いながら、懸命に護国英霊慰霊顕彰運動に尽くされた。そして、後継者体制を整えられた。かと言って自衛隊高官であったことを鼻にかける態度は微塵もなく、打ち解けてお話の出来る方であった。私の父も自衛隊に勤務していたので。親近感を抱かせていただいた。また、酒豪であられたが酒に呑まれるということも決してなかった。心よりご冥福を祈らせていただきます。

民主党政権になって、靖国の英霊を冒瀆するような政策をとったら、断固として膺懲しなければならない。

帰宅後は、資料の整理。

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2009年7月27日 (月)

千駄木庵日乗七月二十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、父の容態に変化があり、病院に赴く。医師の適切な処置により小康を取り戻し、帰宅。

帰宅後は、資料の整理。未整理の資料が多く、大変です。

         ○

暑い一日でした。本格的な夏の到来といった感じでした。父母の体が弱らないように注意しなければなりません。炎天下父をタクシーに乗せて、病院に連れて行く時は本当に心配でした。

父母は、大正生まれで、父は大陸において軍人として戦い、母は銃後にあって、東京にて空襲を経験しました。戦後は三人の子供を生み、育て、今日まで生きて来たわけです。多くの日本人とくに大正生まれの人々は同じような体験をして来たと思います。戦中・戦後の激動期を生き抜き、私たち兄弟を育ててくれた両親に、感謝せずには居られません。

今、精神力・体力が弱り、一日一日を病と老いと戦いながら生きている父母に、何とか苦痛少なく、そして一日でも長生きしていただきたいというのが、私の念願であります。

ここ数年、父母のお世話をするようになって、父母との精神的結びつきが、とても強くなったように思います。両親が私を頼りにして生きている以上、何としても息子としての役目は果たさねばならないと思っております。

          ○

最近寄贈して頂いた書籍を記します。

郡順史氏著 「士、意気に感ず」 春陽堂書店 著者より

高乗正臣氏編 「憲法研究」第四一号 憲法学会 編者より

高乗智之氏著 「憲法と教育権の法理」 成文堂 著者より

寄贈して頂いた方々に衷心より御礼感謝申し上げます。

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2009年7月26日 (日)

千駄木庵日乗一月二十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、皇居東御苑にある三の丸尚蔵館にて開催中の「御成婚五十年・御即位20年記念特別展「両陛下-想い出と絆の品々」を拝観。

この展覧会は、「この春,天皇皇后両陛下は,御成婚五十年の記念すべき日を迎えられました。さらに今年は天皇陛下御即位二十年のお祝いの年にも当たります。この二重のお慶びに際し,当館では,常に国や人々に心を寄せて歩まれてきた両陛下の御様子を,テーマごとに5期にわたって御紹介します。」(案内書)との趣旨で開催された。今日は第一期が開催中で、日本国民が歓喜に沸く中で昭和三十四年四月十日に行われた両陛下の御成婚をテーマしている。

御成婚の時の「朝見の儀」「供膳の儀」の御膳、両陛下の御幼少の頃のお写真やご使用になった教科書、天皇陛下お着袴の御服、香淳皇后さまがお祝いに描かれた「白樺と浅間山」と題する絵画、御成婚記念ボンボニエール(フランス語でキャンディーなどの砂糖菓子を入れる小箱のこと)、オランダ女王・デンマーク国王・アメリカ大統領・ソ連最高会議議長など各国元首から贈られたお祝いの品などが展示されていた。

日本国の君主であらせられ、祭祀主であらせられる天皇陛下そして皇室のご存在があってこそ、日本国は安定と平和が保たれるのである。今日の日本は醜い権力闘争が繰り広げられている。夢も希望もない亡国の淵に立たされているかの如き状況である。しかし、本日、皇居に行かせていただき、日本の傳統の体現者であらせられる天皇・皇室に関わる優美なる品々を拝見し、心洗われる思いがした。天皇・皇室がおわします限り日本国は安泰であると実感した。

尚蔵館隣の売店にて、この特別展の目録を購入した。この売店に働く方々は、とても親切で礼儀正しい。

天皇を君主・祭祀主と仰ぐ日本國體の永遠の隆昌を祈念し、大手門より皇居を辞した。

そこで一句。

「炎天下 皇居の森の 風涼し」

夕刻、地元の方々と懇談。

帰宅後、資料の整理。

            ○

ソ連のヴロシーロフ最高会議議長からのお祝いの品が展示されているのを見て、宮内庁総務課長をしておられた大野健雄先生がその著書で、「昭和天皇がソ連の最高会議議長に祝電を送られたことについて、赤尾敏氏が抗議に来た時、『ソ連からも皇室の慶事がある時は祝電が来るので、その返礼です』と説明したら、納得してくれた。」と書かれていたのを思い出した。大野先生にも、赤尾先生にも、お目にかかり、ご指導をいただいたこともある。

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2009年7月25日 (土)

千駄木庵日乗七月二十四日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、ある声楽家の方と懇談。近々渡米して、文化交流イベンに参加され、「萬葉集」などの和歌を歌うとのことなので、色々懇談。

その後は、資料の整理など。

小沢一郎は、東京十二区からの出馬はしない事となった。小沢氏は記者会見で、「公明党と選挙後に連携するというようなことは考えていません」と言った。しかし、鳩山由紀夫民主党代表は、「(小沢氏が東京十二区で出馬すれば)公明党さんとの関係は相当決定的なものになっていっただろう」と言った。

どちらが民主党の本音かというと、鳩山氏の発言であることは言うまでもない。小沢氏が、自らの国替えを見送った背景には、政権獲得後、公明党との連携する可能性があるからである。太田代表との全面対決は、創価学会との全面対決である。民主党はそれを避けたのだ。民主党は以前、公明党を離党した参院議員が民主党に入りたいというのを拒絶した。もともと創価学会を完全に敵に回すことは避けて来たのだ。今回も、水面下で何らかの話が進んでいると見るべきだ。

民主党は、これまで創価学会公明党の政教一致・独善体質を追及して来た。先日も書いたが、民主党の創価学会攻撃は、自民党と連立を組んでいるということが理由だったということである。「信教の自由を守る」とか「政教一致をやめさせる」というようなことは全く考えていないのだ。これが民主党という政党の体質である。総選挙後、民主党の創価学会攻撃は沙汰やみになるであろう。

公明党の最大の目的は、創価学会・池田大作を守ることにある。そのためには、政権与党であり続けねばならない。政権政党の座から転落した自民党とくっついているはずがない。民主党とくっつく可能性は高い。

民主党も創価学会公明党も、政治理念とか、国策とか、政治信条などは二の次なのである。総選挙後、旧社会党、小沢一郎一派、創価学会という勢力が手を結ぶ政権ができる危険がある。

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2009年7月24日 (金)

千駄木庵日乗一月二十三日

午前は、医師の往診があり、父母に付き添う。

その後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昼は、知人と懇談。

午後からは、「政界往来」の連載原稿執筆・完成・送付。

       ○

重大なことなので、昨日の憲法論の続きを書かせていただく。

皇位継承は國家と皇室の最も大事な事柄である。権力機構としての國家ではなく、信仰共同體・祭祀國家日本の根本問題である。権力機関たる行政府や立法府で方向性を決めてしまうべきではない。

皇位継承など皇室に関わる重大事は、神代以来のわが國の傳統を遵守しなければならない。天皇は、神代以来の傳統の継承者・體現者であらせられる。天皇陛下の大御心に帰一すべきである。天皇の大御心は絶対に「恣意」ではない。

祭政一致のわが國の傳統においては、天皇の仰せごとは即ち神のご意志であり、民が守らなければならない「法」なのである。天皇の上に「法」があるなどといふことは絶対にあり得ないしあってはならない。天皇の仰せごとを「おほみことのり」と申し上げる。天皇の大御心は、日本国における最高の「のり」即ち「最高の法」なのである。

天皇國日本の「法」の尊厳性は、「みことのり」「天皇の仰せごと」といふところにある。天皇國日本においては憲法を含め全ての「法」の正統性は、天皇の神聖権威によるのである。

また、天皇の正統性は憲法によるのではない。現御神日本天皇以上の権威は日本には存在しない。皇位継承など皇室に関することは、國家の権力機構である立法府・行政府で決めるべきではなく、最終的には、天皇陛下の「大御心」に遵うべきである。

