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2009年5月31日 (日)

千駄木庵日乗五月三十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、上野公園の東京藝術大学美術館で開催中の「尼門跡寺院の世界―皇女たちの信仰と御所文化」参観。

「日本の古都、京都・奈良には今でも13ヶ寺の尼門跡が残っています。尼門跡とは皇族・公家など、高貴な女性の入寺によって営まれてきた独特な品格を持つ寺院で、わが国が世界に誇れる文化遺産です。これら尼門跡の開山・中興の尼僧たちの生活と信仰に焦点を当てながら、そこで培われ、伝えられてきた伝統文化を紹介します。古くは78世紀の時代の尼寺に始まり、江戸時代には皇室とのゆかりによる『御所文化』が育まれ、独特な宗教儀礼や信仰生活が形作られました。本展は、京都・奈良の尼門跡寺院である、大聖寺、宝鏡寺、曇華院、光照院、円照寺、林丘寺、霊鑑寺、中宮寺、法華寺、三時知恩寺、慈受院、宝慈院、本光院に関連する作品、180余点にてその世界を紹介いたします。」(案内書)との趣旨で開催された。

間人皇后像・文殊菩薩立像・十一面観音立像・聖観音立像・孝明天皇遺品御所人形・百人一首かるた・仏法双六・昭憲皇太后大礼服などを拝観。

最も古い尼門跡寺院は中宮寺で、聖徳太子が母君・穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后のために建立された。法華寺は、国分尼寺を全国に築いた光明皇后が開かれた。多くの皇女は5歳から15歳で入寺されたという。女性としての幸福を全く体験されることなく、何故入寺されなければならなかったのか。普通人の感覚としてはお気の毒としか申し上げようがない。しかし、信仰の世界のことであり、何よりも、皇室の御事であるから、滅多なことを申し述べるべきではないと思う。

同じ美術館内で開催されている「藝大コレクション展―春の名品展」参観。川端玉章の「荷花水禽」、菱田春草の「水鏡」、藤島武二の「池畔納涼」、高村光太郎の「獅子吼」などの有名作品を見る。

藝大美術館は、規模はそれほど大きくはないが、なかなか充実した内容の展覧会を開催する。わが家からも近いので有り難い。夕暮れ時の上野桜木・谷中の町を散策して帰宅。

帰宅後は、以前に収録した映画「風と共に去りぬ」を見ながら、資料整理。その後、書状執筆。

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2009年5月30日 (土)

千駄木庵日乗五月二十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、世田谷にある法律家事務所訪問。皇室祭祀・官僚の体質などについて懇談。貴重な意見を伺う。

帰宅後は、資料の整理。

         ○

六月に開かれる「憲法懇話会」で、研究発表をさせていただくことになっているので、憲法に関する資料の整理をしている。そして今の民主党の執行部を形成している三人、鳩山由紀夫氏、菅直人氏、小沢一郎氏の憲法に関する主張を読んだ。

鳩山由紀夫氏は、『週刊ポスト』平成十二年一月二八日号の「改憲こそ自民分裂の楔となる」と題するインタビュー記事で「(憲法改正が必要だと考えた最大の理由は)首相公選論です。なぜ首相が国民に信頼されないのか、それは国民が直接、首相を選んでいないからだろう…直接選べば、政治に対する国民の責任感はもっと強まる。」「道州制に基づく分権国家も緊急の課題です。」と論じている。

菅直人氏は『文藝春秋』平成十一年七月号の「第九条は覚悟なくして変えられない」と題するインタビュー記事で「(現行憲法で日本人がどのようにあるべきかを示しているのは)国民主権です。残念ながら、それが日本人に浸透していない。」「戦前には天皇制を中心とした國體護持ということがあり、そのためには一億玉砕もありうるという考え方のなかには、私の言う『国民と国民が構成する政府』とは違う国家があった。」「国民主権国家のことを、たとえ話で私がよく言うのは『水戸黄門』ではなくて『七人の侍』です。立派な人にお任せしようではなく、自分たちを守るために…自分たちで判断して、自分たちでリスクを負うことです。」と論じている。

小沢一郎氏は、『文藝春秋』平成十一年九月号「日本国憲法改正試案」という論文で「日本国憲法は立憲君主制の理念に基づく憲法である。天皇が一番最初に規定されていることからも、それは明らかではないか。…宮沢俊義氏などが『国家元首は内閣総理大臣である』と主張しているのも間違いである。…第六条に書かれているように、主権者たる国民の名に於いて、内閣総理大臣及び最高裁判所長官を任命するのは天皇である。又、外国との関係にでも天皇は元首として行動し、外国からもそのように扱われている。このことからも国家元首が天皇であることは疑うべくもない」と論じている。

今日は詳しくは論じることはできないが、一番まともなことを言っているのは、小沢氏である。菅氏は国民主権を強調しし、「天皇中心の國體」を否定あるいは危険視しているかのような発言である。鳩山氏の「首相公選論」「道州制論」は、日本の國柄に合わないとして多くの人が批判している。

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2009年5月29日 (金)

千駄木庵日乗五月二十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方共なり。

午後は在宅して、資料の整理。

夕方、故郷の北海道から帰って来た知人と懇談。美味しいお土産をいただきました。

帰宅後は、書状の執筆。

          ○

友愛精神ということは大切だと思う。まず鳩山兄弟にこれを実践してもらえば、日本の政治は少しは良くなる。

わが國は、建国の精神は「八紘爲宇」である。四方八方の国々は兄弟として、一つの家として、平和的に共存するという理想である。

私は先月、大和地方を旅し、友人の御案内をいただき、色々な神社にお参りし、また大和地方の自然を愛で、日本国生成の歴史と精神を体感して来た。日本民族は神々を尊び、祖先を敬い、自然と共に生活する、極めて平和的な民族であることをあらためて実感した。日本精神・大和心とは本来、絶対平和精神である。

現代は精神的にも物質的にも大きな困難に直面している。各地で民族紛争・宗教紛争が起こり、資源が枯渇し、自然破壊が進み、人類は不幸への道を歩んでいるといっても過言ではない。「末世である」とか「文字通り世紀末だ」とか言う人もいるくらいである。

この根本原因は、砂漠に生まれ、神と人間が隔絶した関係にあり、自然を人間の対立物ととらえ、一つの神・一つの教義を絶対視して他を排除する一神教的思想を淵源としている西洋の文化・文明にあると考えられる。共産主義独裁思想もその亜流である。これを根本的に是正すべき時に来ている。

そのためには、自然と共に生き多くの神々や思想を融合調和してきた東洋の精神文化文明の多神教の精神、とりわけ、稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀国家・信仰共同体を今日まで保持しつつ、西洋文化・文明を受容し、それを発展せしめ、もっとも発達した工業国なった日本の精神伝統が大きな役目を果たすと考える。

しかし、昨日の党首討論を見ても分かる通り、政治家がお互いに罵り合い、やじり合いをしているのではこの使命を果たすことはできない。

麻生さんも、鳩山さんも、自民党も、民主党も、日本傳統精神に回帰せよと言いたい。友愛精神をまず実践すべきは、鳩山兄弟であろう。これは皮肉で言っているのではない。

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2009年5月28日 (木)

千駄木庵日乗五月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究會」開催。小生が、元正天皇御製・橘諸兄の歌などを講義。

帰宅後も資料の整理。

           ○

党首討論で鳩山由紀夫氏は、「同じことをして一方では秘書が逮捕され、他方(自民党の政治家)はおとがめなし。これが検察官僚のやることか。検察官僚はおかしい。官僚国家に歯止めをかける」と検察批判を行った。一方、麻生氏が、小沢氏秘書逮捕に論及したら、「聞き捨てならない。裁判で決着がついていない」と言った。

鳩山氏は、法と証拠に基づいた正当な職務遂行である検察による政治家の違法行為摘発に歯止めをかけると言っているのだ。まさに、政治の司法への介入である。鳩山氏の言う通り、「摘発が正しかったか間違っていたか」は、あくまでも裁判で決着をつけるべきことである。捜査当局の摘発自体に、政治家が歯止めをかけるなどということは許されない。また、鳩山氏の発言は、検察に対して二階俊博氏も逮捕しろと圧力をかけているのと同じである。

検察権力の横暴が許されないのは当然だ。それと同時に、政党・政派・政治家による検察の職務遂行への不当不法な介入も絶対に許してはならない。民主党が政権を掌握したら、検察・警察への政治的介入が公然と行われる危険がある。

実弟である鳩山邦夫氏は兄の由紀夫氏を「小沢氏の操り人形」と断じた。同感である。赤の他人の菅直人は、鳩山由紀夫氏を「百点満点」と評価し、弟の鳩山邦夫氏は「十五点」とした。友愛精神は兄弟愛とは別なのだろうか。

また党首討論の場における与野党のヤジ合戦を見ても、国会には「友愛精神」は消え果てている。カケラもない。

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2009年5月27日 (水)

千駄木庵日乗五月二十六日

朝は、父母のお世話。その後、父に付き添って病院に赴く。定期的な診察と治療。

午後からは在宅して資料の整理。

         ○

北朝鮮がまたまた核実験を強行した。国連安全保障理事会で北朝鮮への制裁決議の採択を働きかけるとか、日本独自の制裁措置の強化も検討するなどと報道されているが、そんなことを何回繰り返しても埒が明かないことはこれまでの経過を見れば明らかだ。

