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2009年6月30日 (火)

千駄木庵日乗六月二十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は月末ゆえにしなければならない諸雑務。雑務と書きましたが、支払いなどなかなか大変な仕事です。銀行の自動支払い機の前に立ち、汗をかきながら振り込みをするというのはつらい作業であります。

その後は、急に依頼があった明日か明後日までに書かねばならない原稿の執筆。

         ○

総選挙というのは、国政で最も重要な選挙である。外国の事情はよく分からないが、イタリアやフランスなどでは、いわゆる民族派というか右派政党が国政選挙でそれなりの議席を獲得しているように聞いている。わが国は残念なことに右派政党と言うか民族派政党・維新政党が総選挙で戦うという状況ではない。

なんとか、維新を目指し、戦後体制打倒を目指す政党が国会で議席を持つ状況を作り出さねばならない。しかし今の状況ではなかなか難しい。

そこで国会に議席を持つ政治家の中で、比較的まともな政治家を応援するしかない。自民党の中にも、我々と同じかあるいは非常に近い考え方を持っている人もいる。民主党の中にも少数ではあるが存在する。今度の選挙でも、そういう人々を応援するしかない。

社民・共産が我々の敵であることは言うまでもない。問題なのは、保守政治家と見られる人に、おかしな人がいることである。こういう政治家は権力を持たない社民・共産よりも日本をおかしくしている。

私の判定で、日本をおかしくしている政治家の一覧表を作ってみたいと思っている。これは大変権威のあるものになるのではないかと、今から自らうぬぼれている。

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2009年6月29日 (月)

千駄木庵日乗六月二十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、書状執筆・資料の整理など。

何時も食べ物のことばかりで恐縮ですが、今日はサクランボをおいしくいただきました。父母にはなるべく果物を食べてもらいたいと思っています。また隣町の動坂下の鳥料理屋さんで買って来た焼鳥と焼きめしがとても美味しく、父母も喜んでくれました。何かの本に「最も簡単に味わえる幸福感とはおいしいものを食することである」と書いてありましたが、同感です。恋い慕う女性と結ばれるという幸福感はそう簡単に味わえるものではありません。

         ○

昨日の「憲法懇話会」における小生の発表について、大変有難いお褒めのメールを出席された若手憲法学者の方から頂いた。憲法問題は大切であるが、とても難しい。わが國は近代になって西洋の成文憲法を制定する必要に迫られた。これは致し方のないことであろう。私たちは、国粋精神・日本傳統精神への回帰を望んでいても、日常生活において「洋服」を着用するなど、生活の万般において欧米から輸入した科学技術など文化・文明を大いに利用している。それと同様に、日本の傳統・國體精神と西洋から輸入された成文法・成文憲法とをいかにして融合させるかが大切なのだと思う。そのことに努力した人が、明治期においては伊藤博文であり井上毅であった。

私もこれまで、憲法に関する色々な本を読んだが、三潴信吾先生の『日本憲法要論』などの憲法論は非常に勉強になった。しっかりとした國體観の上に立った憲法論である。

三潴信吾先生は、「國體は、我国にあっては、如何なるものであるかといふと、約言すれば、(一)、祭政一致 (二)、萬世一系の天皇の統治 (三)、君民一体 といふことができる。」(『祭祀大権の本質及び統治大権との関係について』)

「國體とは、自主的普遍我たる国家の本質が、各国家の成立事実に立脚して各国家毎に、如何様に体現されて居るかといふことであって、各国家の國體の軽重は、その、国家の本質の体現の程度によって判定される。その要点は、国家の自主性、普遍性の確立保障にある。しかして、これを観察し得る最も重要なる中核点は、実に、国家人格の自主表現人たる元首の地位の本質にあり、具象的には、元首定立の態様に於て之を見ることができる。」(『祭祀大権の本質及び統治大権との関係について』)

「國體とは、各国家の国柄、品格のことをいふのであって、その国の成立事情によって定まる」「我が国にあっては、皇祖を日の神(天照大神)と仰ぎ、その和魂を継承されつつ、一切の天神地祇、八百万神々を祭り、これといよいよ一心同体たらせ給ふ天皇が、御代々を通じて御一人(一系)として天下を治ろしめすといふ國體を保有してきた」(『國體と政体について』)

と論じておられる。

こうした國體観をいかにして今の若者たちに分りやすく説くか、そして納得してもらうかが、今後の課題である。

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2009年6月28日 (日)

千駄木庵日乗六月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

午後六時より、神田学士会館にて、「憲法懇話会」開催。高乗正臣平成国際大学教授が座長。小生が『三潴信吾先生の國體論について──記紀萬葉に表れた國體精神に関連して』と題して発表。質疑応答。今日の発表を本として論文を書いてみたいと思っています。

帰宅後も諸雑務。

            ○

日本会議の江崎道朗氏から何時も送って頂いているメールに次のような興味深いことが書かれていた。

「天皇陛下御在位二十年を記念する日を休日とする法律案」、略して『臨時祝日法』がついに国会に提出されます。

 この法案は、『天皇陛下御在位二十年を記念し、国民こぞってこれを祝うため、平成二十一年において平成二年の即位礼正殿の儀の行われた日に応当する日である十一月十二日を休日とする』というものです。

 昨年1016日、超党派で『天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟』(会長 森喜朗元総理大臣)を設立し、臨時祝日法制定を方針として採択。役員には、自民、民主、公明、国民新党、改革クラブの各代表、幹事長が就任。この奉祝議連の方針を受けて昨年10月、自民党と公明党は党内手続きを完了。

 現在、奉祝議連に加盟した自民党議員数は324名。民主党も含む奉祝議連加盟議員数は、衆参ともに過半数を突破。奉祝議連に加盟している民主党参議院議員が賛成すれば、参議院でも成立する見通しが立っています。

 ※奉祝議連の入会状況  451名(衆324、参127 619日現在

  自由民主党  324名(衆248/305  76/83) /386

   民主党    61名(衆 38/113   23/109)/222名 ※実際はもっと加盟している可能性あり。

  公明党    52名(衆 31/31    21/21 )/52

  国民新党      8名(衆  4/5     4/5   10

  改革クラブ      4名(衆  1/1     3/4   5

  新党大地      1名(衆  1/1              1

  無所属      1名(衆  1)            」

  

奉祝議連加盟議員の数を見ていただきたい。自民党は所属議員の大多数が加盟している。しかるに、もっと参加している可能性があるとは言うが、民主党は、衆院は所属議員の三分の一、参院は四分の一にも達していない。いかに民主党という政党がおかしい一目瞭然である。尊皇精神・國體護持の心のない議員が多数を占めているのである。社民・共産に至ってはただの一人も加盟していない。公明党は全員加盟している。

総選挙の結果、民主・社民連立政権が誕生し、共産が閣外協力するとなると、日本はまさに亡国への道を歩み始めることとなる。「一回民主党の政権をとらせてみたらどうか」などという考え方がいかに危険であるかが分かるのである。

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2009年6月27日 (土)

千駄木庵日乗六月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、諸雑務、書状執筆など。

蒸し暑い中、汗をかきながら過ごしました。これから九月下旬までこういう日が続くのでありましょう。しかし、私は何故か、暑さも寒さも苦にならないのです。暑い時にはビールが美味いし、寒い日は燗酒が美味いのであります。今日は、鮎の塩焼きと海のパイナップルと言われるホヤを食しました。ホヤは以前に盛岡で食べて以来、私の好物です。谷中銀座という私宅近くの商店街には、こういうものを安く売っているお店があるので大変喜んでおります。

           ○

渡部篤衆院議員が「ブログ」で次のようなことを書いている。 

「日本のマスコミの多くは民主党政権誕生に熱病になっている。政党・派閥の寄せ集めで憲法・国防・財政などについては議論はしない。党内議論をしないので政策がはっきりしない。民主党政権で日本が変わる。週刊誌の記事を読んで呆然とした。戦後六十余年政権に左翼勢力ははいることを国民は拒否してきた。ところが、現在の民主党は日教組・自治労のごちゃ混ぜの政党ではないのか。共産党の投票を獲得するために左翼にスウイングしている。こんなときこそ、自民党は真正保守の結集をすべきである。日本の国益を主張して、自立する国家としての憲法改正も政権公約にいれるべきである。戦後レジームからの脱却をどんなことがあってもするのである。防衛問題も根源的な議論をすべきである。かって日本共産党がとなえた民主連合政権が、現在の民主党政権である。日本の保守勢力は戦後最大の危機に直面している。敢えて草莽の一人として身を挺して闘うつもりである。」

大体同感である。偏向メディアは民主党政権樹立・自民党政権打倒に狂奔している。とくに朝日新聞・テレビ朝日の報道ぶりはひどい。自公政権がどんなにおかしくとも、偏向メディアが喜ぶような政権が出来ることには反対しなければならない。

民主党政権ができたら、政治が混乱するのは目に見えているが、それよりも、国家基本問題で、わが国がおかしな方向に持って行かれる危険がある。教育・国防安保・外交・歴史問題などどれ一つとってみても、民主党政権がまとも姿勢ではない。民主党内には、かつての社会主義革命を目指した左翼党勢力が数多く存在する。そして、社民党とも連立を組む構えである。そんな政権を誕生させてはならないのは当たり前の話である。

