« 千駄木庵日乗六月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月二十二日 »

2009年6月22日 (月)

千駄木庵日乗一月二十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

続いて「政治文化情報」発送作業、完了。購読者の皆様には、明日か明後日にお届け出来ると思います。

この後、書状執筆。

夕刻は、地元の友人と懇談。焼鳥を食しながら、お寿司・天ぷら・焼鳥は、何時頃から多くの人々に食されるようになったのかということが話題になりました。なれ寿司や押し寿司は相当古く、「壬申の乱」の時、琵琶湖で捕れた鮒のなれ寿司の中に密書を入れて吉野に送ったという言い伝えがあります。徳川家康が天ぷらにあたって死んだという話をよく聞きます。しかし、庶民が天ぷらやにぎり寿司を食すようになったのは、江戸末期からだと思います。森の石松が「江戸っ子だってねえ。寿司食いねえ」と言ったのは、大阪寿司だとのことです。

焼鳥が今のように多くの人々に食されるようになったのは何時頃からのことかよくわかりません。焼鳥が食べられ始めたのは、寿司や天ぷらのように古い文献や言い伝えに登場しないところを見ると、そんなに昔ではないと思います。

帰宅後は、水曜日の「萬葉集」講義の準備。今週は、連載原稿執筆・土曜日の憲法懇話会における研究発表の準備などがあり、相当忙しくなりそうです。

自民党が小沢一郎氏の参考人招致を要求するようです。今まで民主党にやられっぱなしだったので、反撃に転じるということでしょう。尻切れトンボに終わらないようにして貰いたいものです。これをやり切らなかったら、「自民党は脛に傷があるから出来ないのだ」と、格好の批判材利用になります。西松建設の問題だけでなく、小沢氏が「在日米軍は第7艦隊で十分」との見解を示した事、「創価学会公明党を政権内部に引き込んだのは小沢氏が最初なのに今になって自公連立を批判する資格があるのかどうか」についても追及すべきです。

今日は一番日が長い日でした。梅雨空でしたが、午後七時過ぎまで明るかった。これからだんだん日が短くなります。何んとなくさみしい気がします。

|

« 千駄木庵日乗六月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月二十二日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/45416041

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗一月二十一日:

» 三沢光晴よ永久に!7月5日に追悼番組 [三沢光晴よ永久に!7月5日に追悼番組]
三沢光晴よ永久に!「プロレス界の盟主 三沢光晴 緊急追悼スペシャル」7月5日に追 [続きを読む]

受信: 2009年6月26日 (金) 17時27分

« 千駄木庵日乗六月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月二十二日 »