共産支那は口先だけは「反対」と言っているが、実際には、北朝鮮という国際テロ国家、無法国家を経済的・軍事的・政治的にパックアップしているのは共産支那なのだ。経済制裁は、共産支那が本格的に実行すれば、北朝鮮は干上がってしまう。しかし共産支那は実行しない。北朝鮮が崩壊して、難民が満州に押し寄せて来るのが怖いのである。支那にとって現状維持が良いのである。支那は、自国のアジアにおける覇権強化に北朝鮮を利用していきたいのである。

また、日本独自の制裁措置の強化などと言っても具体的にどのような方策があるのか。戦後日本の似非平和主義が足枷となって、何の対抗手段も講じられない。日本が核武装して抑止力を持つこと、北朝鮮の核基地・軍事基地を先制攻撃することが最も効果的な制裁措置であり、対抗手段なのだが、国内の「似非平和主義勢力」が狂気のごとく反対するであろう。

ともかく、戦後体制の打倒、具体的には、亡国憲法の破棄、似非平和思想の払拭、核武装が断行されなければならない。これなくして、祖国日本の平和と安全と独立は維持できない。

社民・共産は、根源的には北朝鮮と同根である。共産党は、昭和四十年代前半くらいまでは、北朝鮮を理想国家のように宣伝していた。共産党の後、当時の社会党が北朝鮮の友好関係となった。そして拉致問題などの防止や捜査を妨害して来た。民主党左派にもそういう勢力の残存分子がいる。こういう連中が、日本の核武装、北朝鮮の核基地・軍事基地を先制攻撃に反対するのは火を見るよりも明らかである。日本の平和・安全・独立を内側から脅かしている勢力を一掃すべきである。

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2009年5月26日 (火)

千駄木庵日乗五月二十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は水曜日の「萬葉集」講義の準備。

午後六時より、赤坂の乃木神社会館にて、「楠公祭」執行。国歌斉唱・祭詞奏上・祈願詞奏上・「櫻井の訣別」斉唱・玉串奉奠・「海ゆかば」斉唱などが行われた。

この後、直会。多くの同志同憂が意見を述べた。

帰宅後も、「萬葉集」講義の準備。

         ○

「楠公祭」は、昭和四十年代、小生がまだ二十代の頃から参列させていただいている。その当時は、今は亡き中村武彦先生が世話人を務めておられた。その頃、参列されていた多くの先輩方がこの世を去られ、もうお目にかかることはできない。さみしい限りである。しかし、今日、先輩方の志を継承する同志が沢山参列している。中村先生逝去後は、門下生である犬塚哲爾兄が世話人を務めておられる。

「楠公精神」の継承が今ほど大切な時はない。「楠公精神」とは、「七生報国の精神」であり、「正成一人の精神」であり、「一族勤皇の精神」であると思う。

元弘元年九月三日、後醍醐天皇に拝謁した時、大楠公は、「東夷近日の大逆・・・合戦の習にて候へば、一旦の勝負をば、必ずしも御覧ぜらる可からず。正成一人未だ生きてありと聞召され候はば、聖運遂に開かるべしと思食され候へ」と言上したと『太平記』に記されている。何と美しくも清らけき言葉であろう。この忠節の心こそ、尊皇精神の極致である。

今日、犬塚兄が奏上された「祈願詞」には、「生命奉還」という言葉があった。本当に重い言葉である。小生にとって、なかなか実行することが困難と思われる言葉である。しかし、何か事ある時には、そうした心構えで物事を為さねばならないという覚悟は持っていたい。至らぬながらも、大楠公の精神を継承していきたいと念願する。

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2009年5月25日 (月)

千駄木庵日乗五月二十四日

朝、「政治文化情報」発送。購読者の皆様には、明日か明後日にお届け出来ると思います。

その後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、深川の富岡八幡宮にて、「二宮報徳会総会並びに講演会」開催。小林幸子会長が挨拶。

板垣正日本遺族会顧問(元参院議員)が講演し、「大東亜戦争については世界史的意義を考えるという意識の転換が必要。

戦争の原因について、①大正八年のベルサイユ条約締結の時、日本が人種差別撤廃を『国際連盟』の規約に明記せよと主張したのに対して米ウィルソン大統領が反対したこと。②米連邦議会で大正十三年七月一日『排日移民法』が成立し、日本人の移民が認められなくなったこと。③日英同盟がアメリカの外交圧力で廃棄されられた事。日英同盟は日露戦争勝利に大きな役割を果たした。太平洋と中国に進出したかったアメリカにとって、日英同盟は具合が悪かった、の三つがあげられる。

アメリカの鉄道王のハリマンの満州鉄道共同経営の提案に対し、小村寿太郎が『国を挙げて戦い、十万の英霊を生んだ戦いの成果が、アメリカに奪われる』として強硬に反対した。この後、日本の立場は窮地にさらされ、満州事変・支那事変につながっていく。

大東亜戦争の結果、人種差別撤廃、植民地の解放は、見事にやり遂げられた。インパール作戦が行われたところに遺骨収集に行くと、現地の人々に大歓迎される。東京裁判史観と村山談話がわが國を縛っている。今こそ國のあり方を正し、国家の品格をよみがえらせるべし。」と語った。

この後、懇親会。相澤宏明・清水馨八郎氏らが挨拶し、小生の音頭で乾杯を行い清宴に移った。

帰途、同志と懇談。

帰宅後は、「政界往来」の連載原稿執筆・完成・送付。そして、水曜日の「萬葉古代史研究會」における講義の準備。

         ○

盧武鉉韓国前大統領が自殺した。韓国は、初代大統領李承晩博士がハワイに亡命して以来、歴代大統領の多くが、殺されたり、逮捕されたりして来た。今回は自殺である。何んとも不幸な国と言うしかない。台湾の前総統も今は囹圄の身である。台湾も韓国並の國になったということか。最高権力者・国家元首だった人が、その地位を去ると、逮捕されたり、亡命するというのは一体どういうことなのか。よくよく考察しなければならないと思う。

共産支那もかつて、国家主席だった劉少奇が、「文革」という名のすさまじい権力闘争で、毛沢東及びその一派によってなぶり殺しにされた。毛沢東夫人・江青は、旦那が死ぬと逮捕され。獄中で自殺した。

北朝鮮は、「民主主義人民共和国」と名乗りながら、何んと独裁政治体制であるだけでなく独裁者が世襲制である。しかも、政府の政策として、テロをやったり、他国民を拉致したり、偽札を作ったり、麻薬を売ったりしている。

「近隣諸国」という言葉があるが、わが国の「近隣諸国」は何んともすさまじい国が多い。私は、日本は良い国だとしみじみ思うし、率直に言って、日本に生まれて良かったと思う。

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2009年5月24日 (日)

千駄木庵日乗五月二十三日

午前は父母の世話。訪問看護師の方と共なり。

昼、北区にある菩提寺にて「お施餓鬼法要」執行。法要の前に、四宮家のお墓を掃苔。供花し、お線香をあげ、先祖の御霊の御冥福を祈る。

午後一時より、ご僧侶の法話が行われ、「『餓鬼』とは、自分が今持っているものでは満足しない人・感謝の心がない人

のこと。有難いという心を持つ人が餓鬼道から抜け出す事が出来る。『お施餓鬼』は餓鬼道に堕ちた霊を救い、あの世に行った人の幸福を祈る方法。鬼門(北東の方位)に必ず仏様を祀る。江戸の鬼門に当たる上野に寛永寺が建立された。『声明』は平安朝から伝わる祈りの音楽。日本人の精神生活を象徴する。天台と真言の声明が有名。日本の音楽のルーツ。」と語った。

続いて本堂にて、「法要」が行われ、護摩が焚かれた。そして祈りの込められた新しいお塔婆をご先祖のお墓にあげてご供養申し上げた。

帰途、谷中にて、知人と懇談。お天気が良いので、今日も谷中は人出が多かった。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備。

         ○

最近は両親の代理で菩提寺そして先祖のお墓にお参りする機会が増えました。まことにすがすがしい気持ちになります。これは理屈ではありません。今日はお日柄もよく、各家のお墓に捧げられた供花も美しく、お線香も良い香りでした。

今日は先祖供養を行った日でもあり、政治的なことを書くのは遠慮します。

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2009年5月23日 (土)

千駄木庵日乗五月二十二日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、声楽家の方と懇談。鎮魂歌について語り合う。

その後、在宅して「政治文化情報」発送準備及び資料の整理。

          ○

官僚性悪論が横行している。官僚が日本を悪くしている元凶であるかのような議論がまかり通っている。私は、これはおかしいと思う。優秀な人材が官庁に集まっており、それなりの訓練を受け、知識も持ち、これまで日本国を実務面で取り仕切っていた。

