« 千駄木庵日乗四月十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月二十日 »

2009年4月20日 (月)

千駄木庵日乗一月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後はある声楽家の方と懇談。

その後、在宅して、「政界往来」の連載原稿執筆・完成・送付。

             ○

四月十八日に行われた麻生太郎総理主催の「桜を見る会」で、麻生総理は、「ふるさとに はや桜咲く ゆえ問えば 冬の寒さに 耐えてこそあれ」と自作の和歌を披露した。

総理大臣が和歌を詠み、それを披露するというのは、最近では稀有なことである。歌の巧拙はともかく、麻生氏の姿勢は高く評価すべきである。

和歌は日本傳統文藝の中核に位置するものであり、日本民族の傳統精神は和歌によって継承されてきたと言って良い。古代においては和歌と祭祀と政治は一体不可分のものであった。『萬葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』を見れば明らかなように、本来日本の政治に携わる人々は、和歌を詠むことによって日本的情緒を養い、正しき政治を行おうと努力した。

しかるに、近年の政治家は、和歌を詠むことを忘却してしまった。中曽根康弘元総理が俳句をたしなむことは知っているが、最近の歴代総理で、和歌などの日本傳統文藝に親しんでいるという人を知らない。

麻生総理は、昨年九月二九日に行った「所信表明演説」で、「この度、國権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽をいただき、第九二代内閣総理大臣に就任いたしました。一一八年になんなんとする憲政の牽制の大河があります。…統治の伝統があり、…その末端に連なる今この時、わたしは、担わんとする責任の重さに、うたた厳粛たらざるを得ません」と述べた。

麻生氏は、天皇国日本の総理大臣としての矜持と自覚を表明し、天皇国日本の統治の伝統の継承を誓ったのである。

コラム欄の「政治家・官僚の質の低下を憂える」と題する拙論でも書いたが、昭和二十七年十一月十日、今上天皇が立太子の礼の時、吉田茂総理大臣は寿詞(お祝いの言葉)で、自らを「臣 茂」と読み上げた。『占領憲法』に「主権在民」と規定され、曲學阿世の憲法學者には「日本の元首は内閣総理大臣だ」などと論ずる輩もいるのに、吉田氏は天皇の臣下としての自覚と矜持を持っていた偉大なる政治家であり、まさに昭和の忠臣と言って良いであろう。

現行憲法の制約下ではあるが、麻生氏はまさに吉田氏の血統だけでなく、伝統尊重の心、尊皇精神も継承していると思う。 今の政治家、しかも有力政治家と言われる人におかしなのが多くなっている。そうした中にあって、麻生氏の姿勢は評価されるべきと思う。

|

« 千駄木庵日乗四月十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月二十日 »