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2009年1月 2日 (金)

千駄木庵日乗一月一日

新年明けましておめでとうございます。

新しき年を迎え、今後より一層言論活動に精励する覚悟でございます。何卒宜しくご支援下さいませ。

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朝、新玉の年の朝、東天に昇り来た大日輪に拝礼。「天照大神」の御神名を唱え奉る。身を清めた後、神前にて、「天津祝詞」奏上。神想観。

この後、家族と新年を祝う。

午後は、入院中の父を見舞う。幾分か落ち着いてきたようであるが、まだ微熱がある。色々と語り合う。

夕刻、来客あり。

夜は、資料の整理など。

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三年春正月、因幡國の廳(まつりごとどころ)に、国郡の司等に饗(あ へ)を賜へる宴の歌一首

                                           

新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重(し)け吉事(よごと)

                               

 大伴家持が四十二歳の時の賀歌(お祝ひの歌)で、「萬葉集」最後の歌である。天平宝字三年(七五九)の正月(太陽暦では二月二日)、因幡の國(鳥取県東部)の國廳(行政を扱ふ役所)で、因幡守(今日の県知事)であった家持が、正月の宴で詠んだ歌。

 「いや重け吉事」の「重け」はあとからあとから絶える事なく続くこと。「新しい年のはじめの初春の今日降る雪の積もるやうに良きことが積もれよ」といふほどの意。

 元旦に雪が降るのは瑞兆で、その年は豊作であるといはれてゐた。「しんしんと雪が降り積もるやうにめでたきことも重なれよ」といふ願望を歌った。雪の降る眼前の光景を見て歌った平明で清潔で堂々たる「萬葉集」の掉尾を飾るに最も相応しい名歌である。

 大伴家持は、日本の国の国柄の素晴らしさを後世に伝えなければいけないという使命感を持って、「萬葉集」の編纂に関はり、自らも歌を数多く詠んだ。「萬葉集」は平穏無事の時代に編纂されたのではない。大化改新・壬申の乱などといふ大変革・大建設の時代に、日本の国の理想・國體の本姿を語り伝へるために「萬葉集」は編纂された。   

 

「言事不二」といふ言葉がある。「言葉と事実と一致する、言葉と事実は二つではない一つである」「言葉に出したことは実現する」といふ意味である。「聖書」にも「言葉は神なりき。よろずものこれによりて成る」と書かれてゐる。仏教では「聲字即實相」といふ。

家持が、「いや重け吉事」と歌ったのは、めでたい言葉を発することによって吉事が本当に事実として実現すると信じたのである。そして、「萬葉集」の最後の歌にこれを収め、一大歌集の締めくくりにした。天皇国日本の国の伝統を愛し讃へ、日本の国の永遠の栄えと安泰を祈る心の表白であらう。

 また、「萬葉集」編者(家持自身かもしれない)は、祝言性豊かなこの歌を全巻の最後に置き、「萬葉集」を萬世の後まで伝へやうとする志を込めた。我々は「萬葉集」といふ名称に、無限の力と祈りとを実感する。ともかくこの歌は、わが国の数多い和歌の中でもとりわけて尊くも意義深い歌である。

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