『承詔必謹』が日本國民の道義精神の根幹である。天皇國日本存立および日本國民の倫理精神の基本は、天皇の「御稜威」と國民の「尊皇精神」である。神聖君主・日本天皇の「大御心」に対し、臣下國民が「清らけき心」「明けき心」で随順し奉ることが、日本國體の基礎であり、日本國民の倫理精神の根幹である。

旧『皇室典範』は、明治天皇が裁定され、制定された。即ち勅定である。議會や政府が定めたのではない。皇室に関わることは、輔弼の臣の節度ある建言は許されるとしても、すべて「大御心」を根幹にすべきである。「一切は大御心のまにまに」が、臣下國民のあるべき姿勢である。

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2009年7月23日 (木)

千駄木庵日乗七月二十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、永田町の衆議院第一議員会館にて、「新しい憲法をつくる研究會」開催。慶野義雄平成国際大学教授が「明治立憲体制と憲法改正」と題して講演し、

「明治憲法の方が今の憲法よりも自由主義的なところがあった。これは今後の改憲に生かせる。明治憲法はプロシア憲法の模倣ではなく、イギリスの不文法に似ている。井上毅は、憲法に『天皇主権』と書くことを頑なに拒んだ。明治憲法にも義務規定は『納税』と『兵役』しかない。近代憲法はもともと国民の権利を保障するために作られた。統帥権の独立とは、政権政党が軍を私兵化することがあってはならないということ。軍の忠誠の対象は、國の象徴である天皇。ただ統帥権という言葉を使って一部の人が軍を私物化した。

『皇室典範』は皇室の家法ではない。公中の公である。法律は元首による認定があって法律としての効力を持つ。法律は議会を通過しただけでは効力を持たない。元首が認定し公布すれば法は効力を持つ。『日本国憲法は無効』ということになると、戦後裁判所が下した法律はすべて無効となる。しかし『日本国憲法』がGHQの押し付けであることは事実。元首が認定して憲法を無効にしたら、天皇を傷つける。今になって憲法無効決議が出来るわけがない。『現行憲法』は手続的には無効であることは否定できない。

西洋先進国の憲法の長所を生かし日本の國柄を研究し尽くし外国人法律顧問の意見を十分聴取したうえ、日本人の叡智を結集した『明治憲法』の長所は、憲法改正に生かされるべきである。

わが国の憲法は君主と人民の対立を前提としていない。国家を人為的に作られたもの、権力支配機関とは考えない。日本国は自ずからなる共同体である。第一章は政治を超越した國體に関する規定であり、権力作用を規定した第二章以下とは性格が異なる。天皇を国家の表現人、象徴ととらえるから日本の憲法は天皇条項から始まる。

『帝國憲法』第一条は、『大日本帝国は萬世一系の天皇之を統治す』とある。天皇の章であるにもかかわらず、主語が大日本帝国になっている。第一条の『統治』と第四条の『統治』とは意味が異なる。第一条の『統治』とは、シラスの意で、人々の心服が集まって来るという意。天皇の本質を述べることがそのまま国家の定義になっている。わが國は天皇と共に自然にある国であり、憲法に規定して初めて国家になったわけではない。天皇について述べることがそのまま日本国の定義になっている。

『帝國憲法』は、天皇が権力者ということを想定していない。『統治権の総攬』の総攬とは、馬の手綱を束ねて握る意。分掌された権力が自然に天皇に収斂されるという意。権力を一手に握りしめるという意味ではない。しかも、『此の憲法の条規に依り之を行ふ』とある。独裁君主とは全然異なる。

『主権』の定義はあいまい。国王主権・国民主権は共の擬制にすぎない。井上毅が憲法に『主権』という言葉を使わなかったのは極めて正しい。天皇に日本国の全体像が表現される。

『皇室典範』は近代国家の法典である。皇位継承が君主の恣意(大御心)ではなく、客観的な法に基づいて形式合理的、没主観的(ウェーバーの所謂合法的支配、近代官僚制の意味、法の執行者及び対象が誰であっても全く同様に…)に行われることが大前提であり、その条件の中で、先例、傳統、(皇祖皇宗の遺訓)を最大限に織り込むのである。

近代的、立憲的皇位継承法の第一条件は、特定の方に継承させるために立法しない(そうでなければ、専制または内乱になる。わが国でも皇位継承争いを巡る国家分裂の危機は何度もあった)事であり、最近の女帝論はすべて、立憲政治そのものを否定する類のものである。

保守派を含め、今上陛下の大御心を詮索するなどというのも立憲主義、法治主義そのものを否定する議論である。近代合理主義、法治主義と皇祖皇宗の遺訓、皇祖皇宗の統治の洪範(注・手本となるような大法。模範)とをつなぐ鎖の輪が古来の天皇統治を表すシラスの観念であった」と述べた。

この後、質疑応答、意見発表。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究會」開催。小生が、大伴家持の吉野讃歌などを講義。

帰宅後は、諸雑務。

          ○

慶野先生の憲法論は大変勉強になった。天皇統治の御本質、『大日本帝国憲法』についてのご主張は正しい。しかし、「法律は元首による認定があって法律としての効力を持つから、『現行占領憲法』は有効である」とのご主張については、疑問がある。『現行憲法』制定当時、天皇の国家統治の大権は、マッカーサーの「隷属下」にあったからである。

また、「皇位継承が君主の恣意(大御心)ではなく、客観的な法に基づいて形式合理的、没主観的(ウェーバーの所謂合法的支配、近代官僚制の意味、法の執行者及び対象が誰であっても全く同様に…)に行われることが大前提」というご主張にも疑問がある。

天皇の大御心とは、決して「恣意」即ち「勝手気ままな考え」ではない。祭り主としての神聖なるご意志である。「みことのり」である。日本国の最高の「法」である。臣民は天皇の大御心即ち「みことのり」には絶対服さなければならない。それは日本國體の根幹であり、日本国の法治精神である。「天皇の大御心」を、「近代合理主義、法治主義、ウェーバーの所謂合法的支配」なるものよりも下位に置いたり、その条件下に置くことはできない。このことは機会を改めて詳しく論じてみたい。

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2009年7月22日 (水)

千駄木庵日乗七月二十一日

朝、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

この後、父が診療を受けている病院に赴き、医師に色々お話を伺う。誠意ある詳細な説明を受け、疑問は氷解した。

午後は、諸雑務。

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、「國體政治研究會」開催。小生が司会。田尾憲男氏(神道政治連盟主席政策委員)が「祭祀の精神と国家の統治-葦津珍彦先生生誕百年にちなんでー」と題して講演し、

「葦津先生は平成四年に逝去された。神道家として且つ戦闘的ジャーナリストとして大きな足跡を残された。私は人生の半分を先生と共に行動した。葦津先生は箱崎宮の社家に生まれた。戦後は神社本庁の設立、『神社新報』の発刊に努力された。神道の社会的防衛者と自ら任じておられた。

宮沢憲法学の解釈で、戦後の『天皇制』は主権者たる国民が新たに創設したという革命説が横行した。こうした考えを打破し、天皇は歴史的ご存在であることを確認するために、『建国記念日制定』に努力された。

葦津先生は『自分が先生と言えるのは頭山満先生一人のみ』と言っていた。また『変説は良いが、変節は良くない』と言っておられた。学説は変わらなければ学問の進歩はない。節操・節義・人間の踏み行うべき道は変えてはならないということ。

日本神道は日本国民の宗教であり、その祭主が天皇である。天皇の精神的権威は祭祀なくしてあり得ず、天皇の祭祀とは国家統治者としての祭祀である。『國平かにして民安かれ』というのが、天皇のお祈り。経世済民が政治の目的。祭祀の目的と一致している。政治はきれい事では済まない。また人間は生きている限り欲望がある。一方、人間にはアカキキヨキ心、マコトの心への憧れがある。人間はこの二つの間を揺れ動く存在。そこで穢れを祓い清める禊と祭りを行う。

『憲法』第四条の『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない』という規定と、第六条の『 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する 』という規定は矛盾する。第四条の規定をなくすべし。天皇に国家統治の権能があるから、総理大臣・最高裁長官任命する権能がある。天皇が統治権の総攬者であるというのが日本國體。現行憲法は可能な限り『大日本帝国憲法』に則って解釈すべし。