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2009年6月26日 (金)

千駄木庵日乗六月二十五日

午前は、医師の往診があり、父母に付き添う。その後、訪問看護師と共に父母のお世話。

昼は、知人と懇談。鈴木宗男氏と櫻井よしこさんとの論争など、最近の状況について意見交換。

午後からは、土曜日の「憲法懇話会」における研究発表の準備。

          ○

街を歩くと、「幸福実現党」のポスターが目につく。相当な資金力である。

「北朝鮮の核ミサイル問題、景気低迷という大きな岐路に差しかかっている日本。この状況の中、政府自民党は外交的になすすべなく、しかも、景気を冷ます増税路線を打ち出しています。かたや、民主党は、北朝鮮を増長させるだけの『友愛外交』を主張し、経済に関しても将来の増税が避けられないバラマキ政策を打ち出しています。この不毛な自民・民主による二大政党制を終わらせて、この国と国民の未来を全力で守りたい。だからこそ、幸福実現党は、第一党を目指します。」

と主張している。これだけを読むとなかなか説得力がある。ところが、「幸福実現党創立者大川隆法『新日本国憲法試案』」なるものにはとんでもないことが書いてある。

第三条 行政は、国民投票による大統領制により執行される。大統領の選出法及び任期は、法律によってこれを定める。」

「第四条 大統領は国家の元首であり、国家防衛の最高責任者でもある。大統領は大臣を任免できる。」

第十四条 天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立をそこなわない範囲で、法律でこれを定める。」

天皇を君主と仰ぐ日本國體を否定するハチャメチャな憲法試案である。今まで色々な宗教団体が政治団体をつくり選挙戦にのぞんできたが、「國體否定」の憲法試案を堂々と掲げたのは、「幸福の科学」が初めてである。大川隆法の正体見たりと言った感じである。池田大作氏を絶対視する公明党・創価学会ですらこんな憲法試案は出していない。

こんな政党が今度の総選挙で当選者を出す可能性は皆無に近い。まともに相手にすべきではないのかもしれない。また、こんな憲法試案を持つ政党に保守支持の人々が票を入れるはずがない。そういう意味では自民党はやや安心したであろう。

しかし、天皇を君主と仰ぐ國體を何よりも大切に考えている真正保守・維新の立場に立つ我々にとって、日本國體破壊を目指す宗教政党が出現したことはやはり問題である。今後の動向を注視したい。

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2009年6月25日 (木)

千駄木庵日乗六月二十四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は土曜日の「憲法懇話会」における研究発表の準備。憲法学者でもないのに研究発表とは大変おこがましい次第ですが、『記紀萬葉』に語られ歌われた日本國體精神と「憲法」の國體条項についてこれまで勉強して来た事を、三潴信吾先生の國體論・憲法論と関連付けて、話させていただくつもりであります。「憲法懇話会」とは、三潴信吾先生を中心に憲法を勉強する会として発足しましたが、三潴先生ご逝去後もずっと続けられてきております。憲法について門外漢に私にとって大変勉強になる会合です。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて「萬葉古代史研究会」開催。小生が、大伴家持の歌を講義。この会合も、二十数年続けられています。全二十巻の『萬葉集』の主な歌を講義してきました。月一回の講義ですが、もうすでに三回繰り返しております。

今日は、大友家持の「陸奥国より金を出だせる詔書をことほぐ歌」という長歌並びに反歌を講義しました。奈良の大仏様を造営するのに必要な黄金が今の仙台の近くで掘り出されたことを喜ばれた、聖武天皇の「詔書」に対し奉る家持のお祝いの歌です。天皇の神聖性、わが国の傳統信仰と外来信仰との関係などについて極めて重要なことが歌われている歌であります。 

この長歌の一節「海行かば 水漬く屍 山行かば 草むす屍大君の 辺にこそ死なめ かへり見はせじ」は、今日においても、鎮魂歌として多くの人々に歌われております。

「記紀萬葉」には、日本國體・日本の傳統精神の結晶であります。何事を行うにも、何事を論じるにも、「記紀萬葉」に回帰することが最も大切であると信じます。

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2009年6月24日 (水)

千駄木庵日乗六月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は明日の「萬葉集」講義の準備。

午後六時半より、千駄木の汐見交流館にて開催された「座談会」に出席。千駄木地区の町会長二氏が挨拶。深谷隆司衆院議員がスピーチし、「中小企業に三十兆円の緊急融資を行った。五十五万社の中小企業が融資を受けた。二百五十万人以上の雇用を守った。しかしマスコミは一切報道しない。批判ばかりする。定額給付金も評判が良くなっている。景気は最悪の状況を脱して来た。日本は専守防衛なので相手を攻撃できない。能力も今は無い。ノドンはわずか十分で日本に着弾する。危機感を持ってどう国を守るかを考えなければならない。日本を守ろうとしない政党がどうして政権が取れるのか」と語った。

中屋文孝前都議会議員がスピーチし、「文京区は治安が良い。犯罪は少ないが、多くなる可能性はある。治安に強い文京区にする。警視庁予算を獲得し防犯カメラを多く設置する。消防団の新たな枠組みを作る。文京区の学校に芝生の校庭を増やす。学校の空き教室を利用して日本文化・道徳心・礼儀作法を教える。またものづくりの大切さ、発明する楽しさを実地に教える。私にも障害を持つ子供がいる。障害を持つ子供たちにチャンスと希望を与えたい」と語った。

帰宅後は、土曜日に行う憲法に関する研究発表の準備。

       ○

文京区は次の都議会議員選挙は、自民党・民主党・共産党の候補者が二議席を争う。鳩山邦夫氏の子息が立候補する動きがあったが、取りやめるという。鳩山氏の子息が立つと保守票が分裂し、共産党が漁夫の利を得る。事実、前回の選挙ではそういう結果となった。鳩山邦夫氏の主張を全面否定するわけではないが、どうも鳩山家のやることはおかしなことが多いというのが実感である。文京区の創価学会公明党は以前から鳩山支持のようである。

私は自民党全面支持というわけでは決してないが、都議会議員選挙で文京区では自民党候補を応援したいと思っている。間違った行動ではないと思う。

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2009年6月23日 (火)

千駄木庵日乗六月二十二日

午前父の容態に変化があり、病院に付き添って行く。医師の診察と治療を受け、小康を取り戻したので帰宅。

午後は諸雑務。

夕刻、台湾問題の専門家と懇談。

帰宅後は、水曜日の「萬葉集」講義の準備。

          ○

台湾の与野党対立は、異なる帰属意識を持つ勢力の対立である。即ち、台湾人と支那人の対立である。それだけ深刻である。しかし、一応民主化が達成され、選挙で台湾の民意を示されるようになったにもかかわらず、国民党が政権に復帰してしまった。台湾人意識を持つ人々も、大陸から来た外来政党たる国民党及び馬英九を支持した人が多かったということである。

この原因は一体どこにあるのか。台湾人が支那の軍事的圧迫を恐れたこと、支那の経済的台湾囲い込み策が成功したこと、陳水扁の失政などが挙げられている。台湾人は、自らの政権を自らが倒したともいえる。そして支那人の政権を回復させた。

これから蒋介石時代のような一党独裁の特務強権政治が復活することはないと言われる。しかし、メディア・教育界・警察司法機関を、支那人が牛耳っている以上、極めて巧妙に事実上の国民党一党独裁政治が復活する恐れは十分にある。否、復活しつつある。

今日話し合った台湾問題の専門家の方は、台湾人は色々な考えを持つ人がいて、なかなか一致団結することがない、と語っておられた。また陳水扁前総統の汚職問題は、台湾の政治家ならだれでもやっていることを、摘発されたにすぎない、とも言っておられた。そして、今や、李登輝元総統に対しても、逮捕されるぞという脅しの電話がかかるという。

韓国は権力を喪失した元国家元首が逮捕されたり、自殺したりするのは当たり前の國である。台湾もそうなりつつあるということか。そもそも儒教の易姓革命思想は、権力を失ったということは天命がなくなったということであるから、権力を失った人を「賊」として討つことは正義であるという思想である。韓国は「小中華」と称する儒教国家である。台湾も戦後半世紀国民党政権下にあったため「中華思想・儒教の易姓革命思想」に毒されてきたというべきであろう。

私は、近隣諸国とやらの悲しい現実、悲惨な姿を見るにつけ、祖国日本が軍事的・政治的にはもちろん、文化的・思想的にも、何としても独立を保持して行くべきと考える。共産支那へ誤れる贖罪意識や親近感はこれを徹底的に払拭し打ち捨てねばならない。

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2009年6月22日 (月)

千駄木庵日乗一月二十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

続いて「政治文化情報」発送作業、完了。購読者の皆様には、明日か明後日にお届け出来ると思います。

この後、書状執筆。

夕刻は、地元の友人と懇談。焼鳥を食しながら、お寿司・天ぷら・焼鳥は、何時頃から多くの人々に食されるようになったのかということが話題になりました。なれ寿司や押し寿司は相当古く、「壬申の乱」の時、琵琶湖で捕れた鮒のなれ寿司の中に密書を入れて吉野に送ったという言い伝えがあります。徳川家康が天ぷらにあたって死んだという話をよく聞きます。しかし、庶民が天ぷらやにぎり寿司を食すようになったのは、江戸末期からだと思います。森の石松が「江戸っ子だってねえ。寿司食いねえ」と言ったのは、大阪寿司だとのことです。