たしかに今の官僚制度には欠陥があるだろう。いわゆる「天下り」にも改善の余地はある。だからと言って、役人を虫けらのように苛め、非難攻撃するのは行き過ぎである。

むしろ問題なのは、能力にも疑問があり、その上、倫理感覚や人格識見にも大いに欠陥がある政治家が、正義の味方面して官僚排撃、役人いじめに狂奔していることだ。

自分たちに忠誠を誓わないと首にするなどと官僚に脅しをかけている小沢一郎や鳩山由紀夫がどれほど立派だというのか。彼等がどれほど日本を良くして来たというのか。党利党略を先行させ、政局しか考えず、その上、自分の秘書が逮捕されても、倫理的罪悪観も抱かず、検察の謀略だなどとうそぶいて、責任を回避する男に、官僚を批判する資格はない。そんな男及びそんな男を「百年に一度の政治家」などと褒めそやす男が、防衛・検察・警察・官僚を支配し意のままに動かすようになったら、日本はおしまいである。

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2009年5月22日 (金)

千駄木庵日乗五月二十一日

午前は、父母の介護についてケアマネージャの方と相談・打ち合わせ。その後、父母のお世話。看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が、「萬葉集」巻十五を講義。

帰途、出席された法律家の方と懇談。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備など。

         ○

民主党代表の鳩山由紀夫氏(当時は幹事長)は二月九日、大阪市内で開かれた関西経済同友会の会合で講演し、同党の政権構想について「どのように官僚政権から国民政権にするかに最大の力を注がなければならない」と強調した上で「各省庁の局長クラス以上には辞表を提出していただき、政策を遂行してくれるかどうかを確かめたい。発想を切り替えてもらえるなら、また任命することにした方がいい」と述べ、各省庁幹部に「踏み絵」を迫ることを検討する考えを示した。これは民主党政権が実現した場合、中央省庁の局長級以上の幹部にいったん辞表を提出させ、民主党の方針に賛成する官僚のみを引き続き採用する考えを示したものだ。

これは実に危険な考え方である。民主党による恐怖政治が行われる危険がある。法務省・防衛省・検察庁・警察庁は、政治的に厳正中立でなければならない。たとえ政権党といえども、その党の方針に従わない局長以上の官僚はクビにするなどということが行われたならば、検察・自衛隊・警察の政治的中立が破壊される。小沢一郎ならやりかねない。

民主党は、西松建設の小沢一郎氏側への違法献金事件の捜査摘発に対して、「不公正な国家権力の行使」「国策捜査だ」などと非難攻撃した。一部のメディアや評論家がこれに同調した。さらに民主党は、検事総長の「証人喚問」まで声高に叫んだ。

鳩山民主党が、政権を掌握したら、軍・検察・警察の政治的独立は保てなくなり、政権与党の私兵とし化してしまう。こんなことが許されるいいはずがない。小沢一郎・鳩山由紀夫の主導する民主党に政権を取らせることは実に危険である。

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2009年5月21日 (木)

千駄木庵日乗五月二十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、三田にて行われた会合に出席。スピーチ。

終了後、丸の内の出光美術館にて開催中の『日本の美・発見水墨画の輝き ―雪舟・等伯から鉄斎まで―』参観。

「日本で水墨山水画が本格的に描かれ始めた応永年間(13941428)を出発点とし、日本の水墨画に大きな影響をおよぼした牧谿、玉澗らの中国水墨画も交えて、室町時代の水墨画を展観します。そして日本の水墨画表現が大きく飛躍した桃山時代の巨匠・長谷川等伯の屏風絵や、個性豊かな画家たちがさまざまな表現を試みた江戸時代の狩野派、琳派、文人画、さらには近代水墨画の富岡鉄斎の作品まで、出光コレクションによって日本水墨画の多彩な世界をご覧いただきます。」(案内書)との趣旨で開催された。

水墨画は鎌倉時代に禅宗と共に支那から伝わったという。モノクロの世界であるが、それだけに何となく落ち着いた雰囲気の作品が多かった。

岳翁蔵丘(がくおうぞうきゅう)の「武陵桃源・李白観瀑図」、長谷川等伯の「竹虎図屏風」、傳俵屋宗達の「龍虎図」、田能村竹田画・頼山陽賛の「東山図」、富岡鉄斎の「溪山図」などが良い作品だと思った。

山水画が多かったが、人物像も多い。布袋様を描いた漫画のような人物像があった。他の文化・藝術と同じように、支那から伝わった水墨画が日本に於いてより洗練され見事なものになっている。

田能村竹田画・頼山陽賛の「東山図」を見て、一昨年の正月、京都を訪れた時、鴨川の畔の頼山陽の住んでいた家「山紫水明處」の近くの会場で、国枝克一郎京都市議の肝煎りで小生の講演会を開いて頂いたのを思い出した。その會場から眺められる鴨川杜と東山が美しかった。文字通り「山紫水明」であった。

夕刻、湯島にて、地元の先輩と懇談。この先輩は湯島で長く商いをされている家の当主なので、古き良き時代の事をよく知っておられる。この週末に行われる湯島天満宮の祭礼のこと、江戸時代から神田川沿いに酒蔵や倉庫が多くあり、今日もその名残が残っていることなど、色々な話をうかがった。

           ○

今日出席した会合で、蜷川正大兄が、「歴史は繰り返す。日米協調・経済優先の体制を作った吉田茂氏の孫の麻生太郎氏と、自主憲法制定を主張した鳩山一郎氏の孫の鳩山由紀夫氏が、政権の争奪戦を行おうとしている」という意味の事を語った。なるほどと思った。鳩山由紀夫氏は、祖父の政治思想を正しく継承し、民主党左派・社民・共産の言うことを聞かないでもらいたい。

またある同志が鳩山由紀夫氏の事を「在日宇宙人」と言ったのには思わず吹き出してしまった。「在日宇宙人」と言われるだけに、鳩山氏が永住外国人への地方参政権付与に積極姿勢を貫いていることは懸念材料だ。4月にはインターネットの動画サイトに出演し、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」との売国発言をしたという。では日本人以外の所有者は誰なのか。祖父の面汚しにならぬように願いたい。

ある人から、鳩山由紀夫氏は、ついこの間更迭された内閣官房副長官に負けず劣らずあるいはそれ以上に「女性好き」であるという事を聞いた。男性は誰でも女性は好きである。(もちろん例外はある)また、政治家にはバイタリティは必要である。しかし、程度問題である。

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2009年5月20日 (水)

千駄木庵日乗五月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、「一水会フォーラム」開催。山田吉彦東海大学教授が「日本の領土が危ない!」と題して講演し、「私は択捉島から沖ノ鳥島まで行った数少ない日本人。択捉島は日本領土なのにパスポート無しで行くのは一般の人には難しい。

北朝鮮の工作船を追い詰めることが出来たのは、排他的経済水域(二〇〇海里の範囲内の水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査と開発に関する権利を得られる)内だったので、わが国に漁業管轄権があり、停船命令をかけたから。工作船が貨物船ではなく漁船だった。公海は人類共通の財産。

ソマリアは一九九一年以来無政府状態。ソマリアには有史以来海賊がいた。イラク戦争で、海賊に武器が流れた。この海域は貧しい人間が武器を持つと海賊になる。お金を払うと必ず命を助ける。しかし、フランスとアメリカは先に

攻撃して海賊を殺したので、海賊にとって獲物から敵に変化した。中国の軍艦は補給を除いて五ヶ月間に一回しか上陸していない。タフである。アメリカは海賊対策を理由にしてあの海域に本格的に海軍を展開している。

北方海域におけるロシアの密漁船の船長の中に五人の日本人がいる。四島をとり戻す気持ちを忘れてならない。国後島を取られたままでは、匕首をのど元に突きつけられているようなもの。

尖閣の下に全イラクに匹敵する石油が眠っている。海底パイプラインを台湾の基隆から引っ張るのも一つの方法。尖閣を開発し、石垣を拠点とし、台湾との関係をつくる。日本の技術とオイルマネーがなければ尖閣の海底油田は開発できないる。

対馬の人たちが韓国にやられたことを、韓国に対して日本がやるべし。韓国の識者は国際法上竹島問題がどういうことなのは分かっている。竹島問題で騒ぐのは国内政治のため。

中国は『商』を以て『政』を包囲する戦略。台湾のビジネスマンはそれにはまってしまった。ビジネスマンにいわゆる外省人が多い。台湾は中国大陸なくしては生きられない態勢にされた。NHKの偏向番組は、何らかの大きな力が働いていると見るべきだ。アジアが中国に呑み込まれようとしている。中国には経済的にまだ力がある。地方から逃散して来て都市でタダで働く労働者が一億人いる。そういう人が生産している物を世界に売っている。

日本は世界で六番目の排他的経済水域を持っている。資源の宝庫である海水の量は世界で四番目。海水から取れるウランでわが國の電力は賄える。この國のエネルギーは心配ない。海洋開発を進めれば、わが国は資源大国。

首を切られた派遣労働者は日比谷公園に集まって騒ぐより、漁師や農民になればいい。

中国はこれから権力闘争と少数民族問題がひどくなる。瀋陽軍区の司令官は、『我々の仮想敵国は北朝鮮だ』と言っていた。北朝鮮を中国が占領して傀儡政権を作る危険あり。近隣国家は日本の富を狙っている。」と語った。

