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2009年3月14日 (土)

千駄木庵日乗三月十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」の原稿執筆。

         ○

九日の「論語」の勉強会で、「中国」という言葉は固有名詞ではないということを教わった。支那だけが「中国」ではないのだ。わが国も「中国」なのだ。

支那人自身が自分の国を「中国」と呼称するのは自由である。しかし、支那がわが国に対して「支那と呼ばずに中国と呼べ」と強要するのはおかしいし、それに唯々諾々と従う日本人もおかしい。「中国」という言葉が普通名詞なのだからそれは当然である。

「中国という言葉はすでに定着しているのだから、中国を刺激してまで無理に支那と呼称することはない」という意見があるが大間違いである。これはわが国の尊厳性・文化の独自性の保持、突き詰めればわが国の独立に関わる問題なのである。

世界の先進国で支那を「中国」と呼んでいる国は日本以外にない。どこの国も「支那(英語ではChina)」と呼んでいる。支那の強要によってわが国が支那のことを「中国」などと呼称する自体、わが国にとってこれほどの屈辱はないし、「日本は中国の属国であり冊封国だ」と認めることになり、わが国がとてつもない差別思想である「中華思想」を容認することとなり、「中華帝国主義」に侵略され併呑される原因となる。

わが國もまた「葦原中國(あしはらなかつくに)」即ち「中國」なのである。山鹿素行の『中朝事實』という著書がある。これは徳川時代初期に著されたもので、「日本は神國なり、天皇は神聖なり」という思想が根幹にあり、後世のいわゆる日本主義思想に大きな影響を与えた。

平泉澄氏は次のように論じている。「山鹿素行先生は…日本こそ他國にすぐれたる國であり、正しく中華といひ、中國といひ、中朝といふべき國であるとして、ここに日本の歴史を述べて、これに題して中朝事實といはれたのであります。…中朝事實こそは、長く外國の學問に耽り、外國の思想に惑ひたる後に、一朝目覺めて日本を發見し、日本の偉大に驚歎し、ここに眞の學問として日本學を樹立組織せんとしたる先哲の偉大なる足跡といふべきであります」(『日本學叢書 中朝事實』解説)と。

山鹿素行は我が日本こそ文化概念としての「中國」であって、支那は「中國」にあらずとの前提に立っている。『中朝事實』には「皇祖高皇産霊尊、遂に皇孫天津彦彦火瓊瓊杵命を立てて、葦原中國の主(きみ)と爲さんと欲(おぼ)す。…是れ、本朝を以て、中國と爲すの謂(いひ)なり」「本朝の 神代、既に 天御中主尊有り、二神(ふたはしらのおほんかみ)國の中の柱(みはしら)を建つれば、則ち、本朝の中國たるや、天地自然の勢なり」と記されている。 

再び言う。支那だけが「中国」であるのではない。わが日本も「中国」なのである。

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