天皇・皇族は政治的に中立でなければならない。国民の間で賛成・不賛成の対立がある問題に、関与なさらないのが大事。東京五輪開催を、皇室に頼るのは石原氏に力がないことを表明している。」と語った。

この後、講師の田尾先生を囲んで懇談。

帰宅後は、明日の「萬葉古代史研究會」における講義の準備。

         ○

葦津珍彦先生には、小生も大変お世話になり、且つ、色々ご指導をいただいた。先生の「近代民主主義の終末」「大アジア主義の頭山満」「永遠の維新者―西郷隆盛」などの御著作は、本当に勉強になった。大変おこがましい言い方だが、國體論、アジア維新論、明治第二維新論に関する私の様々の論文は、葦津先生のこの三冊で学んだことが骨子になっていると言っても過言ではない。

初代警視総監川路利良が大恩のある西郷隆盛を死地に追いやったということは、「永遠の維新者」と司馬遼太郎氏の「翔ぶが如く」で学んだ。川路利良像を警察学校から撤去するようにという要望書を警視総監に提出した時、御手紙でお褒めのお言葉をいただくと共に、出処進退に注意するようにの御忠告もいただいた。有り難くも懐かしい思い出である。

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2009年7月21日 (火)

千駄木庵日乗七月二十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は水曜日の「萬葉会」における講義の準備など。

午後四時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「儒教と並ぶ大きな思想の潮流が道家・道教。儒教・道教の『教』とは偉い人の教という意味。『宗教』とは異なる。儒・佛・道が中国の思想の大きな三極。仏教は後漢時代以後に入って来た。根っこの部分で道教と儒教には対立関係はない。道教は『聖』に属し、儒教は『俗』に属する。誰かを美しいと言った瞬間、美しくない人を作ってしまう。儒教は体制の中に取り込まれて形骸化してしまう。そこで本当に大切なものは何かを考えようということで、道教が生まれた。

老子は『道』が大切と言い、孔子は『仁』が大切だと言った。いかに生きるべきかの問題。『仁』とは優しさ。孔子は本当の意味で『仁』を体現できる人はいないと思っていた。しかし、たった一日ぐらいなら、『仁』を実行できる人はいるだろうと考えていた。厳しい現実認識と、人間への信頼が孔子にはあった。自民党政治・官僚政治とはまさにそれ。白黒はあるがグレーでバランスをとる。孔子の考え方と似ている。

孔子の考え方で必ずうまくいくとは言えない。腐敗が起る。二大政党で全てが解決するというのも間違え。二大政党制の民主国家は米英のみ。意見調整して白黒の決着をつけない国が欧州に多い。可不可ではなく、その間にあるものを探しなさいということ。これは、性善説を前提とするシステム。官僚腐敗・制度疲労を起こす。しかし、性悪説を前提とするシステム、白黒、可不可の決着をつけるシステムは、人間にとってしんどい。一人一人が出来る範囲のことをやれば、トータルとして良くなるというのが儒教の考え方。」と語った。

この後、近くの飲食店にて暑気払い。

帰宅後も、萬葉集講義の準備。

           ○

私は何が何でも政権交代に反対しているわけではない。しかし民主党内の小沢一郎一派と旧社会党勢力が権力を掌握することは絶対に反対である。小沢一派は、改革を標榜し、正義の味方面をしているが、その実態は旧態依然たる利権政治集団なのだ。土建屋やマルチ商法と結託している偽善者・悪党共なのだ。旧社会党勢力は言うまでもなく、戦後日本を悪くしてきた元凶である。

今日の「朝日新聞」によると、小沢一郎は、「国替え」をしない理由として、「将来公明党と連携する可能性がある」言ったという。この一事を以てしても小沢一郎が悪党であるかが分かる。石井一や平野貞夫などの小沢一郎の子分たちの公明党・創価学会攻撃、自公連立批判は、わが国の「信教の自由」を守るためではないのである。自民党と連立を組んでいるから攻撃するということなのだ。そもそも創価学会目公明党を政権与党に最初に引き込んだのは、小沢一郎である。

私は、民主党がたとえ勝っても単独過半数に達しないで、政界再編が起こると思っていたが、今の情勢では、民主党が単独過半数をとる可能性が高い。そうなると四年間は解散を行われず、民主党政治が続く。公明党創価学会も小沢に靡く可能性が高い。つまり、小沢金権腐敗政治・旧社会党・創価学会が日本国を牛耳ることになる。保守・民族派内にもある「一度民主党にやらせてみたらどうか」という考え方がいかに危険かは火を見るよりも明らかである。

しかし、民主党内部の正義の士がいる。土屋敬之都議会議員から届いたメールを転載させていただく。

「我が民主党の鳩山代表が、沖縄で、民主単独ではない場合、国民新党、社民党と政権を担うと発言した。
国民新党は別にして、「あの」社会党の残党「社民党」と何故、連立を組まなければならないのか。
社会党と言えば、成田闘争を思い出す。安保条約にも反対、自衛隊も違憲。「自衛隊は人殺し」と叫ぶ。原子力発電所にも反対。国旗、国歌にはもちろん反対。昭和陛下崩御の際の式典にも冷ややかな態度。
侵略戦争史観。偏向教育を扇動。

単なる数あわせで連立を組むとするのなら、「国益に反してこんな階級政党と組むのか」「民主党も同じ考えか」「党利党略だ」と批判が来るのは当然。

そもそも、輿石東参議院議員会長などは、出身の日教組大会に出席。「教員の政治的中立はありえない」とついに「本音」を吐いた。明らかに法規に反した発言であるし、今までの日教組を中心とする偏向教育を認めた発言と認識出来る。私は早速、「悪辣な発言」と抗議電報を打電した。

政権が目前になって、衣の下から鎧とはこのことだ。社民党は「拉致はなかった」といい続けた政党だ。北朝鮮労働党とは「友党」
そう言えば、鳩山代表の背広の胸から、拉致の記章が消えている。何故か?

私は、知事に誤りがあれば指摘をする。同時に、同じ党であっても、間違いは間違い。こんな政権を国民の誰も望んでいない。

卒業式での国歌の斉唱も出来なくなる。

今、大切なのは、国家を機軸とした「平成維新」構想だ。それを、この国を否定するネットを含めた「左翼反動」とは推進出来ない。

政権交代と言う、四文字熟語は誰が考えたかアピールはする。しかし、選挙はビールの宣伝合戦ではない。
政策で戦う民主党ではなかったのか?
市民が主役の政党ではなかったのか?

であるなら、社民党の本当の考え方、ネットの家族崩壊の造語、ジェンダーフリーが各地で問題になり、週刊誌まで取り上げ、都議会でも問題化し、このうような思想は排除されるに至った経緯をつまびらかに「市民」に明らかにして欲しい。

多くの市民は、その実態を知らない。
だから、四文字熟語を真実と信じてしまう。

ところが、そのグループには天皇制を否定し、偏向教育を推進すべしと言う議員がいて、更に連携相手は、若者風に表現すれば「トンデモ政党」であるなんてほとんどの有権者は知らない。

党幹部に訴える。国民をごまかしていいものか。党利党略と国益どちらが大切か?

