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2009年6月19日 (金)

千駄木庵日乗六月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区の千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が「萬葉集」の巻十六を講義。巻十六というのは、後世の狂歌や川柳の淵源のような歌がおさめられている。つまり、ユーモアのある歌、ナンセンスな歌、言葉の遊びの歌などである。しかもそういう歌を、皇族方や大伴家持など、当時の最高の知性を持った方々が詠んでいるのである。大化の改新・壬申の乱・白村江の戦など国難や変革・建設の時代であっても、こういう心の余裕があったのである。

共同体にはユーモアがなければならない。ユーモア精神、心の余裕のない共同体、国家、団体の中にで、人々が生きていくのはつらく苦しいことである。北朝鮮のニュースに出てくる情景は、全く笑いもなければユーモアもない。心の余裕もない。それだけでもあの国がいかに異常かが分かる。

私が小澤一郎という政治家が嫌いなのは、あの人には心の余裕というものが無い、怨念と闘争心しかないように思われるからである。宮本顕治もそうだった。

「萬葉集」のみならず、「古事記」「日本書紀」にも、ユーモアの精神に満ちた記述がある。ここが日本伝統精神のいところである。はっきり言って、「聖書」にもあまりユーモアの精神はない。神の愛を説いているけれども、罪・裁き・罰・悪魔のことが多く書かれている。

日本民族の本来的な心は、おおらかで明るく、余裕のある心である。

帰宅後は、書状執筆・「政治文化情報」発送準備など。

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