焼鳥が今のように多くの人々に食されるようになったのは何時頃からのことかよくわかりません。焼鳥が食べられ始めたのは、寿司や天ぷらのように古い文献や言い伝えに登場しないところを見ると、そんなに昔ではないと思います。

帰宅後は、水曜日の「萬葉集」講義の準備。今週は、連載原稿執筆・土曜日の憲法懇話会における研究発表の準備などがあり、相当忙しくなりそうです。

自民党が小沢一郎氏の参考人招致を要求するようです。今まで民主党にやられっぱなしだったので、反撃に転じるということでしょう。尻切れトンボに終わらないようにして貰いたいものです。これをやり切らなかったら、「自民党は脛に傷があるから出来ないのだ」と、格好の批判材利用になります。西松建設の問題だけでなく、小沢氏が「在日米軍は第7艦隊で十分」との見解を示した事、「創価学会公明党を政権内部に引き込んだのは小沢氏が最初なのに今になって自公連立を批判する資格があるのかどうか」についても追及すべきです。

今日は一番日が長い日でした。梅雨空でしたが、午後七時過ぎまで明るかった。これからだんだん日が短くなります。何んとなくさみしい気がします。

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2009年6月21日 (日)

千駄木庵日乗六月二十日

未明、父が苦痛を訴えたので、付き添って看病。今日は何とか病院には行かなくてすむ。

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時より、東池袋の豊島区生活産業プラザにて、「アジア太平洋交流学会」開催。久保田信之代表理事が挨拶。田村耕太郎参院議員が講演し、「テレビに出ることがあるが、テレビの討論番組は台本通りにはいかない。テレビ局は広告収入で成り立っているので視聴率を取りたい。口喧嘩をさせて騒ぎを起こしたい。口喧嘩に勝ってもしょうがない。

長期ビジョン、国民に夢を持たせる政策を出さなければ駄目。北朝鮮は、アメリカには直接交渉、中国には包括支援を求めるサインを送っている。中国はアメリカの国債とドルを買い支えている。だから、アメリカは中国に遠慮している。

四十年間アメリカの国債とドルを買い支えて来たのは日本。アメリカの経済破たんで一番被害を蒙るのは日本。だから日本はアメリカに言うべきことは言わねばならない。同盟国に対しても、大盤振る舞いだけでなく、たまには脅さねばならない。

国民の幸福を守り育てるのが政治。日本は民間の持っている財産はけた違いに大きい。お金を持っている人に使ってもらうことは正しい。北米オーストラリアの小麦は獲れなくなる。食糧生産技術を日本は持っている。日本の技術がものを言う。日本は世界一技術とお金がある。地域活性化は地域で行う。全国の各地域ある宝を掘り起こすことが大事。それが政治。国民に元気になってもらって、世界が尊敬する力をさらに養っていく。こういうことをテレビで発言するとカットされる。

日本で一番大きな金融資本は不動産。全国土の二五%は国有地。千代田区・渋谷区などの都心に国有地が一杯ある。消費税を上げるよりこれを活用せよ。白金自然教育園は三万坪もある。本郷の東京大学は三〇万坪もある。東大は軽井沢あたりに移転すべし。ケンブリッジもハーバードも都心にはない。六本木の国立新美術館は、一坪二千五百万で一万坪ある。文科省が勝手に美術館にしてしまった。国立競技場・神宮球場も稼働率が落ちている。赤坂迎賓館も、使用していない時はホテルとして活用すべし。国民の負担を増やす前に国有地などの不動産を有効利用すべし。」などと語った。

田村耕太郎氏は、現在参議院国土交通委員長であり、経済財政政策担当の内閣府大臣政務官の経験もあり、元証券マンなので、経済効率を重視している。たしかに国有地の有効利用は大切である。外国の賓客が使っていない時の迎賓館をホテルにして活用せよというのはなかなかユニークな発想だ。国立新美術館になっている旧防衛庁跡地も何か別の利用方法があったかもしれない。昨日歩いた三番町や隼町など都心部に高層の超高級マンションが建っている。ところがマンション名が表示されていない。目立たない所に「宿舎」とだけ表示されている。中央官庁の官僚が住んでいる建物すなわち官舎なのだ。何故隠す必要があるのか。やましいことをしていると思っているからとしか考えられない。こういう建物はもっと国民全体のために有効利用できると思う。ただし、東大や白金の自然教育園の有効利用というのは余程注意しないと、都心からますます緑を少なくしてしまう。すべて経済効率だけで考えるのも困る。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備。

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2009年6月20日 (土)

千駄木庵日乗六月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

千代田区三番町の山種美術館にて開催中の「没後六〇年記念 上村松園美人画の粋」展参観。

「今年は松園没後60年の節目にあたります。『東の鏑木清方、西の上村松園』と並び称され、美人画の巨匠として、また、女流画家の草分け的存在として、松園は大きな功績を残しました。本展では当館所蔵作品を通して松園の画業を振り返るとともに、清方や伊東深水が描いた美人画、そして近現代日本画・洋画の個性豊かな美人たち、また喜多川歌麿や鈴木春信などの浮世絵もあわせて、およそ50点をご紹介いたします。」(案内書)との趣旨で開催された。

上村松園の「砧」「新蛍」「牡丹雪」「春芳」「つれづれ」など、
鏑木清方の「伽羅」、奥村土牛の「舞妓」、小倉遊亀の「舞う(舞妓)」、伊東深水の「婦人像」、石本正の「のれん」、
鈴木春信の喜多川歌麿の浮世絵などを鑑賞。

上村松園の美人画はまことに素晴らしい。そもそも私は美人が好きなのである。生きている美人をあまりしげしげと眺めていると怪しまれるが、美人画はいくら眺めていてもそういうことはない。冗談はともかく、日本女性の美しさの粋を描き、永遠の命を与えているのが上村松園の絵であると思う。「序の舞」というのが代表作であるが、今日鑑賞した中では、「牡丹雪」が良かった。伊藤深水の美人画も素晴らしいが、上村松園の作品と並んでいるのを見ると、やはり松園の方が良い。また女性だけでなく、着ている衣装もまことに美しく描かれている。松園の絵を見ていると、本当に心が安らぐ思いがする。

杉山寧の「少女Y」という作品も展示されていた。これは、令嬢の瑤子さんすなわち三島由紀夫氏夫人をモデルにした絵である。

山種美術館は、私の母校二松学舎の斜め前にあり、靖国神社にも近い。規模は小さいが、なかなか名品を展示するのでよく訪れる。しかし、近々広尾に移転してしまう。これが、最後の展覧会となる。

帰宅後は、「政治文化情報」の発送準備。

            ○

小沢一郎民主党代表代行側への違法献金事件の公判で、小沢氏側と西松の癒着構造を浮かび上がった。「一点の疑惑もない」などと言っていた小沢氏は、すみやかに、疑惑を晴らすべきである。鳩山代表も「天の声を聞いたことがないからわからない」などとふざけたことを言わないで、党としての説明責任を果たすべきである。自分たちの都合の悪いことは「国策捜査だ」などと息巻いても駄目である。

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2009年6月19日 (金)

千駄木庵日乗六月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区の千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が「萬葉集」の巻十六を講義。巻十六というのは、後世の狂歌や川柳の淵源のような歌がおさめられている。つまり、ユーモアのある歌、ナンセンスな歌、言葉の遊びの歌などである。しかもそういう歌を、皇族方や大伴家持など、当時の最高の知性を持った方々が詠んでいるのである。大化の改新・壬申の乱・白村江の戦など国難や変革・建設の時代であっても、こういう心の余裕があったのである。

共同体にはユーモアがなければならない。ユーモア精神、心の余裕のない共同体、国家、団体の中にで、人々が生きていくのはつらく苦しいことである。北朝鮮のニュースに出てくる情景は、全く笑いもなければユーモアもない。心の余裕もない。それだけでもあの国がいかに異常かが分かる。

私が小澤一郎という政治家が嫌いなのは、あの人には心の余裕というものが無い、怨念と闘争心しかないように思われるからである。宮本顕治もそうだった。

「萬葉集」のみならず、「古事記」「日本書紀」にも、ユーモアの精神に満ちた記述がある。ここが日本伝統精神のいところである。はっきり言って、「聖書」にもあまりユーモアの精神はない。神の愛を説いているけれども、罪・裁き・罰・悪魔のことが多く書かれている。

日本民族の本来的な心は、おおらかで明るく、余裕のある心である。

帰宅後は、書状執筆・「政治文化情報」発送準備など。

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2009年6月18日 (木)

千駄木庵日乗六月十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、永田町の衆議院議員会館の同志議員事務所訪問。ご本人は選挙区に帰っていたが、秘書の人と懇談。来るべき総選挙で必勝されるよう激励する。

午後四時半より、衆議院第二議員会館にて、「日本再生同志の会役員会」開催。中村信一郎氏が司会。小田村四郎会長が挨拶。西村真悟衆院議員が現状報告と決意表明。その後、全員で当面する諸課題について討議。

