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2009年4月 6日 (月)

千駄木庵日乗四月五日

未明、父の容態に変化があり、看病。一緒にいる母も動揺するので、大変である。何とか持ち直す。

午前は、看護師の方と共にも父のお世話。

北朝鮮のミサイルがわが国上空を通過したという。メディアはこのことを大々的に取り上げている。わが国の防衛力整備・増強に反対し、イチャモンをつけ続けて来た偏向メディアが危機を煽るのは一体どうしたことか。

政府は国連安保理事会に提訴するとか、色々言っている。かつてコマーシャルに「臭いトイレは元から絶たなきゃ駄目」というのがあったが、北のミサイルの脅威を払拭するには、発射基地を破壊するのが最も効果的なのだ。かつてアメリカがパナマに軍を派遣し國家元首・ノエリガを麻薬の不正浄化や在パナマ米軍兵士の殺害、選挙結果の不履行を理由に逮捕した。わが国もわが国国民を拉致し、覚せい剤をわが國に密輸し、わが国に対して数々の不法行為を行ったことを理由に、わが国の軍を北朝鮮に派遣して金正日を逮捕することもできるはずである。

午後は、地方から久しぶりに上京された友人を桜花爛漫の上野寛永寺・谷中霊園に案内する。お日柄も良く、満開の桜が見事であった。

東叡山寛永寺は、本堂の根本中堂が開かれていて、上がることが出来た。須弥壇に安置されている本尊・薬師瑠璃光如来に拝礼。徳川将軍家の菩提寺なので、屋根には金色の葵の御紋が燦然と輝いている。滅び去った徳川幕府の昔日の栄華を偲ばせる。

本尊の横に、今上陛下の萬壽無窮を祈り奉る「今上天皇寳代」が安置されていた。また「案内書」によると、寛永寺開基の天海上人が徳川家光にはかって刊行した「一切経」には「東照権現 倍増威光」という文字より先に「今上皇帝 玉體安穏」と記されていることが分かった。徳川幕府には、朝廷を敬う心があったということである。

この後、徳川慶喜・松平確堂(津山藩主、十一代将軍家斉の十六男。静寛院宮様(皇女和宮様)守衛、徳川家達後見人)・三木武吉・来島恒喜・渋澤栄一の墓などを巡る。

夕刻、その友人たちと懇談。

帰宅後は、資料検索・書状執筆・諸雑務。

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