帰宅後は、資料の整理。

          ○

日本が今置かれている危機的状況を考えれば、国内で無駄な争いをしている時ではない。小沢民主党は、「国民生活第一」などと言って、国防・安保・憲法などの論議を避けているが、これは実に危険である。日本の独立・安全・平和が保たれてこそ、国民生活の安定と繁栄があるのだ。政権奪取・政局しか考えず、共産支那・北朝鮮と同根の政党社民党と共闘し、連立さえ目論む小沢民主党は危険である。

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2009年5月19日 (火)

千駄木庵日乗五月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理など。

午後七時より、午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「瑯邪山(山東省諸城県南東にある山)は宗教上重要な地。道教の前身の宗教が発生した地の一つ。牛・羊・豚の三牲を具備して祀る。少年少女を供物として捧げた。陰陽五行説もその淵源はこの地方の信仰から来ていると司馬遷は見ている。中国の海岸には、海の向こうにあの世・神仙の住む世界があると信じていた人がいた。水の底に理想の地があると信じて死んでいった。

人間が作ったものにも神が宿っていると信じた。竈の神がその一つ。春は戸を、初夏は竈を、夏は土神を、秋は門を、冬は道路を祀った。

祖先を祀るのは『孝』。祖先以外の神を祭るのが『敬』。『礼』が整備されると巫者は排除された。

孔子・孟子は、偉大なる聖人の真似をするのが良いとした。荀子は、昔の聖人のことは今は流行らないとした。しかし孔子も昔のことなら何でも良いと言っていたわけではない。理想の状態を実現していた時代が良いということ。

たとえ自分が知っていることでも、いちいち先輩に確認することこそ『礼』であると孔子は説いた。古代は暦が重要であった。自然の一年間の運行を把握することが大事だった。陰陽道・星占いが珍重された。」などと語った。

帰宅後は資料の整理。

            ○

日本と支那の古代祭祀及びそれを背景として古代信仰は共通するものが多い。しかし、決定的な違いがある。それはわが國の古代祭祀、及び現代にまで継承され生きている祭祀に於いて、牛・豚・羊といった死を恐れ斬ると血が流れる動物を神に捧げるということはない。まして況や人間の子供を神に捧げるなどということは絶対にない。支那は食人種であるというのは本当なのかもしれない。

さらに、わが国に於いては古代の祭祀が今日まで生きた形で継承されている。そしてその祭祀主であらせられる日本天皇が、今日唯今も日本の君主・統治者として君臨されている。わが国のこの尊い國柄はまことに以て世界に誇るべきものである。自然に神を見、祖靈を大切にする日本古代信仰が、自然を破壊し闘争を繰り返す現代世界を救済する原基になると確信する。

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2009年5月18日 (月)

千駄木庵日乗一月十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、資料の整理。

          ○

夕刻、食事に出かけて、信号待ちをしていたら、自転車に乗って通りかかった全く面識のない方に声をかけられた。「何時もブログを拝見しています。ご両親のお世話ご苦労様です。またテレビに出てください」と言われた。有難いことである。今までもこういうことが何回かあった。

また会合などで、知己の方から「ブログを読んでいますよ」とよく言われる。毎日、日記を書くつもりで、書いているのだが、いい加減なことは書けないと、今日あらためて思った。実際にいい加減なことを書いたことはないのだが…。

ただし、以前、ブログの内容の事で、親しくさせて頂いた老婦人から大変なお叱りをいただいたことがある。私自身は、厚意を示すつもりで書いたことでも、全く逆に受け取られる場合がある。気をつけなければならない。

「千駄木庵日乗」などと銘打っているが、これは私の好きな永井荷風の「斷腸亭日乗」の真似をしたのである。ある人からは「蕎麦屋を始めたのですか」と言われたこともあるし、「出家して日蓮宗の坊さんになったのですか」と言われたこともある。日蓮宗各派には「大慈悲院日乗上人」など「日乗」という名の高僧が何人かいる。ちなみに四宮家は真言宗である。

マンションに住んでいて「庵」はないだろうと言われるかもしれないが、家にこもって執筆したり、神仏に祈ったりしているので、気分的には「庵」のつもりでいるのである。「いほり」というのは、「いほる」から来た言葉で、一人室内に籠って神を祭り、神に祈ることがその原義である。

このブログを読んでくださっている方々にあらためて感謝申し上げる。

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2009年5月17日 (日)

千駄木庵日乗五月十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

その後、「政治文化情報」の原稿完成。送付。

午後三時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「アジア問題懇話会」開催。重村智計早稲田大学教授が講演し、「情報機関・工作機関が労働党から国防委員会に移った。国防委員会が労働党を指導するようになった。国防委員会は金正日の妹婿の張成沢とその系列の人たちが委員になっている。核兵器を廃棄する気は全くない。核開発を止めたら体制崩壊。

引田天功が一番多く金正日に会っている。八二年、金正日はひそかに日本に来て、赤坂のコルトンブルーでの天功のマジックショーに一週間通った。天功はその後二回北に行った。金正男が成田で逮捕された時も、天功のマジックショーを見に行く予定だった。金正男は日本で逮捕されたとき時、背中に龍の入れ墨があること、赤坂のコリアンクラブ二軒に彼女がいることがばれて、後継者を外された。

張成沢はこの四月の人民大会で大きな権力を握った。金正日は親族間の権力闘争を嫌っていたのに、後継者争いが起っているのは、金正日が決断を下せない事情がある。『労働新聞』に金正日を尊敬する表現が減っている。

六カ国協議は再開できないし、たとえ再開しても成果はない。拉致問題で、田原総一朗氏が『横田めぐみさんは死んだ』と言ったが、根拠なし。北の担当者から『死んだ』と言われただけ。

北は自分たちが困らないと譲歩しない。日本政府は交渉のやり方を間違えた。北に対して『拉致は主権侵害だ』と言わなかった。国際法上の解決を求めようとせず、政治的に解決しようとした。今からでも遅くはないから、主権侵害だと主張すべし。国際刑事裁判所は、戦争と反人類罪の容疑でスーダンのバシル大統領の逮捕状を出した。金正日にも出せるはず。

北朝鮮が崩壊しても難民は日本に来ない。船もないし燃料の油もない。難民は中国に行くか、韓国に行く。崩壊の時、百万の軍隊がどうなるかを韓国は恐れている。略奪・テロ・ゲリラをやる恐れあり。

北の軍は戦争のためよりも体制維持のための軍。軍が分裂しない限り北は崩壊しない。金正日防衛部隊はすごい武力を持つ。それでも北はいずれ崩壊する。中国が五十万トンの油をやらなければすぐ崩壊する。中国は北の核兵器の小型化は数十年間出来ない、と見ている。日本は北朝鮮に鉱物資源がどれ位あるかは植民地時代に調べてある。大したことはない。

偽ドル捜査をうやむやにしたライスとヒルの罪は大きい。

引田天功の言っていることは八割がた正しい。金正男は『おやじは死んだ』と天功に言った。影武者が死ぬまで後継者を決めないという約束がある。

日本は朝鮮半島に関わらないことが大事。白村江の戦い、秀吉の朝鮮征伐は失敗し、近代の植民地支配は、今でも恨まれている。朝鮮戦争には巻き込まれなかった。高みの見物が良い。朝鮮問題とは中国問題。白村江の戦いにも秀吉の朝鮮征伐にも、中国が出て来た。朝鮮併合は、その頃の中国が弱かったから出来た。李氏朝鮮は中国の支配下にあった。

朝鮮には日本を背景として中国と戦うというリアリティは無い。南北統一の時、日本が朝鮮を助けないと中国に朝鮮が呑み込まれる。そうなると日本は生き残れない。」と語った。

私が、「南北統一の時に日本が朝鮮を助けるというのは、日本は朝鮮に関わるべきではないという見解と矛盾するのではないか」と質問したら、重村氏は、「軍事的に関わるべきではないということで、ソフトパーでは関わっていい」と答えられた。

大陸や朝鮮半島に日本が関わるとロクな事がないというのが歴史の教訓である。日本は海洋国家として生きて行くべきである。私は、経済的にも深く関わるべきではないと思う。

夕刻、隣町の根津にて、地元の人たちと懇談。鳩山氏が民主党代表になったことについて、「これで政権交代はなくなった」という人が多かった。

帰宅後は、資料の整理。

           ○

鳩山邦夫氏が、兄貴の代表就任にエールを送っていた。そして「命懸けで脱小沢をやってもらいたい」と言っていた。兄貴の由紀夫氏は、小沢氏を「百年に一度の政治家」と褒めそやし、弟は小沢を排除せよという。一体どうなっているのか。私は鳩山由紀夫氏も本心は小沢が好きではないのだと思う。政界再編が行われた場合、鳩山兄弟内閣が生まれる可能性はある。

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2009年5月16日 (土)

千駄木庵日乗五月十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して原稿執筆。

             ○

民主党の党首選挙もあまり盛り上がらないというか、関心がない人が多い。どちらが代表になってもさして変わらないと思うからであろう。鳩山・岡田両氏共にさして魅力のある人物ではない。両方とも、お金持ちのお坊ちゃんである。口ではかっこいいことを言っていても、そういう人に本当の庶民の生活が分かるであろうか。