革命は静かにやって来る。」

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2009年7月20日 (月)

千駄木庵日乗七月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して書状執筆・資料の整理そして水曜日の「萬葉古代史研究會」における講義の準備。

          ○

障害者団体向け割引制度が悪用された郵便不正事件で、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長、村木厚子さんが逮捕されてから一カ月以上経過した。この事件にはかねてから、政治家が関与していると言われ、実際に何人かの民主党議員名前が取りざたされていた。しかるに、今に至るまで政治家が逮捕されていない。中央官庁の局長までのぼりつめた女性が、政治家の圧力を受けもしないのに、法律違反になることを実行するはずがない。

メディアは何故このことを指摘しないのか。検察当局は、何故動かないのか。このままで終わってしまうのでは、女性局長があまりにも気の毒である。

今日、資料を整理して、関連記事を読み、つくづくそう思った。まさか「国策捜査だ」と言われるのが怖くて手が出せないのか。前原誠司民主党副代表は小沢の秘書が逮捕された時、「国策捜査だなどと言うべきできない。民主党が政権を取ったら同じことをやると思われる」という意味のことを言っていた。正論である。果たして民主党政権が誕生したら、「国策捜査」あるいは「国策不捜査」が行われるのだろうか。ともかく悪い奴らは片っ端から逮捕すべきである。

東京十二区に小沢は立たないようである。選挙のプロの小沢は、勝ち目はないと思ったのだろうか。ならば矢野絢也氏に立ってもらったらどうであろうか。

民主党が権力を掌握したら、内部抗争が勃発する可能性が高い。小沢一郎らと前原誠司氏らとは水と油である。また、政策面でも、自民党以上にバラバラである。

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2009年7月19日 (日)

千駄木庵日乗七月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

その後、「政治文化情報」発送作業、完了。購読者の皆様には週明けにお届け出来ると思います。

その後、蒸し暑さの中、汗をかきつつ資料の整理など。

          ○

最近、大川隆法著「幸福実現党宣言」という本を購入した。買いたくもなかったのだが、日本國體について書かれているので、読んでおくべきと思ったのである。大川隆法の、日本國體に対する理解と認識の浅薄さに呆れかえった。その浅薄な理解に基づいて、「國體破壊」を主張しているのだが、「幸福の科学」の妄信者は別として、まともな人々は、大川の「大統領制論」を肯定する人はいないと思う。

『現行占領憲法』の「国民の総意」についての解釈も全くお話にならない幼稚なものである。また『現行憲法』をまともに読めば、天皇が日本国の元首であらせられるのこと明白であるのに、それを否定している。反論してやろうと意気込んで購入したのだが、そんな気力も失せてしまうくらいひどいものだ。

このような人物が、「最高神・至高神たるエルカンターレとやらの地上における下生」「仏陀の再誕」「国師」と称すること自体「お笑いの世界」である。大川隆法は、わが国の國體・文化・歴史そして憲法に関する基本的理解が欠けているのである。大川は、まず以て最近刊行された小林よしのり氏著「天皇論」を読むべきである。そうすれば、彼自身の日本國體に関する認識が少しは深まるであろう。しかし、自分が日本国の独裁者になろうとしている逆賊にそんなことを望んでも無理であろう。そういえば、皇位を狙ったとされる僧道鏡も「国師」と称していたと記憶する。

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2009年7月18日 (土)

千駄木庵日乗七月十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後三時より、衆議院第二議員会館にて、「日本再生同志の会選対会議」開催。当面する諸課題について討議。八月初旬、関西方面に遊説をすることとなった。小生も父母の介護の問題が解決すれば一日二日参加する予定。

帰途同志数人と懇談。

帰宅後は「政治文化情報」発送準備など。

        ○

麻生総理退陣を追い込もうという「両院議員総会」開催の動きが不発に終わった。旗振り役が、中川秀直氏と武部勤氏ではそうなるのは当たり前。この二人には清新さもなく、色々ダーティーなイメージもあり、麻生氏にとって代わるリーダーとはなり得ない。自民党はこれまで危機を党内における政権交代で乗り切ってきた歴史があるが、今回はうまくいかなかった。

「攻撃は最大の防御なり」という言葉があるが、自民党は党内抗争をするよりも鳩山氏・小沢氏の政治献金問題など材料はあるのだから民主党攻撃を強めるべきであった。

田中康夫参院議員は公明党の冬柴鉄三・前幹事長が地元である兵庫八区から出馬することを決めた。どういう結果になるがお楽しみであるが、小沢一郎氏も太田昭宏公明党代表の地元である東京十二区から立てばいいのである。私は返り討ちにあう可能性が高いと思う。

民主党が衆院選で単独過半数を取ったら、日本丸はどうなるか。民主党が国家基本問題で正しい姿勢に転換しない限り、昨日書いた如く亡国への道を歩み始めると思う。

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2009年7月17日 (金)

千駄木庵日乗七月十六日

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が「萬葉集」巻十六の歌を講義。

帰宅後、父が通院し且つ二回入院した病院の担当医と電話で話し合う。数日前、病院で面談し、父の今後の治療についてこの医師と話し合った際、納得のいかない応対と意見表明であったので、そのことを強く抗議した。今日の電話でも、営利至上主義的なまさに「医は算術」そのものの物言いをした。父が治療を受けているのだから、あまり揉めたくはないのだが、どうにも納得がいかないことが多い。病に苦しみ年老いた父が安心して治療を受けられるように、病院及び担当医師に対して強い態度で臨んでいきたいと思う。来週面解してもう一回話し合う予定。場合によっては厚生労働省など関係官庁などと相談したいと思っている。

その後は、「政治文化情報」発送準備。

          ○

今日講義した歌は大伴家持の次の歌です。

「石麻呂(いはまろ)に 吾物申す 夏痩に よしといふものぞ 鰻取り食(め)せ 」(三八五三)

(石麻呂に私はもの申す。夏痩せを防ぐのに良いというものだというぞ。鰻を取って食べなさい、という意)

「痩す痩すも 生けらば在らむを はたやはた 鰻を捕ると 川に流るな 」(三八五四) 

(いくら痩せていても、痩せていても、命あってのものだねです。もしかして、鰻を取ろうとして川で流されるようなことがないようにしなさいよ、という意)

大伴家持という大歌人にして位人臣を極めたと言っていい貴族がこのようなユーモアのある歌を詠んだのです。しかも「萬葉集」にこういう面白い歌が収録されたのです。「萬葉集」の偉大さだと私は思います。また、今からに約二千年前にも、鰻が食されており、しかも夏瘦に良いと言われていたということも大変面白いことです。現代とあまり変わりません。ただし蒲焼ではなかったようです。

「萬葉集」を読みますと、日本古代社会がどういう社会であったかということも具体的に理解することか出来ます。

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2009年7月16日 (木)

千駄木庵日乗七月十五日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、三田で開かれた会合でスピーチ。

帰宅後は、明日の「萬葉会」における講義の準備。資料の整理。書状執筆など。

           ○

今日の会合で、民主党政権について話題になった。蜷川正大二十一世紀書院代表は、「民主党が政権を握ったら、①外国人・地方参政権付与②いわゆる「従軍慰安婦問題」での謝罪と補償、③靖国神社に代わる慰霊施設建設。が実現するであろう。『国旗・国歌法案』に民主党の三分の二の所属議員が反対した。民主党大会に国旗が掲揚されない。」と語った。全くその通りである。

さらに言えば、戦後教育の荒廃と偏向の元凶たる日教組は民主党の有力支援組織である。また前にも記したが、昨年1016日に、超党派で設立された『天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟』(会長 森喜朗元総理大臣)に、民主党議員は衆議院では一一三名中三十八名、参議院では一〇九名中二十三名しか加盟していない。皇室尊崇の心が全く希薄なのである。   

こんな政党に政権を取らせてはならない。民主党に政権を取らせることは危険この上もないことである。私は自民党政権を擁護するためにこんなことを言っているのではない。民主党が政権を握ったら祖国は亡国への道を歩むと言っているのである。民主党政権になったら、徹頭徹尾その反日姿勢・亡国姿勢を批判し糾弾しなければならない。

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2009年7月15日 (水)

千駄木庵日乗七月十四日

午前は父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

午後は上野公園の東京国立博物館平成館で今日から開催された「伊勢神宮と神々の美術」展参観。「遷宮を記念し、伊勢神宮の神宝をはじめ、『古事記』『日本書紀』などの古文書や、考古遺物、絵画、彫刻、工芸品から伊勢神宮の歴史と信仰、式年遷宮の様子、さらに遷宮による工芸の伝統技術の継承などをたどります。また、歴史と伝統に育まれた神道美術に光を当て、近年注目されている神像彫刻や神宮以外の神社の古神宝など、日本古来の宗教美術の精華を紹介します。」(案内書)という趣旨で開催された。

『古事記』・『日本書紀』・『斎宮(さいくう)の出土品』・『伊勢参詣曼荼羅』・『遷宮記』・『神宝図』・神宮の宮域内より出土した『古神宝』・式年遷宮ごとに調進される『御装束神宝』・『神像』などを拝観。