この後、虎の門にて知人と懇談。

帰宅後も萬葉集講義の準備。

            ○

何日がぶりに議員会館に行ったが、新築される議員会館がだいぶ出来上がっていた。相当立派な建物のように見えた。こういうことには、与野党とも反対する人はいない。共産党すら黙っている。

もっとも議員の事務所が手狭であることは事実である。議員の事務室と応接室が一緒になっているし、秘書が事務を執るところと来訪者の待合室が一緒である。何組かの来訪者があると人であふれかえり満員御礼ということになる。落ち着いて政策の勉強をしたり、事務をとるという雰囲気ではない。要するに控室である。

新しい議員会館に、現職の議員たちのうち何人が入ることができるのか。特に衆院議員はもうすぐ総選挙である。落ち着かない毎日であろう。政治家は、心身共に相当頑健でなければ務まらない。ちょっとやそっとのことで打ちひしがれたり、弱気になったり、体調を崩すようでは務まらない。本当に大変な職業だと思う。

正論を吐露する議員は、どうしても選挙に弱い。偏向メディアに目の仇にされる。西村真悟氏はその典型である。何とか勝ち残ってほしい。そのために何をなすべきかを今日は話し合った。と書いたが、西村氏が選挙の弱いということはない。これまで一度も落選したことはない。今回も絶対に当選するであろう。そう信じている。

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2009年6月17日 (水)

千駄木庵日乗六月十六日

午前は父と共に病院に赴く。定期的に診察と治療。このところ容態が安定しないことなどについて、医師と相談。

午後からは在宅して資料の整理など。

          ○

一連の鳩山邦夫総務相辞任劇は何か裏があるように気がしてならない。鳩山由紀夫氏が、「一方の鳩は麻生内閣の内側から腸を食い散らし、もう一羽のハトは外から突っついている」という意味の演説をしているのを聞いた。また、今日のニュースでは、鳩山氏の秘書をしていたという自民党の古川禎久衆院議員が「我々自民党はこの際、大政奉還を決断して国民の懐深く帰るべきだ!」と叫んでいた。どうも、相当仕組まれた騒ぎと思う。

古川禎久氏の言う「大政奉還」とは一体どういうことか。一体、誰に対して「大政奉還」しろというのか。「大政奉還」とは「上御一人日本天皇に対し奉り国政を還し奉る」という意味である。鳩山邦夫氏は「彼は歴史に詳しい男」と言っていたが、であればなおさら、こういう言葉を安易に用いるべきではない。自民党初代総裁を務めたのは鳩山一郎氏なのだから、鳩山家に「大政奉還しろ」と言ったのだろうか。たとえそうでなくとも「大政奉還」という言葉を安易に使うのは、皇室を蔑ろにした許されざる行為である。

何回も言うようで恐縮だが、鳩山兄弟は、単に鳩山家が政権を取るというのではなく、鳩山一郎氏が唱えた自主憲法制定に回帰する政治を目指してもらいたい。

ともかくこの国難の時期に、政治が混迷を深めているのは実に深刻な事態である。明治維新の精神に回帰し、日本の真に変革しなければならない。まさに維新断行が必要なのである。

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2009年6月16日 (火)

千駄木庵日乗六月十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理なと。父の容態が安定せず、再び看護師さんに来ていただく。何とか小康を得る。

午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「『天の命ずるを性と言い、性に従う道という』というのが『中庸』の基本的考え方。天から与えられたものが人間の中に『命』として入って来る。それが本性である。歩いたところに道が出来る。歩くべき道は天から与えられる。では何故世の中は善人ばかりではないのかという疑問が起る。『中庸』には『喜怒哀楽未だ発せざるを中と言う。発して節に当たる。これを和と言う』とある。偏りのない状態、バランスのとれた丁度いい状態が中庸。神話的世界と人間とのつながりを前提とした考え方。人の上に立つ人は狭量であってはならない。法律を執行する人は相手を尊重すべし。生活で最も大切なのは人と人とのつながり。『仁』とは相手を思いやる心。いつくしみ・優しさが仁の基本。『仁』と『智』とでは『仁』が大切。」と語った。

支那の古典はまことに立派なことが書かれている。これを実践すれば世の中は良くなるであろう。しかし、現実の支那はどうだろうか。全く実践されていないと言っていい。今の支那人の多くは、自分の國の古典を読んでいないのであろう。読む機会さえ与えられていないのであろう。困ったことである。

帰宅後も資料の整理。

            ○

金正日の後継者に内定したと伝えられる三男正雲の側近が長男正男の暗殺を計画したが、事前に察知した支那当局によって先週初めに阻止されたという。正男氏の身柄は支那当局が保護しているという。北朝鮮にいる正男氏側近は粛清されたという。これが事実とすると、北朝鮮と言う国は、わが国で言えば中世・戦国時代とさして変わらない状態ということだ。いやもっとひどい。

こういう近代国家とはとても言えない遅れた国が、核兵器を保有し、わが国のすくそばに存在しているのである。存在しているだけでなく、わが国に敵対しているのだ。まさに「何とかに刃物」である。わが國は本当に危ない状況に置かれている。わが國は、打って一丸となって、北朝鮮の暴発を食い止めねばならない。わが国への攻撃を防止しなければならない。アメリカや支那頼みでは駄目だ。

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2009年6月15日 (月)

千駄木庵日乗六月十四日

午前は父母お世話。訪問看護師の方と共なり。

午後はパソコンやITのことに詳しい友人に来て頂いて、色々指導していただく。この友人が近所にいるので、非常に助かっている。

その後、書状作成・資料整理など。

          ○

このままの情勢で推移すれば、鳩山内閣が出来る可能性が高い。小沢内閣よりはましであろう。「鳩山内閣」は、私が小学三年生頃にもあった。言うまでもなく鳩山一郎氏を総理大臣とする内閣である。当時の文京区は「東京第一区」で、鳩山一郎氏の選挙区だった。鳩山氏がオープンカーに乗って、不忍通りをお礼の挨拶をしながら走って行ったのをかすかに覚えている。近所の人々もみんな喜んでいた。わが家の真向かいの家の娘さんは、共立女子学園に行っていたので尚更であった。

鳩山兄弟は、「友愛精神」を強調している。そして、「友愛を基調とした社会、国家、そして世界を実現する為、有為の人材を育成する」を目的とした「鳩山友愛塾」というのを作っている。塾長の井上和子さんは鳩山兄弟の実のお姉さん(鳩山威一郎氏の長女)で、由紀夫氏と邦夫氏が塾長代行をしている。国会では与野党で立場を異にしていても、ここでは兄弟が文字通り友愛精神で結束しているのである。

「設立趣意書」には、「1953年祖父鳩山一郎は戦後の混乱から日本再建の為、自らの政治信念に従い友愛思想を提唱。」「友愛の淵源は、クーデンホフ・カレルギー伯(汎ヨーロッパ運動主催者)の友愛革命を原点とし、その目的は人類の人格の尊厳を基調としての相互尊重、相互理解、相互扶助であり、人道主義、人格主義、協力主義、そして騎士道、武士道までも包含した謂わば紳士と淑女の人間関係の涵養であり、その核心は母性愛を根源とした人間や自然に優しい世界の醸成であります。」「鳩山友愛塾はこの友愛を規範とし、個の確立をはかり、世界に平和と人類の幸せを実現する為、有為の人材を育成し、以ってその使命を遂行すべくここに設立いたしました」とある。

鳩山一郎氏は、昭和三十年に発行された谷口雅春師との共著『危機に立つ日本-それを救う道』という書物の中で、「民主主義教育と生命の実相」と題する文章を書き、「私の友愛運動を簡単に要約すれば、すべての人間は神の子である、よって人々は自己を貴ぶと同時に他の人々をも貴ばねばならぬ。四海同胞の友愛精神はこの思想を基盤として発展せしめ、民主主義の徹底を期するということにある。この運動を生命の実相の立場から言えば、結局自他一体運動に外ならないのである。」と論じている。

さらに昭和五十四年に発行された『生長の家に寄せる各界著名人の声 光のこだま』という書物には、鳩山一郎氏の「新時代のバイブルの出現」と題する文章が収録されている。それには、「私は先年来『生命の実相』を愛読しているのであるが、この書に盛られている内容は、哲学、宗教、心理学、教育学等すこぶる多方面に亙っているので、簡単に名称づけることは困難である。しかし、私はこれを概評して『近代人間学』と名づけたい。更にいうならば『本来の完全なる人間』を引き出すがための『新時代のバイブル』である。(中略)『生命の実相』を宗教的方面から見た場合には、近代的な万人の宗教ということが出来る。従来キリスト教と仏教とはその教説において各々主張するところが相違い、相反し、両教互に論駁すること数百年に及んでいるのであるが、『生命の貫相』 においては、両教最大の相違点であるところの、キリスト教の所説『神が宇宙を創造した』という説に対し、仏教は『無明が宇宙を創造した』という、この相異なる両説が見事に解決され渾然と融和している。」と書かれている。

