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2009年2月 5日 (木)

千駄木庵日乗二月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

夜は、「月刊日本」連載原稿執筆・完成・送付。

         ○

東国地方を東(あずま)と言います。「萬葉集」では鈴鹿山脈よりも東が東国というのが定説なのです。静岡、長野も東国でした。「あずま」の語源は日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の物語に由来しています。日本武尊が船で浦賀水道を渡ろうとしたとき嵐になって弟橘媛(おとたちばなひめ)が海に身を投げて嵐を静めた。その後、碓井峠にさしかかった日本武尊は東南の方角の浦賀水道を眺めながら、「吾嬬(あづま)はや」(わが妻よ)、と呼びかけたことが吾妻の語源なのです。

 私が生まれ育ち住んでいる文京区にも日本武尊の遺跡が多いのです。湯島には日本武尊と弟橘姫を祀った妻恋神社がありますし、根津には根津神社がある。根津神社は須佐之男命お祀りするために日本武尊が創始したと伝えられます。駒込という地名も日本武尊が辺りを見渡して「駒込み(混み)たり」と言ったことに由来する。馬がいっぱいいるという地名伝説です。我々の生活の根源にあるもの・古き良きものの由来をたずね、それに回帰することは大切です。

 近代科学技術文明が、人間生活を便利にしたことは事実ですが、自然を破壊し、人間生命をむしばみ、地球を危機に陥れていることも事実です。生命尊重、自然保護、公害追放と言っても、ただ政治運動によってそれを全面的に解決することはできないと思います。生けとし生けるものが神の命の現れであるという、日本傳統信仰を回復することがそういう問題を根源的にそして自然に解決すると思います。そのためには「記紀」や「萬葉集」を学んだり、古い神社に参拝したりして、日本の自然風土に親しむことは意義あることであると信じます。

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