小沢一郎の影響力を排除することが一番大切である。その意味では、岡田氏の方が鳩山氏よりはまだ良いということになろうか。

私は民主党が政権を取ったら、民主党内の争い・対立が激化すると見ている。軍事・安保・憲法・歴史・教育など国家基本問題で、全く考え方の異なる人々が集まっているからである。「一回民主党に政権を取らせて見たらいい」という人がいるが、危機の真っただ中にある日本に混乱を起こさせるだけだと思う。

検察・警察・防衛という政治的に厳正中立であらねばならない政府機関に対して、民主党への忠誠を誓わせるなどということが行われる危険がある。気に入らない検事や警察官僚や自衛官指揮官に圧力を加える危険がある。深沢の闇将軍になるであろう小沢一郎はそうしたことをやりかねない。

小沢一郎や石井一が創価学会公明党批判をしているが、最初に創価学会を政権内部に引き入れた彼等にそんなことをする資格はない。創価学会の政教一致体質・批判拒否体質は小沢と創価学会蜜月時代の方がひどかったのである。創価学会と袂を分かったからといって、急に批判をし始めるなどというのは許されない。この一事を見ても、小沢一郎という男の卑劣さが分かる。メディアはなぜこのことを批判はしないのか。

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2009年5月15日 (金)

千駄木庵日乗五月十四日

午前は、医師の往診があり、父母に付き添う。その後、訪問看護師と共に父母のお世話。

昼は、知人と懇談。

午後は、原稿執筆。

午後七時より、父母と小生の住むマンションの管理組合総会に出席。提出された議題について討議。父の代理で初めて出席した。

帰宅後も原稿執筆。

             ○

鳩山氏は、代表選立候補に当たって、「友愛」ということを強調した。これは祖父である鳩山一郎氏が総理の時に唱えた言葉である。生長の家の谷口雅春先生はその著書で、「生命の實相」の愛読者であった鳩山氏は、生長の家の「汝ら天地一切のものと和解せよ」という教義に触発され「友愛精神」を主張したと書いておられた。それは事実と思う。鳩山氏も「生命の實相」と谷口先生を讃える文章を書いておられる。

鳩山氏が代表となり、総選挙の結果次第では、自民党の一部との連立の可能性がある。そうなった場合、弟の鳩山邦夫氏とこの「友愛精神」で連携するのではないか。つまり「鳩鳩兄弟内閣」が誕生するのである。社民党や共産党との連立よりはましであろう。

鳩山氏は、「友愛とは愛のある政治だ」と言った。「剛腕」と言われ「壊し屋」と言われる小沢一郎氏は、とても「愛のある政治家」とは言えないし、「友愛」とは縁遠い人だと思う。

その小沢氏を「百年に一度出るか出ないかの政治家」などとほめそやす鳩山氏に疑問を持つ。

民主党は、証人喚問が大好きなようである。検事総長まで喚問しようとした。本当に政治を変えようと思っているのなら、今回の違法献金問題で、小沢一郎氏を証人喚問すべきである。それが実行できてこそ、民主党は政治を変える政党として認知される。

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2009年5月14日 (木)

千駄木庵日乗五月十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、「政治文化情報」の原稿執筆。

           ○

テレビニュースで、小沢一郎氏がパーティーの挨拶で「毎度お騒がせしております小沢一郎です」と言っているのを見た。田中角栄氏がロッキード事件の最中やはりパーティーの挨拶で「いろいろ物議を醸していますが…」と言っていたのを思い出した。

田中氏は実際に逮捕され、裁判の被告になっても、「目白の闇将軍」として絶大に権力をふるった。小沢氏は逮捕されたわけでもないし、被告になったわけでもない。これから「深沢の闇将軍」となって民主党を支配する可能性が高い。ことに、小沢氏を百年に一度出るか出ないかの大政治家と褒めちぎる鳩山由紀夫氏が代表になったら、権力の二重構造が形成され、小沢氏による垂簾政治(すいれんせいじ・支那で、実際の最高権力者が、皇帝の玉座の後ろに御簾を垂らし、その中に座って政治を行うこと)が行われるであろう。

鴻池祥肇官房副長官がその職を辞した。麻生内閣の官房副長官の不祥事は漆間氏に続いてこれで二度目である。困ったことである。鴻池氏はよほど女性にもてるのであろう。それはそれでいいではないか。咎め立てすることはない。往復の新幹線の乗車に無料パスを使用したことが、公私のけじめがついていないということで問題になっている。何処の企業でも官庁でも交通費の請求は、その度ごとに行われる。国会議員もそうすべきであろう。他の議員も、私的なことで無料パスを使うことが無いとは絶対に言えない。

「週刊新潮」は極秘の浮気旅行をよく嗅ぎつけたものである。誰かが情報を提供したに違いない。今週号は良く売れることだろう。しかし、こういうことは正義の言論活動とは言えまい。他人の秘事を暴き、雑誌売り上げを増加させたいうことである。

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2009年5月13日 (水)

千駄木庵日乗五月十二日

朝、父に付き添って病院に赴く。定期的な診察と治療。

昼は、知人二人と懇談。鹿児島と富山から上京され、東京で働いている人なので、故郷のことなどを色々伺った。上京した直後は東京の水のまずさに辟易したとのことであった。

午後は、原稿執筆。

午後六時より、赤坂の日本財団ビルにて、「シアター・セミナー」開催。黒岩祐治氏(フジテレビキャスター)が司会。登壇者の印象に残った発言は次の通り。

日下公人氏(エコノミスト)「テレビ、新聞はもうすぐ全滅。自分の実力がないのにインターネットのせいにしている。国際社会における日本の位置が百八十度変わっていることに気がついていない。日本は世界最大の金貸し国。このことを日本人だけが知らない。世界は日本は核武装しているのと同じと思っている。アメリカ軍はグァムに逃げて帰るのだ。それに何故金を出すのか。日本からの発信が少ないというが、アメリカは日本の事をよく勉強している。日本の本を翻訳している。オバはが核廃絶を言ったのは、麻生氏が核保持のことをちらっと言ったから。日本が核を持つのは大変とオバマは思った。」

志方俊之氏(軍事アナリスト)「自衛隊は軍隊なのに、陸軍と言ったらクビになる。防衛は目的ではなく手段。国家の安全と繁栄のために軍事力という手段がある。国家は軍事力で支えられていることをメディアは知ってもらいたい。防衛省になって大臣が六人代った。平均六か月の在任期間。自衛隊を理解し指揮できるわけがない。大したことをしていないから誰が大臣になっても同じ。政治家は国民が選んだのだから、政治が悪いのは国民の責任。メディアが悪いのは、国民が選んだのではないから、メディア自身の責任。メディア自身がタブーを作っている。核を持っていない日本は何を背負って外交をするのかを政治家に論じさせるのがメディアの役目。」

武田邦彦氏(工学博士)「多くの人はお上とメディアは嘘をつかないと思っている。科学技術立国と言いつつ科学技術に正しい理解がない。『ダイオキシンは無害、地球温暖化は良いこと』と言うと、そんなことを言ってはいけないと言われる。憲法二三条に『学問の自由』の規定がある。自分が学問をして得たものは国民に伝えなければいけない。それが希薄になっている。受け手が自分の意見と違うことを聞こうとしない。学問の自由・報道の自由はない。メディアと国民の関係は、金を払って間違ったことを教えてもらうという関係。政治家は環境に配慮すると言わないと票が取れない。全体を把握できる日本国民に対し、それを生かしつつ論理構成を調和させる道筋をつけるべし。」

堤尭氏(ジャーナリスト・元「文藝春秋」編集長)「北朝鮮のテポドン発射の時、CNNは特番をやったのに、NHKは素人のど自慢をやっていた。ドキュメント・ディスカッション・ディベートが雑誌の売れ筋。やり合うから視聴率が上がる。論争がヤラセになっているから電波が利用される。核問題で判断停止になっている。」

久保紘之氏(政治評論家)「論壇誌が何誌か廃刊になった。タイトルは立派だが中身を読むとまともな論陣を張っていなかった。ネットに対応した動きをしても、マネーゲームの観点しかとらえていない。政治家がテレビに出てしゃべると化けの皮が剥がれる。政治家には神話を生むような雰囲気が必要。昔の政治家にはそれがあった。戦後最大の思考停止は憲法問題。ドイツと日本だけが悪者ということになっている状況に怒りを感じないのが最大の思考停止。マッカーサーが作ったタブーを教員組合が再生産した。」

なかなか面白い討論会であった。憲法・核武装のタブーを解消し、メディアの偏向を是正し、国民の思考停止を解決することが大事である。これは、民族運動がもう何十年にわたって主張してきたことである。また、メディアの自己規制・偏向を是正するには、メディアの不況は良いことなのではないかとさえ思える。ただし「諸君」の廃刊は別である。朝日新聞とNHKの偏向は何とかしなければならない。

帰宅後も原稿執筆。

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2009年5月12日 (火)

千駄木庵日乗五月十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」の原稿執筆。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。同志の方々と、「週刊新潮」の問題、NHKの偏向姿勢、日米同盟と日本の核武装など当面する諸課題について討議。

