« 千駄木庵日乗十月十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月十七日 »

2008年10月17日 (金)

千駄木庵日乗十月十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」の発送準備。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究會」開催。小生が萬葉集巻十六を講義。

帰宅後も発送の準備。

            ○

紀貫之が執筆した『古今和歌集』の「仮名序」は、和歌とはいかなるものであるかが説かれた基本的な文献である。それには「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)と書かれている。

「天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ」というのは決して誇張ではなく、古代・中古においては本当にそう信じられていたのである。

つまり歌を詠むのは、魂鎮め・鎮魂の行事である。和歌は、ふつふつと湧きあがってくる素直なる心・色々な思い・魂の叫び定型に固め成して鎮める働きをする。人間のまごころを表白する定型の抒情詩である。日本民族の人智のさかしらを超えたまごころの調べである。

『記紀』『萬葉』以来今日まで千数百年にわたって、和歌が日本人の生活の中に生きてきて断絶がなかったという事実は非常に重要である。

それだけ、和歌には魅力があり、日本人の心を表現する形式として非常に適していたのである。和歌は原点を常に顧みながら新しい創造を行なってきた。即ち伝統と創造が一体になってゐる。ここに和歌文学の特質がある。

|

« 千駄木庵日乗十月十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月十七日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/42812441

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗十月十六日:

« 千駄木庵日乗十月十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月十七日 »