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2009年1月 8日 (木)

千駄木庵日乗一月七日

午前は母のお世話。

午後は原稿執筆。

その後、入院中の父を見舞う。薬で熱を下げているので、いくらか楽そうである。しかし油断はならない。

帰宅後も原稿執筆。

         ○

病院の帰り、知人と上野の車坂というところで一杯やった。今は東上野という地名になっている。どうして良い地名をなくしてしまうのか。渥美清・萩本欽一・天海佑紀が生まれたところである。渥美清はここで生まれたが、幼少の頃に板橋に引っ越した。車坂は、昔は職人さんなどが住むしもた屋が多かったそうであるが、今はパチンコ台・ゲーム機の会社が密集している。雑居ビルが立ち並び、昔の下町の雰囲気は少なくなっている。しかし今日入った飲み屋さんは安くてうまかった。特にアナゴの刺身がうまかった。

旧町名にはなかなか良い名前が多かった。私が住んでいるところは、千駄木という地名で統一されたてしまったが、昔は、駒込坂下町・駒込林町、駒込千駄木町の三つの町に分かれていた。坂下町とはいかにも下町らしい名前だが、そこが私が生まれ、育ち、今も住んでいるところである。坂の下のある町だから坂下町という何んとも平凡な地名なのだが、懐かしい。

坂は、団子坂・大給坂・狸坂の三つがある。その坂の上は駒込林町というお屋敷町で、安田財閥の当主、大給子爵家、宮本顕治百合子夫妻、高村光雲・光太郎父子、児玉希望、宝井馬琴、大平正芳などが住んでいた。

下町・山の手の語源通りに、坂の上には資産家が多く住み、坂の下は庶民の町である。九段坂の上は麹町という山の手で,坂の下は神田という下町というのと同じである。

私宅に近所にも安くて美味い店が多いのだが、近頃やたらに雑誌に紹介されるようになって、遠くから来る客が多くなり、なかなか入れなくなってしまった。ああ悲しいかな。

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