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2009年3月29日 (日)

千駄木庵日乗三月二十八日

朝は父母のお世話。

午前十一時半より、青山霊園にて、「先覚金玉均先生墓前祭」執行。祭主・頭山興助氏が挨拶。福永武氏が斎主となり、祭事が行われ、祝詞奏上・玉串奉奠・碑文奉読(朴泳孝撰文)

などが行われた。続いて、犬塚哲爾・阿形充規・蜷川正大・山浦嘉久・木村三浩の各氏そして小生が挨拶した。また、駐日韓国大使館の趙世暎公使参事官が挨拶した。

小生は、「大東合邦論、日韓合邦論・大アジア主義と、今日の東アジア共同体は似て非なるものがある。歴史・伝統・文化の全く異なる国々が安易に『共同体』などと声高に言うべきではない。アジア諸民族が、お互いの伝統・文化・独立を尊重しつつ、協力し合うというのが、大アジア主義である。それを前提としてアジアの真の平和のために、日韓は協力し合わなければならない。そのためには、わが国民が自国に対する誇りと自尊の精神を回復しなければならない。韓国併合時代に、朝鮮神宮に韓国の神々を祀らず、日本の神々のみを祀ったことはやはり間違っていた。」と述べさせて頂いた。

この後、北青山の蕎麦屋にて、直会が行われ、出席者の意見発表が行われた。

金玉均氏は、わが国の明治維新を模範とした清朝からの独立、朝鮮の近代化を目指した「開化独立運動」に挺身した志士である。明治十五二月から七月まで日本に遊学し、福澤諭吉の支援を受ける。

明治十七年、閔氏政権打倒のクーデター(甲申事変)を起こしたが、の介入により、わずか三日間で失敗した。日本に亡命。頭山満の支援を受ける。

明治二七年三月二十八日、上海で閔妃の刺客洪鐘宇にピストルで暗殺される。遺体は清国軍艦咸靖号で本国朝鮮に運ばれ凌遅刑に処された。その遺体はバラバラにされ、胴体は川に捨てられ、首は京畿道竹山、片手及片足は慶尚道、他の手足は咸鏡道で曝された。曝された首には『大逆不道玉均』と見える説明が添えられた。

遺髪と衣服の一部は金玉均を敬愛していた日本人和田延次郎が密かに日本に持ち帰り、犬養毅・頭山満氏などが中心となって葬儀が浅草寺で営まれた。

金玉均たちの韓国維新が成功していれば、その後の韓国の歴史そして日韓関係もは全く変わったものとなっていたであろう。未だに嫌韓感情と反日感情の対立が解消されていない今日、金玉均氏の偉業と悲劇を偲び、かつ、金玉均氏を支援した日本有志の志を回顧することは極めて大切である。

直会の席で、趙世暎公使は「日韓両国民がお互いに相手の心を理解し尊重することが大切。このような慰霊祭をしていただけることは、有り難い」と語った。

趙世暎氏は木村三浩一水会代表の誘いにより出席された。木村氏の努力に敬意を表する。

帰宅後は、書状執筆など。父の容態に変化があり、看病。

           ○

斎藤吉久氏は『ホームページ』で朝鮮神宮の御祭神について次のように論じている。少し長くなるが引用させていただく。「当時の神社関係者にとって、韓国での神社創建は、『搾取』『侵略』とはまるで逆の目的があったのです。ともかくも神社関係者の組織的活動がこうして始まります。伊藤博文・初代韓国統監に直接、働きかけもおこなわれましたが、主張された目的はやはり『日韓融和』でした。西高辻信稚・太宰府神社宮司、木庭保久・筥崎宮宮司とともに、関西神職連合会の代表として伊藤統監に面会した筥崎宮禰宜の葦津耕次郎氏は次のように語っているくらいです。」

「陛下の思召しである日韓両民族の融合親和のため、命がけで働いていただきたい。そのため朝鮮二千万民族のあらゆる祖神を合祀する神社を建立し、あなたが祭主となって敬神崇祖の大道を教えられねばならない。これが明治大帝の大御心である」(『葦津耕次郎追想録』)

「耕次郎氏は、戦後唯一の神道思想家といわれる葦津珍彦氏の実父です。(葦津珍彦氏は生涯、朝鮮・韓国に深い関心を抱いた人で、先の大戦末期には朝鮮独立運動家・呂運亨とも交わり、朝鮮独立を支援しました。)」

「日本政府が天照大神と明治天皇の二柱を御祭神と決定していたのに対して、今泉定介、葦津耕次郎、賀茂百樹、肥田景之氏ら神社関係者が朝鮮民族の祖神を祀るべきだと強く主張し、両者間に激論が交わされました。神社関係者を強硬な反対行動に駆り立てたのは、日韓融和への熱い思いでした。けれども、神社関係者の要求は通りませんでした」。

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