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2009年3月10日 (火)

千駄木庵日乗三月九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」の原稿執筆など。

午後七時より、千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「天子・聖王が地上をどうやって統治して来たかを記すのが中国の史家の仕事。自然災害は神が人間に与えた罰・天譴という思想がある。四川大地震でもそういう考えが起った。元号が改まると世の中が一新する。

孔子以前の歴史を孔子が書いたのが『春秋』。司馬遷は孔子以後の歴史を書こうと決意した。歴史書は空言ではなく、事実を記して、何をしてはならないか、何をするのが正しいかを示すとした。『礼』は合意のルール。何が『礼』で、何が『義』であるかを学ぶのが歴史。

『中国』とは固有名詞ではない。世界の中心にある国という意。国境はあまり関係ない。日本も自分の国を『中国』と言う。

司馬遷は宮刑に処せられ宦官になった。『父母から貰った体を傷つけられた、子孫を残せない体にさせられた』というルサンチマンがあって『史記』を書いた。

『巨人の肩に乗って遠くを見る』というのが学問の姿勢。先行研究を大切にする。先行研究をおさえたうえで、物事を考えないと危険ということ。中国における正統とは、時の政権のこと。それに反対するのが異端。」と語った。

帰途、出席者と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

           ○

私は、出来る限り、支那のことを中国とは書かず、支那と書くことにしている。わが国も、「葦原中津国」であるからであり、「中朝」であるからである。中国という観念即ち中華思想に国境の観念がないというのが困りものである。どんどん支配地域を広げても構わないというのが支那の考え方となる。事実、モンゴル・満州・チベット・東トルキスタンを侵略支配している。そして近年は海洋に進出している。台湾も沖縄も支配下に置こうとしている。

ところで、偏向メディアは何としても自民党政権を潰したいと思っているようである。西松建設問題の報道を見ているとそう思う。それは漆間内閣副官房長官のオフレコ発言を公けにし、実名まで報道したことに端的に表れている。漆間氏もそういうメディアの姿勢を見抜けず、リップサービスを行ったのはまことに軽率であった。後藤田正晴の二代目になろうとしていたのかもしれないが、ちょっと無理だろう。

民主党の議員が国会で、麻生氏の先祖が経営していた企業の戦時中のことについて取り上げた。そしてそのことの報道で用意周到にも、オーストラリアに取材に行って、炭鉱で労働していたという老人の話を流した。これは民主党と連携して麻生氏攻撃を行ったと見るべきである。

戦前・戦時中の企業や個人の行動を今頃になって責め立てるのはおかしい。まさに反日行為である。朝日新聞も、NHKも、毎日新聞も、戦前・戦中はそれこそ「国策」に協力していたではないか。そのことも責め立てるべきである。

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