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2009年5月 3日 (日)

千駄木庵日乗五月二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は千駄木にある旧安田楠雄邸見学。わが家のある千駄木はかつて駒込坂下町といった。典型的な下町である。小生が昭和五十年代まで住んでいた家の前の道を少し行くと大給坂という坂になっている。その坂を登り切ると、お屋敷町になっている。その坂の上のお屋敷町は駒込林町といった。

そのお屋敷町にある大正8年に建てられた近代和風住宅が「旧安田楠雄邸」である。実業家藤田好三郎氏(遊園地豊島園の創設者)が建てた家。関東大震災のあと、安田財閥の創始者・安田善次郎氏の娘婿・善四郎氏(三十六銀行頭取)が買い取り、以来、長く住み続けてきた。安田善次郎氏は大正十年、朝日平吾氏によって刺殺された。

旧安田邸の並びには、高村光雲・豊周・光太郎の高村家、建築家の中條精一郎(娘は小説家の宮本百合子でその夫は宮本顕治)邸や国立博物館を設計した渡辺仁の居宅もすぐ隣であった。森鴎外の住んだ「観潮楼」も近くである。共産党指導者の屋敷が、テロに遭うくらい評判の悪かった財閥一族の屋敷の隣にあったというのも面白い。宮本顕治は決してプロレタリアではなかった。しかも宮本顕治が住んでいた屋敷の前が、何と内務省警保局官舎であった。(今は警察庁官舎)

善四郎氏の長男の安田楠雄氏(第三銀行頭取)が亡くなられたあと、この土地と建物を相続した幸子未亡人と長女美佐子さんが、愛着のある建物を保存したいという意思により、平成88月、財団法人日本ナショナルトラストに寄贈した。そして現在、週に二日一般公開されている。

ボランティアの女性が何人かで、見学者に色々説明をしてくれた。湯島の岩崎邸のような広大な屋敷ではないが、一口でいえば清楚な近代和風住宅である。枯山水の庭園が屋敷の中から良く見えて、庭園と建物が一体になった感じがある。 建物は木造2階建。使われている木材は檜より高級といわれる栂の木。また庭の新緑が美しかった。連休中は、安田楠雄氏が子息のために、日本橋にあった「永徳齋」という人形の名店に注文した「五月飾り」が展示されていた。

私は子供の頃この家の前をよく通ったが、中に入るのは今日が初めてであった。

帰宅後は資料の整理。

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