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2009年6月 1日 (月)

千駄木庵日乗五月三十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して書状執筆、資料整理など。

         ○

沖縄県護国神社宮司の伊藤陽夫先生より、伊藤先生が最近上梓された『大御心と沖縄』(京都市中京区室町通御池上る御池之町44 京都通信社発行)という本の贈呈を受けた。

その本の「あとがきにかえて」によると、伊藤先生が本年二月、「全国護国神社神職皇居勤労奉仕団」の団長を務められた時、皇居に於いて、天皇・皇后両陛下にお会釈を賜り、天皇陛下から「遺族の方もご高齢になられていますので心の支えになってあげて下さい」、皇后陛下からは「神霊のお護りを宜しく」とのお言葉をいただいた。

奉仕を終えて靖国神社に帰って来たら、宮内庁職員二人が来られ、勤労奉仕への懇ろなお礼の言葉に続いて「これは侍従職から預かってまいりましたものですが、皇后さまから『沖縄県護国神社からお越しの方がおられたので、この『瀬音』という本を差し上げて下さい。沖縄県護国神社を詠んだ歌が載っていますから』という言葉であったらしいです」と言われながら、皇后陛下御歌集『瀬音』を下賜されたという。

その御歌集には、

「鹿子じものただ一人子を捧げしと護国神社に語る母はも」

という御歌が収められていた。伊藤氏は、『あとがき』に「天皇陛下から沖縄に対する特別のお言葉を賜り、その上、皇后陛下から格別のお心配りまで頂戴いたしました。只ならない神はからいを感じ、その忝さを胸に抱いて帰沖しました。今は粛々といかにこの御心にお応えするべきか、神社ではこの御歌の『歌碑』を境内に建立させていただく計画をすすめ始めました。そして、ささやかながら小生個人も何らかの微忠の印になるものを御返礼にと思いついたのが、この小冊子『大御心と沖縄』の上梓でありました。」とつづっておられる。

この伊藤先生の御本には、

天皇陛下の

「精魂を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき」

「広がゆる畑 立ちゆるしろやま 肝乃志のはらぬ いくさ世のこと」

などの御製、そして、皇后陛下の

「年ごとに月の在りどを確かむる歳旦祭に君を送りて」」

「海陸(くが)にいづへを知らず姿なきあまたの御霊国護るらむ」

など御歌が収められている。

また、沖縄に関する両陛下の御聖徳について、真心のこもった涙なくしては読めぬ文章がつづられている。

伊藤陽夫先生は、尊皇敬神愛国の士であり、学識深く、小生の学生時代より、色々ご指導をいただいている。伊藤先生は、生長の家の谷口雅春先生より深く信頼され、生長の家長崎総本山の龍宮住吉本宮の神職を務められた。その後、京都の八坂神社や神戸の長田神社、東京の明治神宮に奉仕され、現在、沖縄県護国神社宮司を務められている。伊藤先生の長年の尊皇敬神愛国のまごころが、今回このような形で結実したと拝する。

私も、以前、皇居清掃奉仕に参加させて頂いた。東宮御所にて、当時、皇太子同妃両殿下であられた天皇皇后両陛下の御会釈をいただいた時、団長であられた犬塚哲爾氏が「本日は沖縄からも参加しております」と両陛下に言上した。両陛下は、沖縄から参加された松田昌雄・下地真路両氏の前まで進まれ、お言葉を賜った。松田・下地氏は、涙を滂沱と流しておられた。伊藤先生の御本を拝読して、このことを思い出した。私にとっても、一生忘れることのできない思い出である。

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