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2009年1月16日 (金)

千駄木庵日乗一月十五日

午前は母のお世話。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が『萬葉集』東歌を講義。

この後、病院に赴き、父に付き添い、歩行訓練など。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

        ○

毎日、怒りの念を込めた『日乗』ばかり書いていてはいけないと自分自身も思っております。怒ってばかりいてもしょうがない。何とかしなければ世の中は良くならない。しかし、私には、文章を書いて世間に自己の主張を訴える以外にない。だからこれからも書き続ける。ということであります。ともかく、今の世の中はおかしいことが多すぎる。このままでは日本はどうかなってしまう。それが実感です。

そういう時に、『萬葉集』の勉強をすると、何か救われた気分になります。古代日本も色々大変なことがありましたが、人々の心は今の日本人よりずっと大らかで清らかであったことは『萬葉集』の歌の数々を読めば明らかであります。今日勉強した「東歌」は、東国(東国とは諸説ありますが、鈴鹿山脈より東という説が一般的です)の名もない庶民の歌であります。

多摩川に曝す手作りさらさらに何そこの子のここだ愛(かな)しき

(多摩川に晒している手づくりの布はさらさらとしている。そのように肌がさらさらしているこの女の子が何と可愛いことか)

信濃なる千曲の川の細石(さざれし)も君し踏みてば玉と拾はむ

(信濃の國の千曲川の小さい石も、愛するあなたが踏んだとのですから、私は宝石と思って拾いましょう)

この二首は東歌の恋愛歌です。一首目は男性の歌。二首目は女性の歌です。何んとも言いようのない素晴らしい歌であります。萬葉人の恋とはかくも美しいものだったのであります。萬葉への回帰とは、自然な心、日本人の純粋な魂への回帰であります。それが混濁の世の現代において最も必要なのではないでしょうか。

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