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2008年10月30日 (木)

千駄木庵日乗十月二十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料の整理。

          ○

生長の家総裁の谷口清超先生が28日午後10時21分、老衰のため東京都内の自宅で逝去された。89歳であった。

中学校二年生の時、谷口雅春先生の「生命の実相」を読んで感激してから、生長の家の信徒となり、大学卒業まで熱心に活動した私は、清超先生の講演・講義をたびたび聞く機会があった。機関誌に発表された文章や著書も読んだ。また私個人の事でご心配頂いたり指導もして頂いた。叱られたこともあった。清超先生の著書では『基督 イエスの神秘的生涯とその解説』に最も感銘した。心よりご冥福をお祈りします。

清超先生は、婿養子であり、二代目を継承する人として、谷口雅春先生のご存命中は、副総裁の立場で、信徒を指導されていた。私は身近に接したわけではないが、ご性格としては地味な方であったと思う。談論風発、意気盛んという方ではなかった。また雅春先生が御健在の頃は、独自色を出すこともできなかった。色々ご苦労も多かったことと拝察する。

昭和天皇さまが、御不例の時、清超先生と恵美子夫人(雅春先生の息女)が、皇居二重橋前でご快癒を祈る姿をテレビニュースで見た記憶がある。

今の生長の家は、清超先生の長男の雅宣氏が副総裁として実質的に教団を率いているのだが、谷口雅春先生の國體論、愛国思想を説いた書籍を絶版にしたりして、批判を浴びている。

また雅宣氏以外の雅春先生のお孫さんたちは、すべて生長の家の組織から排除されている。清超先生の教育が悪かったからだと言う人もいる。

谷口雅春先生は、事実上、「生き神」であり、その家族は神聖家族として信徒から崇められていた。ところが、その神聖家族が、生長の家の根本的経典である『大調和の神示』の「天地一切のものと和解せよ」「汝の兄弟と和せよ」という教えを実行できないでのある。これは困ったことである。

宗教教団には内紛はつきものであるが、生長の家だけは、雅春先生ご存命中は内紛はなかった。しかし、この十年間、雅宣副総裁に対する批判が高まっている。前述した如く、雅宣氏の意に反する人々は、たとえ兄弟であろうと、功労者であろうと、教団から追放されるか自ら出て行っている。もう十年以上前から、実質的な教団運営に関わることが出来なくなっていたと言われる清超先生はこういうことをどう考えておられたのであろうか。

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