« 千駄木庵日乗四月二十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月二十八日 »

2009年4月28日 (火)

千駄木庵日乗四月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

父母のケアマネージャーの方と来月の介護計画について相談。

午後からは、資料の整理。

午後七時より、午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「泰山(支那五つの名山の一つ。山東省にある)はその下に死後の世界があると信じられていた。封禅(ほうぜん・泰山の上で檀を作り天を祭るのが封、泰山のふもとで地を祓って山川を祭るのが禅だという)とは、天子が天命を受けた時の儀式。『史記』に『封禅書』という文章がある。中国古代の宗教を考える上で『封禅書』は重要。信仰世界から世界観が生まれる。春秋戦国時代は天子がいなかった時代。秦が中国を統一し、始皇帝が封禅の儀式をした。太古に封禅が行われたかどうかは疑わしい。

天の意志が端的に表れるのは天空の事象。北斗七星と北極星が大事。北極星は動かないので、天の宮殿と考えられた。北極星には天の神が住んでいる星と考えた。その周りを北斗七星が回っている。

中国の祭祀では動物を神に捧げた。明時代の医療署に胎児を食べると病気が治ると書かれている。人間を生贄にしたことはあったと思われる。

漢の時代に中国が統一された。中央権力によって文化も信仰も統一された。我々が学ぶ中国の古典は漢の時代の目線で書かれていると考えてよい。鬼神の鬼は死者の霊。神は超自然の存在。孔子の時代、祭礼は統治と密接に関連していた。」と語った。

千駄木庵主人曰く。支那の祭祀と日本の祭祀の決定的な違いは、人を生贄にして神に捧げるかどうかである。わが国傳統信仰には、人間はもちろん、動物を生贄にする風習は基本的に無い。支那人は古代より肉食であったが、日本人の主食はコメであり、肉はあまり食べなかったからであろう。中国人は食人種であるという説もある。また日本神話には太陽の神、月の神はおられるが、星の神は登場しない。日本人は長い船旅をしなかったし、島国なので、星を頼りの旅をすることがなかったからであろう。日本と支那は文化的にも宗教的にも決して近い関係にはないのである。アメリカ人と同じくらいかあるいはそれ以上の違いがある。

帰途、出席者と懇談。

|

« 千駄木庵日乗四月二十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月二十八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/44817774

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗四月二十七日:

« 千駄木庵日乗四月二十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗四月二十八日 »