« 千駄木庵日乗一月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十一日 »

2009年1月21日 (水)

千駄木庵日乗一月二十日

午前は母のお世話など。

昼は知人と懇談。

午後は明日の萬葉集講義の準備。その後、父の病院に赴き付き添う。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて『一水会フォーラム』開催。田母神俊雄前航空自衛隊幕僚長が講演し、「マスコミから危険人物として叩かれたが、六割以上の人々が私を支持した。日本国民は賢い。石破さんから批判されたが、偏向しているのは石破さんだと言いたい。五六年前から同じことを書いてきたのに、なんで今この時期に問題にしたのかと質問したい。日本は良い国だと言ったら、日本は良い国ではないというのが政府見解だと言って、私を首にした。

十月三十一日アパグループの審査結果が発表された。大臣・副大臣に報告しようと思ったが不在だったので、岸信夫政務官に報告した。『おめでとう』と言われた。増田好平事務次官に報告したら『論文発表の届け出を出したか』と言われた。統幕議長も『問題になるかもしれない』と言った。家に帰った後、七時頃、次官から電話があり、『今夜中に辞表を書け。大臣もそういう意向だ』と言われた。私は『国家に対して悪事を働いたとは思っていないので辞表は書けない』と言った。夜中の一時半に、『幕僚長は首だ』というメールが入った。十一月一日朝、十一月八日付で定年退職になると連絡あり。十一月三日夕方、本日付けで定年退職との連絡があった。なぜこれほどまでに私の名誉を傷つけたのか。

『村山談話』を自衛官に教育されたら、自衛隊は戦えない。歴史は勝者によってつくられる。勝った者にとって都合の悪いことは隠される。歴史学者は歴史の実態を徹底的に研究すべし。しかし国民の歴史教育は自虐的であってはならない。『大東亜戦争』という呼称は閣議決定された。政治家・公務員が『大東亜戦争』と言わなければ首にすべきだ。

占領中の恒久法制定は国際法違反である。占領中の作られた恒久法を御破算にすれば『帝国憲法』が復元する。独立後、『戦犯釈放』の署名運動をしたのは日弁連。国会決議を推進したのは、社会党の堤ツルヨ代議士。国内法では明確に『戦犯は犯罪人ではない』とされた。

専守防衛では抑止力にはならない。日本は軍に関してはグローバルスタンダードになることをかたくなに拒否している。アメリカとは対等の関係を作らねばならない。アメリカは最終的には自国の国益のために動く。日本は自分の國は自分で守らねばならない。

渡部恒三氏は『北が核兵器を持つから、日本も持つと言ったら人類は破滅する』と言った。しかし核兵器は抑止力を持つ。核兵器を持っている国と持っていない国とは対等な関係を保ち得ない。アメリカは日本に二世代くらい遅れた武器しか売ってくれない。

リーダーが信念を持って国益を守るという姿勢が大事。軍事力を持ち、それを使う意思を持つことが外交の裏付け。『言うことをきかないと話し合うぞ』では駄目。

独立国に占領軍が何時までもいるのはおかしい。メディアと永田町は国民の意識と離れている。内局を壊し、自衛官と内局を一体にすべし。内局は共産国家の政治将校と同じ。」と語った。

この後、懇親会。田母神氏を囲み談論風発。色々興味深い話を聞きましたが、ここに書くことは遠慮します。

帰宅後は、明日の萬葉集講義の準備。

        ○

夜も遅くなりましたので、田母神氏の講演の感想は後日あらためて書きます。米新大統領就任式を見ましたが、聖書に手を置いて宣誓し、牧師の先導で神に祈りを捧げていました。政治の基本にその國の傳統信仰を置くというのが正しい国家のあり方であります。日本はアメリカの押し付けた「占領憲法」の「政教分離」規定により、政治から一切の宗教色を除去させられています。「祭政一致」の國柄を正しく回復すべきであります。

|

« 千駄木庵日乗一月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/43805593

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗一月二十日:

« 千駄木庵日乗一月十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗一月二十一日 »