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2009年4月23日 (木)

千駄木庵日乗四月二十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究會」開催。小生が、萬葉集巻一七の大伴家持の歌を講義。

帰宅後は、明日からの地方出張の準備・諸雑務。

               ○

大伴家持は『萬葉集』の代表的歌人である。『萬葉集』の編者とされている。今日講義した歌は、家持が越中の國の國司時代の歌である。大伴氏は、天孫降臨の時に先導を行った天忍日命(あめのおしひのみこと)の子孫とされ、大和朝廷の武・軍事を担当する家柄である。古代日本は何事も神の祭祀が中心であった。

古代においては、武・軍事と祭祀・和歌は近い関係にあった。祭祀においては祝詞を唱える。この祝詞が和歌を中核とする日本文學の起源である。したがって、大伴氏は、和歌を詠む人が多かった。家持の父の大伴旅人、母の大伴坂上郎女も、多くの歌をのこしている。『萬葉集』は、大伴氏の歌が中心になっていると言っては言い過ぎだが、大伴氏の『萬葉集』に占める位置は極めて大きい。

それと比較して、大伴氏にとって代わって政治権力の中枢に位置するようになる藤原氏は、萬葉時代には歌を詠む人はまだそれほど多くはない。

勝者・栄華を極める人々は、後世にのこる和歌などの文藝作品を創作していない。(もちろん例外はある)それは近代文学に至るまで、文藝全般に言えることである。現状に満足し栄華を極めている人よりも、現状を何とかしようと考える人が良き作品をのこすのである。明治維新の志士たちの歌は人を感動させる歌が多い。

時代状況も、あまり平和で落ち着いた時代には、偉大な文藝は生まれないようである。(これももちろん例外はある)『萬葉集』は大化改新・壬申の乱という大変な変革期・建設期に生まれた。決して平和な時代の歌集ではない。

今日の日本の維新変革の時代である。今こそ偉大なる「やまと歌」が勃興するべきである。

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