伊勢の神宮の神宝は、式年遷宮ごとに造られ、旧神殿の神宝は神殿と共によそに移される慣わしになっていた。普通の感覚では何とも勿体ないことなのだが、永遠に新しい命の再生という御遷宮の意義に基づく伝統である。従って、神宝は寺院などの宝物と比較すると数が少ない。明治以後技術継承のために保存されるようになった。この展覧会では、昭和期の三度の遷宮で調進された神宝が展示されていた。まことに見事な装飾の太刀・御衣であった。

昭和四年に調進された「赤紫綾御蓋」(新しき神殿にお遷りになるご神体にさす蓋)はまことに美しいものであった。

柿本人麿の

ひさかたの 天ゆく月を 網に刺し わが大君は 蓋(きぬがさ)せり

という歌を想起した。「遠い天空にかかる月を網にとらえ、わが大君は笠にした」という意。天皇の神聖なる権威は天の輝く満月を網でとらえて笠にしてという雄大なる歌である。

およそ二千年前と伝わる神宮の創建や歴史を勉強する事が出来た。仏教寺院・将軍家・大名家は数多くの宝を蓄えたが、日本の神社の中心である伊勢の皇大神宮は、まことに簡素であることを実感した。何体かの神像も展示されていたが、神社神道は元来神の像を拝まないので、仏像の数とは比較にならない。

教団宗教は大きさを競うかのように堂塔伽藍の建立するが

日本傳統信仰たる神社神道は、簡素にして清らかである。天地自然と共に神はいますのであり、神を祀る「やしろ」は建てられても、きらびやかにして壮大な堂塔伽藍は本来必要ないのである。

帰宅後は、資料の整理など。

            ○

今の日本は、醜い政争・権力闘争に明け暮れている時ではない。

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2009年7月14日 (火)

千駄木庵日乗七月十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

ある知人と懇談。

午後は資料の整理。

夕刻は、私宅近くの飲食店で、五代目古今亭志ん生師の長女の美濃部美津子さんと懇談。美濃部美津子さんは、十代目金原亭馬生、三代目古今亭志ん朝は弟にあたる。業平橋のなめくじ長屋で生活していた極貧時代は、二つのコロッケを兄弟四人で分けて食べるのが何よりの御馳走だったという。その時、母親は食べなかったという。しかしそうした生活が当たり前と思っていたのて、他人をうらやむということは一切なかったという。母親は内職に忙しかったので、兄弟の面倒は皆美津子さんが見たという。

志ん朝さんが亡くなる時、目が開いたままだったので、手で閉じてあげながら『真っ直ぐおかあちゃんのところへ行くんだよ』と何回も呼び掛けたという。こういう話を面白おかしく話して下さるが、やはり涙なくして聞くことはできない。美濃部美津子さんは、落語家の娘さんだけあって、実に話がうまい。ただで聞くのはもったいないくらいの話を聞けるのは有り難いことである。

志ん朝さんは私の小学校と中学校の先輩で、同窓会で落語を披露してくれた。その頃は古今亭朝太と言っていた。古今亭志ん生さん御一家は千駄木の隣町の日暮里九丁目に住んでおられた。

夜は、水曜日の「萬葉集」講義の準備。

          ○

衆議院の解散については特に感想はありません。

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2009年7月13日 (月)

千駄木庵日乗七月十二日

未明、「政治文化情報」の原稿完成、印刷所に送付。

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

夕刻、投票所へ。

その後、小中学校の後輩と懇談。この人は、民主党所属で、政治を志している。考え方は真正保守。地元で近々荒木和博氏を招いて拉致問題の講演会を開くという。民主党本部職員に左翼が多いのは困った事と嘆いていた。クビにするわけにもいかないという。

夜は、書状執筆。その後、開票速報を見る。

         ○

各選挙区で民主党は自民党の倍の票数を取っているようである。一人区で自民が落ちたのではどうしようもない。特に中央区・千代田区は自民の牙城だった。また荒川区など自民党の票が公明党よりも少ない選挙区もある。まさに自民大敗である。しかし、すべて麻生氏の責任にするのはどうか。石原都政の評価という面もあったのではないか。また公明党が立っていない選挙区の学会票が必ずしも自民党に入っていないと思われる。

民主躍進は、共産党と自民党の票が民主に流れたのであろう。メディアは、与党が過半数割れしたと騒いでいるが、大した問題ではない。民主と共産が一緒にやることはない。結局今まであまり変わらないと思う。

真正保守の古賀俊昭・土屋たかゆき・吉田康一郎の三氏が当選したのは良かった。また、学生時代からの友人である樺山卓司氏が当選したのも良かった。文京区では教育問題に熱心な中屋文孝氏当選したのも良かった。影山正治先生の主治医の先生が落選したのは残念だった。

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2009年7月12日 (日)

千駄木庵日乗七月十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「アジア問題懇話会」開催。岡崎久彦氏が講演し、「オバマ新政権の政策がまだ出てこない。アメリカの東アジア政策は国務省の東アジア担当の次官補(アジア局長)によってずいぶん左右される。欧米の人は東アジアのことは分からないかから、専門家の言うがままになる。

戦前のルーズベルト政権のアジア局長のスタンレー・ホーンベックは『親中反日』だった。この人が極東担当ではなかったら日米戦争にならなかった。近衛さんが『満州以外の中国から手を引く』という条件でルーズベルトに会いたいと言った。ルーズベルトはOKしようとしたが、スタンレー・ホーンベックが反対した。国務省アジア局長・国防省国際局長・ホワイトハウスのアジア局長の三人がアジア政策を決める。

オバマ政権では、意外にヒラリー・クリントン国務長官が親日で、日本に気を使っている。ヒラリーは日本に最初に来た。オバマは最初に日本の総理を迎えた。日本の新聞はこのことを故意に指摘しない。オバマは『中国に関与するとは日本との間に最強のパートナーシップをつくること』と言った。アメリカの知日派の政治学者・マイケルグリーンは、『日本の政治は見通しを失っているが、日本人はロシア人のようにのんだくれることもない、中国のように暴動も起こさない』と言っている。日本との関係を正しくして中国に取り組むというのが今のオバマ政権の姿勢。

麻生氏は、選挙を出来るだけ引き延ばして、やりたいことをどんどんやってもらいたい。金正雲が金正日の後継者に決まったのは、昨年の十一月。

交流協会台北事務所の斎藤正樹代表(駐台大使)が『日本がサンフランシスコ平和条約で台湾の領有権を放棄した後、台湾の地位は未確定』と発言した。その後取り消した。法律論で世論は変わらない。台湾に独立志向があればいい。わが国政府が『わが國は台湾は放棄したが何処に所属しているとは言えない』と声明すればいい。

日米同盟が完全な同盟なら半世紀何の心配もない。中国に軍事力で追いつかれるということはあり得ない。総理が『集団的自衛権を行使できる』と一言声明すればいい。またいざとなったら、自衛隊が集団的自衛権を行使すればいい。正当防衛権は刑法で保障されている。」と語った。

また奥野誠亮元法相は、「現行憲法が生まれた時、日本は抵抗権を失っていた。無法な憲法を捨てないで来たが、日本国はいかにあるべきかを考えて、それに合うように解釈すればいい。字句通り守ることはない。民族自決は世界の常識であり原則。その原則に従って台湾問題は解決すべし」と語った。

奥野先生はこの勉強会に毎回出席される。九十六歳になられるはずであるが、実に矍鑠としておられる。耳も遠くないし、言われることも正確である。これは驚異的なことである。奥野先生のご主張も文字通り正論で、私の尊敬する政治家のお一人である。こういう政治家が今の自民党に少なくなってきた。内務官僚としては後藤田正晴氏の一期先輩であり、同じような人生を歩んでこられたが、思想的には全く異なるといっていい。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。同志多数と「幸福実現党問題」「鳩山由紀夫氏の故人献金問題」「民主党政権になったらどう対応するか」など当面する諸課題について討議。

都議会選挙が終わったら、幸福実現党の國體観についての追及が盛んになるであろう。また、司法警察当局は、民族運動団体の政治資金規正法違反には、きわめて厳しく対処するのに、鳩山由紀夫氏の故人献金問題では全く動かない。これは「法の下の平等」の原則に反するという抗議の声が高まるであろう。

