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2009年1月 4日 (日)

千駄木庵日乗一月三日

午前は母のお世話。

午後、父の入院している病院に赴く。妹と共なり。医師及び看護師と相談。そしてしばらく父に付き添う。いくらか良くなっているが、高齢なので、足腰と気力が弱っていくことが心配である。本当は一日中付き添っていたいのだが、そうもいかない。本当に可哀想である。ともかく、父の快癒を祈るのみである。

根津神社に初詣。「由来書」によると、根津神社は、今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。
五代将軍・徳川綱吉は、宝永二年に兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神である根津神社にその屋敷地を献納、現在の社殿を奉建、世に天下普請と言われる大造営を行ない、千駄木の旧社地より御遷座した。翌年完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。

明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。

御祭神は、須佐之男命・大山咋命・誉田別命 相殿 大国主命・菅原道真公。

例祭は、九月二十一日で、六代将軍家宣は幕制を以て祭礼を定め、正徳四年江戸全町より山車を出し、俗に天下祭と呼ばれる壮大な祭礼を執行した。現存する大神輿三基は、この時家宣が奉納したものである。同じ格式による山王祭、神田祭とあわせ江戸の三大祭と言われている。

帰宅後は、「政治文化情報」次号の原稿執筆準備など。次号には、今いろいろ問題を抱えている生長の家について書きたいと思っている。生長の家は、私が中学時代に、創始者谷口雅春先生の「生命の実相」を読んで感激し、高校時代からか大学卒業まで熱心に活動した教団である。昨年末、二代目の谷口清超先生が亡くなった。近年、三代目の谷口雅宣氏の言動・教団運営方針について、多くの人々から批判が巻き起こっている。そのことについて、少しく論じさせていただきたいと思っている。

             ○

この二十数年来、毎年一月三日に東京を出発し、伊勢に赴き、四日に皇大神宮の内宮と外宮に参拝することが恒例となっていた。参拝の後、伊勢市駅頭にて、地元の同志の方々と共に街頭演説を行っていた。しかし、今年はそれが出来なくなった。まことに残念である。

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