私は、鳩山一郎氏の「友愛精神」は、クーデンホフ・カレルギーの影響というよりも、谷口雅春師の影響によるものと考える。谷口氏の著書『生命の実相』を「新時代のバイブル」とまで絶賛していることによってもそれは明らかであると思う。

何故私はこのことに拘泥するかというと、今後、鳩山由紀夫内閣が誕生した時には、鳩山一郎氏と谷口雅春師の「宗教精神」に立脚した政治を行ってもらいたいからである。また、鳩山一郎氏は、何回も書くが、大変な愛国者であり、「自主憲法制定」を強く主張した「真正保守」の政治家だっし、鳩山一郎氏の大きな影響を与えた谷口雅春師も、大変な愛国者であったからである。ともかく左翼革命勢力や反日勢力との提携を断じて避けてもらいたい。

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2009年6月14日 (日)

千駄木庵日乗六月十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、道玄坂のフォーラムエイトにて、「日台関係半生とこの一年」と題して講演し、「馬英九氏の両親とも、生粋の国民党員。国民党系の学校で高等教育を受けている。馬英九氏は幼少の頃から書道教育を受けた。古典を暗記させられた。女の子四人の中の一人の男子として育てられた。父は、台北市国民党の副主任を務めた国民党中級幹部。母親は石門ダムの事務所に勤務した。当時として恵まれた家庭。高校三年の時に国民党入党。

台湾大学では弁論部に入る。この頃から政治志望。陸軍総司令の子供の家庭教師をつとめた。大学三年の時に七十日間訪米。キッシンジャー訪中の直前だった。これがその後の人生に大きな影響を与えた。尖閣問題で台湾留学生がアメリカ西海岸主要都市でデモをしているのを目撃した。そのデモは『日本帝国主義は釣魚島から出て行け』というシュプレヒコールを叫んでいた。中華民国ではデモは許されないので、感銘を受けた。アメリカの学生自治を羨ましく思った。帰国後、台湾における『保釣運動』(尖閣諸島運動)に積極的に参加した。

一九七一年に、『万年議員は民主主義に反する』という論文を書いた。『日中国交正常化』が行われた時に、訪台した椎名特使への抗議運動に参加した。『打倒日本帝国主義』の運動を指導。一九七二年、徴兵により海軍陸戦隊に入隊。七四年、ニューヨーク大学法学修士課程に留学。留学生新聞の編集長・主筆を務める。七八年、ソルジェニツィンの講演を聞き感動。八〇年、ハーバード大学で博士号授与される。

八一年、蒋経国総統の英文秘書になる。八四年、国民党副秘書長に三四歳で抜擢。九三年、法務部長。國民党中央委員。九八年台北市長。〇八年、総統に選出。今年六月九日、『活字や印刷は正体字でも書くのは簡体字で良い』と発言。謝長廷氏は、『秦始皇帝は、同じ字を書き、同じ軌道の車を使うのは天下統一のためと言った。台湾の学問研究の独自性、台湾の文化的独自性がなくなれば台湾の存在価値が消え、中国への統一に道を開く』と批判。馬総統は、『大陸の人も正体字が読めるといいと言ったのであって、台湾では読むのも書くのも正体字である』と釈明。

世論調査で、台湾独立あるいは現状維持支持が八一%。統一支持は一・二%。」と語った。

この後、日本橋高島屋で開催中の「細見美術館開館10周年記念展 日本の美と出会う-琳派・若冲・数寄の心-」参観。「昭和の実業家、細見良(初代古香庵)に始まる細見家三代が60年余りを費やして蒐集した日本美術の名品は、内外屈指のコレクションとして知られています。開館10周年を記念する本展では、多彩な所蔵品の中から選りすぐった約90点を一堂に展観いたします。」(案内書)との趣旨で開催された。伊藤若冲・葛飾北斎・中村芳中・池大雅などの江戸絵画、細見良氏が蒐集した茶道具などを見る。

夕刻、上野で、ある落語家の方と懇談。

帰宅後は、「政治文化情報」の原稿執筆・完成・送付。

        ○

馬英九氏は「私は反日ではない」と言っているが、親日でもあるまい。今すぐに台湾側の意志で共産支那と統一する可能性は低いであろう。しかし、共産支那は、経済・文化・政治などありとあらゆる面で「統一工作」を仕掛けてきている。しかも戦後大陸から逃げて来た支那人とその子孫が牛耳っている国民党政権とその支持者は、台湾の支那化を望んでいる。台湾は、台湾としての自主性・独自性を堅持するか、あるいは「中華民族」に組み込まれる道を選ぶが、重大な岐路に立たされている。

政権交代・国民党の復権が、台湾の自由と独立を侵害しつつあることは確かである。そうした運命を決めたのは台湾人自身である。馬英九政権を選んだのは台湾人である。

我が国も、政権交代が行われようとしている。民主党政権が誕生したら、台湾と同じように、日本の独立と自由が、侵害される危険が高まる。そんなバカなことがと言う人もいるだろうが、国防・安保・憲法・教育・外交・歴史問題という国家基本問題で、民主党・社民党・国民新党が自民党よりもまともということは絶対に言えない。自民党が如何にだらしなくとも、駄目であっても、民主党の政権を取らせるよりは自民党の方がまだましである。

しかし、自公が三分の二以上の議席を獲得することはあり得ない。日本の政治は、総選挙の後、今以上に政治が混迷を深める。愈々以て日本の危機は深刻である。

しかしNHKへの抗議運動を見ても明らかなように、敵が動きを強めれば、わが方も動きを強める。民主党政権が誕生し、日本をおかしな方向に引っ張っていくようになれば、真正保守・維新勢力の糾弾運動・批判活動が活発化すると思う。否、活発化させねばならない。ともかく国を滅ぼす勢力は断固として粉砕しなければならないのである。

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2009年6月13日 (土)

千駄木庵日乗六月十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昼は、知人と懇談。富山県出身の方なので、北陸地方で収穫される食材のおいしさ、酒のうまさなどについて語り合う。私は、福井県と石川県にはご縁があり、度々訪れたのだが、富山県には、宇奈月温泉に一回行っただけなのが残念である。

午後からは、諸雑務・原稿執筆。

      ○

鳩山邦夫氏は、麻生太郎総理へ辞表を提出後、自らを西郷隆盛になぞらえ、「西郷隆盛翁が征韓論の際、岩倉具視に『岩倉公、あやまてり』と言って潔く政府を去った。西郷公も信念の人だから。私も潔さが大事だから」「自民党政権には見切りをつけていないが、『政府に尋問の筋これあり』という(西南戦争での)西郷隆盛の有名な言葉があり、そういう心境だ。」と語ったという。

私は、西郷隆盛についてはある程度勉強しているが、岩倉具視に「岩倉公あやまてリ」と言ったというのは初耳である。西郷氏が桐野利秋(人斬り半次郎)を帯同して岩倉邸に行き、朝鮮派遣使についての西郷の希望を容れるように強く迫ったところ、岩倉に「わしの目の黒いうちは勝手な真似はさせんぞ」と言われ拒否された。帰途、西郷は桐野に「岩倉右大臣、よう踏ん張りなすった」と誉めたということは何かの本で読んだことがある。

『政府に尋問の筋これあり』という言葉は、大久保利通内務卿の腹心・川路利良警視総監が、「西郷隆盛暗殺」を部下に命じ、刺客(鹿児島出身の警視庁密偵)を鹿児島に送り込んだとされる事件について、西郷隆盛たちが、大久保・川路らの犯罪行為糾弾のために上京しようとした時の、各県庁への届書きに書かれている言葉である。その届書きには、

「拙者共こと、先般御暇の上、非役にて帰県致し居り候処、今般政府へ尋問の筋之あり、当地発定致し候間、御含みの為この段届け出候、もっとも旧兵隊のもの随行し、多数出立致し候間、人民動揺致さざるよう、一層の御保護依頼に及び候なり。明治十年二月 陸軍大将西郷隆盛 陸軍少将桐野利秋 陸軍少将篠原國幹」

と記されていた。

葦津珍彦先生は、「天下の法を守るべき内務卿大久保、大警視川路などが、暗殺を企てるような刑法犯罪を敢えてするというのでは、これは天下の大法は立たず國は亡ぶる。…さらにその犯罪があるから問責すると言って上京しようとする人民に対して釈明もしないで、武力でこれを阻止しようとする…こうした政府の無法に対する抵抗としての武力行使は正当防衛であり、名分が立つ。」(『永遠の維新者』)と論じておられる。

西郷隆盛は、「政府の違法行為」に対して立ち上がった時の言葉を、今回、鳩山氏が口にしたことをどう評価するかは、今は論じない。鳩山兄弟に望むことは、「友愛」という事と共に、鳩山一郎氏の「自主憲法制定」の志を継承してもらいたいということである。それをしないのでは、真に「正義」が立つとは言えない。

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2009年6月12日 (金)

千駄木庵日乗六月十一日

その後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、あの声楽家の方と懇談。

その後、諸雑務。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。同志の方々と総選挙後の情勢にどう対処するか、日本放送協会の偏向放送にどう対処するかなど、当面する諸問題について討議。