帰宅後も、原稿執筆。

         ○

小沢一郎氏が民主党代表を辞任する意向を表明した。昨日、このブログで、なぜ小沢氏は代表を辞めないのか、ということを書いたばかりなので、少し驚いた。

小沢氏は記者会見で、「政権交代」という言葉を繰り返した。政権交代は目的ではない。政権交代さえすればいいというのは間違いである。政治家の目的は国家と国民のためによい政治を行うことである。小沢氏はまた「自民党の腐りきった政治を変える必要がある」と言っていたが、ゼネコンから多額の政治献金を貰っている政治家即ち田中角栄以来の腐りきった土建屋政治の継承者が言うセリフではない。

また小沢氏は「政治献金問題で一点の曇りもない」などと言っていた。では何故辞めるのか、何故戦わないのか。一点の曇りもないのなら、そのことを国民によく説明して、疑惑を晴らすのが政治家としてのつとめであろう。それをしないで「一点の曇りもない」などと言っても通らない。もっとも「曇りがある」などと言ったら、検察に追及される恐れがあるからも口が腐っても言えないだろう。

鳩山由紀夫幹事長は、小沢氏を評して「百年に一度出るかでないかの政治家。大きな器の人」などと言った。言いも言ったりである。小沢氏が百年に一度出るか出ないかの鉄面皮というのならわかる。小沢氏の側近だった人、小沢氏を支えた人が、一体何人小沢氏から離れて行ったか。大きな器の人が、気に入らなくなった人物と突然連絡を絶ったり、口をきかなくなったりするはずがない。近代日本の政治家で百年に一度出るか出ないかと評される政治家は一体誰であろうか。大久保利通の事をそう評した歴史家がいたと思うが、定まった評価ではない。鳩山由紀夫氏はポスト小沢を狙ってこういう馬鹿な事を言ったのであろうか。

私は、小沢一郎氏が政界を引退することが政治改革であると思っている。

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2009年5月11日 (月)

千駄木庵日乗五月十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。二人の看護師の方に交代で我が家に来て頂いております。大変良くやって頂いているので助かります。九十歳と八十九歳になる父母は、これから若返るということは奇跡が起こらない限りあり得ないわけです。ともかく、一日でも長く生きていただくこと、そして心身ともに苦痛なく過ごしていただくこと、これが私の願いであります。これからいよいよ心を引き締めて態勢を整えて介護しなければなりません。

午後は、日本橋高島屋にて開催中の「浮世絵 ベルギーロイヤルコレクション展」参観。

「江戸時代、大衆に愛され盛んになった浮世絵。19世紀後半、西洋ではジャポニスムがピークを迎え、多くの浮世絵が海を渡りました。本展でご紹介するベルギー王立美術歴史博物館とベルギー王立図書館のコレクションは、世界屈指の保存状態といわれ、出版当初の色彩を保ち、浮世絵本来の豊かな色を鮮やかに伝えます。その8,000点のコレクションから特別に選んだ写楽、歌麿、春信、北斎、広重、国貞、国芳ら、江戸を代表する数多くの絵師による、日本初公開作品を含む160点を一堂に展観。」(案内書)との趣旨で開催された。

歌川廣重の「東海道五十三次」の風景画、東洲斎写楽の役者絵、喜多川歌麿の美人画、葛飾北斎の「富嶽三十六景」などを見る。よくもこれだけの浮世絵が遠いベルギーに渡ったものと思う。その事情はこの展覧会では明らかにされていなかった。

廣重の風景画には、湯島・不忍池という小生がよく行くところが描かれていて親しみを感じた。人物画も風景画も写実を重んじきめ細かく描かれてはいるが、単なる写実ではない。作者の抱いた印象を強調して見る者に伝えている。わが國近世の美術は世界に誇るべきものがある。西洋美術に大きな影響を与えた。日本國は本当に素晴らしい国であると実感する。

日本皇室には、美術館は無い。皇居東御苑の「の丸尚蔵館」は、「皇室に代々受け継がれた絵画・書・工芸品などの美術品類が平成元年6月,国に寄贈されたのを機に,これら美術品を環境の整った施設で大切に保存・管理するとともに,調査・研究を行い,併せて一般にも展示公開することを目的として,平成49月に皇居東御苑内に建設され,翌年113日に開館し」(案内書による)たものである。皇室の財産ではないのである。しかも規模はベルギーやイギリスの王室美術館と比較すると極めて小さい。そして、外国から略奪して来たものは一切ないし、購入したものもない。日本皇室は西欧列強の王室のような侵略者・覇者ではない何よりの証拠である。

帰途、不忍池近くの蕎麦屋でそばを食す。有名店ではあるが、味は我が家近くの蕎麦屋とそれほど変わりは無い。

帰宅後は、「政治文化情報」の原稿執筆。

         ○

小沢一郎氏はなぜ党首を辞めないのであろうか。これまでの小沢氏は自分に批判が起るとさっさとその職を辞して来た。ところが今度は辞めない。今辞めたら政治生命を失うと思っているのであろうか。自民党政権を延命させたいのかと勘繰りたくなるくらいに不思議である。自民党も小沢氏が辞めない方が都合が良いであろう。

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2009年5月10日 (日)

千駄木庵日乗五月九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、渋谷のフォーラムエイトにて、「日台関係研究會」開催。田村秀男産経新聞編集委員が講演し、「アメリカ発の金融危機は、アラン・グリーンスパン米連邦準備制度理事会(米中央銀行総裁)前議長が昨年九月、『米国は百年に一度の金融危機に陥っており、大不況を引き起こす可能性が高い』と発言したが、これが流行語になった。世界が大変な勢いで変って来た。われわれ自身も、洞察力と決意を必要とする。日本は未だに脳死状態に陥っている。

金融とは文字通りお金が解けて流れること。他国の金とも交換できる相対的な関係を重視して通貨という。『元』のフビライが世界帝国で紙幣を流通させた。フビライのもとに、ユーラシア大陸の人材と、イスラム系イラン人など商業に優れた人々が集まって来た。塩を帝国の専売制にして、紙幣でなければ買えないことにした。そして『元』という世界帝国全体に紙幣が広まった。

今はドルが世界唯一の標準通貨。今は変動相場制になった。ドルは兌換性が亡くなった。株式・不動産が商品化した。バブル経済は株券を発行し過ぎた。天文学的なマネーの消滅。処方箋無し。中国の輸出を支えて来たのはアメリカの住宅ブームだった。バブル崩壊でアメリカにお金が流れなくなった。

日本も台湾も外需で経済を維持。米の不況で輸出が駄目になった。経済成長を支えて来たのは輸出。日本と台湾は経済構造がよく似ている。輸出が増えると国内投資も増える。すべて輸出次第。内需で財政を膨らませても良くならない。輸出を良くしない限り日本も台湾も元気にならない。ケインズ経済学に帰る必要がある。

台湾の人民元両替解禁により人民元が台湾で幅を利かせるようになる。レーニンは『国家を破壊するのに一番いい方法は、その国の通貨を破壊すること』と言った。国民党は再び共産党に負ける。銃と貨幣は一緒。」と語った。

この後、懇親会。

猛烈な睡魔と闘いながらのメモであり、しかも経済は全くの不得手ですので、この報告には自信がありません。共産支那の台湾併吞・支配は、軍事力を用いずとも、経済戦略によって実現してしまう危険があるようです。これは大変なことです。私は以前、台湾の民主化は、そのまま台湾独立につながると思っていました。しかし、それは全く甘い観測でした。国民党の政権復帰などあり得ないと思っていたのに、それが現実になりました。これからの台湾は一体どうなるのか。それは日本にとってもきわめて重大な問題であります。

今日出席された在日台湾人の方は、「中共と妥協し、迎合し、中共政権との統一を志向し、容共姿勢をとっている馬英九は、蒋介石が生きていたら、銃殺ですよ」と言っていました。

帰宅後は、「政治文化情報」の原稿執筆など。

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2009年5月 9日 (土)

千駄木庵日乗五月八日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、在宅して「月刊日本」連載の「萬葉集」講義原稿執筆、完成、送付。

その後、「政治文化情報」に掲載する「大和路旅行記」を執筆。

         ○

橿原神宮・大和三山・山辺の道・葛城古道をめぐりました。その旅行記を書くということは、日本生成の歴史をたどるということであります。なかなか大変なことになりそうです。どのような旅行記になるのか、心もとないかぎりですが、ご案内いただいた奈良新聞論説委員の武智功様から送られてきた貴重な資料などを参考にしつつ、書かせていただく所存です。

私は歴史探訪をするたびに、日本に生まれて来てよかったと実感します。日本ほど自然の美しい國はそれほど多くはないと思います。そして二千年・三千年前の古代の歴史がそのまま今日の日本につながっている国もそれほど多くはないと思います。古代の信仰が今日まで伝承され、息づいています。そして古代信仰の祭り主であられる「すめらみこと日本天皇」が、今日唯今も日本国の君主として君臨されています。これもまた世界に類にないことであります。

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2009年5月 8日 (金)

千駄木庵日乗五月七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「月刊日本」に連載中の「萬葉集」講義原稿執筆など。