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2009年7月11日 (土)

千駄木庵日乗七月十日

午前は父母お世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「月刊日本」連載の萬葉集解釈の原稿執筆・完成・送付。

夜は、「政治文化情報」次号の原稿執筆。

今日は深夜まで原稿執筆をして過ごしました。夕刻、根津にある行きつけの店で夕食をとりました。その店はさわやかな応対をしてくれるので、楽しいひと時が過ごせます。私の住む町は、安くてうまいところが多いので助かっています。

食べ物を供する店の御主人や板前さんには、変人というか少し変わった人がいます。ウマが合えばそれも結構楽しく面白いのですが、そうでないと二度行きたくなくなります。私は、自分が変人ではないためか、変人と思われる方と付き合うのが楽しいことが多いのです。 

色々な人がいますが、板前さんとお客さんとの思い出に残る会話を少し記します。ただし私の経験ではありません。そばで聞いていたのです。

「この魚は何処で獲れたの」「海」。

「このアナゴ少し火であぶって下さい」「お客さん。煮魚を焼いて食べるんですか」。

「この店は剣菱しか置いてないの」「ウチは酒屋じゃない。寿司屋」。

一番嫌なのは、お客の前で従業員を怒鳴りつけたり、いじめたりする主人や先輩格の人がいることです。食べ物がまずくなります。厳しい「教育的指導」は必要でしょうが、お客のいないところでして貰いたいと思います。

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2009年7月10日 (金)

千駄木庵日乗七月九日

午前、医師の往診があり、父母に付き添う。その後、訪問看護師と共に父母のお世話。

午後は、ある先輩の事務所訪問。長時間懇談。この方はお名前は公表出来ないが信頼できる良き先輩である。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

今日お会いした先輩と、平沼赳夫氏が、自民党を脱党しなかったならば、今頃は総理総裁になっていたであろうということを話し合った。本当にそう思うし残念である。親しく接したことはないが、今の政治家で、平沼氏が最も信頼できる国家観・歴史観を持っていると思う。また人格・人柄も尊敬できる人物であろうと思う。郵政問題で、姿勢を貫いたため、自民党を出なければならなくなったが、そういうところも一本筋が通っている証拠である。

総選挙で民主党が勝つことが既成事実のように語られているが、そうなった場合、相当日本の政治は混乱すると思う。民主党は、国防・安保・外交・教育・歴史問題という国家基本問題で正しい理念を示していないからである。政権交代を叫ぶだけで、このことには全く触れない。旧社会党系の勢力が根強く残っていることが問題である。

民主が政権を取ったら、メディアは鳩山由紀夫代表の政治資金問題や山岡荘八の娘婿や石井一氏のマルチ商法団体との関係などの問題を追及する可能性がある。メディアというのはそういうものである。持ち上げておいて後でこき下ろすのである。また、たとえ自公が勝ったとしても三分の二は獲れるはずがないから、政治が安定するということはあり得ない。

ともかく、総選挙後、政治が今以上に混乱することは目に見えている。ヘンテコな宗教が危機感を煽っているが、日本は危機にさらされていることは事実である。真正保守・維新勢力がここで日本再生への動きを示すべきである。

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2009年7月 9日 (木)

千駄木庵日乗七月八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時、地下鉄蔵前駅集合。すぐ近くの榧寺(かやでら)という珍しい名前にお寺を赴く。榧寺は浄土宗で、本尊は阿弥陀如来坐像。天正年間(一五七五年頃)から草庵が現在の地にあったが、芝増上寺中興の祖という観智国師源誉存応〈かんちこくしげんよぞんのう〉が慶長四年(一五九九)に浄土宗として開山し寺院。

このお寺の墓地に高校時代からの同志・田原康邦氏が眠っている。今年は三回忌ということで、当時からの同志原嘉陽・久保田裕己両氏と墓参に行ったのである。こういう古いお寺に墓所があるということは、田原家は江戸時代から江戸に住む家ということである。墓石に「飯倉三河屋」という屋号が刻まれていた。読経し、供花と線香を手向けた。

この後、近くで二氏と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

田原康邦氏は、生長の家高校生連盟と生長の家学生会で共に活動した。私より二年ほど後輩だった。真面目な性格で、家にもよく遊びに行った。六十歳になる前に亡くなってしまった。大学卒業後、ある新聞社に勤務していたが、生長の家の出版部である日本教文社に移り、機関誌の編集長などをしていた。人格者だったので、葬儀の時は大変多くの人々が参列した。本来なら、生長の家関係の同志相集い、三回忌を行い、田原氏を偲びたいのであるが、現在、生長の家に少しもめ事というか、異変があり、相対立する立場になってしまった人々が一堂に会するのは難しいということで、行われないようである。もっとも、田原家で行ったであろう三回忌に参列した同志がいたのかもしれない。

先日も書いたが宗教教団は日頃立派な事を言っているだけに、揉め事・内紛は実に醜いものとなる。多くの教団は、何ら一般人と変わらない人物を生き神のように崇め奉るという虚偽というか虚構の上に成り立っているのだ。馬鹿馬鹿しい限りである。宗教はもちろん人を救う働きもするが、反面、闘争・戦争・國體破壊の元凶になることもある。注意しなければならない。

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2009年7月 8日 (水)

千駄木庵日乗七月七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」の原稿執筆。

          ○

都議会議員選挙の真っ最中である。文京区は、自民・民主・共産三党が二議席を争う。区議会選挙ほどではないが、街宣車の音がかまびすしい。

この前の選挙では、鳩山邦夫氏の「お坊ちゃん」が立ったので、保守票が割れ、共産党が当選した。今回は「お坊ちゃん」は「お立ちにならなかった」ので、保守票は割れないと思うし、創価学会票は自民に行くだろうから、自民党候補は落ちることはないと思われる。

文京区は、鳩山一郎氏の選挙地盤であったので、鳩山邦夫氏が世襲議員として当選して来た。そして台東区日本堤の靴職人の息子さんである深谷隆司氏も同じ選挙区で、この二人がしのぎを削って来た。

私は、文京区の住民であるから、本来なら、鳩山氏を応援すべきなのかもしれないが、下町育ちの私は「音羽御殿のお坊ちゃん」よりも、同じ下町育ちであり、私の父と同郷の徳島出身の四宮久吉という衆院議員の後継者である深谷氏の応援をした。四宮久吉という人は、長く都議会議員をしていたが、衆院議員に二回ほど当選した。四宮氏は弁護士でもあった。事務所やご自宅に行ったことがあるが、なかなか良い人であった。

そもそも文京区では、民主党も自民党もそんなに違いはないのである。また共産党も創価学会も強い基盤がある。宮本顕治・百合子夫婦が住んでいたし、「太陽のない街」というプロレタリア小説に描かれた印刷工場が多いためか共産党が強い。また、若き日の池田大作氏が創価学会の文京支部長代理とかをやったということもあり、創価学会も強い。

そういうところに不肖・四宮正貴は六十二年間住んでいるのであります。ところで今日は七夕さまであるが、全くそんな雰囲気は感じられない。さみしいことである。

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2009年7月 7日 (火)

千駄木庵日乗七月六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。原稿執筆。

午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「『中庸』は、孔子の孫の子思子がまとめたといわれる。孟子は子思子の弟子。喜怒哀楽の感情を適当な状態に置くことを理想とする『中庸の徳』は、人間の身につけるべきものだが、なかなかできないと孔子は認識していた。賢過ぎる人も出来ないが、愚かな人にも出来ない。『中庸の徳』とはバランス。感情のコントロールは難しい。まことの心・真心・嘘偽りのない心を以て他人に接するのが大事。天命が人間の本性として宿っている。それが『仁』がそれである。『仁』を発揮することができれば人間としての本来の姿が現れる。『誠』は人間の本性の中にある。良い人間になろうというよりも、もともと良いものが与えられていると思う方がいい。『仁』とは、思いやり・優しさ。自分が困っている時、大変な時でも、他人ことを思いやる人が仁者。日頃の行いの中に『善』があるのだということに気づくのがよい。精神と行動のバランスをとる。心の中に『善』の要素がない人はいない。」と語った。

