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2009年2月10日 (火)

千駄木庵日乗二月九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。そして原稿執筆。

午後七時より千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「天命を受けて地上を統治する人が新しい王朝を作った時、前の王朝が地上統治の任に堪えなかったことを証明するために、宿命論的な理屈を後からつけるため『正史』が作られた。それが中国の『二十四史』。『明史』まではあるが『清史』は無い。中華民国が『清史稿』を正式の『清史』にしたが、中華人民共和国は認めていない。正史を編むのは極めて政治的な行為。

『春秋』(魯を中心とする歴史書。魯の史官の遺した記録に、孔子が筆削を加えとたされる)は単に歴史を記録したのではなく、価値判断が書かれている。客観的事実を記録するのが歴史家の仕事ではなかった。ちょっとした言葉の用法の違いに価値判断が示される。これを『春秋の筆法』という。『微言大義』(ちょっとした言葉にも大義が語られる)ともいう。

事実を書くだけが歴史ではないということが明確に打ち出されたのが『史記』(中国の正史。一三〇巻。前漢の司馬遷撰)。『天道是か非か』がメインテーマ。『世の中では悪行の限りを尽くした人間が天寿を全うし、行いに気をつけて、正しいことを正しいと言う人物が突然不幸な目に遭って死んでしまうことが数限りない。一体全体、天が示す正しき道などこの世に有るのだろうか?。いや無い。善行を行った人物で歴史に残らなかった人物は数限りない。これらの人物は、孔子の様な人物に紹介されてやっと後世に名前を残してもらえるに過ぎない。』というのが司馬遷が『史記』を書いた動機。儒教的価値観に疑問を持ちながらも、後世のために大切なことを残そうとした。司馬遷は宮刑に処せられ、絶望の中で書いた。

『故に』とは、『古い書物にはこう書いてあります』と典拠を示すこと。『温故知新』とは古いものを学んで新しいものを得る姿勢を説いた言葉。古典を暗記しているだけで古典に新しいものを発見しなければ人を教える立場にはなれない。前例を判断しつつリニューアルすることが大事。」などと語った。

帰宅後は原稿執筆など。

          ○

「おとなの寺子屋・論語の会」では、全く知らなかったことを多く学ぶことが出来た。有難い。『正しき者が恵まれず、悪いことをした人が天寿を全うするようなことがあっていいのか』という司馬遷の疑問は今日の支那にもまったく当てはまることである。

あれだけの暴虐を働いた毛沢東が天寿を全うしたということは、一体どうしたことか。天の怒りを何故生きている毛沢東に下らなかったのか。わが国には毛沢東や始皇帝のような凄まじい暴虐を働いた人はいない。比叡山焼き討ちを行った織田信長も毛沢東や始皇帝と比較したら可愛いものである。それでも信長は本能寺で明智光秀に討たれた。

毛沢東・金日成・スターリンという大虐殺・暴虐・侵略を行った人物が天寿を全うしたのは一体どうしたわけであろうか。司馬遷の『天道是か非か』という疑問は今日においても真実である。

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