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2009年6月 7日 (日)

千駄木庵日乗六月六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後十二時より、青山霊園にて「無名烈士八十五年忌法要」執行。無名烈士遺言奉読・読経・焼香が行われた後、山口申・山浦嘉久両氏による呼び掛け人代表挨拶、頭山興助氏による施主挨拶が行われた。

この後、北青山の大東会館にて、吉田忠雄明治大学名誉教授が「排日移民法の軌跡について」と題して講演し、「戦略のない国家は羅針盤のない船と同じ。戦略なき国家は大正時代から続いている。日本とアメリカが開戦するなどとは考えていなかった。昭和十六年後半になって追い詰められて日米開戦となった。それまでは仮想敵国はソ連だった。日本軍は戦略が無きため政府の反対にもかかわらず、中国戦線の泥沼に引き込まれていった。スターリンは日本と中国を戦わせる謀略を練っていた。米大統領の周辺にも日米を戦わせる布石を打った。近衛文麿・松岡洋右が日・ソ・独・伊で米英を抑え込もうと考え、日本の戦略を大きく変えた。国家はあっという間に変わる。

アメリカは移民によって成立した国。オランダ・フランス・イギリスが北米に入った。これらが建国の民族。九十年後イタリアや東欧諸国の貧しい人々が空いている所に住んだ。新移民は独身が多かった。西海岸は未開拓。鉄道建設の労働者として中国人を引っ張って来た。中國人はよその國に溶け込まない。チャイナタウンをつくる。

日本人が排斥された原因は、日本人はよく働くがマナーが悪かったから。そこで日米紳士協定を結び、日本人が自主的にコントロールすることになった。アメリカは移民を制限する國に変化。日露戦争後、日本は名誉白人になったが、日本人を特別扱いしなかった。大正十三年、アメリカで帰化不能外国人の移民を認めずという法律が作られた。東京の米大使館を脇における日本人男性が抗議の割腹自決を行った。日本人は憤激した。しかしアメリカには自覚がなかった。

今後、中国が、日本からアメリカを引き離すように仕向ける可能性あり。日本の國は日本が守るのが根本。憲法を改正し、自衛軍が誇りを持てるようにすべし。今後、中国は一人っ子政策のツケで人口減少に悩む。急速に高齢化社会になる。」と語った。

この後、直会が行われた。

帰宅後は、原稿執筆など。

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人種差別は実に根深いものがある。今日も続いている。白人が神に選ばれた人種であり、有色人種はその支配下にあるべきであるという観念はそう簡単に払拭されるものではない。日本民族の台頭は、白色人種にとって脅威であると共に、許し難いことなのであった。だから何としてもこれを食い止めねばならないと考えた。それが日米戦争の遠因である。

それと共に、日本民族も、日清・日露両戦争の勝利によって、西洋覇道精神に冒され、おごり高ぶり、真の日本精神を忘却したこともまた事実である。ソ連は、アジアの共産化と自国の派遣拡大のために、日本を叩きつぶそうとした。そのために、南進論を煽り、さらに、支那大陸に日本が深入りするように仕向けた。その手先になって、「日米開戦」「国民政府を相手とせず」の世論を煽ったのが、尾崎秀実であり朝日新聞なのである。朝日新聞こそ、日本を泥沼に戦いに追いやった戦争責任者である。

今後の日本はこうした歴史に学び、正しい国家戦略を打ち立てねばならない。支那大陸には決して深入りしないことが大事である。

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