要するに孔子の教えは「性善説」なのであろう。「中庸」の心を保持するのはなかなか難しいことは、私には痛いほど分かる。感情の制御は、常に他人に対する思いやりの心を持つことによって可能となるということであろう。私は、他人に対する思いやりの心は持っている方だと自分では思う。しかし、感情が激しいことは自分でも十分に自覚している。今の世の中、外出すると、腹が立つことは一度や二度は必ずある。地下鉄に乗っても、道を歩いても、マナーを知らない人が多すぎる。それは年齢に関係ない。困ったことだ。私もその一人なのかもしれない。

そういう意味でも、「古典」と言われる道徳書・宗教書をよく読み、出来るだけ実行しなければならない。『中庸』には「喜怒哀樂の未だ發せざる、之を中と謂う。發して皆節に中る、之を和と謂う。中は、天下の大本なり。和は、天下の達道なり。」と説かれている。この言葉は生長の家の谷口雅春先生がよく引用された。

性善説を説く宗教は、生長の家がその典型である。ところが、その生長の家で、争いごと・裁判沙汰が起っている。何んとも悲しいことである。宗教団体内部の争いほど醜いものはない。また、その憎悪の激しさは尋常ではない。それは創価学会に限らない。

また、宗教団体が政治活動を行うことが、世の中を平和にするかというと決してそうではないことは、これまでの歴史が証明しているし、今日唯今そういう現象が起っている。「オウム」や「幸福の科学」の政治活動がそれである。

帰宅後も、原稿執筆。

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2009年7月 6日 (月)

千駄木庵日乗七月五日

未明、父の容態に変化がありお世話。小康を取り戻す。父のそばにいる母のことも心配である。

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理。

夜は「政治文化情報」次号の原稿執筆。

        ○

同志である藤田裕行氏より 「幸福実現党は、『革命政党』であり、保守ではまったくありません!!」と題する次のようなメールが送られて来た。

「幸福実現党は、まったく保守ではありません。『革命党』です。大川隆法は、天皇・皇室を中心とする国体を根本から否定して、『新日本国』を大川隆法の思想に基づいて建設しようという集団です。そのことは、『新・日本国憲法試案』で明白に表明されています。これは、どこからどう見ても保守ではなく、『革命政党』であります。国防を強化することは、共産主義国家でも当然のことで、そのこと自体で『保守』とは位置づけられないものです。何を護ろうとするのか!? その究極の部分が問題です。日本共産党も占領直後は、軍隊保持を訴えていた。理由は、日本が共産化できた時に、その共産党国家日本を防衛する上で、軍隊が必要と思ったからです。日本の軍隊(それは、皇軍であるべきと私は思っております。)は、国民を護ると同時に、その国体を護らなければなりません。皇国日本の国体です。万世一系の天皇を戴く国がらであります。それを、根底から否定しては、国軍は、何を護るというのでしょうか?大川隆法大統領と、幸福の科学の思想を支持する国民でしょうか? まさか?と思いますが、そのまさかの坂を真っ逆さまに天皇と皇国日本の否定へと全力で運動、活動を続けるのが幸福実現党です。およそ、保守派がこの『未来予言』(大川隆法憲法試案)を支持できるワケもないじゃあないですか。…こんな政党を、日本国民の良識として支持してはならない。      藤田裕行 拝」

全く同感である。保守票が「幸福の科学」に流れないようにしなければならない。真の保守の立場の人は幸福実現党とやらに入れることはないであろうが、いわゆる保守の立場の人にも國體観がしっかりしていない人が多くなっているので心配である。真正保守とは、現体制を守ることではない。天皇国日本と天皇の民を守ることである。また、國體観が全くおかしな連中が、ナショナリズムを煽り、軍備強化を主張するのは、まことに危険である。

共産党すら今は公然と政策には謳わない「國體否定」を堂々と明記した「幸福の科学」は、あまり使いたくない言葉であるがまさに逆賊である。

かつてオウム真理教は選挙に立ち惨敗した後、富士のすそ野に疑似帝国をつくってテロに走った。『幸福の科学』が今度の選挙で政権を取ることはあり得ないし、一人の当選者も出すことはないと思う。問題はその後何をやり出すかである。

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2009年7月 5日 (日)

千駄木庵日乗七月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、西新宿の損保ジャパン東郷青児美術館にて開催中の「没後八〇年 岸田劉生 肖像画を超えて」展参観。

「愛娘・麗子をくりかえし描いた劉生は、画家にとって人間の顔ほど興味深いものはないと語っています。人間の顔は、美の奥深い世界への入口だったのです。没後80年にあたるこの展覧会では、劉生の自画像と肖像画だけを約80点集め、人の顔を描くことを通して深化していく劉生の『写実の道』をたどります。」(案内書)との趣旨で開かれた。

「麗子肖像」「画家の妻」「古屋君の肖像」「二人麗子像」「近藤医学博士之像」「武者小路実篤像」などを見る。驚いたのは、数十点にのぼる「自画像」が展示されていた事である。これほど多くの自画像を描いた画家もそう多くはないと思うし、展示された例もないと思う。また自分の愛嬢の肖像画をこれほど多く描いた画家も岸田劉生のみであろう。しかも私から見ると描かれた「麗子」の顔が次第に異様な顔になっていくのが不思議であった。

しかしそれぞれに特徴のある描き方で面白かった。「目は口ほどにものを言い」という言葉があるが、どの肖像画も描かれた「眼」が生きているように思えた。

さらに、常時展示されているゴッホの「ひまわり」セザンヌの「りんごとナプキン」などを見る。「ひまわり」はその購入額が話題になった作品なので、バブル時代の異常さを思い出した。

帰宅後は、資料の整理。

           ○

学生時代からの同志の憲法学者の方に「天皇の国事行為」に関する麻生総理の発言について電話で質問したところ、「憲法には、総理大臣に解散権があると一言も書かれてない。麻生氏は解散問題で悩み、天皇陛下に対する慎みの心を忘却したのではないだろうか」と語られた。まことにその通りと思う。

政治権力者は、常に「神聖君主日本天皇」に対し奉り、「慎みの心」を持っているべきである。それによってこそ真に国政が安定することは歴史を見れば明白である。「現行憲法」においても「国民統合の象徴」であらせられる天皇陛下に対し奉り、慎みの心を持つのは当然である。

権力者の都合に、天皇陛下を従わせ奉ったり利用し奉るようなことは厳に慎むべきである。石原都知事や猪瀬直樹副知事は、いまだに「五輪招致」に、皇太子殿下を利用し奉ろうとしている。まことに遺憾である。

久しぶりに西新宿副都心を歩いたが、数年前とそれほど変わっていなかった。今は、汐留・丸の内・湾岸地帯が変化をしているようである。

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2009年7月 4日 (土)

千駄木庵日乗七月三日

午前は父母のお世話。

午後は諸雑務。そしてある声楽家の方と懇談。

夜は資料の整理など。

        ○

解散時期についての論議で、「天皇陛下が海外御巡幸されている間は、解散すべきではない」というごく当然の議論に対して、麻生総理大臣は二日夜、総理大臣官邸で記者団に対し、

「天皇陛下が外遊中の国事行為は皇太子殿下が代行なさると、法律上、決められており、解散に限って言うわけではないが、法律どおりにさせていただくのが普通だ。法律上は何ら問題ない」と述べた。河村建夫官房長官も二日午前の記者会見で、「法律にのっとって皇太子殿下が国事行為をできる形を取ってある。その中でどう考えるかという問題だ」と述べ、「首相の解散権」は制約されないとの認識を示した。

何とも許し難い考え方である。現行憲法下においても、天皇陛下は「国家元首」であられる。そして「衆院の解散」は、 憲法七条に「衆議院を解散すること」と規定されている通り「解散権」は天皇の国事行為の一つである。内閣総理大臣には、天皇陛下に解散を上奏する職権はあっても、「解散権」は無い。

「現行憲法」が施行された昭和二二年以降、二〇回、衆院が解散されたが、天皇陛下が海外に御巡幸中に解散が行われたことはない。憲法第四条の「天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる」という規定を盾にして、敢て天皇陛下が国内にいまさない時に「解散」を行うなどということは、天皇の権威を軽んじる不敬行為である。尊皇政治家であった吉田茂氏の孫である麻生氏にしてこのような不埒な考え方を持っている事に失望の念を禁じ得ない。断固糾弾する。

