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2009年3月31日 (火)

千駄木庵日乗三月三十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料整理・書状執筆など。

         ○

台湾の蔡焜燦先生より、「臺灣歌壇創立四十周年紀年歌集」及び「臺灣歌壇第十集」をお贈り頂いた。感謝に堪えない。「臺灣歌壇創立四十周年紀年歌集」には、呉建堂(故人)という方が、四十年前に、和歌の會を台湾に於いて創立されて以来、「臺灣歌壇」に参加した方々の作品が収録されている。小生が参加していた中河幹子先生(中河与一先生令夫人)主宰の「をだまき」に所属しておられた方々の歌も収録されていて、まことに懐かしい思いがした。

明治天皇は、「まごころを 歌ひあげたる 言の葉は ひとたびきけば わすれざりけり」「鬼神も 泣かするものは 世の中の 人のこころの まことなりけり」と歌われた。

また、『古今和歌集』の「仮名序」には、「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)と書かれている。

和歌には、詠んだ人の真心・真情すなわち「人のこころのまこと」が表白されている。まごころが「五・七・五・七・七」と形式で表白され、読んだ人・聞いた人の魂を動かすのが「やまとうた」の本質である。

明治天皇は、「新高の 山のふもとの 民草も 茂りまさると 聞くぞうれしき」と詠ませられた。その新高山(玉山)の麓の民草は今も、明治天皇をお慕い申し上げ、やまと歌を詠み続けているのである。有り難くも感動的な事実である。

今日いただいた二冊の歌集には、まさに台湾人のまごころがうたいあげられている。感銘した歌のいくつかを紹介させていただく。

「わが夢の 最たるものと こひねがふ 台湾独立 この眼で見るを」                呉建堂氏

「日本式 作法にこだはれば 『日本鬼(ヤップンクイ・広東語)』かと 訝られたる」        王進益氏

「置き去りに されて半世紀 台湾の 日本語族は 短歌(うた)も俳句(く)も詠む」         文錫堅氏

「緑島に 『今日も暮れゆく異国の丘』歌ひ 日暮の台湾 見詰む」(注・緑島は政治犯が収容された監獄のあった島)                    江槐邨氏

「犠牲者の 無念と 遺族の涙こめ 二二八の雨 一日を止まず」                  林聿修氏

「外省人(よそもの)も 共に戦慄(わなな)け ミサイルの 数一千は 友を選ばす」

「にっぽんは 謝罪をすれど 国籍の 変はれるわれは 聖戦と信ず」              陳皆竹氏                           

激情のほとばしる歌もある。かくほどまでに日本を慕い日本を愛する台湾の人々がおられることに涙を禁じ得ない。まだまだ数多くの感動的な歌が収録されている。貴重な歌集をお贈り頂いた蔡焜燦先生に感謝する。

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