帰宅後も健康執筆。

          ○

自公連立政権が崩壊することは必至の情勢というのが大方の見方である。民主党がどの程度議席を取るか。単独過半数を獲得するという意見がある。その可能性が高い。

日本国の真の再生、天皇国日本の真姿回復が、維新勢力・真正保守勢力の最大最高の目的なのである。どのような政権が成立しようとも、また、どのような政治状況になろうとも、その原点に立って、運動を進めて行かねばならない。

社民党が連立に加わると秋波を送っているのを見ても、そして民主党内に、社民・共産と同じような政治思想を持つ勢力が多く存在することを見ても、民主党が政権を取ったら、憲法・国防安保・教育・歴史問題など国家基本問題が、今以上に混迷を深めることは目に見えている。

しかし、民主党が政権を取る可能性が高いし、たとえとらなくとも、今以上に議席を伸ばし、自公政権が崩壊する可能性は非常に高い。ともかく、政治がますます混乱するのだ。その混乱を、維新勢力・真正保守勢力の目的達成の好機ととらえて、前進して行かねばならない。

一言でいえば、どんな政治状況になっても、國體破壊勢力・反日勢力の徹底的な打倒を目指すのみである。それが維新運動を行う者の使命である。

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2009年6月11日 (木)

千駄木庵日乗六月十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後十二時半より、三田で開かれた会合にてスピーチ。

帰宅後は、原稿執筆。

夕刻、知人と懇談。

その後も原稿執筆。

           ○

今日発売された「月刊・文藝春秋」に、鳩山由紀夫氏が「わが政権構想」を発表している。政権構想と銘打ちながら、何と「猛獣小沢をこう使う」という題名である。政権構想とは、政権を掌握したら、国家の発展と国民の幸福のためにこういう政策を実行するということでなければならない。ところが小沢氏と自分との関係や、小沢一郎についてどう考えているかということが内容の大部分を占めている。

また、肝心要の政治理念・政策面は、例によって「官僚批判」と「弱肉強食批判」と「友愛精神」を少し論じただけである。

憲法をどうするのか、国家安全保障はどうするのか、教育荒廃をどうするのか、共産支那と北朝鮮の脅威にどう対処するのか、軍事的な国際貢献をどうするのか、という今日最も重要な「政権構想」「国策」には一切触れていない。これでは、政権構想にはなっていない。

極論すれば鳩山氏は、政権交代だけを目指し、日本をどうするかについては、明確の原理を持っていないのだ。民主党が単独で過半数を取れなかった場合、否、取ったとしても、政治が大混乱に陥るのは目に見えている。鳩山兄弟がその時どういう動きをするかが、問題である。

真正保守勢力=真の国家革新勢力が結集して、真の日本の再生のために奮起しなければならない。

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2009年6月10日 (水)

千駄木庵日乗六月九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、諸雑務及び原稿執筆。

         ○

鳩山総務相は、日本郵政の西川善文社長が出席して開かれた参議院総務委員会の後「最初と最後、(西川社長と)握手しました。これは人間同士ですから、仕事を離れれば、酒飲み友達だっておかしくはないわけだから。友愛精神です」と述べた。

「友愛精神」とは、鳩山由紀夫・邦夫両氏の祖父である鳩山一郎氏が唱えた言葉である。生長の家の谷口雅春先生は、その著『解放への二つの道』(昭和三十年発行)において、谷口師が、「鳩山一郎氏は、生長の家の『汝ら天地一切のものと和解せよ』という教えを応用して『友愛政治』ということを言い出した。生長の家の教えが鳩山氏の政治によって実現すれば『天地一切のものと和解する政治』であるから、天地間のすべてのものが喜ぶ政治が出来る。」と論じた文章を、鳩山氏が「自分の心境は此処だ」と言って、一千部注文して同志に配ったと書いておられる。

また、今私の手元にはないが、「新生活に関する七つの意見」という生長の家出版部発行の書籍で、鳩山氏自身が谷口氏の著書「生命の実相」を愛読していることを書いている。鳩山氏の「友愛精神」は、谷口師の教えの影響であることは確かである。

「だからどうした」と言われると困るが、鳩山兄弟が「友愛精神」を強調するのなら、「酒飲み友達」という程度ではなく、その根底にある宗教精神をよくよく噛みしめてもらいたいと思う。また、前にも書いたが、鳩山一郎氏は「自主憲法制定」を強く主張した。これも谷口氏と同じ主張であった。鳩山兄弟も、祖父の思想を継承して、「友愛精神」のみならず「自主憲法制定」を強く主張してもらいたい。

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2009年6月 9日 (火)

千駄木庵日乗六月八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。父の容態が落ち着いたようなのでほっとしています。

午後からは在宅して、「政治文化情報」の原稿執筆。

夕刻、知人と懇談。

               ○

今書いている原稿は、四月下旬の大和路の旅日記です。神武建国の故地を訪ねた旅なので、色々書くことが多く、史料や神話を色々学びつつ書いています。ご案内頂いた方から貴重な資料や写真などをお送り頂き助かっています。

日本国の生成は、まことに麗しい歴史であることを実感します。神々への祭と祈りが国家生成の根本になっています。神国日本というのは決して嘘ではありません。神国日本とは「神々の御加護とお導きのもとに生まれた国が日本である」ということだと思います。日本国民はそのことに感謝し、有り難く思うことが大切であります。傲慢になったり排他的になってはならないと思います。また、日本天皇の国家統治は祭祀と一体であります。祭政一致とは神を祭り神に祈りつつ政治を行うということであります。

今回、旅日記を書いていてあらためて実感したのは、神話の世界が今日唯今の日本の国土に中に生き生きと生きているということであります。神話とは遥か遠い昔の伝説ではありません。今日唯今の生きているのであります。太古の祭りが今日も皇室祭祀に継承されているのです。天皇・皇室のご存在の有り難さをしみじみと感じております。

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2009年6月 8日 (月)

千駄木庵日乗一月七日

未明、父の容態に変化があり、病院に

付き添って行く。医師の診察と治療を受け、小康を取り戻したので帰宅。日が長くなっているので、帰りは明るかった。大変キザな言い方だが、父や母のお世話をするようになって、あらためて親の有難さを実感するようになっている。

午前は少し休憩。

午後一時半より、靖国神社境内の靖国会館にて、「みことのり普及・講演会」開催。井上順理素行会会長(文学博士)が講演し、「学問即科学ということになっている。科学は明治になって入って来た西洋の学問。それ以外に学問は無いという明治以来の日本の教育は決して正しくはない。明治以前は日本や東洋には学問がなかったということになる。山鹿素行まっとうな学問をした人。それを受け継いだのが、吉田松陰・乃木希典である。西洋の科学とは何の関係もない。明治以後、西洋の翻訳を教科書にした。日本人はすぐに付和雷同して本物でないものに一生懸命になる。外国崇拝に陥り、一切の価値の基準を外国に置く。明治初期は西洋一点張りで。日本のそれまでの学問を全て捨ててしまった。明治から大正にかけての学校教育は失敗だった。

学ぶとは習うこと。模範・師匠の教えを学ぶのが学問。道徳信が学問の基礎になければならない。西洋の学問の基礎は、愛知主義。知を第一に考える。知識欲が第一。自然を開拓し、自然と戦い、自然を征服して、人間生活を立てることが、学問の出発。ものを成立せしめている根拠・理をきわめなければ、自然を征服することが出来ない。真理の探求が学問の出発点。日本人は自然に神が宿ると考える。ギリシアで発達した学問し現実性がない。現実に役立つことを度外視する。学問とは理論化であり体系化であるとする。

明治十五年に、明治天皇が発せられた『幼学綱要頒賜の勅語』に、『年少就学、最も當に忠孝を本とし、仁義を先にすべし』と示された。『智識才藝』『各科の學』が科学。明治天皇は、明治十九年、東京大学に行幸された時、『理科、法科、医科などは益々進歩するといえども本とする修身の学科は見るところなし。真成の人物を育成するは得難きなり』と仰せられた。道徳を本とし才藝を末とするのがわが國の精神。国民生活の源泉は詔の拝承にある。」と語った。

大変申し訳ない次第だが、ご講演の後半はどうしても睡魔に打ち勝つことが出来なかった。

そして、質疑応答が行われた。

帰宅後は、原稿執筆など。

            ○

私の母校二松学舎の理事長をしておられた浦野匡彦先生は入学式の度に、『明治天皇が東京大学にご臨幸あらせられた時、一体日本の学問は何処でやるのかと仰せになり、あわてて古典学科が作られた。わが二松学舎は日本伝統の学問を継承する』ということを言われていた。明治初期は、西欧の学問・思想・文化などを取り入れるのに汲々として、肝腎の日本の学問は軽視されていた。近代日本建設をになった人々に、日本傳統精神を正しく継承する人が少なかった原因はこういうところにあったのではないだろうか。もちろん、西洋の学問を学ぶことは大事であるが、やはりその根底に日本伝統精神がきちんと確立されていなければならない。それは今日においても言えることである。

また、近代以後、学問は西洋的に分化され分割された。昔は漢学という言葉で、くくられていた学問が、中国思想・中国文学などに分化された。国学も、国文学・日本思想・国語学などに分化された。広く包み込む学問態度が失われた。そして国学者・漢学者はすでにいなくなった。私が二松学舎大学に入学した時の、名誉学長・那智左傳先生は、和服を着てひげを蓄えた、江戸時代の昌平坂学問所の先生のような漢学者であられた。濱青洲先生という漢学者もおられた。

