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2009年2月24日 (火)

千駄木庵日乗二月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昼は知人と懇談。

午後は水曜日の「萬葉集」講義の準備。

午後七時より、午後七時より千駄木の養源寺にて、「おとなの寺子屋・論語の会」開催。東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)が講義。次のように語った。

「『伯夷列伝』には、正しいことをしても恵まれなかった人の名を残すために『史記』が書かれたと書いてある。

漢の武帝の時代に儒教が国教となる基盤が作られた。この場合の国教とは国の教化という意味。古典の発想・思考・哲学は漢の時代のものが継承されている。

『太史公自序』には司馬氏のルーツが書かれている。『天文地理』(天の文、地のことわり)を理解し皇帝を補佐した人の子孫が司馬一族。天の意志を感じ取り見定めることが、地上の統治にとって大事。農耕民族にとって何時種を撒くべきか、気候はどう変化するかが重要な問題。

史官とは皇帝の言行を書きとめる人。儒者は、先王の事績に則って物事を進めようとする。荀子は『今の世には今の世のやり方がある』と言った。『名家』は一般的に論理学の祖とされる。一番大事なのは『正名』だとする。物事の定義をはっきりさせるべしとした。『道家』は、自然の摂理に従って行けば栄えますよ、という思想。

世の中の変化に臨機応変に対応するのが上に立つ者の役目。『儒』とは孔孟のみに非ず。荘子・老子などの道家も含まれる。

『君子不器』(君子は器ならず)とは、何か一つのことにしか使えないのでは駄目。どんなことにでも対応できないと君子とは言えないということ。キャリア官僚が転勤するのは、腐敗を防ぐ意味もあるが、ゼネラリスト育成の発想がある。専門家の上に立つのは、必ずしも専門家である必要無し。人心を掌握できる人が上に立つべし。

法家(法を基準として信賞必罰の権力政治を行うことを主張する学派)より儒家の方が良いというのはそういう意味。」と語った。

帰宅後は、明後日の萬葉集合議の準備。

       ○

日本思想体系『古事記』の「補注」において佐伯有清氏は、「(聖帝の注)『聖』とは、耳と呈(貞即ち正)から成り、耳聡く聞き分ける人、神秘的な洞察力のある人物。農耕社会では時候の推移を洞察して農事を指導することが、対立する主張を聴取して調整することと共に、王たるべき者の責務であるから、聖と王とは結びつきやすい」と論じている。

また『角川当用漢字字源辞典』(加藤常賢先生・山田勝美先生著)によれば、「聖」とは、「意味を表わす『耳』と『口』と、音を表す『壬』とからなる形声字。…耳の穴がよく開いていて普通人の耳に聞こえない神の声の聞こえる意。…古代社会においては、普通人の聞きえない神の声を聞き分けうる人を『聖』と呼んだものであろう」という。

 一般人が聞きえないことを聞く人というのは、聴覚器官が普通の人より発達している人ということではなく、神霊の声を聞く人ということであり、祭り主ということである。神の声を聞いて民に伝え、民の声を聞いて神に申し上げるという神と人とをつなぐ役目を果たされる祭り主が天皇であらせられる。

また、<やまとことば>の「ひじり」(漢字では聖と書く)とは、「日を知る人」の意であるという。日とは文字通り太陽のことであり、天体の運行に通暁している人のことである。天体の運行即ち暦は農業にとってきわめて重要である。これを知っている人は農耕国家の君主たる資格を持つのである。また「日」は「霊」であり、「ひじり」は「霊力を有する神聖な存在」という意味でもある。

日本伝統の「ひじり」についての考えと支那の「聖」という字の意義とが結合して「聖帝」という思想が生まれたのである。

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