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2008年11月 7日 (金)

千駄木庵日乗十一月六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

この後、お二人の篤志家の方が、私の母がお護りをしている坂下観音堂の照明の取り付け、境内の樹木の剪定をして下さいました。まことに有り難いことです。夜になると参道が暗くなり、不用心になります。先日も賽銭泥棒が入りました。そこで夜暗くなってから参道に人が入ると自動的に照明がつくようにして下さいました。心より感謝申し上げます。

この観音堂には如意輪観世音菩薩像(私の母方の祖父が家を建てたとき地下から出て来たと伝わります)が安置されています。旧町名が駒込坂下町と言いましたので、「坂下観音堂」と名付けられました。大正時代以前からあります。境内には寛政年間のお不動さんの石像もあります。寛政年間と言いますと、光格天皇の御代で、徳川家斉が将軍を務め、松平定信・長谷川平蔵が活躍していた頃です。

その後は、在宅して、原稿の執筆など。

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歴史問題が政治問題になってしまうことは大変困ったことです。冷静にして真摯な議論が出来なくなってしまいます。近隣諸国とやらが、「歴史問題」を外交の道具にして、わが国に恫喝を加え、内政干渉して来るのが問題なのりであります。また「村山談話」というのが今日多くの問題を引き起こしています。

明治以後の日本が良いことしかしなかったとは思いません。また戦前の日本が理想的に国だったとも思いません。もしそうだとしたら、昭和維新運動は起こらなかったでしょう。また戦争の負けるはずもなかったのです。

日本国が、西欧列強の侵略に抗して独立を護るために、西洋化・近代化を推進し富国強兵を図ったのは止むを得なかったのであります。しかし、西洋覇道精神が日本国に浸潤したことも事実であります。そのことの反省はもちろん必要です。

しかし、繰り返しますが、日本は侵略国家だった、悪いことしかしなかったという「村山談話」の考え方は絶対に受け入れることはできません。田母神俊雄・前航空幕僚長への不当な圧迫・迫害を許してはなりません。

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