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2008年10月23日 (木)

千駄木庵日乗十月二十二日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。父の介護についてケアマネージャーの方と打ち合わせ。

午後は、原稿執筆。

午後六時半り、文京シビックセンターにて、「國體政治研究會」開催。小生が司会。斎藤吉久氏が「宮中祭祀の正常化を」と題して講演、次の様に語った。

「『入江相政日記』には、天皇の祭祀の神々しさについて何も書いていない。ここが核心。『後鳥羽院宸記』には『民の為にひたすらに祈る』ということが記されている。後鳥羽上皇の皇子・順徳天皇の『禁秘御抄』には『凡そ禁中の作法神事を先にし、他事を後にす。旦暮(あさゆう)敬神の叡慮懈怠無し。』と記されている。『承久の變』の直前の朝廷存亡の危機に於いて祭祀の事を宣明されていることが重要。徳川幕府初期三代将軍と熾烈なる戦いをされた後水尾天皇は『禁秘御抄』を引用されて祭祀の大切さを書き残された。『現行憲法』の『天皇の国事行為』に祭祀は書かれていない。

宮内庁のホームページに『天皇皇后両陛下は、宮中の祭祀を大切に受け継がれ、常に国民の幸せを祈っておられ、常に二十件近くの祭儀が行われています』と書かれているが、不正確。宮中祭祀を行われるのは、皇位にあられる天皇のみであり、皇后は祭祀をされない。

天皇の第一のお務めは祭祀であるのに、何故、『御負担の軽減』の最初に祭祀を標的にするのか。祭祀の簡素化は、破壊工作。天皇の祭祀の本質を宮内庁が破壊している。

西尾幹二の東宮批判には『神々』がいない。天皇・皇室の本質的部分を理解していない。皇位の原点は、『三大神勅』であり、神である。天皇は歴史的存在であり、個人崇拝ではない。西尾氏が『君徳は皇位の要件ではない』と言いながら『皇太子妃殿下に徳が無いから下船しなさい』と批判するのは誤り。

天皇は、祭祀王。祭りの靈的力によって国を治める方が、天皇。宮廷の祭儀も神社の祭儀も、結局は食の儀礼。食べ物を神に捧げ、直会でそれをみんなで頂く。これは命の共有。天皇の祭祀は、神と命を共有し、民と命を共有する。弥生時代は二千六百年前と言われている。神武天皇の御東征は、稲作の東進であった。

日本の多神教文明の核心たる宮中祭祀が戦後破壊されて来た。最大の理由は『政教分離』の厳格主義。入江相政は俗物。彼の『日記』に祭祀のことが書かれていない。昭和四九年富田朝彦が宮内庁次長になってから、宮中祭祀の簡略化が始まった。富田は『自分は無神論者だ』と言っていた。昭和五十年に行政全体に『政教分離』が蔓延した。『神道指令』は失効しているのに、亡霊がさまよっている。

宮中祭祀は文明の問題。多様なる国民を多様なるままに統合するのが祭祀。陛下のお体が心配なら、御代拝にすれば良い。何故、祭祀そのものにメスを入れ、簡略化するのか。」などと語った。

内容の濃い講演であった。もっと色々なことが語られたのですが、あまりに長くなりますので、『政治文化情報』誌で報告します。

終了後懇親会。

帰宅後は、原稿執筆。

            ○

やはり諸悪の因は、「現行占領憲法」にあるのである。また、入江相政氏は何故「宮中祭祀」を軽視し略化を推し進めたのか、その理由が問題である。富田朝彦氏が、宮中祭祀簡略化を推進したというのは今日初めて知った。

齋藤氏は「昭和五十年に行政全体に『政教分離』が蔓延した。」と言われた。そういえば、皇宮警察・警視庁・東京消防庁の殉職者慰霊鎮魂のために北の丸公園に鎮座していた弥生神社の「神道祭式」が廃されたのもこの頃であろう。官僚の敬神意識の希薄化が日本國體を隠蔽し、日本の文明を破壊するのである。「君側の奸の排除」という言葉を想起する。

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