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2009年6月 7日 (日)

千駄木庵日乗六月六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後十二時より、青山霊園にて「無名烈士八十五年忌法要」執行。無名烈士遺言奉読・読経・焼香が行われた後、山口申・山浦嘉久両氏による呼び掛け人代表挨拶、頭山興助氏による施主挨拶が行われた。

この後、北青山の大東会館にて、吉田忠雄明治大学名誉教授が「排日移民法の軌跡について」と題して講演し、「戦略のない国家は羅針盤のない船と同じ。戦略なき国家は大正時代から続いている。日本とアメリカが開戦するなどとは考えていなかった。昭和十六年後半になって追い詰められて日米開戦となった。それまでは仮想敵国はソ連だった。日本軍は戦略が無きため政府の反対にもかかわらず、中国戦線の泥沼に引き込まれていった。スターリンは日本と中国を戦わせる謀略を練っていた。米大統領の周辺にも日米を戦わせる布石を打った。近衛文麿・松岡洋右が日・ソ・独・伊で米英を抑え込もうと考え、日本の戦略を大きく変えた。国家はあっという間に変わる。

アメリカは移民によって成立した国。オランダ・フランス・イギリスが北米に入った。これらが建国の民族。九十年後イタリアや東欧諸国の貧しい人々が空いている所に住んだ。新移民は独身が多かった。西海岸は未開拓。鉄道建設の労働者として中国人を引っ張って来た。中國人はよその國に溶け込まない。チャイナタウンをつくる。

日本人が排斥された原因は、日本人はよく働くがマナーが悪かったから。そこで日米紳士協定を結び、日本人が自主的にコントロールすることになった。アメリカは移民を制限する國に変化。日露戦争後、日本は名誉白人になったが、日本人を特別扱いしなかった。大正十三年、アメリカで帰化不能外国人の移民を認めずという法律が作られた。東京の米大使館を脇における日本人男性が抗議の割腹自決を行った。日本人は憤激した。しかしアメリカには自覚がなかった。

今後、中国が、日本からアメリカを引き離すように仕向ける可能性あり。日本の國は日本が守るのが根本。憲法を改正し、自衛軍が誇りを持てるようにすべし。今後、中国は一人っ子政策のツケで人口減少に悩む。急速に高齢化社会になる。」と語った。

この後、直会が行われた。

帰宅後は、原稿執筆など。

         ○

人種差別は実に根深いものがある。今日も続いている。白人が神に選ばれた人種であり、有色人種はその支配下にあるべきであるという観念はそう簡単に払拭されるものではない。日本民族の台頭は、白色人種にとって脅威であると共に、許し難いことなのであった。だから何としてもこれを食い止めねばならないと考えた。それが日米戦争の遠因である。

それと共に、日本民族も、日清・日露両戦争の勝利によって、西洋覇道精神に冒され、おごり高ぶり、真の日本精神を忘却したこともまた事実である。ソ連は、アジアの共産化と自国の派遣拡大のために、日本を叩きつぶそうとした。そのために、南進論を煽り、さらに、支那大陸に日本が深入りするように仕向けた。その手先になって、「日米開戦」「国民政府を相手とせず」の世論を煽ったのが、尾崎秀実であり朝日新聞なのである。朝日新聞こそ、日本を泥沼に戦いに追いやった戦争責任者である。

今後の日本はこうした歴史に学び、正しい国家戦略を打ち立てねばならない。支那大陸には決して深入りしないことが大事である。

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2009年6月 6日 (土)

千駄木庵日乗六月五日

午前は父母のお世話。

午後からは在宅して、資料の整理及び原稿執筆。

夕刻、小中学校の後輩に当たる人たちと懇談。

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最近の動きを見ると、どうも鳩山兄弟は政界再編というか新党結成を目指しているように見える。「血は水よりも濃し」というが、鳩山邦夫氏は、郵政問題を奇禍として麻生から離れ、由紀夫氏と手を結ぶ可能性がある。

鳩山由紀夫・邦夫両氏の祖父・鳩山一郎氏は、自由民主党の初代総裁である。いわゆる「吉田ドクトリン」に反対して、昭和三十年に自民党が結党された時に定められた、「政綱」に、「日本の憲法を自主的に改正する」という結成目的を謳った。鳩山一郎氏は、アメリカから押し付けられた憲法ではなく、日本人が自らの手で憲法をつくる、つまり自主憲法制定を提唱したのである。ただし、吉田茂氏も本心は改憲を目指していた。

鳩山兄弟が真に政界再編を目指すのなら、鳩山一郎氏の「友愛精神」の継承と共に、「自主憲法の制定」の精神も正しく継承すべきである。しかし、この二人は、そうした真正保守の政治姿勢が正しく確立しているのかどうか。今後を注視したい。

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2009年6月 5日 (金)

千駄木庵日乗六月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、「月刊日本」連載中の「萬葉集」講義の原稿執筆・完成・送付。そして「大吼」連載原稿の校正。その後、「政治文化情報」の原稿執筆。今日も又忙しい一日でした。

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鳩山邦夫氏が、日本郵政の西川善文社長の続投を認可しないと主張し、妙にいきり立って「私に認可権限がある。」「政治家の言葉は重い。私は信念を曲げることはしない」「正義のため」「曲ったことは許さない」とか言っている。そして首相に罷免されることも覚悟で西川氏の続投を認めない考えを強調している。私はこの問題にはさして興味は無いが、鳩山氏が「正義」を強調していることが気になる。

これまで「正義」を主張し、「世紀末的危機」「終末」を煽り、そして「救済・革命」を説いてきた宗教運動や政治運動は、かえって闘争と殺戮を生んできた。

政治面では、スターリンも毛沢東も金日成もポルポトも自分の主義主張が正義と信じ込み、國民全体にこれを強制し、自由を奪い、そして何百万何千万という人々を大量虐殺した。宗教面では、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立は、テロや戦争を生んでいる。

オスカー・ワイルド(イギリスの劇作家・小説家)に、「もっとも害を与える人は、もっとも善いことをしようと努めている人だ」という言葉がある。「自分の行っていることが正義だ」と信じ込み実行する勢力や個人が、殺戮を行い、世の中を暗黒にし、独裁政治を生み、國民から自由と繁栄を奪うという意味であろう。

自由で幸福な世の中とは、ある特定の人が唱える「正義」を絶対のものとして民衆に押しつける世の中ではない。独裁者は必ず「正義」を旗印として独裁政権を手に入れる。レーニン、スターリン、ヒトラー、毛沢東、金日成などは皆そうだった。

真に正義を尊重し正義の実現を目指す人は、そしてそれが権力を持つ人であればなおさら、自由で柔軟で大らかな精神を持っていなければならない。正義や人間の幸福は法律や権力のみによって実現されるものではない。法律や権力のみによって実現された正義の世の中とはロボットが動く世の中と同じである。

「正義」の呪文を唱えながら、自由を否定する狂気は暗黒と専制の世の中をもたらす。それが一七八九年革命直後のロベスピエール独裁下のフランスであり、革命後の旧ソ連であり、共産支那であり、北朝鮮である。独善的な宗教教義や政治思想の教条に支配されることなく、自然に國民を正しき道を歩ましめることが必要である。

鳩山氏の発言はこれほど大げさな問題ではないが、あまり軽々しく「正義」を主張しない方がいいのではないか。大学卒業以来長年にわたって鳩山邦夫氏の秘書を務めた民主党の牧義夫衆院議員が、郵便法違反罪で起訴された障害者団体「白山会」会長・守田義国被告が社長を務める経営コンサルタント会社から政治献金を受けていたことを考えればなおさらである。

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2009年6月 4日 (木)

千駄木庵日乗六月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

父の容態に変化があり、病院に連れて行く。医師の診察と治療を受け、小康を取り戻したので帰宅。

この二三カ月こういうことはなかったのですが、今日は苦痛を訴えましたので、病院に連れて行きました。総合病院なのですが、何時も大変な混雑です。診察を受けるまで廊下で長く待たされます。九十歳の老人がしかも自分の父親が苦痛に耐えながら、廊下の椅子に座っているのを見ているのは本当に辛いものがあります。看護師に言って、何とか診察室に入れてもらい、ベッドに横たわらせました。病院がわざと診察室に入れないわけではないのです。患者が多くて、ベッドが空いていないのです。しかし、患者自身とその家族にとっては本当に辛いことであります。

この病院はよくやってくれていると思うのですが、意思の疎通を欠きますと、疑心暗鬼になることもあります。以前、治療を受けに来た時、若い医者が一応の診察と治療をしたのですが、私が「入院させたいのですが」と言いましたところ、「その必要はない、ベッドもない」と答えました。ところが、その帰り、タクシーの中で父が激しく苦しみ出しました。すぐに病院に戻り、別の医師が診察したところ、すぐ入院ということになりました。空いているベッドはあったのです。さすがにこの時は普段言いたいことの半分も言えない大人しい僕も怒りました。「朝生」の時と同じくらいの大音声を発しました。弱者である患者とその家族が、頼らざるを得ない医師が嘘をつくというのは絶対に許されざることです。