午後六時半より、文京シビックセンターにて、「國體政治研究會第五十九回例会」開催。小生が司会。阪本是丸國學院大學教授が「祭政一致の現代的意義」と題して講演しました。活発な質疑応答が行われました。

講演内容を報告したいのですが、皇室祭祀の歴史そして今日における色々な事柄について、極めて重要なことが語られました。小生が講義の内容を完璧に正しく理解しているとは言えませんので、小生のメモをもとにしてここにその内容を書くことは、畏れ多いことであり、且つ、講師にご迷惑をおかけする危険もありますので、少しく憚られます。

そこで、歴史的事実について記させていただきます。「明治維新の後、今日に継承される『皇室祭祀』の根幹が確立した。『大宝律令』の制定、『式年遷宮』『大嘗祭』の法制化は、千三百年前の同じ時期に行われた。国家的祭祀制度は古代律令国家に於いて制度化された。神仏分離が行われたからと言って、仏教を排撃したわけではない。神仏分離は二者択一ではなかった。泉涌寺は皇室の御守護を受けて来た。神仏習合時代も、神事が仏事に優先した。天皇ご自身がお祭りを行われ、その精神をもとにして親しく政治を行われるのが『祭政一致』である」。

終了後、同志数人と懇談。

帰宅後も原稿執筆など。

             ○

「祭政一致」という言葉が何時ごろから使われだしたのかは私には分りませんが、天皇の国家統治が祭祀と一体であるということは、わが國肇國以来の道統であります。「天皇の統治」とは権力・武力によって国家国民を支配するというのではなく、国民の幸福と五穀の豊穣と国家の平和を祈られる祭祀主日本天皇の信仰的権威が、国家の存立と国民の幸福の基盤であるということだと思います。祭祀も政治も「まつりごと」として一体なのであります。上御一人日本天皇の「神事先なり」という傳統は、今上陛下におかせられても、堅く護られているのであります。有難き限りであります。

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2009年5月 7日 (木)

千駄木庵日乗五月六日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、ある声楽家の方と懇談。今月行われる発表会にて歌う「萬葉集」の歌について相談。

この後、溜まりに溜まった資料の整理。今日はだいぶ以前に収録した「男はつらいよ・寅次郎かもめ歌」「田端義夫ビッグショー」などを見ながら、そして歌いながらの作業でしたので整理は遅々として進みませんでした。

       ○

今日、整理した資料から、平成十一年七月二二日に行われた「国旗・国歌法案」の衆議院における採決で、民主党が自主投票を行った際の、民主党所属議員の賛否一覧が出て来た。当時は、自由党と合併する前だが、今も活躍している議員の中で、賛成した議員は、岡田克也、仙谷由人、羽田孜、鳩山由紀夫、藤田幸久、渡辺周の各氏など。反対した議員は、赤松広隆、岩国哲人、枝野幸男、小沢鋭仁、菅直人、末松義規、原口一博、前原誠司、横路孝弘の各氏などである。なお、神奈川県知事になっている松沢成文氏は賛成、名古屋市長になった河村たかし氏(何で名前が平仮名なのであろうか)は反対した。

原口一博、前原誠司両氏が反対だったというのは意外であった。とくに原口氏は、末次一郎氏門下であり、真正保守の立場かと思っていた。

切り抜いておいた新聞記事を見て、平成十四年の秋の叙勲で、全沖縄軍労働組合委員長を経て社会党衆院議員を長くつとめた上原康助氏が、堂々勲一等旭日大綬章をいただいているのには驚いた。もっとも総評副議長を経て永く社会党衆院議員を務めた大出俊氏も、堂々と勲一等旭日大綬章をいただいた。この方々は、やはり、皇室を尊崇し、日本を愛していたのである。そう思うしかない。名誉欲にかられたとは思いたくない。上原氏は特にそうだったと思う。村山富市元総理はどうするであろうか。

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2009年5月 6日 (水)

千駄木庵日乗五月五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料の整理。

ここ数日、我が家のベランダに立つと二本の鯉幟が見える。また小学校には日章旗が翻っている。嬉しいことである。

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戦後日本は「国民主権」「人命尊重」「人権擁護」「平和」を絶対的価値、最高の目標としてきた。それは『現行占領憲法』の基本原理となっている。しかし、戦後六十年を経過して、人権が侵害され、人命が軽視され、国民の平和が侵される残虐無比の事件が日常茶飯事になるというまったく逆の結果を生み出した。「人権擁護」とか「人命尊重」とか「平和」とかがいくら麗々しく憲法の原理として書かれていても、それは空念仏にすぎなかった。むしろそういう原理に基づく戦後教育は、自分さえよければ良いという観念を養い、他人や国のために尽くす、親に孝養を尽くすという人倫の根本を忘却せしめた。そして、己の権利のみを主張する精神が横溢した。こうしたことが今日の日本を作り出した。

今日の日本を混迷に陥れている根本原因である『現行占領憲法』の「国民主権」という國體破壊思想、「恒久平和主義」といふ名の侵略誘発の敗北思想、「基本的人権の尊重」という欲望民主主義・利己思想という三原理に要約される「戦後精神」を徹底的に祓い清めなければならない。日本國の根幹を揺るがせ、日本国民の道義心を低下せしめている『現行憲法』の三原理を肯定したままで一部の条項を変えるだけの「改憲」では駄目である。

どう考えても、谷口雅春先生、南出喜久治氏、石原慎太郎氏、渡部昇一氏の「現行憲法無効論」が正しいと思う。

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2009年5月 5日 (火)

千駄木庵日乗五月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料の整理。この連休は資料の整理をしているのだが、未整理の資料の山はいっこうに減らない。困ったことである。もっとも撮りだめしたビデオを見ながら、あるいは整理する資料を読みながらでは致し方ないことである。今日は、デビット・リーン監督、キャサリン・ヘップバーン主演の映画「旅情」を見た。

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自主憲法制定・憲法改正・帝国憲法復元改正という三つの考え方がある。私は、現行占領憲法を改正するという考え方はとらない。現行占領憲法は、その「制定過程」そのものが全く違法にして理不尽なものであるからである。戦勝国アメリカが国際法を踏みにじって押し付けた憲法をその改正条項に従って改正するというのは、「押し付け」という行為を肯定し、占領憲法に正統性を持たせることとなる。

「大日本帝国憲法」を復元し、それを改正するというのが正しい道であると思う。「実現は難しい」という意見があるが、国の基本法についてはあくまでも正義を貫かねばならない。全議員の三分の二以上の賛成、国民投票の過半数の賛成で改正を実現するというのも、なかなか難しいのではないか。形式上、現行占領憲法は、「帝国憲法」を改正したことになっているのだから、「帝国憲法」に回帰しそれを復元することは、決して絵空事ではないと思う。原点に回帰するということである。

ともかく、現行占領憲法は、その制定過程ばかりでなく内容もアメリカ製である。これを破棄しない限り、日本は真の独立国とは言えないし、日本の真の再生はあり得ない。

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2009年5月 4日 (月)

千駄木庵日乗五月三日

午前は父母のお世話。

午後一時より、四谷区民ホールにて、「新しい憲法をつくる国民大会」開催。登壇者の印象に残った発言は次の通り。

清原淳平新しい憲法をつくる国民会議事務局長「長い間憲法が改正されないと、法律と現実にギャップが生じる。法律は制定時に静止する。しかし現実は非常に迅速に動く。現行憲法には二八カ所に及ぶ法律用語の誤りがある。『戦争放棄』というと、『侵略戦争は正当なる権利だが放棄する』ということになる。『戦争否認』と書くべし。植民地の憲法は、軍事権と外交権を認めない。第九条の解釈は十八通りあると言われている。『諸国民の公正と信義云々』という表現は、アメリカの植民地だった頃のフィリッピン憲法とよく似ている。マッカーサーはフィリッピンの軍政官だった。『國の交戦権は認めない』とあるが、一体誰が認めないのか。連合国側か。」

竹内雄一郎高崎経済大学名誉教授「現行憲法では、国民が自分の国を守ることが義務となっていない。憲法とはその國の精神の基本。政治運営の規範」

秋元司参院議員「占領国の手によって作られた憲法が改正されないことによる不都合が山積。自衛隊は国軍とされていないので、自衛隊員には軍人として本来保障されるべき権利がない。国軍を憲法に明記すべし。第九条が正しく改正されていれば、拉致問題は起きなかった。現行憲法下では、拉致された人々を取り返す手段がない。」

石原宏高衆院議員「憲法は国の精神を反映すべし。アメリカの考え方が弱肉強食になったので金融危機が起こった。力が全てという考え方が危機の原因。オバマは一貫して弱肉強食はアメリカ憲法の精神ではないと訴えて来た。現行日本国憲法は個人主義だけを強調している。十七条憲法の『和』の精神が大事。国民の自立と共生が大切。」

木原誠二衆院議員「イギリスの大蔵省に出向していた時、サッチャー首相から『憲法は歴史の叡智と良心の結晶である』と言われた。自主憲法が必要な理由はそこにある。憲法には日本国の歴史と伝統と文化が示されていなければならない。憲法改正の大事な視点は、国家と国民は対立関係にあるのではなく、国家と国はお互いに内包された関係にあるということ。」