一方、自民党・町村派の町村信孝会長は2日、「海外に公務に励んでおられる陛下が、何か国内のことでご心配をされる、ご宸襟を煩わせるようなことがあっては決してならない」「陛下が心安らかに親善の目的を達成できるような国内の環境をつくるのが最低限の義務だ」と述べ、天皇陛下海外御巡幸中に衆議院の解散を行うべきでないとの意向を表明した。こういう姿勢こそ、日本の保守政治家としてあるべき姿である。さすが町村金吾氏の御子息である。


天皇陛下が、外国を訪問され、友好の絆を深められている最中に、国内で、政権交代があるかないかの総選挙が行われるなどということがあっていいはすがないではないか。麻生氏は一体何を考えているのか。天皇陛下の輔弼の臣である内閣総理大臣そしてその補佐役の官房長官に肝心要の「尊皇精神」が欠けているのだ。幸福実現党などという國體否定の政党即ち國體破壊実現党の出現などとあわせて、天皇国日本国はまさに危機に瀕している。

麻生総理は、昨年九月二九日に行った「所信表明演説」で、「この度、國権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽をいただき、第九二代内閣総理大臣に就任いたしました。一一八年になんなんとする憲政の大河があります。…統治の伝統があり、…その末端に連なる今この時、わたしは、担わんとする責任の重さに、うたた厳粛たらざるを得ません」と述べ、天皇国日本の総理大臣としての矜持と自覚を表明し、天皇国日本の統治の伝統の継承を誓ったのである。この誓いを忘れたのか。天皇陛下から「御名御璽」をいただいてこそ、衆議院解散が行われるのである。このことを忘却するなどということは絶対に許されない。

ところであるメディアは、町村氏の「ご宸襟を煩わせるようなことがあっては決してならない」という発言を「ご心筋」などと誤記していた。何とも情けない限りである。

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2009年7月 3日 (金)

千駄木庵日乗六月二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昨日は、ブログの調子がおかしかったが、今日はメールの機能が働かなくなった。トラブルというのは連続して起こる。電話で指示をして貰いながら、復旧させた。昨日も書いたが、便利な機能は故障するとそれだけ大変なことになる。しかし、こういうことも良い経験である。午後は、復旧作業及びその他の雑務。

夕刻、中学時代の後輩にあたる人々と、「どぜうの丸煮」などを食しつつ懇談。後輩と言っても二歳違いで、同年代。懐かしい恩師の思い出などを話す。自慢ではないけれど、髪の毛は私が一番黒々とそしてふさふさとしていた。これは体質であって本当に自慢にはならない。しかし「十歳は若い」とおだてられるとやはり気分が良い。

帰宅後は資料の整理。

          ○

昭和五十一年以来、私の健康保険証は、歯医者に行った時と、手の指を怪我とした時以外使っていない。四十歳の時の節目健診で、血液のコレステロールが多いと言われたけれども、その後、病気になったことはない。

特別に健康法というのはやっているわけではないが、朝起きた時に、日の神(太陽)を仰いで拝礼し柏手を打ち深呼吸を行う。そして神前に坐して祝詞奏上・神想観(生長の家の行法)を行う。この後、部屋の掃除をして汗を流すのが日課である。さらに、父母のお世話も案外体を使う。

酒は、平常の場合、ビール大瓶一本か、チュウハイ二杯か、日本酒二合にとどめる。(平常でない場合はこの限りに非ず)煙草は一日六本平均である。夜になって原稿を書く時以外は吸わないことにしている。

しかし六十二歳という年齢であるから、油断せず、いい気にならず、健康には十分注意していきたい。

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2009年7月 2日 (木)

千駄木庵日乗七月一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「マスコミ総合研究所定例研究会」開催。浅野和生平成国際大学教授が講演し、「馬英九政権発足してから一年一カ月の今日、大陸からの台湾への資本参入が解禁された。大陸の資本が台湾の土地建物も変えるようになった。馬英九政権についての世論調査は、民進党寄りの『自由時報』は、満足しているが三八%、満足していないが四八・六%。国民党寄りの『聯合報』は、満足しているが五二%、満足していないが三三%。株価指数は下がり、失業率は上昇している。大陸との緊密化の中で、経済状態はトータルで良くない。

日本にとって台湾は、第四位の貿易相手国。台湾にとって日本は、第二位の貿易相手国。台湾から見て農産品輸出国の第一位は、日本。日本から見て農産品輸入国第二位が、台湾。昨年の交流協会の調査によると、『台湾人にとって最も好きな國』は、三八%の人々が日本。二位のアメリカは五%。四位の中国は二%。『これから台湾の将来のために一番親しくすべき国』は、第一位が中国で三四%。第二位が日本で二一%。第三位はアメリカで一〇%。『最も旅行したい國』の一位は、日本で四四%。二十歳から二九歳の若い人は日本と親しくすべきと答えた。三〇歳以上になると中国の方が日本を上回る。四〇歳から四九歳の社会中核世代が日本に対してやや疎遠感がある。

スーパーマーケットの玩具のキャラクターは殆ど日本。日本のどこが好きかと問うと、環境・温泉・清潔さ・安全性と答える。心配な分野の第一位は、漁業問題。ここ数年日台関係は制度的に接近している。

馬英九氏は、外国に出てはじめて見た政治デモが尖閣問題のデモ。アメリカから台湾に戻り、総統府で秘書となり、三四歳で国民党副秘書長になる。

八五%の人々が独立・現状維持を望んでいる。台湾の現在の民意は統一に向かうべきではないということ。

日本政府の台湾窓口、交流協会台北事務所の斎藤正樹代表(大使に相当)は『日本がサンフランシスコ平和条約で台湾の領有権を放棄した後、台湾の地位は未確定』と発言した。台湾が中華民国の支配下に入ったのは、GHQ一般指令第一号の『フォルモサの軍事力は蒋介石の下に降伏せよ』による。日本は連合国に対して、台湾を放棄した形になっている。『日中国交回復』の時、台湾の扱いについては曖昧姑息であった。斎藤代表の発言は従来の日本政府の発言とは違った。

外省人・本省人という分け方が通用する時代ではなくなっている。先の総統選挙では、馬英九に一般的に支持があったというべきである。しかし、台湾からの留学生に『君たちは中国人か』と問うと、言下に否定する。台湾をふるさとと思い、台湾にアイデンティティを持つ人が圧倒的。台湾に民主政治が行われる限り、日本とは良い付き合いができる。」と語った。

夕刻、父の容態に変化があり看病。小康を取り戻し何とか病院へ行かないで済む。

夜は、書状執筆など。

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いよいよ今年も半分が過ぎた。本当に月日の経つのは早い。後半の六カ月、あせらず怠けず、生きていきたいと思う。

昨日から今朝にかけてブログの状態が悪くなったが何とか回復した。便利なものほど故障が起ると大変なことになる。停電が起こると東京は多くの機能が停止し、大変な事態になるのではないか。

台湾問題は複雑で難しい。しかし台湾人は相当したたかな面がある。戦前は日本が統治し、戦後は国民党外来政権が支配した。合わせて百年近く、異民族支配下を生き抜いてきた民族である。民主化後、きちんと自主性を保ちつつ、国家の安全と自立を維持してきているのも、百年間の経験がものを言っていると思う。

そして何より、日本を愛する人々、日本に好感を持つ人々が多いことは、日本にとって有難いことである。日台の友好の絆は強く維持し続けなければならない。共産支那の軍事侵略は何としても阻止しなければならない。「いざとなったら、日本は台湾を守りますよ」という姿勢を確立すべきである。ところが今の日本は自分の國さえ完全に守ることが出来ないのである。

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2009年7月 1日 (水)

千駄木庵日乗六月三十日

午前は、父と共に病院に赴く。定期的な診察と治療。今後のことについて医師と相談。

昼は知人と懇談。

午後、永田町の衆議院会館の同志議員事務所訪問・懇談・打合せ・激励。

午後三時半より、衆議院第二議員会館にて会合。同志と総選挙について討議。

帰宅後は、資料の整理。

          ○

ブログにドラブルが発生しましたので、明日以降にまとめて書かせていただきます。

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