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2009年2月25日 (水)

千駄木庵日乗一月二十四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、明日の「萬葉集」講義の準備。

そして、溜まっている資料の整理など。

        ○

来年四月の興行を最後に歌舞伎座が全面建て替えに入るという。歌舞伎座には何回か行ったが、演舞場では見たことがあるが、歌舞伎座で純粋な歌舞伎を見たことはない。

昭和四一年十月に行われた「合同特別十月興行」というのを見に行ったことがある。これは私が大好きだった新国劇と新派と歌舞伎の合同公演というまことに珍しいものだった。新国劇は島田・辰巳・緒形。歌舞伎は守田勘弥・市村竹之丞(今の中村富十郎)・尾上菊蔵。新派は水谷良重(今の八重子)・阿部洋子という面々であった。演目は島田正吾主演の「花の吉原百人斬り」などであった。何故こんなに詳しく覚えているかというと、プログラムを保存しておいたからである。あと何時だったか忘れだが、「中村錦之助」の公演を見に行ったことがある。この時は母と一緒だった。

東京12チャンネル(今のテレビ東京)で毎年大晦日に放送している「年忘れ日本の歌」という公開番組を見に何回か歌舞伎座に行った。そして、生前懇意させて頂いていた渡辺はま子先生を楽屋にお訪ねした。司会のコロムビア・トップ氏とも知り合いだった。楽屋や舞台のソデで両氏とお話ししたりした。渡辺先生の楽屋は、淡谷のり子、松島詩子・二葉あき子の三氏と一緒であった。そこに漫才の内海桂子さんが訪ねて来て、四人の先生方に色紙を書いてもらっていた。松尾和子さんなども挨拶に来た。

トップ氏の楽屋は、伊東久男・霧島昇両氏と一緒だったが、トップ氏は、二人の大先輩に遠慮して敷居から奥へは入らなかった。楽屋から客席に行こうとして、奈落に降りて行ったら、霧島昇氏が発声練習をしていた。

歌舞伎座で歌舞伎を見たことはないが、楽屋から奈落まで入って行ったことがあるのである。懐かしい思い出である。渡辺先生もトップ氏ももう亡くなってしまった。心よりご冥福を祈ります。

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