越智隆雄衆院議員「憲法審査会が開かれないのは残念。憲法は国民が制定するもの。占領軍が提案した今の憲法の正統性はあるのか。」

中川雅治参院議員「憲法改正ができなかったのは、教育に原因がある。中曽根内閣以後民憲法論議が活発になった。改正論議の積み重ねが大事。」

小池百合子衆院議員「百年に一度の経済危機と言われるが、私は百年に一度の文明の転換点と思っている。電気自動車が実用化される。二一世紀は新たなエネルギーの世紀である。技術戦争が繰り広げられる。六十二歳の『日本国憲法』は国民の生命・安全・財産を守るべき使命を果たしていない。ソマリア沖で自衛隊は外国の船舶を守ることができない。これはシーマンシップにもとる。民主党は議論を集約できず、社民・共産は国民の生命・財産・国益よりも、憲法を護れという主張。国際平和貢献をやる度に、憲法の行間を補う弥縫策講じている。憲法改正が必要。国の自己決定が出来ない国であり続けるのは、政治によるカントリーリスクを高めている。アメリカは尖閣に中国が上陸してきたら日本を守るのか。アメリカに頼らないで日本を断固として守る意識を強めねばならない。憲法改正の王道を歩むのが我々の任務。憲法論議を避ける民主党に政権交代を言う資格なし。政策より政局第一の小沢氏に日本を任すことはできない。憲法改正の機は熟しすぎている。」

終了後、懇親会に出席しようと思っていたが、父の容態に変化があるとの連絡があり、急遽帰宅し、父を病院に連れて行く。診察・治療、小康を得て帰宅。

帰宅後は、資料の整理。

夜、渡部篤衆院議員より、NHKで今日放送された「天皇と帝国憲法」という報道番組ついて電話があった。渡部氏は、「この番組はわが国の國體を侮辱した。徹底的に糾弾したいと思う。米国の占領基本法である日本国憲法に対して美濃部達吉は反対した。この番組はそのことは全然触れなかった。美濃部も皇室を敬い国体維持をしようとした。『天皇制』という言葉はコミンテルの言葉。明治天皇・昭和天皇に対して敬語を使わなかったことにも怒りを覚える。大日本帝国憲法をつくった当時の世界を考えたときに、この憲法は素晴らしいものがあつたと思う。現在でも識者の間には大日本帝国憲法を復元して改正すべきという理論がある。占領基本法を憲法とありがたく思う必要はないと思う。」と語っていた。全く同感である。

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小池百合子さんの話を聞いていると、ますます真正保守政治家として磨きがかかって来たように思える。不遜な言い方だが、日本初の女性総理になってもらっても良いと考える。「現行憲法」は形式的には「帝国憲法」を「改正」したものだから、次の改正では、いったん「帝国憲法」に戻って、それを改正するというのが正しいと思う。そうしないと、戦勝国の押し付けという根本的欠陥を引きずったままの「改憲」となってしまう。

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2009年5月 3日 (日)

千駄木庵日乗五月二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は千駄木にある旧安田楠雄邸見学。わが家のある千駄木はかつて駒込坂下町といった。典型的な下町である。小生が昭和五十年代まで住んでいた家の前の道を少し行くと大給坂という坂になっている。その坂を登り切ると、お屋敷町になっている。その坂の上のお屋敷町は駒込林町といった。

そのお屋敷町にある大正8年に建てられた近代和風住宅が「旧安田楠雄邸」である。実業家藤田好三郎氏(遊園地豊島園の創設者)が建てた家。関東大震災のあと、安田財閥の創始者・安田善次郎氏の娘婿・善四郎氏(三十六銀行頭取)が買い取り、以来、長く住み続けてきた。安田善次郎氏は大正十年、朝日平吾氏によって刺殺された。

旧安田邸の並びには、高村光雲・豊周・光太郎の高村家、建築家の中條精一郎(娘は小説家の宮本百合子でその夫は宮本顕治)邸や国立博物館を設計した渡辺仁の居宅もすぐ隣であった。森鴎外の住んだ「観潮楼」も近くである。共産党指導者の屋敷が、テロに遭うくらい評判の悪かった財閥一族の屋敷の隣にあったというのも面白い。宮本顕治は決してプロレタリアではなかった。しかも宮本顕治が住んでいた屋敷の前が、何と内務省警保局官舎であった。(今は警察庁官舎)

善四郎氏の長男の安田楠雄氏(第三銀行頭取)が亡くなられたあと、この土地と建物を相続した幸子未亡人と長女美佐子さんが、愛着のある建物を保存したいという意思により、平成88月、財団法人日本ナショナルトラストに寄贈した。そして現在、週に二日一般公開されている。

ボランティアの女性が何人かで、見学者に色々説明をしてくれた。湯島の岩崎邸のような広大な屋敷ではないが、一口でいえば清楚な近代和風住宅である。枯山水の庭園が屋敷の中から良く見えて、庭園と建物が一体になった感じがある。 建物は木造2階建。使われている木材は檜より高級といわれる栂の木。また庭の新緑が美しかった。連休中は、安田楠雄氏が子息のために、日本橋にあった「永徳齋」という人形の名店に注文した「五月飾り」が展示されていた。

私は子供の頃この家の前をよく通ったが、中に入るのは今日が初めてであった。

帰宅後は資料の整理。

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2009年5月 2日 (土)

千駄木庵日乗五月一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、溜まった資料の整理。整理しつつ読んでしまうのでなかなかはかどらない。

夕刻、地元の方と、おいしいコロッケを食べならがら一献。祭礼・神輿のことなどが話題となる。我が家は根津神社(御祭神は須佐之男命)の氏子である。北側の隣町の本駒込の鎮守の神様は天祖神社(御祭神は天照大御神)。東側の隣町の谷中は諏方神社(御祭神は建御名方命)である。皆それぞれ由緒のある神社であり、祭礼も盛んである。千駄木・根津・谷中・駒込の鎮守の神様は、わが国の神々の中でも御稜威いやちこな神々であられる。初夏から秋にかけては祭りの季節である。私はかつがないが、幼い時からの友人・知人には、神輿をかつぐのが何より好きという人が多い。

帰宅後も、資料の整理。

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「諸君」六月号が今日届いた。今号が最終号である。真正保守の立場の論陣を張ってきた雑誌であり本当に残念である。私が大学を卒業して、二松学舎大学の図書館に勤務するようになった昭和四十四年の夏に創刊されたことをはっきりと覚えている。翌年の、三島由紀夫氏らによる「楯の会事件」に関する記事をむさぼり読んだを昨日のことのように覚えている。以来、毎号購読して来た。しかし、実を言うと、最近は毎号買ってはいたが、熟読するということはなくなっていた。それだけマンネリ化していたのであろうか。

「諸君」の廃刊と共に残念なのは、「週刊新潮」のあきれ返った虚報事件である。日本を代表する出版社が出している日本を代表する週刊誌が、このような体質になり下がっていたというのは、大問題である。

今の言論界、メディアは本当に末期的様相を示しているのではないか。出版社・新聞社・テレビ局の営利企業であるから、利潤を追求するのは理解する。しかし、それが度を超して、営利のために「言論機関」としての最低の矜持まで忘却してしまうのは許されない。最低限の事実報道だけのニュースおよび天気予報以外のテレビ放送を三年間止めれば日本は物凄く良くなると言いたくなるくらいである。

ある有名雑誌の編集者が「インターネットの普及などで雑誌という媒体が滅びる可能性がある」と言っていた。そういう状況だからこそ、言論機関としての本来の姿勢に回帰すべきである。

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2009年5月 1日 (金)

千駄木庵日乗四月三十日

午前は、医師の往診があり、父母に付き添う。その後、訪問看護師と共に、父母のお世話。

午後からは在宅して、「大吼」連載の「萬葉集」講義原稿執筆。完成。送付。

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戦前の国家革新運動、昭和維新運動について考えるかは重要である。「戦前の右翼はコミンテルンの日本・アジア共産化策謀に乗せられた」という見方がある。

たしかに、昭和維新運動は、「天皇中心社会主義」を唱えた。また、英米なとの西欧列強による植民地支配、アジア侵略、有色人種差別に対する強烈な反対運動を行った。さらに、南進論を唱え、日独伊三国同盟推進し、「蒋介石を相手とせず」という近衛内閣の方針を支持した維新運動者も多かった。そうしたことが國を誤ったという見方が最近多くなっている。

しかし、それらの動きが、すべて国際共産主義運動の謀略に乗せられたものだとするのは如何であろうか。昭和維新運動に挺身した人々はやはり、正義感と自己の信念に基づいて、天皇中心社会主義を主張し、アジア解放を唱えたにちがいない。また、米英などの西欧列強がアジアアフリカを支配し搾取していたことは歴然たる事実であり、これを駆逐することは正義の行為であった。

しかし、近衛文麿の周りに共産主義者がいたことは事実であるし、左翼からの偽装転向者が政府や維新運動に潜入したことも事実である。これから勢力が、日本と米国とを戦わせ、ソ連と中共に漁夫の利を得させたということも、否定できない。

昭和維新運動史について、我々はもう一度深く学ばねばならない。

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