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2008年12月 3日 (水)

千駄木庵日乗十二月三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料の整理・書状執筆など。

夕刻、知人と懇談。

        ○

俳優の伊東四朗氏が「日経」十一月十五日号で、「私はよく電車に乗るが、腹の立つことばかりで嫌になる。荷物を膝に乗せずに前に置く。脚を組んだり投げ出したり。ものは食べるし、化粧はするし、…肩でぶつかっても謝りもしない。…戦後六十三年、日本は平和だって言ってるけど国内では日々戦争だ」と述べている。

全く同感である。私も外出するごとに、一回か二回は嫌なこと、腹の立つことがある。年寄りが立っていても寝たふりをして席を譲らない人。一人で二人分の座席を使っている若者。つい先日も、某有名大学のバレーボール部の学生数人がユニホームを着て足を投げ出し、一人で二人分の席を占拠し、大声でしゃべっていた。ていた。どうにも腹にすえかねて、「君たちはスポーツマンだろ。マナーをわきまえなさい」と注意した。もしもその学生たちが開き直って向かってきたら大変危険なのだが、我慢できなかった。こういうことは、電車に乗るたびに体験すると言っても過言ではない。若者だけではない。年配の人にも全くマナーを知らない人が結構いる。子供や若者たちはそういう大人たちを見習うのだ。

伊東四朗氏はさらに言う。「それもこれも戦後入ってきた個人主義が咀嚼されないまま、ここまで来てしまったということでしょ。個人主義って相手の個人も尊重しなきゃいけないのに、自分を大事にするってことしかなくて。平等主義ってのもそう。人間に平等じゃない面もあるのに、平等だーって言って学校を卒業しちゃうから社会に出て挫折する。運動会で一等、二等を作らないって、本当にいいことだと思っているのかな。制約があってこその自由や平等なのに、“勝手”という解釈をしてしまった。」

まことにその通りである。「現行占領憲法」は、「基本的人権の尊重」を基本原理の一つとして謳っている。しかし「基本的人徳の尊重」のない人権尊重は、自分さえ良ければ良い、他人や共同体はどうなっても良いという利己主義に陥る。それが現代社会の荒廃である。

平等なんてあり得ない。人それぞれ顔が違うように、個性もあるし能力の違いもある。個性や差別があるから芸術や文化が成り立つ。絵画や書道の展覧会に行けばそれは自明のことだ。運動会だけ一等賞、二等賞、三等賞をなくして、平等な社会になるなどと考えるのは、愚の骨頂だ。

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