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2009年5月19日 (火)

千駄木庵日乗五月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理など。

午後七時より、午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「瑯邪山(山東省諸城県南東にある山)は宗教上重要な地。道教の前身の宗教が発生した地の一つ。牛・羊・豚の三牲を具備して祀る。少年少女を供物として捧げた。陰陽五行説もその淵源はこの地方の信仰から来ていると司馬遷は見ている。中国の海岸には、海の向こうにあの世・神仙の住む世界があると信じていた人がいた。水の底に理想の地があると信じて死んでいった。

人間が作ったものにも神が宿っていると信じた。竈の神がその一つ。春は戸を、初夏は竈を、夏は土神を、秋は門を、冬は道路を祀った。

祖先を祀るのは『孝』。祖先以外の神を祭るのが『敬』。『礼』が整備されると巫者は排除された。

孔子・孟子は、偉大なる聖人の真似をするのが良いとした。荀子は、昔の聖人のことは今は流行らないとした。しかし孔子も昔のことなら何でも良いと言っていたわけではない。理想の状態を実現していた時代が良いということ。

たとえ自分が知っていることでも、いちいち先輩に確認することこそ『礼』であると孔子は説いた。古代は暦が重要であった。自然の一年間の運行を把握することが大事だった。陰陽道・星占いが珍重された。」などと語った。

帰宅後は資料の整理。

            ○

日本と支那の古代祭祀及びそれを背景として古代信仰は共通するものが多い。しかし、決定的な違いがある。それはわが國の古代祭祀、及び現代にまで継承され生きている祭祀に於いて、牛・豚・羊といった死を恐れ斬ると血が流れる動物を神に捧げるということはない。まして況や人間の子供を神に捧げるなどということは絶対にない。支那は食人種であるというのは本当なのかもしれない。

さらに、わが国に於いては古代の祭祀が今日まで生きた形で継承されている。そしてその祭祀主であらせられる日本天皇が、今日唯今も日本の君主・統治者として君臨されている。わが国のこの尊い國柄はまことに以て世界に誇るべきものである。自然に神を見、祖靈を大切にする日本古代信仰が、自然を破壊し闘争を繰り返す現代世界を救済する原基になると確信する。

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