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2009年3月18日 (水)

千駄木庵日乗一月十七日

朝、父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

昼、知人と懇談。

午後は、ある歌手の方と懇談。近く開かれる発表会で、昭憲皇太后の御歌と『萬葉集』の大伴家持の歌に曲をつけて歌唱するとのことで、相談。また小生の六十二歳のお祝いをいただく。

午後七時より、高田馬場のホテルサンルートにて、『一水会フォーラム』開催。伊波新之助氏(ジャーナリスト・元朝日新聞編集委員)が講演し、「金融危機は、実体経済にまでマイナスの影響が出ている。小学校四年の時に終戦を迎えたが、日本国全体が狼狽するということはなかったと思う。一九七三年の石油危機の時に、日本国民は狼狽した。日本は石油がアキレス腱。石油と鉄を止められたことで日米戦争に突入した。戦後復興は方々の国が垣根を作らないで日本製品を買ってくれたから実現した。日本くらい自由貿易の恩恵を受けた國はない。保護主義は駄目。

明治天皇は、明治三七年「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」というお歌を詠まれた。昭和天皇は昭和十七年に「西ひがしむつみかはして榮ゆかむ世をこそいのれとしのはじめに」というお歌を詠まれた。どこの国とも仲良くやりたいというのが皇室のお考え。

信長がキリスト教の布教を認めたので、大名をはじめ多くの人が教会に土地や金を寄進した。キリスト教会は、教会の土地建物はポルトガルのものだとして、年貢を納めようとしなかった。そこで秀吉はキリスト教を禁止した。家康は鎖国した。

中国は『東アジア共同体』をやろうとしている。日本はアメリカに遠慮し、中国に馬鹿にされている。中曽根はアジア共通の通貨を作ろうと言った。共同市場は難しい。アジアは欧州のように均一ではない。しかし協力体制は作っても良いのではないか。

欧米によるアジア植民地支配に反発して、大アジア主義が興った。大アジア主義は右翼の道統。日本がアジアの盟主になるというのではなく、共にやっていくということ。

中国は軍備を強化して、空母二隻を作ろうとしている。日本は空母によって真珠湾攻撃を行い、英国の不沈戦艦二隻を沈めた。今日、世界に二十一隻ある空母のうち十一隻がアメリカ。中国が空母を作ったら、日本も空母を作ると宣言すれば良い。中国が石油を掘削したら、日本も掘削すれば良い。

日本は何時までもアメリカの子分であってはいけない。雄々しい気持ちを持てと言いたい。許世楷台湾前駐日代表は早稲田大学の同期で親友。独立運動で日本の警察に目をつけられていた。いざとなったら私の家にかくまおうと思ったこともあった。」などと語った。

終了後懇親会。

          ○

伊波氏は、朝日新聞の中の民族派と言われた人物である。伊波氏は、講演会においてもその後の懇親会においても、対支那問題のみならず、西松建設による違法献金事件などで実に興味深いことを語られたのだが、オフレコであると念を押されたので、まことに残念ながらここに書くことができない。

大アジア主義の理想は大変素晴らしかったし、今日においても、わが国はアジアの真の平和のために貢献しなければならない。しかし、わが国が支那大陸に深入りすることは危険である。歴史を顧みても、大陸に深入りすることによって日本は大変な苦労を背負いこむこととなった。

日本は海洋国家として、同じ海洋国家と提携して行くべきだという意見に私は賛成である。支那とは政治経済の面であまり深い関わりを持つべきではないと思う。対米自立とは支那大陸への深入りと同義語であってはならない。アメリカ覇権主義とともに中華帝国主義も撥ね退けなければならない。

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