医師と病院は嘘をつくということがあるのです。患者は何を言われても、医師と病院を信じるしかない弱い立場であります。発覚しない誤診とか医療ミスというのは相当多くあるのではないでしょうか。

帰宅後は、資料の整理及び「政治文化情報」次号の原稿執筆の準備。大和路旅日記の続きです。

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今日は、ある方から「政治文化情報」の購読申し込みがありました。「大変厳しい財政状況ですが、内容が素晴らしいので定期購読させていただきます。ご活躍をお祈り申し上げます」とのお便りをいただきました。この方は今、ある目標達成のために懸命の努力をされている方であります。本当に有り難くまた申し訳なく思います。感謝合掌。

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2009年6月 3日 (水)

千駄木庵日乗五月二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、資料の整理。何しろたまる一方の雑誌・新聞の切り抜き・分類・整理は大変です。しかし、勉強になります。撮りだめしたビデオを見ながらの作業ですから、遅々としてとは言わないまでも、なかなか進みません。

夕刻、地元の先輩と懇談。近くに住んでいた古今亭志ん生、金原亭馬生、古今亭志ん朝の三氏のこと、落語のこと、すし屋・ラーメン屋・焼肉屋の数は多いが、安くてうまい店は少ないなどということを語り合いました。

志ん生氏は、都電に乗って上野の「鈴本演芸場」に通っている姿を子供の頃よく見ました。馬生氏は、私宅近くに日本舞踊を習いに来ていました。そこで知りあった方と結婚され、池波志乃さんが生まれました。志ん朝氏は、私の小学校・中学校の先輩です。わが家の前の大給坂の上には宝井馬琴氏が住んでいました。馬琴氏には親しくさせていただきました。ある時、「四宮君。今日本に右翼はいるのかねえ。いるなら何故田中角栄は生きているんだい」と過激なことを言われたことがあります。今は、隣町の根津に立川談志氏が住んでいます。下町ですから、やはり芸人の方が多く住んでいます。

帰宅後も、資料の整理。

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今日は資料整理をしながら約十年前に収録した「新潟県警不祥事」のニュースや特集番組などを見ました。国家公安委員会と各都府県の公安委員会の改革はどうなったのか。警察のキャリア制度はどう改革されたのか、その後さっぱり報道されません。有耶無耶になったのでしょうか。新潟県警・神奈川県警の不祥事が起って大分経過してから、鹿児島県警の冤罪事件が起こりました。警察改革が正しく行われたとは言えないと思います。日本人というのはどうも忘れっぽいようで困ります。

検察・警察への不当不法な政治介入は絶対にあってはなりませんが、検察・警察に対するチェック機関が存在しないとか、正常に機能しないということも絶対にあってはなりません。検察・警察へのチェック機構は、政党政派から独立していなければなりませんが、検察・警察からも独立していなければなりません。

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2009年6月 2日 (火)

千駄木庵日乗六月一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理など。

午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「宗教的儀礼に、その当時の人が世界をどのように見ていたかが表れる。五経とは『易経』『詩経』『書経』『礼記(らいき)』『春秋』。四書とは『大学』『中庸』『論語』『孟子』。朱子は、儒教に入門するには膨大な資料の中から、四書から入った方がいいとした。『大学』には『大学の道は明徳を明らかにするに在り』と書かれている。『明徳』『親民』『止至善』の三つを『三綱』という。『徳』とは上に立つ者としての能力。

『物に本末あり、事に終始あり、先後する所を知れば則ち道に近し』(物事には根本と末端とがあり、はじめと終わりとがある。そのことをわきまえて何を先にして何を後にすべきかが分かるなら、正しい道を得たことになる)と書かれている。目標に到達するには、始めが肝心。初めの一歩を間違えると後に困る。これは二千年前の言葉である。現代に於いてもなかなか実践されない。人間の心の扱いにくさは古代からの課題。

中国では男子が家を継ぐのが前提。養子が家を継ぐことは中国ではあり得ない。妻に男子が生まれなかったら、その家は絶える。故に支配者は一夫多妻であった。祖先を祭る人がいなくなる。中国は夫婦別姓。女性を尊重したのではなく、女性をその家の家族と認めなかったから。女性は物として扱われ、奴隷として送られてきたと考える。『孝経』に『身体髪膚之れを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり』とあるにもかかわらず、『纏足』という風習があったのは、女性を人間と思っていなかった証拠。」と語った。

帰宅後も資料の整理。

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「纏足」とは、支那で、女性に対して子供のときからを巻かせ、足が大きくならないようにする風習。唐末ごろに始まり、宋代から流行した。こうした野蛮にして畸形な風習が生まれ近代まで続いた原因は、①小さい足の女性の方が美しいと考えられたこと。②纏足の女性はうまく歩けないことから、女性が逃げられないようにし、女性支配の手段にしたこと。③内股の筋肉が発達するため、女性の局部の筋肉も発達すると考えられた。の三つであるという。

「纏足」というのは、「宦官制度」と共に、何んとも気味が悪いというか、ぞっとするような風習である。私の幼い頃、わが街にも、纏足の支那人女性が住んでいたのを思い出す。

女性蔑視は、支那から渡来した精神であり、「からごころ」である。わが国には本来的に女性蔑視の精神は微塵もなかった。わが國は、支那から仏教や儒教を輸入したが、「纏足」「宦官」などという悪習は拒絶した。また、「易姓革命思想」も拒否した。まさに「良きを取り悪しきを捨てる」というのが、わが国の精神傳統である。

「儒教」というのは、説いている「徳目」は素晴らしいものがあるが、支配者のための思想であり、女性蔑視の思想である。また易姓革命肯定の思想である。そこはよくよく注意しなければならないと思う。

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2009年6月 1日 (月)

千駄木庵日乗五月三十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して書状執筆、資料整理など。

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沖縄県護国神社宮司の伊藤陽夫先生より、伊藤先生が最近上梓された『大御心と沖縄』(京都市中京区室町通御池上る御池之町44 京都通信社発行)という本の贈呈を受けた。

その本の「あとがきにかえて」によると、伊藤先生が本年二月、「全国護国神社神職皇居勤労奉仕団」の団長を務められた時、皇居に於いて、天皇・皇后両陛下にお会釈を賜り、天皇陛下から「遺族の方もご高齢になられていますので心の支えになってあげて下さい」、皇后陛下からは「神霊のお護りを宜しく」とのお言葉をいただいた。

奉仕を終えて靖国神社に帰って来たら、宮内庁職員二人が来られ、勤労奉仕への懇ろなお礼の言葉に続いて「これは侍従職から預かってまいりましたものですが、皇后さまから『沖縄県護国神社からお越しの方がおられたので、この『瀬音』という本を差し上げて下さい。沖縄県護国神社を詠んだ歌が載っていますから』という言葉であったらしいです」と言われながら、皇后陛下御歌集『瀬音』を下賜されたという。

その御歌集には、

「鹿子じものただ一人子を捧げしと護国神社に語る母はも」

という御歌が収められていた。伊藤氏は、『あとがき』に「天皇陛下から沖縄に対する特別のお言葉を賜り、その上、皇后陛下から格別のお心配りまで頂戴いたしました。只ならない神はからいを感じ、その忝さを胸に抱いて帰沖しました。今は粛々といかにこの御心にお応えするべきか、神社ではこの御歌の『歌碑』を境内に建立させていただく計画をすすめ始めました。そして、ささやかながら小生個人も何らかの微忠の印になるものを御返礼にと思いついたのが、この小冊子『大御心と沖縄』の上梓でありました。」とつづっておられる。

この伊藤先生の御本には、

天皇陛下の

「精魂を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき」

「広がゆる畑 立ちゆるしろやま 肝乃志のはらぬ いくさ世のこと」

などの御製、そして、皇后陛下の

「年ごとに月の在りどを確かむる歳旦祭に君を送りて」」

「海陸(くが)にいづへを知らず姿なきあまたの御霊国護るらむ」

など御歌が収められている。

また、沖縄に関する両陛下の御聖徳について、真心のこもった涙なくしては読めぬ文章がつづられている。

伊藤陽夫先生は、尊皇敬神愛国の士であり、学識深く、小生の学生時代より、色々ご指導をいただいている。伊藤先生は、生長の家の谷口雅春先生より深く信頼され、生長の家長崎総本山の龍宮住吉本宮の神職を務められた。その後、京都の八坂神社や神戸の長田神社、東京の明治神宮に奉仕され、現在、沖縄県護国神社宮司を務められている。伊藤先生の長年の尊皇敬神愛国のまごころが、今回このような形で結実したと拝する。

私も、以前、皇居清掃奉仕に参加させて頂いた。東宮御所にて、当時、皇太子同妃両殿下であられた天皇皇后両陛下の御会釈をいただいた時、団長であられた犬塚哲爾氏が「本日は沖縄からも参加しております」と両陛下に言上した。両陛下は、沖縄から参加された松田昌雄・下地真路両氏の前まで進まれ、お言葉を賜った。松田・下地氏は、涙を滂沱と流しておられた。伊藤先生の御本を拝読して、このことを思い出した。私にとっても、一生忘れることのできない思い出である。

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