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2008年10月27日 (月)

千駄木庵日乗十月二十六日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して萬葉集講義の連載原稿執筆。テープ起こしは、書くよりも大変です。

          ○

蜷川正大氏のブログ『白雲去来』に次のようなことが書かれている。

「日本のマスコミや記者の中には本当に、ゴミ、クズみたいな連中がいる。たとえば、麻生総理のホテルのバーでの問題。『庶民感覚にもとる』という事を質問した記者がいて、アホなマスコミがこれを取り上げている。嫉妬深いか、あるいは妬み根性が身についてしまっているのか知らないが、まったく下種な奴がいるものだ。

何も麻生総理を庇う訳ではないが、一国の首相、まして世界に冠たる経済大国の首相が、ホテルのバーで飲み食いして何が悪いのか。金をもっている者が金を使わなかったら、日本の経済はどうなる。金持ちが、金を使わないのは、貧乏人以下でしかない。一体、庶民感覚って何だ。単に質問したその記者のやっかみの感覚ではないのか。


 もし麻生さんが、毎日、立ち飲み屋や、居酒屋を打ち合わせに使っていたとしたら、今度は、『吝嗇総理』と呼ぶに違いあるまい。ホテルのバーは、使い方によっては、本当に安くて安全である。一度、ボトルを入れておけば、ほとんどお金がかからないこともある。…一国の総理となる人は、高級なホテルやバー、あるいはレストランなどで物怖じせず、また、そういった場所の雰囲気が似合うようでなければ国際社会からバカにされるということを、まさかマスコミは知らぬ訳もあるまい。


 大勢のSPや取り巻きの記者を連れて、居酒屋や喫茶店などに行ったら、それも迷惑な話ではないか。取り巻きの記者が、何もオーダーせずに、ロビーやバーの中で待っていられるのもホテルだからこそだ。」

私も今日はこのことを書こうと思っていたが、全く同感である。戦後日本は、「平和と民主主義」「人権尊重」「生命尊重」「個の尊重」を最高の価値とし押し頂いた。「平和と民主主義」は、弱者の思想である。國のために戦うという強者の思想を否定し、武力は放棄する、軍隊は持たない、國家の独立・平和・歴史・伝統が侵略者から蹂躙されても、「戦争は無い方が良い、人命尊重だ」と言って、戦うことを忌避する弱者の思想である。弱者であるから徒党を組む。即ち集團で運動をせざるを得ない。「赤信号みんなで渡れば怖くない」式の生き方しかできないのである。

弱者は弱者なるがゆえに、常に「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象を常に見つけ出し、あるいは作り出さずにはおれない。これが「いじめ」である。「いじめ」とは、小學生・中學生の専売特許ではない。また、自分よりも良い生活をしているのではないかと思われるに嫉妬しを引きずり降ろそうとする。

「戦後民主主義・平和主義」の「守り手」・「弱者の味方」を以て任ずるマスコミは、「知る権利」「知らせる義務」とやらを振り回し、カメラやマイクを持って「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象となっている特定の人物を追いかけ回し、責め苛む。これまで、こういうやり方でどれだけ多くの人々が血祭りにあげられ、「魔女狩り」の対象になってきたであろうか。小學生・中學生のいじめは、大人のこうしたやり方を真似しているに過ぎないのである。

三島由紀夫氏は言う。「われわれは戰後の革命思想が、すべて弱者の集團原理によって動いてきたことを洞察した。…不安、嫌惡、嫉妬を撒きちらし、これを恫喝の道具に使ひ、これら弱者の最低の情念を共通項として、一定の政治目的へ振り向けた集團運動である。」と(『反革命宣言』)。

 革命思想のみならず、戦後日本全体を覆ってきた精神が、「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」である。自分よりも富める者・幸福に見える者を憎み、嫉妬し、これを引きずり下ろそうという精神が國民に横溢している。それを煽り続けているのがマスコミである。

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