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2009年1月 1日 (木)

千駄木庵日乗十二月三十一日

午前は、神棚・仏壇はじめ部屋内を掃除する。

午後は、根津神社に参拝し、古札を納める。神域はとても静かであった。明日は初詣で大賑わいとなるであろう。神官の方々が大祓祭の準備をしていた。また、参道では、露天商の人々が開店準備をしていた。

帰途、正月用の食品を買いに祖母の代からの付き合いの魚屋・肉屋などに行く。

この後、入院中の父を見舞う。今年も色々な事があったが、まさか十二月三十日に父が入院するとは思わなかった。大晦日に、一人でベッドに横たわっている父を励ます。私が病室に入ると、全身で喜びを表現してくれた。少し熱があるというので、額に手をあててあげる。看護師さんに様子をうかがう。ともかく、元気づけてあげねばならない。父が眠るのを待って帰宅。病室にたった一人で過ごしている父のさみしさを思うと、一日も早く家に帰れることを祈る。

帰宅後は、資料の整理など深夜まで。
         ○

わが國の混迷の根本原因は、「大東亜戦争は日本による一方的な侵略戦争だったのであり、これによってアジア諸國・諸民族に甚大な災厄をもたらした」という歴史認識が横行し、日本國民の多くに祖國の歴史に対する誇りを持てなくしていることにある。その結果、内政・外交・防衛・教育・文化等々あらゆる面においてわが國の混迷と弱体化をもたらす。それが今日の日本である。

「日本は侵略戦争をした悪い國である」という歴史観は、國家の基本法たる『日本國憲法』の「前文」にも麗々しく書かれており、且つ、終戦五十年の『内閣総理大臣談話』(閣議決定)にも書かれている。つまり「侵略戦争史観」はわが國の「國是」になっていると言っても過言ではない。これでは、わが國は何年たっても、混迷から脱却してまともな國即ち道義國家・自主独立國家になることはできない。それどころか亡國への道を歩み続ける事となる。

我々日本國民が日本近代史をどうとらえるかが、今日の日本人の精神構造やその國家観に大きな影響を与え、現実の政治・外交・教育・国防など全てにわたることを規定する。近代日本が弱肉強食の世界で生き抜き、西欧列強の侵略に抗して独立を維持していくために、近代國家建設を行ったことは、わが日本民族が誇りにすべき事実である。また、明治維新以後の日本の海外進出そしてその到達点としての大東亜戦争が、日本の一方的な侵略であったという歴史観は全く誤りである。

近代日本史および大東亜戦争の意義を認識し、國内外の亡國勢力・反日勢力を一掃することが、國家民族の緊急の課題である。それは近代史に対して無反省になるというのではない。反省すべき点は反省しつつ、日本民族の誇りある歴史を恢弘すべきであると主張するものである。

戦争については國家意思が何処にあったかで判断すべきである。『開戦の詔書』には『自存自衛』『東亜の安定の確保』『世界の平和に寄与』『萬邦共栄の楽を偕にする』と示されている。白色人種の植民地だった東亜の解放が戦争目的だったのである。我ら日本人は、日本が白人優位の世界秩序を変えたことを誇りに思わなければならない。

その國の國民が祖國の歴史を如何に見るかは、その國の将来を決定する要素である。一方的な歴史観に基づいて贖罪意識のみに責め苛まれる日本は亡國の道を歩むしかない。日本の國を愛し、日本の國の歴史に誇りを持つことが、今後の日本の発展と國民の幸福の基礎である。

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